【 世界のキロ 】
◆0CH8r0HG.A




22 :No.05 世界のキロ 1/5 ◇0CH8r0HG.A:08/04/06 00:13:19 ID:tBFmZvQG
 「おめでとーございまーす」
 なんとも間の抜けた声が響き、僕は目を開けた。どれだけ目をつむっていたのかもはっきりしないが、開けた瞬間に眼球
の裏側をハンマーで殴られたような鈍痛が走る。
 徹夜明けに、気持ちの良い陽光に導かれて外に出たときのあの痛みだ。
 しばらくは、まともに前を見れずに目を擦る。瞼の裏側からは外の世界が真っ赤に見えた。
 太陽に手をかざすと何故赤く見えるんですか? と、小学校の時担任だった青木緑先生に聞いたことがある。
 先生は、笑顔で僕に「手のひらを太陽に」を歌ってくれた。当時は、何で質問に歌で返すんだよこいつ、頭弱いんじゃね
ぇか? などと失礼なことも思ったものだが、今では先生が全くもって先生らしい答え方をしたのだと考えるようになった。
「真っ赤に流れる僕の血潮〜」
 時折、僕がこの歌を口ずさむようになったのも、緑先生が大好きだったからというだけではないのかもしれない。
「一人で回想に入ってないで、こっちの話を聞きやがれです。馬鹿ですか?」
 失礼な奴だというのが、まず思ったこと。勿論、未だに僕の視界ははっきりしていなくて、言葉の主をその目で捉えるこ
とが出来ていない。
 だからこそ、その辺の細かい事情も分らずに馬鹿とか、どっちが馬鹿なんだよ? と、僕が声の主を心の中で思ったとし
てもそれは不自然なことじゃあないはずだ。
「目をしっかりと開けられないんだよ。なんか眩しいやら、痛いやらでさ。だからさ、もう少し待ってよ」
 僕は自分がとても穏やかな男だと思っている。だから、その性格の通りとても穏やかに言った。
 すると、返ってきたのは大きな溜息一つ。
「情けない男ですねぇ。それでも男ですか? 顕微鏡でも確認出来ないようなちっさいのが、申し訳程度にくっ付いてる姿
しか想像できませんです」
 声の主は、そんな下品な言葉を吐いた後で足音と共に僕の目の前までやってきたようだった。歩く音と溜息と雑言が段々
と距離を詰めてきて、最終的には僕の目の前で止まった。
「ほら、さっさと目を開けやがれです」
 ぐあ、やめろ。目が痛い。っていうか、いくらなんでも眩しすぎだろう。
 声の主は、無理矢理僕の手を僕の顔から引っぺがすと、瞼をこじ開けた。
 さっきまでの鈍痛に代わって、今度は焼かれるような熱さが僕の目を覆った。途端に大量の涙がこぼれ出て、それを何と
か冷やそうともがく。
「やっと目がまともに開いたようですね? 無駄な手間はとらせないで欲しいです。こっちだって暇じゃないんですから」
 大量の涙で歪んだ視界の向こう側。どこまでも続く何も無い草原と雲一つ無い真っ青な空をバックに、金髪ロン毛に白い
ワンピを着た女の子が不機嫌そうに立っていた。

23 :No.05 世界のキロ 2/5 ◇0CH8r0HG.A:08/04/06 00:13:37 ID:tBFmZvQG
「改めて、おめでとーございまーす」
 彼女の言葉は僕の右耳から入ると、頭の中のどこにも引っかかることなく左耳から抜けていった。なんというか、僕は彼
女の姿に少し見入ってしまっていたのだ。
「可愛い……」
 僕の言葉に笑顔すら見せず、というよりも余計に機嫌を損ねたようで、僕を一層きつくにらみつけた。
「おめでとうって言ってるんだから、返答は"ありがとう"か"何が?"に決まってるです。次にセクハラ発言したら、あ
なたの眼球を抉りますよ?」
 なんて物騒なことを仰る。
 それにしても、どこなんだろう、ここは。何にも無い、だだっ広い草原。上はどこまでも続く青、下はどこまでも広がる
緑。白いワンピの女の子は、おっぱいは大したことないけど、オシリにはそれなりにボリュームがあるようだ。そよそよと
吹く風に、草と金髪が少し揺れている。
「何、ここ?」
 僕は彼女に言った。まだ頭の中がすっきりしない。何が起きているのかが把握できていないのだ。
 彼女はくるりと後ろを振り向いて、深呼吸を一つ。次いで僕に向かって……。

「おめでとーございまーす」
 間の抜けた声に再び目を開けた。今度は大して眩しくなかった。それよりもなによりもほっぺた……というか顔全体が痛
い。いつの間にか大の字でのびていたらしい。
「あ、ありがとう」
 僕は、傍らで後ろ髪を押さえつつ、僕を覗き込む女の子に向かって言った。どうやら、(彼女にとって)気に食わないこ
とを言うと、右ハイが飛んでくる仕様らしい。ワンピと同じ純白のパンツが鮮明に僕の瞳に焼き付いていた。
「やーっと目が覚めたようです。もう少し早く理解してくれるとこっちも楽なんですけどねー」
「……」
 僕はゆっくりと起き上がると、思いっきり伸びをする。ついでに大きな欠伸が出て、首がゴキンと二回鳴った。
 あー、綺麗な空だ。直視するとやっぱり少し目が痛かった。
 しかし、そのかいもあってか意識は徐々にはっきりとしていく。
「僕の現在の状況について、出来るだけ分かりやすく教えていただけないでしょうか?」
 僕の問いに、初めて彼女はにっこりと笑った。

「ここはキロという場所です」

24 :No.05 世界のキロ 3/5 ◇0CH8r0HG.A:08/04/06 00:13:54 ID:tBFmZvQG
 彼女はそう言った。
 キロ? 何だそれ? 外国かな? 正直全く心当たりが無い。
「何で、僕がこんなところ……その、キロって場所にいるんですか?」
 頭を三度掻いてから彼女を見ると、僕に背を向けて歩き始めている。
「あ、ちょっと待って!」
「ついて来るです。歩きながら説明してやるです」
 僕はそう言う彼女に小走りで追いつくと、その斜め後ろを歩く。
「ここは、選ばれた者だけが来ることが出来る場所なんです」
 選ばれた者? ってことは僕は選ばれたのかー……なんて僕は簡単には納得しない。つか、選ばれた者って何だよ? ゲ
ームの宣伝か? 勇者に憧れるガキじゃあるまいし。
 と色々思いつつも僕は別の言葉を彼女にぶつけた。
「それって、誰が選ぶんですか?」
「もちろん私です」
 即答だった。なるほど、ならば彼女は僕を選んだというわけだ。彼女の言い分を信じるのなら……だが。
「何で僕を選んだんですか?」
 当然の疑問だ。僕は一般的に言うなら、ハンサムではない。愛嬌のある顔……などと言われるが、簡単に言えば猿のよう
な顔をしている。幼稚園から中学校までのあだなは、文字通りサルだった。
「顔です」
 これはこれは。どうやら彼女は猿顔フェチらしい。困ったなぁ。僕の顔が好みって女性には初めて会ったもんだから。予
想外の答に、ガラにも無く胸が高鳴ってしまった。
「僕が自信あるのは、顔よりも中身なんですけどねぇ」
 何を言ってるんだろ、と自分に苦笑する。それを聞いた彼女は、どうでもいいですと一言。そりゃそうですよね。
「さてと、この辺でいいです」
 彼女は足を止めて僕の方を振り向いた。
「一度しか聞かないです。じっくりと考えて答えるですよ?」
 そう言って、高々と右手を上げる。ほっそりとした真っ白なそれはまぶしくて、僕は目を少し細めた。彼女はそれからそ
の腕をゆっくりと左右へ振る。
 次の瞬間だった。
 
 僕の背後から、聞いたことのあるような音が響いてくる。キーンという耳鳴りにも似た音。それは段々と近づいてきて、

25 :No.05 世界のキロ 4/5 ◇0CH8r0HG.A:08/04/06 00:14:13 ID:tBFmZvQG
単なる音から轟音へと形を変えていく。
「な、何? 何の音?」
 心当たりはあるが、もしもこの音の正体がそれならば、脈絡が無さ過ぎるというかなんというか。
「気になるなら見てみればいいです」
 いつの間にか彼女は手を振ることを止めていた。眩しそうに音のする方を見つめている。
 僕も彼女にならいその方向へと目を向けた。
「……」
 全く酷い冗談だ。飛行機だと思っていた。というか、音は全く飛行機のそれと変わらない。しかし、空を飛んでいたのは
ジャンボジェットと同じ位のでかさの、白ワンピを着た金髪少女。
 つまり目の前の彼女と瓜二つの大女だった。
 白いワンピースがはためいて、今にもまくれ上がりそうだ。そうなったら、さっき見たパンツとは比べ物にならないほど
の白い衝撃が僕を襲うのだろう。もう、わけ分からん。
 金髪の大女はチョークで黒板に線を引くように、真っ青な空に一筋の雲を引いていた。飛行機雲のようなものだろうか?
 この際、雲の出来る原理なんて考えた所で無意味なのだろう。
 彼女の引く白い線は、何も無い青空を二つに割っていく。そして僕ら(僕と少女)はどうやら、その雲のちょうど真下に
いるようだった。
 金髪の大女は、僕らの上に差し掛かった時に一度だけ僕の方を見た。
「何であんなに泣きそうなんだろう?」
 彼女の目には、今にもこぼれそうな涙が浮かんでいた気がした。
 空の向こうに消えていく大女。後もう少しでパンツが見えるという所で、僕は少女の右ハイで意識を飛ばされる。
 仰向けに倒れた僕の視界に、綺麗な白線が色鮮やかに映った。

「さっさと起きやがれですー」
 脇腹に衝撃を感じて目を開く。つか、もの凄く痛い。どうやらアバラにトーキックをされていたらしい。
「もう少し普通に起こしてくれませんか?」
 切実なる僕の要求は、無情にもシカトされたようだ。すでに彼女は起きた僕ではなく、空の白線をみつめていた。
 かなりの時間がたったはずだが、雲は薄れることなくむしろさっきよりもはっきりと浮かんでいる。
「なんか不思議な光景だなぁ」
 僕は率直な感想を述べた。こんなことを言うのはなんだが、実はさっき大女から伸びる白い雲を見て金魚の糞みたいだと
思ってしまった。多分口に出したらもっと蹴られていただろう。

26 :No.05 世界のキロ 5/5 ◇0CH8r0HG.A:08/04/06 00:14:32 ID:tBFmZvQG
「前にここに来たのは、おっきなトカゲさんでした。時間が過ぎるのは早いもんです」
 彼女は泣いていた。空に映る白線を見て、何を思い浮かべたのだろう? 一度だけその目を拭うと、僕へと向き直る。
「貴方はどちらに行きたいですか?」
 二つに分けられた世界の中心で、彼女は猿顔の僕に真面目な顔で問うた。

 右も左も真っ青な空の下無限に広がる草原だ。違いなんて見えてこない。彼女がおめでとうと言ったのは、僕に選ぶ権利
が与えられたからだったのだろうか?
 どっちでもいいはずだ。しかし、僕は何故かどちらも選んではいけない気がした。
「トカゲはどっちへ行ったんですか?」
 僕は少女に問いかけた。右にも左にもトカゲの姿は見えないのだから、彼らはすでにその道の先に向かったのだろう。
 少女は黙って左を指差した。
「じゃあ、右かなぁ」
 口では言いつつもなかなか選ぶことは出来なかった。と、僕らの上に掛かった飛行機雲から、次第にポツポツと雨が降り
始めたのだ。
 右も左も見渡す限りの快晴なのに、僕らは冷たい雨に打たれている。次第に雨脚は強まって、僕と彼女はずぶぬれになっ
ていく。白いワンピースが彼女の白い肌に吸い付いて、これまた白いブラが透けて見えた。
 金の前髪が彼女の顔に張り付いて、その表情を読むことはもう出来ない。
 寒い。こんな雨に打たれていたら、風邪をひいてしまうかもしれない。だから僕は彼女に対する答えを決めた。
「僕と一緒でよかったら、この雨の道を行ってくれませんか? 二人なら寒くないかもしれないし」
 
 僕が目を開けると、そこは見慣れた部屋だった。散らかった本、無造作に置かれたゲーム機、クズカゴの中にはスナック
菓子の空き袋。
 カーテンの隙間から差し込んでくる陽の光を見て、パジャマのまま急いで外に飛び出した。昨日の夜から降っていたはず
の雨は止んで、電線の上では雀が鳴いている。
「綺麗な空だなぁ」
 僕はアスファルトに膝をついて、地面にそっと口付けた。見上げた空にはパンツの形をした雲が浮かんでいる。
 目を閉じると微風が僕の頬を撫でた。瞼の裏側には、彼女が最後に見せた心からの笑顔が眩しく張り付いていた。

 終わり



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