【 過去試験 】
◆swIhawKD96




17 :No.04 過去試験 1/5 ◇swIhawKD96:08/04/05 14:16:14 ID:JNSk5c8L
 「おはようッ」
 「はよー」
「おはようございます」
朝起きると三人の人間がベッド周りに立っていた。
右から綺麗に大・中・小――青年・思春期・少年といった具合に、みごとな坂を描いていた。
「えーっと。どちらさまですか? 」
ねむけまなこをこすりながら尋ねる。どうやってこの部屋に入ってきたのだろう? この部屋の鍵は親父もおふくろも持ってないのに。
「何いってんのさ。僕はキミだよ」
少年が女の子じみた笑顔を向ける。
「こら少年時代。そんなこと言ったって混乱させてしまいますよ」
青年、わけのわからぬことを言う。
「突然すいません。私たちはあなたの過ごしてきた時代の代表者として、今のあなたを試験しにきたのですよ」
「今のあなた? 」
「そう今のあなたです。要するに私たちは三人とも過去のあなたの姿ということになります。どうでしょう? 理解していただけましたか? 」
そういわれてみればこの三人どこか俺と似ているような気がする。目元のほくろ、手の甲の傷。たしかに特徴も一致している。
「百万歩譲って、オマエたちが俺の過去だとして――そんな過去の俺がいったい何の用なんだ? 試験? どういう意味だ? 」
「おう。そこを早く聞いて欲しかったぜ。いいか。過去のオマエであるオイラたちは今のオマエをジャッジしに来たのさ」
「ジャッジ? 」
「そうジャッジだ。難しいことは……えーっとわかんねぇ。おい高校時代。説明してくれ」
思春期はバツが悪そうに俺から目をそらす。
「では説明させていただきます。率直に言って過去の私たちからみて今のあなた体た

18 :No.04 過去試験 2/5 ◇swIhawKD96:08/04/05 14:16:44 ID:JNSk5c8L
らく振りが目に余るのです。たとえば私は現在高校で生徒会長をやっていますが、その経験をあなたは今生かせていますか? 」
痛いところをつかれた。たしかにリストラされてからここ三年は部屋に引きこもってひたすらパソコンの画面と対話する生活をしていた。
俺は正直に首を横に振った。
「だってしかたないだろ。俺だって好き好んでリストラされたわけじゃないし……なかなか就職活動もうまくいかないし……十社連続で落ちればヤル気なくすさ……」
「あーウゼぇ。そこなんだよ。オマエのダメなところ。オイラなんて、どれだけダメでも挑戦し続けたぞ。二十三人連続でフラれたってオマエはへこたれなかったじゃねーか。忘れたなんて言わせないぞ」
そういえばそんなこともあったっけ。二十四人目でオッケーをくれたエミは今何をしているのだろうか?
「こら思春期。話を勝手にそらせてはいけません。すいません。なにぶんこの時期の私は血の気が多い時期でして……」
「ケンカ百戦無敗だったもんな。隣のヤンキー校にも乗り込んでいったくらいだし」
「ホント? だったら僕もゴンちゃんからいじめられなくなるってこと? 」
少年は目を輝かせる。ゴンちゃんとは小学生の時、俺をからかってきたヤツの名前だ。
「おぅ。もちよ。アイツは中二の時に病院送りにしてやったぜ」
思春期誇らしげ。腕を組み、鼻を鳴らす。
「そのあと停学二週間でしたけど」
「ふん。停学は男の勲章だぜ」
「まったく……お恥ずかしい限りです」
青年がおずおずと頭を下げた。
 そう俺はその停学を境にまっとうに生きようと思ったんだ。腕力だけでは生きていけない。
俺にとっては大きな成長だった。
 「それで……本題なのですが。過去の私たちは今のあなたの生活を見て、将来への不安を感じたのです。たしかにあなたの未来はあなたのものですが、今のあなたが私や彼ら――過去のあなたの積み重ねである以上、過去の私たちもあなたの将来に干渉する権

19 :No.04 過去試験 3/5 ◇swIhawKD96:08/04/05 14:17:09 ID:JNSk5c8L
利があると思うのです」
青年、メガネのつるを指で押し位置を整える。
「だから私たちは今のあなたを試験することにしたのです。これから何個か質問をするのでそれに答えてください。過去の私たちが納得できるような答えをいただけたら私たちは大人しく過去に帰ろうと思います」
「……もし納得しなかったらどうするつもりなんだよ」
「その時は僕たちの力で今のキミを消しちゃうの。だって過去の僕たちが納得していなんだから」
「まぁ。今の自分に納得がいかない人がひっそりと首を括るように、過去の自分が今のあなたを消すこともできるということです」
「つーか。オイラたちが納得したら別にオマエは消えないんだ。やり始める前からビクビクするなんてチキンすぎるぞオマエ」
「わかったよ。答えてやるよ」
売り言葉に買い言葉。俺は挑発的な言葉を返した。
「それでは過去試験開始です」
「じゃぁ第一問。キミは今夢がありますか? 」
「ちなみに僕はサッカー選手になりたい」と少年は続けた。
「あー。宝くじで三億あてたい」
俺は率直に答えた。三億当たれば親の働けコールもおさまるだろう。
「何それぇ。ぜんぜん夢がないよぉ」
少年が不服そうに口の端を歪めた。仕方ないじゃないか。いまさらサッカー選手なんてなれないだろ。ああいうのは才能のある一握りの人間にしかできないんだ。
「ふん。一問目ははずしたようだな。じゃあ二問目だ。今オマエにはワクワクすることはあるか? ちなみにオイラは毎日がワクワクの連続だ」
おいおいハズレだったのか。てことは本音じゃなくて、なるべく過去の自分の機嫌を伺わなければならないってことか。
「えーっと。実は今恋をしているんだ。だから俺も毎日ワクワクだぞ」
もちろん嘘だ。だが消されないためにはこうするのが正解なのだろう。
「へっ。嘘をつくときに上のほうを見る癖は相変わらずだな。いいか中学時代のオマ

20 :No.04 過去試験 4/5 ◇swIhawKD96:08/04/05 14:17:31 ID:JNSk5c8L
エは、精一杯自分に正直に生きていたぞ。それがこんな嘘つきになるなんてな。まったくつまんねーオトナになったもんだ」
思春期は露骨に嘆息した。くそっ、言われたい放題だ。
「二門連続で不正解だったようですね。では第三問です。今あなたは幸せですか? ちなみに私は小学生の時ほど夢に溢れているわけでもなく、中学生の時ほど好奇心に突き動かされているわけでもありませんが、
  信頼できる仲間や尊敬できる先生方に出会えて、平穏ですが幸せな人生を送っています」
失恋。リストラ。無気力。無目的。ひきこもり。
幸せなわけがない。高校時代の俺がどんな答えを待っているかなんて知らないけれど、今の俺が幸せでないことだけはたしかだ。きっと嘘をついてもまた見抜かれる。
「幸せじゃねーよ。幸せなわけねーよ。見たらわかるだろ? この部屋。食い散らかした菓子の袋、脱ぎ捨てた服の山、積まれたゲームに漫画。過去のオマエらにはわかんねーかもしれないけどこれが現実なんだ。笑いたきゃ笑えよ。
  貶したきゃ貶せよ。もう過去には戻れないんだ。過ぎた日々は変えられないんだ。だからオマラらは綺麗なままでいられるんだ。もう消すなり殺すなり好きにしろよ。こんな人生もう嫌なんだよ」
俺の叫びが六畳の部屋に響き、三ヶ月開けていないカーテンに吸い込まれていった。
「そうですか。よくわかりました。私としては今の答えに百点をあげてもいいと思うのですが、今のあなたが消えることを望むのであれば仕方がありません。あなたを消すことにします」
「……消えたらどうなるんだ? 」
「安心してください。今度は今のあなたのようにならないように分岐点を修正した人生が再び始まります。まぁあなたの自我はなくなるでしょうがしかたありません、なにせ過去の積み重ねによって産まれたのが今のあなたなのですから。
 それではよろしいですか? 」
「自我がなくなる? 」
「オマエがオマエじゃなくなるってことだ」
「簡単に言うと死んじゃうってことだよ」

21 :No.04 過去試験 5/5 ◇swIhawKD96:08/04/05 14:17:52 ID:JNSk5c8L
「この未来が存在しなかったことになるだけです」
「えっ……本当に? ちょっと待て、たしかに消してもいいとは……って、おい」
右手が透けてきている。マジか。動かそうにも言うことを聞かない。本当に消えるのか? こんなことが……クソ、頭が回らなくなってきた…………。

   *          *            *

「はっ。何だよ……夢かよ」
寝汗でぐっしょりとスウェットが濡れている。カーテン越しに差し込む光がまぶしい。
いったい今は何時なんだろうか? 時計を見ると短針が十を指していた。
 さっきの夢はなんだったのだろうか? 寝ぼけた頭でぼんやり考える。
「……前向きに生きろって神様がいってるのかもな」
独り言が青を基調にした部屋に散っていった。
枕元には就寝前にめくっていた求人誌。
もう一度就職活動頑張ってみるかな。
「おはよう」
「いい日和じゃのう」
「お……は……よ……う」
背後から声が聞こえて振り返った。
ベッドの周り三人の人間が立っている。
右から綺麗に大・中・小――中年・老人・長老といった具合に見事な坂を描いていた。
「えーっと。どちらさまですか? 」
「無礼者。何を言うか、我々は貴様の未来の存在だぞ、それもわからぬとはなんたる不敬」
中年が重量感あふれる声をふりおろす。
「これ中年。若人が混乱してしまいますぞ。すまないのうワシらはおまえさんを試験しに未来から来たんじゃ」



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