【 イノチヲダイジニ 】
◆mgoacoGROA




88 :時間外1 イノチヲダイジニ1/5  ◇mgoacoGROA:08/03/31 01:43:39 ID:1oU1ymOM
「はあ」
 男はため息をついた。ようやく今日一日の仕事がすべて終わったのだ。
ポケットからDEATHと書かれた小さな箱を取り出す。不気味な髑髏が描かれたそれから白い棒のようなものを取り出すと口に咥えた。
しかし、どうやらそれを使用可能にするための道具を切らしてしまっていることに気付く。
はあ、ともう一度ため息をつくと彼はおもむろに指を鳴らした。
 次の瞬間、何もない所から一瞬にして火柱が上がりそれが消えたかと思うと男は何事もなかったかのようにその場で火のついた煙草をふかしていた。

 こちらの部署に配属されてから十三年、連日のように激務が続いている。
勿論、休日なんてあったもんじゃない。というより、人々が生きている限り我々の仕事に休みなんてものは存在しない。
もっとも、いなくなればいなくなったでそれはそれはで大変なのだが……。
 ともかくこの忙しさはない。担当している地域が地域だから仕方ないのかもしれないが、いくらなんでも仕事の量が多すぎる。
第一何故、欧州出身の自分が東洋のしかも端っこにある部署に配属されなければならないのか。
慣れない職場で仕事をするのは苦痛ではないが、どうも担当する地域の人間が特殊すぎる。
どうしてこうはっきりと物を言わないものかな……。
 愚痴を零しながら足早に帰路へと急ぐ。そんなことよりも今日は待ちにまった嬉しいことがあるのだ。
 
 そう、十三年に一度の人事異動だ。


89 :時間外1 イノチヲダイジニ2/5  ◇mgoacoGROA :08/03/31 01:45:31 ID:1oU1ymOM
太陽は既に西の空に沈みあたりは闇に包まれている。
 本来ならば夜を生きる我々がもっとも活動しやすい時間……なのだが、十三年に一度の
人事異動のために早々に仕事を切り上げた。遊んでいる暇もない。
配属地域、部署を勧告されたらすぐに準備をし今日の内にそこに到着していなければならない。
でなければ翌日の任務に支障をきたすからだ。
 まったくもって難儀な仕事だよ、そう一人ごちりながら少しだけお洒落をして家を出た。
別に人事の異動先を聞きに行くだけなのだから普段着でも構わないのだが、ようやく連日の激務から解放されるとの思いから
彼の気持ちはこころなしかウキウキしていた。
 ともかく、最も恐れる月曜日の朝から解放される。
それだけでも今の彼にとっては十分であった。

 待ち合わせの喫茶店に着いた。
 部署といっても便宜上の名称だけ。我々は一箇所に集まって仕事をするのではない。
故にてんでんばらばらに業務をこなす我々に人事異動を伝えるには、直接各人に報告しなければならない。
なんともまあ面倒な組織なんだか。地域や民族によって……はては宗教によって業務の方法もまったく異なってくるなんて面倒極まりない。
幸か不幸か担当していた地域はほぼ一種の民族で宗教に対する意識も希薄になっている所だったのでよかったのだが、それはそれで面倒でもあった。
 店内に入ると同時に落ち着いた音色のクラッシクが耳に流れてきた。
雰囲気の良い喫茶店だ。待ち合わせにはピッタリだ。
何人か客が居たがどうやら自分の望んでいる人物はまだ到着していないらしい。
適当に空いている席に座りしばらくの間待つことにした。

90 :時間外1 イノチヲダイジニ3/5  ◇mgoacoGROA:08/03/31 01:46:32 ID:1oU1ymOM
―――が
 店に入ってからすでに四時間。時計の針がそろそろ十二時を回ろうとしている。
今日中に新しい配属先に到着しておかなければならないのに、人事勧告をする者が未だに自分の元を来ないのはおかしい。これは自分には今回の異動はないということなのか?
嫌な予感を感じながらも彼は待つが、待ち人はいっこうに訪れようとしない。
 手元の灰皿には吸殻がてんこ盛りになっており今にも崩れそうなほどに巨大な灰山を築いていた。
「はあ」
本日何度目であろうか、ため息が彼の口から紫煙と共に吐き出される。
 そんな彼にも空しく時計の針は新しい日付を刻んでいた。
***

 彼が月曜日の朝が怖い理由はただ一つ。
その日の朝に今日の処理すべき任務のおおよその数が報告されるからだ。
しかも、月曜日に限って多いという。ただでさえ激務に追われているのに、朝からそんなことを報告されて鬱になるのは分からなくもない。
しかも仕事が仕事なだけに恐ろしいのだ。人間は多種多様だが死に方も多種多様なのは勘弁してほしい。
ヒステリックを起こさないまでも死んだ人間がどんな姿をしているのかこれは想像しなくても分かるであろう。しかも、自殺者なんて真っ当な死に姿をしているハズがない。
 不慮の事故や戦争などで死んでしまった人間は運命の輪の中にいるのだから導かれるべき場所に導かれるのがそれ以外
……すなわち運命の輪を外れたもの達をしかるべきところへ導くのは我々の部署の役目だ。
 まったく何故人間は運命に身を任せず天寿をまっとしようとしないのか。彼にはそこが不思議でならなかった。


91 :時間外1 イノチヲダイジニ4/5  ◇mgoacoGROA:08/03/31 01:47:18 ID:1oU1ymOM
「はあ……なんで人間は自ら命を絶つなんてことするんだろう」
 なんでも、この担当地域の民族には自殺が文化でもあるようで
……そんなもの文化にするなよ! 仕事が増えるだろ! そう彼は言いたいのである。
まあ、その後の処理をすることが仕事の彼にいえたものではないのだが。
 しかし、受け取った報告書に一瞬彼は目を疑った。いつもより明らかに数が少ない、いやそれどころか一週間の内
最も少ない曜日に相当するほどの少なさである。
「こ、これは一体……」
 まさか、本部のミス? いや、そんなことがあるはずがないというかあってはいけない。
自分からしたら仕事の量がいつもより少ないのだから喜ぶべきなのであろうが、あまりの違いに言葉を失っていた。
確か今日は祝日でもなんでもないハズだ。いつも通りの月曜日なハズなのに。
 この国の法律でも変わったのか? 自殺しちゃいけませんって? いやまさかそんなことで止まるものでは……。
では、民族自体の考えが変わったのか? こんな短期間に?
色々な考えが頭をよぎるがどれもこれも確信を得られるような答えではない。
 
では一体何故……?

「おい、お前なにやってるんだよ」
 そろそろ頭がパンクしそうになりかけた頃突然声を掛けられた。
同じ極東地域担当の死神だ。いわば彼の同僚。
自らの業務領域を超えて彼らは仕事をしない。それは当たり前だ。
 それなのに他の死神が自分の担当区域にいる。どうもおかしい、何がどうなっているんだ。
しかし何故他の死神がここにいるのか、そんな疑問よりもまず今現在自分が抱えている
不可解な現象の理由を彼は一刻も早く知りたかった。


92 :時間外1 イノチヲダイジニ5/5  ◇mgoacoGROA:08/03/31 01:48:14 ID:1oU1ymOM
「お前、ハッピーマンデー制度って知らない?」
 ハッピーマンデー制度?なんだそれは俺にとってマンデーは鬱でしかない日なんだが。
「なんでも、祝日を月曜日に移行する制度なんだそうだ。お前が担当していた地域の国が新たに導入した制度らしい」
「うーん、ということは本来なら何もないはずの月曜日が休日になったってことか?」
「まあ特定の祝日のかわりの月曜日だけな」
 なるほど今日がちょうどその日でようは休日だったというわけだ。
月曜日に自殺者が多いということを知り政府がこの制度を導入したということか、どちらにせよ自分にはありがたいことだ。
仕事が減る。しかも月曜日の仕事が。
 昨晩のどんよりした気持ちはどこへやら、彼にとっては願ってもない話だった。

 嬉しさとようやく謎が解け晴れ晴れしさに意気揚々と仕事に向こうと思ったが、最後にもう一つだけ疑問が残った。
「というか何してんのお前?」
 と、同時に同僚の死神は眉を顰め怪訝な顔でこちらを見てきた。
「はあ? 何言ってんだお前。 今日からここは俺の管轄だぞ」
 思わずすっとんきょうな声が出てしまった。今なんとおっしゃいました?
しかし、何度聞いても彼は同じことしか繰り返さない。まるで壊れた人形の如く。
「人事部がミス……んな馬鹿な……とりあえずお前も人事異動対象だぞ」
「一体どこに……?」
 折角、こっちでの仕事が少しは楽になるかと思ったのに。落胆はしたもののもしかしたら故郷のすぐ近くの部署に配属されるかもしれない。
彼は期待半分不安半分な面持ちで恐る恐る聞いた。
「おお、喜べ欧州だとよ。お前さんの故郷じゃねえか!」
 その言葉を聞いて思わず嬉しさに発狂しそうになった。死神になってから八十年やっと故郷に帰れる。
だが、彼の喜びもつかの間に終わった。そう同僚の次の言葉によって。

「配属先は……リトアニア……自殺者率ワースト一の国。なんていうか……頑張れよ」

   あア、神サマどウしてアなたは命トいうモノヲおツくりニなッたのデスか






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