【 Lolita for tea 】
◆HdWNJB7.Vo




83 :No.21 Lolita for tea 1/5 ◇HdWNJB7.Vo:08/03/31 00:25:18 ID:X/hXXi0w
Prologue

 大きな満月が出た。深い森の枝葉を突き抜けて月光が降り注ぐ先に、誰も知らない丸太小屋がある。中には十数人の幼い少女たちと、老婆が一人住んでいた。
 一階には大きな談話室が一つと、ささやかな台所がついている。二階には三つの寝室があって、少女たちはそこで眠った。
 寝室の窮屈さを別にすれば、彼女らに不自由は無かった。例えば、普段は姿を見せない老婆が、必要なときにだけ現れて、少女たちに料理を振舞ったりする。
 その森が密閉されていることに、少女たちは気付きもしない。
 夜の丸太小屋は、ずっとそのままで佇んでいる。
 今宵は、新しく少女が一人連れられてきた。優しげな表情のピエロに手を引かれている。
「そうだ。小さなお手々を出してごらん」甘くて優しいピエロの言葉だった。
 ぼろぼろのクマを抱えた少女が、その小さな顔を上げてピエロを見つめている。
「ボクの手は、大きくて、ごつごつしているだろう? 真っ赤でまん丸のお鼻も、大きな口も、真っ白な顔も、楽園への通行証なんだ。ぼくは運び屋ピエロ。いつかきみを、楽しいトコロに連れて行ってあげる。その時まで、待っていられるね?」
「うん!」少女はピエロにもらったキャンディを口の中で転がしながら、小さな顔に大きな笑みを浮かべた。
「じゃあ、きみに名前をつけるよ。頭文字は二周目のN、四十番目のナターシャだ」
「うん」と少女は言って、優しいピエロに手を振った。
「じゃあ、また迎えに来るまで、いい子にしているんだよ」
 優しいピエロは去って行った。



 目を覚ましたナターシャは、誰もいない寝室で白のガウンに着替えた。乱れたシーツを直して部屋を出ると、開きっぱなしの玄関から夕日が長く差し込んでいた。
 階段を下りて窓から外を見つめる。
 夕方になっても、枝葉の間からわずかに降り注ぐ陽で、辺りはほのかに明るかった。
 小屋の裏には小さな滝と、切り株で作った椅子が3つ。水車小屋は壊れていて、小さな少女たちの遊び場になっている。
「とっても、楽しそう」と丸太小屋から出たナターシャは言って、大きなあくびをした。
 いたいけな少女たちが滝の下のたまりに集まって、水をかけあって笑っている。
 柔らかな肌、華奢な腕、硝子細工のような指先。くびれすら無い少女らの裸体は、細やかな水飛沫に包まれて、罪の無い時間の中に溶け込んでいく。
『その時』が来るまでの短い時間を謳歌しているのだ。
「さてと」ナターシャは徐に立ち上がると、髪の毛を結い上げて服を脱いだ。しっかり目を覚ますには、冷たい水が一番いい。
 ナターシャは飛沫から逃れ、少し離れた静かな流れに細い足を伸ばした。
 水面が揺れた。透き通るような彼女の肌が、滝からやってくる清流に沈んでいく。

84 :No.21 Lolita for tea 2/5 ◇HdWNJB7.Vo:08/03/31 00:25:53 ID:X/hXXi0w
 顔を水に浸けて軽く擦ってみる。
 ナターシャは立ち上がり、じゃれあう少女たちの輪に加わった。
 水を飛ばしたり、滝に打たれてみたり、泳いでみたり、日頃と変わらない無邪気な遊びだ。
 十数人の少女にの中でも、最も背の高いナターシャはよく目立った。目が大きくて幼さの抜けきらない童顔も、稚い少女たちに囲まれていれば、とても大人びて映るのだ。
 そして、十二歳のナターシャは、最も髪の毛が長かった。
「そろそろ戻ろう。小屋の煙突から、煙が上がりだしたわ」
 老婆が夕食の準備を始めたのだ。
 ナターシャに続くようにして、少女たちが川から上がってくる。
 それぞれに濡れた体を拭いて、髪の毛を絞る。うまくできない子や、まだ言葉の拙い子には、ナターシャが手を貸してあげた。
 素肌が透けるほどに薄いスリップや、豪奢なリボンをあしらったレースのベビードールを身につけている子もいれば、サイズのあっていないネグリジェを着ている子もいる。
 誰もがその時に見つけた思い思いの服を着るのだが、色は全て白に統一されていた。どれもが可愛らしく、汚れ一つなかった。
 少女たちは暖炉の前に集まって、夕食が出来るまでの間に髪の毛を乾かした。櫛で丁寧に梳いて、他愛の無い話をする。
 まだ言葉の拙いような少女でも、その雰囲気に包まれて笑っていた。
「あら、あなたは?」とナターシャは言った。
 少女たちの輪の中に、見知らぬ子が一人いたのだ。彼女はナターシャの方を向いて、首をかしげた。その顔は幼く、顔の一番大きな部品が目であるかのようにすら思われた。レースのキャミソールが透けている。
「今日来たのよ。ナターシャったら、いっつも夕方まで寝てるものだから、気付かなかったんでしょ」とおしゃまのマルティナが言った。小さな胸を大きく反らせて、にやりと笑顔を向ける。
「その分、たくさんお昼食べれてるんだから、感謝してよね」とナターシャは言った。
 彼女自身、自分が少女たちの中でも異質であることは分かっていた。誰よりも長く丸太小屋に住んでいて、しかも生活のリズムが異なっている。
 丸太小屋に来てから長くとも二年すれば、優しいピエロに迎えられて小屋からいなくなるものだ。
 このまま、あの老婆の役目を継ぐことになるのではないか、と考えたこともあったのだ。
「名前は、なんていうの?」とナターシャは聞いてみる。
 たずねられた少女は、何度か首を傾げて見せて、「リタ」と言った。
「リタ、いい名前ね」ナターシャは、リタの頭を撫でてやった。「何周目かしら?」
 代わりにマルティナが答えた。「八周目でしょ。頭文字はR。ね?」
 リタは首をかしげるだけだったが、ナターシャはそれで満足した。
「それじゃあ、今日は土曜日なのね」
 ナターシャはうっとりとした。土日の夕飯は、決まって何かのスープが出る。それは、彼女の最も好物とするものの一つだった。
「明後日、優しいピエロは来るかしら。わたしを選んでくれるかしら。運だから、こればっかりは何とも言えないけれど」とマルティナは言った。「ナターシャも、いい加減連れて行ってもらわないと、あのお婆ちゃんみたいになっちゃうわよ」
 皆がテーブルに視線をやる。
 暖炉の向かいにある大きなテーブルに、老婆が料理を運んできた。パンと、スープの入った大きな鍋。いつもどおりだ。

85 :No.21 Lolita for tea 3/5 ◇HdWNJB7.Vo:08/03/31 00:26:16 ID:X/hXXi0w
 少女たちは話をやめて、食器を配膳していく老婆のことを見つめていた。
 老婆は少女たちとは喋らず、質問にも要望にも答えない。蝋人形のように口を硬く閉ざして、自分に与えられた役割を淡々とこなしているのだ。
 老婆がいなくなると、少女たちは一斉に立ち上がってテーブルについた。
 湯気の立つスープにパンを浸して食べる少女もいれば、熱そうにしながらも、皿に口をつけて飲もうとしている少女もいる。
 まだスプーンの使えない少女や、甘えん坊の少女には、ナターシャが食べさせてやる。
 当然、彼女自身が口に運ぶ頃には、スープは冷めてしまっていた。
「ちょっと、わたしのはあげないわ!」とマルティナが叫んだ。
 ナターシャが目を向けると、マルティナのスープをリタが飲もうとしている。
 すぐにナターシャは割って入り、リタを膝に抱いた。
 リタはパンに手をつけていない。
「パンが嫌いで、スープが欲しいのね?」
 リタはナターシャのスプーンをもって皿をこちんと鳴らすと、「うん」と言って頷いた。
「わかったわ。それじゃあ、パンとスープを交換してあげる。もう、すっかり冷めちゃったけれどね」
 結局、その日ナターシャはパンを食べただけで、夕食はお開きとなってしまった。
「なんでかしら。なんだか、わたし、眠いわ」とマルティナは言った。
 辺りを見回してみると、誰もが目を擦っていたり、テーブルに突っ伏していたりする。
「そうね。みんな、もう寝るといいわ。私はまだ起きているから」
 ナターシャは目をこすっているリタの頭を撫でてやった。

 少女たちが寝室に行ってしまうと、ナターシャは途端に嬉しくなった。誰もいない夜の時間は、ナターシャだけのものなのだ。
 窓を見れば、外がいつもよりも明るい。大きな月が出ているに違いなかった。
 ナターシャは、鏡を見て、髪の毛を綺麗に結いなおした。後ろで一つにくくり、尾を左側に流してみる。ケープの代わりにタオルを羽織る。
 自分の姿を見て密かに微笑むと、ナターシャは小屋を出た。
 外は本当に明るかった。木々の無い滝の周辺は一際明るく輝いている。
 滝のそばにある切り株に座って、空を見上げる。
「そういえば、」ナターシャはつぶやいた。「私がここに来たのは、満月の夜だった」
 月曜の朝にやって来る優しいピエロに、自分が名指しされる夢を何度も見たものである。
 入ってきて一週間で選ばれる少女もいれば、二年近く小屋で過ごした子もいる。
 ナターシャの八年は、それよりもずっと長いものだった。
 月を眺めるのにも飽きた彼女は、水車小屋の中に入って、干草の上に座った。

86 :No.21 Lolita for tea 4/5 ◇HdWNJB7.Vo:08/03/31 00:26:37 ID:X/hXXi0w
 小窓から入ってくる明かりが、床に四角い模様を描いている。壊れてしまった水車は、相変わらず微動だにせず、水の流れる音を立てていた。
 そこに、小枝を踏み折る音がした。
 疑問に思った彼女は、窓から外を覗いてみた。
 老婆がゆっくりと歩いている。どこか目的地があって歩いていることは明らかだった。散歩するだけなら、あのように一点を見ながら歩くことも無いのだ。
 ナターシャは、面白半分で後をつけることにした。八年間、ずっと謎だった老婆について、何か分かるかもしれないのだ。
 老婆は森の中に入ると、小さな道を進んだ。何のためらいも無く、どんどん進んでいく。
 やがて、薄汚れた小屋が見えてきた。まだ灯りがついている。
 老婆がそのドアを叩く。「わしじゃよ、あけておくれ」
 低い声がした後、ドアが開いた。老婆が入っていく。
 ナターシャは音を立てないように小屋の裏にやってきて、聞き耳を立てた。しゃがれた老婆の声と、低く野太い声が聞こえてくる。
「ばあさん、ちゃんと薬は盛ったのか?」
「もちろんじゃよ。叩いても起きまい」
「今日はお客が入ったんだ。十二、三の発育途中の可愛い娘をご希望だそうだ」野太い声が引きつるように笑った。「随分と肥やしてきた、二周目のNが丁度いい」
「あの子がいなくなると、他の子たちの収集がつかなくなるかもしれん」
「かまわねえさ。ばあさんが何とかすれば済むことだからな。にしてもちょろい稼業だ。ここまで崇高な家畜業も珍しいだろうぜ。俺は誰も傷つけない。道化師の格好で飴玉を差し出すだけだ」
「傷つけない? 騙しておろうに」
「本当に楽園かもしれねえだろう? 売っぱらちまえば、俺には関係ねえからな」下卑た笑い声が響く。
 ナターシャは、底冷えがするほどの恐怖を感じた。野太い声からは、悪意がひしひしと伝わってくるのだ。
 大急ぎで丸太小屋に戻り、自分のベッドの中にもぐりこんだ。自分のベッドが部屋の一番奥であることに、少し安心する。
 土日には決まってスープが出る。そして、月曜の朝にはピエロがやってくる。
 ナターシャは震える体をぐっとこらえて、目を瞑った。

 しばらくして、階段がきしんだ。規則正しい足音が近づいてくる。
 ギィと音がして、寝室のドアが開いた。ナターシャのいる部屋だ。
「ぐっすり眠ってやがる」それは下卑た男の声だった。「今日も薬が効いてらあ」
 男はゆっくりと部屋を見てまわりながら、布団をはぐって少女たちの顔を確認した。パジャマのボタンを外して、少女らの体に触れたり、髪の毛を引っ張ってみたりする。
 一人、また一人と点検し、ナターシャに近づいていった。
「残るは、こいつだけか」荒い鼻息が、ナターシャの耳にかかる。
 男の手が、ナターシャの体を仰向けにする。布団をはぐり、彼女の頬に触れた。
 ナターシャは、必死に恐怖と戦い、声を上げないようにして寝ているふりに努めた。

87 :No.21 Lolita for tea 5/5 ◇HdWNJB7.Vo:08/03/31 00:27:01 ID:X/hXXi0w
 男はナターシャを抱き上げて、背中のボタンをはずした。ガウンを脱げて、彼女の体があらわになる。男は胸に触れ、先を指で弾いて遊ぶ。
 ナターシャは歯を食いしばった。
「こりゃあ、要望どおりの上玉だぜ」男は言って、彼女のショーツを脱がせると、その中を確認しようと、指を置いた。
 覚えず、ナターシャは目を見開く。「いや!」
 飛び起きたナターシャに、男は呆気に取られた。
 ナターシャは大きな悲鳴を上げながら、一目散に寝室を飛び出した。
「まちやがれ!」男の怒鳴り声が響く。
 ナターシャが一階に下りて後ろを向くと、男はすぐ側に迫っていた。首根を掴もうと伸びてくる手を、間一髪のところでかわす。
 小屋から飛び出そうとして床を蹴ったとき、何かに足元を取られた。ナターシャの姿勢が崩れる。タオルを踏んでいたのだ。
 暖炉の前に転ぶと、火かき棒が目に入った。それを掴み、思い切り後方に振る。
 ナターシャは確かな手ごたえを感じた。
 野太い悲鳴があがる。
 ひるんだその隙に立ち上がった。玄関まで走る。ドアノブを捻った。が、開かない。「どうして? どうして!」
 男は下品な言葉を大声で発して、迫ってくる。
 ナターシャは振り向いた。間近に迫る野蛮な男。
 彼は拳を振り上げた。「商品だとか、もう関係ねえ!」
 ナターシャは目を瞑った。
 くぐもった低い声がした。
 重いものが彼女をドアに押し付ける。
 ゆっくりと目を開けてみた。
 その先には、血のついた包丁を持った、老婆がいた。
 ナターシャが押しのけると、男の体が、ゆっくりとうつぶせに倒れていく。
 ナターシャは呆然と立ち尽くし、泣いている老婆を見た。
「もう、やめておくれよ。あんたは、そんな悪い子じゃなかったはずだろう」
 男は口から血を吐いて何かを言ったが、やがて息絶えた。

Epilogue

 ナターシャは、十数人の少女たちと紅茶を飲んでいた。初めて作ったチーズケーキも上々の仕上がりだ。
 もう、優しいピエロは迎えに来ない。



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