【 週末の地獄から 】
◆LBPyCcG946




65 :No.17 週末の地獄から 1/5 ◇LBPyCcG946:08/03/30 23:39:24 ID:IPV6itr1
 死刑の執行日ってのは、金曜日が多いらしい。なぜかというと、平日5日間の内に準備が出来るし、
そのまま休日に入ってしまえばわざわざ死刑の執行を追及する五月蝿いマスコミも少ないという訳だ。
自分の死ぬ日も決められないんだ、罪人ってのは辛い。この刑務所に着てからの3年間、不自由だっ
たが文句も言えまい。何せ世間じゃ俺は血も涙も無い殺人者って事になっている。裁判中に何度も冤
罪を訴えたっていうのに、誰1人として聞く耳を持ってくれなかった。
 かくして、俺の死刑は執行される。元々ロクでもない人生だったが、それなりに未練があったんだ。
目隠しをされて、絞首台に上らされて、首にロープをくくりつけられた時、俺の足は確かに震えてた。
そんな週末の終末、なぜか込み上げてくる物は何1つとしてなかった。俺に罪をなすりつけた高橋に
対する怒り、能無しの警察官に対する怒り、そして糞くらえな"放置"国家日本に対する怒り。そんな
もんはもうとっくに枯れちまった。
 そしてドアは開かれた。この世で最も開いて欲しくないドア。それは今俺の踏んでるドアだ。その
ドアをくぐった先には……一体何があるんだろう。
 首にからみついたロープがギュッギュッという耳障りな音をたてながら、確実に絞まっていく。そ
れに連動するように、俺の意識はどこか遠くへと運ばれる。目の前は真っ暗なのに、頭に白い濃い霧
がかかったように感じる。ああ、さようなら俺の人生。マタ逢ウ日マデ。
 ハッ。
 と、気づいたらそこは何やら長い廊下だった。目の前には、ネームプレートの付いていないドアが
ある。俺はというと、6人掛けの長いすに不自然な体勢でねっころがり、口からは涎が垂れている。
今までのは……全て夢か? そんな考えが脳裏をよぎる。いやこんなに長い夢あるはずが……。そも
そもここはどこだ? 周りを見渡すと、設備の整った大きな病院のようにも見えるし、大会社のオフ
ィスのようにも見える。廊下の果ては見えなくて、なんとなく現実味も薄い。
 俺は痺れた足に鞭を入れ、どうにか長イスから立ち上がった。すると、目の前にある部屋の奥から
声がした。「次の方、どうぞ」と言っているように聞こえる。周りを見渡しても俺しかいない。ドア
に手をかける所まで行って、開こうかどうか戸惑っていると、内側からドアが開いた。
「なんだいるじゃないですか。さあ、早くどうぞ」
 現れたのは、スーツを着たビジネスマン風の男、年は20代後半といった所だろうか。俺よりも年
下だが、俺よりしっかりしてる事は確実だ。そして俺が面食らってる間に、その男の手によって部屋
の中に引きずり込まれた。
 部屋の中は明るく、書類が棚に所狭しと並んでいる。高級そうな机と、なぜか地球儀。その前には
1人掛けのソファーが1つ置いてある。

66 :No.17 週末の地獄から 2/5 ◇LBPyCcG946:08/03/30 23:39:45 ID:IPV6itr1
「ささ、そこにどうぞ」
 俺は男に誘導されるままに、ソファーに座らされた。男は机の向こう側に座り、なにやら書類に目
を通している。
「あの……」
 俺が口を開いた瞬間、男がそれを遮った。
「えー、大岡武、32歳、自らの家族4人を殺した殺人犯」男は抑揚の無い声で続ける「3年間の投
獄の後、本日付で死刑執行。ん、注意事項。最後まで冤罪を主張、と」
 確かに男の言う俺のプロフィールにほとんど間違いは無かった。あえて言うならば、「殺人犯」と
いう部分が間違いだ。
「なるほどねえ……」
 と感慨深そうに呟く男に、俺は質問を投げかけた。
「あの、あなたは誰、というかここはどこなんですか?」
「そんなもの決まってるでしょう」当たり前のように「ここは地獄の入り口、私は閻魔様ですよ」
 そんな事言われて、はいそうですかと信じられるのは途方も無い馬鹿か、宗教観念のとびっきり薄
いぶち切れた天才くらいのはずだ。
 戸惑っている俺に、自らを閻魔と名乗る男は続ける。
「なんなら試しに舌でも引っこ抜きます? ペンチありますよ」
 俺は必死に首を横に振った。とにかくこの状況が何であれ、俺が死んだ事にはほとんど間違いない。
この自称閻魔様の言う通りに従うしか、今はあるまい。
「で、どうなの? 冤罪な訳?」
 やたらと親しげだ。口元がにやけてやがる。俺はとにかく必死に、こう訴えた。
「あ、ああ! 冤罪だ。友人の高橋に俺はハメられたんだ。あの野郎、俺の妹にフラれたからって、
俺の家族を皆殺しにして、ましてや俺に罪をなすりつけやがって……」
「ふーむ」
「しかもあの警察、ロクに俺の言い分も聞かないくせに、俺の過去の罪ばかりをまくしたてて、『お
前がやったんだろ!』の一辺倒だ。確かに俺も昔は悪だったよ! ただ自分の家族を殺すほどのきち
がいじゃない! やっと更正しかかってた時だったんだ!」
「なるほど。じゃあ、ここに書いてある証拠の包丁ってのは?」
「それも高橋の罠だ! きっと俺が寝ている間に、俺の手を使って指紋をつけたんだ。そうに違いね
え」

67 :No.17 週末の地獄から 3/5 ◇LBPyCcG946:08/03/30 23:40:09 ID:IPV6itr1
 その後も、ひたすら続ける俺の弁論に、男は時折相槌を打ちながら耳を傾けてくれた。逮捕されて
から、俺の言葉を真剣に聞いてくれた唯一の人間だ。いや、人間なのか? もしかしたら本当に閻魔
様なのかもしれない。ようやく俺が一通りの怒りをぶちまけた後、男は深く頷いてこういった。
「……わかりました! よし、ここでスーパー閻魔チャンス」
「え?」と口を開く俺に向かって、グッと親指を立てる男。
「もう現世では日も落ちて、今は金曜の夜です。これから明日明後日の休日を使って、その高橋とか
いう男の有罪を証明してきてください。もしも出来たらその殺人の罪、無しとしましょう。私も地獄
の閻魔とまで言われる男です。二言はありません!」
 とノリノリで言う男。右腕を高く突き上げて叫ぶ。
「では、現世にレッツ、ゴー!」
 古ッ! と突っ込む間もなく、頭を何かの衝撃が襲い、俺の意識はぶっとんだ。
 次に気づいた時、俺は俺の部屋にいた。もう3年も前の事だが、この間取りはまだ覚えている。置
いてあった俺の私物は全て無いが、あの柱の傷は間違いなく俺の部屋だ。
「やっと起きたんか」
 声をかけられ後ろを振り向くと、そこに男がいた。黒のスーツを着て、帽子を被っている。強面の
顔だが、どこか優しさがある気がする。
「鬼だ。よろしく頼むど」
 と手を差し伸べる男。俺の恐る恐る伸ばした手をガシッと掴み、ぶんぶん縦に振る。そして男が帽
子を取ると、頭には小さな角が生えていた。閻魔様といい鬼といい、イメージとは随分違うものだ。
「お前の身の上は聞いたど。俺も出来る限り手伝ってやるけん、元気だしよれ、な」
 訳も分からず訛った鬼に慰められる俺。なんとかその状況を打開しようと、質問を投げる。
「えと、鬼……さんは、あの、」
 何が聞きたかったのかよくわからないまま、あまりの展開の急さに舌がもつれる。
「閻魔様からも聞いたと思うけども、タイムリミットは月曜の朝やけん。急がんとやばいど」
 言われて窓の方を見ると、日はすっかりと落ちている。俺は慌てて、自分の部屋を出ようとするが、
鬼が肩を掴み止める。振り向くと、鬼は俺の体の下の方を見ている。その視線に合わせて俺も視線を
落とすと、俺は囚人服を着ていた。
「そのままじゃまた刑務所に逆戻りだど。心配すんな、ほれ」
 と、鬼が渡してくれたのはジーパンとTシャツ。決してかっこいいとは言えないまでも、囚人服よ
りはいくらかお洒落だろう。そして着替えが終わる頃には、俺はある種の覚悟を決めていた。

68 :No.17 週末の地獄から 4/5 ◇LBPyCcG946:08/03/30 23:40:30 ID:IPV6itr1
 今まさに俺の身に降りかかっているこの不思議な現象は、とても信じられる物じゃないが、信じる
しか他に選択肢がない。そしてスーツ姿の閻魔様の言った言葉を反芻し、「やるしかない」と闘志を
呼び起こす。
 まずはとにかく家を出た。鬼も当然のように着いてきた。町並みを見て鬼が呟く。
「なんぞこれ……前、現世に来た時はこんなんじゃなかったはずやぞ」
 前とはいつの事かと問えば、さも当たり前のように「江戸時代」という単語が飛び出した。
 とにかく高橋の居所を突き止めねばならない。前に住んでいたマンションに徒歩で行ったが、不在
だった。管理人に聞いてみると、奴は大阪に引っ越したんだという。全く持って迷惑な話だ。
 大阪に行く新幹線の料金も、今の俺には無い。鬼に聞いてみても「金は自分でなんとかしよれ」の
一点張り。鬼の目の前で窃盗を働く訳にもいかず、ここから大阪まで歩いていったらそれだけで月曜
日になってしまう。
 仕方なく次の日の土曜日。日雇いの、履歴書もいらない工事現場のアルバイトでお金を稼ぐ。わざ
わざ地獄から戻ってきてする事がアルバイトとは。なんとも言えない脱力感に襲われたが仕方が無い。
働いている間、鬼は俺の側にずっといた。恐らく、この鬼は俺が逃げないようにするためにいるよう
な気がする。きっと何も出来ず月曜日の朝になったら、俺はこの鬼にもう1度殺されて、またあの閻
魔様の所に逆戻りという訳だ。
 そして日曜日、俺は片道切符を買って、新幹線で大阪に行った。途中の駅で弁当を買って、その美
味さに涙が出た。こんなに濃い味付けの食べ物は、本当に久しぶりだったからだ。
 大阪に着いたら、すぐに管理人さんに教えてもらった住所に行った。チャイムを鳴らしても、ドア
をドンドンと叩いても出てこない。よく考えればまだ昼過ぎだ。他に行くべき所もなく、お金も無い
ため、俺はマンションの近くでうずくまりながら、高橋の帰りを待った。その間、鬼とこんな会話を
した。
「ほんで、高橋とかいう奴に会ったらどうするんど?」
 聞かれてみれば、その事について大して考えていなかった。俺が黙っていると、鬼は更に続ける。
「まあ、馬鹿な事はやめーや。とにかくその高橋がやったって事を言えば、すぐに俺が地獄に連れて
ってやるけん」
 日は沈み、寒くなってきた頃、高橋が帰宅した。俺は急いで部屋に駆け寄り、チャイムを鳴らした。
ゆっくりとドアが開き、すかさず俺は足を挟みこむ。
「高橋!」
 俺はそう叫んだ。ドア越しの高橋の顔が凍る。

69 :No.17 週末の地獄から 5/5 ◇LBPyCcG946:08/03/30 23:40:51 ID:IPV6itr1
「お前は……」
 そう言って、急いで閉めようとするドアを掴んでこじあける。隣にいた鬼が俺を手伝ってくれて、
やがて俺と鬼は高橋の部屋になだれ込むように入った。
「この、」
 色々と言ってやりたい事が頭の中を渦巻いて、俺の感情は激しく波打つ。目の前にいる高橋は完全
に怯えきっている。何せ死刑を宣告されて、刑務所に行った男が、がたいの良い男と2人で自宅にや
ってきたのだ。怯えない方がおかしいだろう。
 ふと、台所に置いてある包丁に俺の目がいった。俺はすかさずそれを手に取り、高橋に迫った。
「ぶっ殺してやる……」
 そんな言葉が俺の口をついて出た。これがまさに俺の本心だった。
「すまなかった! 大岡! 俺が悪かった。殺したのは俺だ! 自首するから許してくれ!」
 そう叫びながら、逃げようと足をもつれさせる高橋。そんなの俺が許す訳がない。一気に心臓を刺
してやろうとした瞬間、物凄い力で後ろから押さえつけられた。その力の主は、鬼だった。
「やめーや言うとろうが」
 そして包丁は俺の手から叩き落され、フローリングに突き刺さる。そして俺を玄関側に引っ張って、
鬼は高橋に近づいた。手首を押さえ込み、鬼は言う。
「間に合って良かったのう。それじゃ、わしゃここでさらばじゃ。じゃあの」
 高橋が鬼に連れられて、家を出ていった。取り残された俺は、何をしていいのかわからず、ただ佇
むのみだった。

「それにしてもうまい手を考えたもんじゃの」
 鬼がそう言う。
「まあ、死刑囚の冤罪なんて、世間に露呈したら何を言われるか分かったもんじゃないですからね」
 とは閻魔様の言葉。
「それにしてもわしが鬼とは、失礼な話ど」
「私だって閻魔様なんて柄じゃないですけどね」
「あいつはこれから頑張りよるかの」
「ちゃんと働くって事を覚えたんです。きっと大丈夫でしょう」





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