【 いびつな笑顔 】
◆m7XPiAsnu




50 :No.14 いびつな笑顔 1/5 ◇m7XPiAsnu.:08/03/30 23:30:15 ID:IPV6itr1
 夜も更けてきた。時計を見ると午後の十時を回ったくらいだ。
そろそろ出るかな、と俺はいつもよりも少し高級なスーツを着込んで町へと出る。
「あれ?お兄ちゃん仕事?」
 俺は頷いた。妹は私立の名門高校に通っていて、俺は妹を養わなければならなかった。

 勤め先のクラブは、部屋から徒歩数分の所にあった。中に入ると、クラブの人達から
声がかかる。俺は少しだるそうに手をあげて挨拶して、奥の部屋へと入った。応接室と
書かれたドアを開ける。
 部屋の中には丸っこく太った男が、ハムスターのように口いっぱいにチキンを頬張って
いた。俺の事に気付くと急いで嚥下した。肉塊が喉を通って行くのが見えて、吐き気がした。

「おぉ、きたか」
「こちらも仕事だからね。嫌いな奴の所にも行かないといけないさ」
 嫌いという言葉に顔が少し歪む。
「流行だからといって、お前のツンデレはどうでもいい」
 いつデレたんだよと思いながら、無駄話をするのも億劫なので、無視して続けさせる。
「で、今日呼んだのはだな、これを売ってほしいんだ」
 男が白い袋を出してくる。
「最近手に入った奴なんだが、依存度が高くて仕入れが安い。うちの関係会社の開発品で、
ちょっと身体に害があるんだが、すごくキレるんだ」
「何かの混ぜ物か。邪道だな」
 文句を言いつつも俺は白い袋を受け取る。こんな奴でも一応社長だ。今日の呼び出し
に、レートのアップだとか甘い期待を抱いて、いつもよりも高いスーツを着て向かった俺
が情け無い。
 俺は一礼して、応接室から出た。


51 :No.14 いびつな笑顔 2/5 ◇m7XPiAsnu.:08/03/30 23:30:36 ID:IPV6itr1
 ここのクラブはドラッグ関係なら何でも取り扱っている。客も会員制で、ドラッグ目的
の奴しか入っては来ない。売りたいというニーズと買いたいというニーズが合わされば、
必然的にカネが動く。そして、非合法の物ほど動くカネはでかくなる。非合法の物を売り
さばく事で、一番怖いのが法で動く組織だ。摘発されると数年は檻の中。
 数年を棒に振るリスクはとりたくないが、カネが欲しい。その仲介役として俺みたいな
クズがいるわけだ。俺が薬を売って、利益の数パーセントのマージンを受け取る。摘発
されたときは俺だけが捕まり、クラブは別の売人が入りシステムは動かない。
 奥の部屋から出ると、良く見る顔が近づいてきた。
「いつもの頼んます」
「お前、金無いだろ…。俺は現金払いしか受け付けねえよ」
「あ、お金なら大丈夫。俺の女が…」
 女だ?その不細工な面でよく言える事だな。怪訝そうな目で見ると、そいつは女の名前を叫んだ。
「オラ、さっさと金出せよ」
 女は怯えながら、財布から数枚の紙幣を抜き出しかけて、
「あ、あの…いくら出せば…いいのかな?」
 男はあぁ?と不機嫌そうな声をあげて、女の頬を殴る。そして財布を丸ごとひったくった。
「買えるだけ頼みます。へへへ、俺いつもお世話になってるから…」
 クズだ、と思いながらも金が出た以上売るしかない。
「なぁ、新作あるが、半々で行っとくか?」
「ぁぁぁあ、す、すいません。ありがとうございますありがとうございます。どうしようかなぁ、
金は無いけどお礼しないといけないっすね、あぁ…俺の女使います?兄貴にならタダでい
いっすから」
 女の方を見ると、一瞬怯えたような表情をしたが、すぐに普通の顔に戻した。しかし内心酷く怯えてるのだろう。手が震えていた。
「あぁ、今度な」
 不機嫌そうに俺はそいつを追い払った。


52 :No.14 いびつな笑顔 3/5 ◇m7XPiAsnu.:08/03/30 23:30:58 ID:IPV6itr1
後まで売ってやるだけだ。
 その日は女だけがやってきた。
「あの、いつもの薬をお願いします」
 女は財布を俺に手渡した。
「あぁ…少ないな。いつもの量の半分くらいになるが、いいか?」
 女はフルフルと首を横に振る。
「あ、の…。私の身体で足りませんか?」
 俺は女を見る。前は奴の女という目で見たから気付かなかったが、商品としてみると
中々いい。整った顔に上品そうな容姿。
「それは俺に買ってくれる男を斡旋しろ、という意味でいいのかな?」
女はびくっと震えた。俺は女を品定めして、奥の部屋に連れて行った。
 月曜日の朝、女は酷く顔を腫らせて出てきた。乱暴をしながらで無いと興奮しない、
泣き叫ぶ所にぶち込まないとダメだ、なんて奴もいる。想像ができないわけでもなかった
が、少し心が痛んだ。

 翌週の日曜日も、女はやって来た。
 俺はため息をついて頷いた。
「斡旋か?だけど今日のアンタは顔が腫れてる。顔が治るまで待つか?今日どうしてもと
いうなら酷い扱いされるかもわからんぜ?」
 今週の薬はあきらめてさ、というと女が震えながらこちらを睨んだ。
「…お願いします」
 客が付かないかもしれない。付いても値段が安いかもしれない。クラブは月曜日の朝
までしか開いていない。月曜日の朝には返さないといけないのだ。そうすると危ない客や
、格安で回数をこなしてという形になるが。
 月曜日の朝になると、女は片腕の肘から先を切断されていた。
「また、よろしくお願いします…」
 女は肘から先を撫でながら、頭を下げた。


53 :No.14 いびつな笑顔 4/5 ◇m7XPiAsnu.:08/03/30 23:31:24 ID:IPV6itr1
 日曜日がやってきた。俺はその女が近づいてくるのを見て、舌打ちをした。
「あの…」
「あのさ、最初に原因作った俺のいう事じゃないかも知れないが、アンタの頭はおかしい
んじゃないか?」
「はい、私はおかしいかもしれません」
 女は無表情に答えた。
「薬をお願いします」
「あのさ、前よりももっと酷い扱いされるかも解らないんだぜ?」
「斡旋を…」
「だからさ、もうあんな男とは別れてさ」
「お願いします、お願いします」
 女は頭を下げる。イラ付いて俺は斡旋先へ連れて行った。
 部屋の奥から声が上がる。
「明日の朝までに、その金額だとかなり酷い事になりますが?」
 俺は無機質な声にぞくりとした。酷ければ死ぬ事もありえると言っているのだ。本当に
死ぬかもしれないんだぜ?と言った。
「お願いします、お願いします」
 女は部屋に入る前、俺に笑いかけた。壊れたいびつな笑顔。


 月曜日の朝、女は出てこなかった。
 女の事を考える。俺の妹よりも少し上、大学生くらいだったか…。俺は彼女の命を
奪った。今持っている俺の薬の価値と彼女の命が等価なのか。
 白い粉をゴミ箱に一つ叩き込む。彼女の命を蹂躙した気がした。
 あぁ、どうせあの馬鹿な男の女なんだ。俺が悔いる事じゃない。
 所詮ゴミ箱にいつでも叩き込めるような、そんな価値しかない命。俺が罪悪感を感じ
る事じゃない。 

54 :No.14 いびつな笑顔 5/5 ◇m7XPiAsnu.:08/03/30 23:31:46 ID:IPV6itr1
 翌週、男がやってきた。
「あ、久しぶりっす。あの女逃げやがって、俺もうすげーむかつきましたよ。見つけたら俺に教えてくださいね?」
 あぁ、あぁ、と適当な返事を返す。できればこいつにはもう二度と会いたくなかった。自分が死に追いやった彼女の顔が浮かぶのだ。

「いつもの頼んます」
「お前、金無いだろ…。俺は現金払いしか受け付けねえよ」
「あ、お金なら大丈夫。俺の女が…」
 女だって?

 俺がそいつの後ろを覗き込むと…

 そこには顔を腫らした妹が…

 〜 Fin 〜



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