【 ああっ死神さまっ 】
◆0CH8r0HG.A




30 :No.10 ああっ死神さまっ 1/5 ◇0CH8r0HG.A:08/03/30 21:55:31 ID:3XCuot6H
 月曜日の夜。僕は自分の命があと少しだと知らされた。
「は? 一体どういうことですか? 何で僕が死ぬんですか?」
 僕がこの理不尽な言葉に対して、当然の疑問を口にすると、僕の目の前にいる自称死神様はこう答えた。
「運が悪いからだよ、小僧」
 ははは、なるほどね。いや納得ですよマジで。例えば、病気で死ぬとか、僕がとある人物の偉大なる目的にとって障害になるからだ、とか言わ
れたらきっともっと納得が出来なかったろうね。
 運が悪いってのは正直どうしようもない。昔、ラッキーマンってギャグ漫画があったけれど、あれほど強い正義の味方なんていないだろうって
当時から思ってた。
 だってそうだろう? 地球で一番強い男がいたとしても、そいつの頭に隕石がピンポイントで落ちてきたら、「はい! それまで!」なんだか
らさ。
「すっげぇ納得しました死神様。で、具体的には僕は後どれ位生きられるんです?」
 口元が緩んでしまう。別に嬉しいとか悲しいとか怖いとか、そんな気持ちは無かった。ただ、純粋に自分の人生がこんなもんなのか、とか考え
たら自然とおかしくなってしまったのだ。
 すると、死神様は僕を見て、これまたおかしそうにケタケタ笑ったのだ。
「ふむ。お前は面白いな、小僧。普通、死ぬって聞かされたら全く信じないか、信じて泣き喚くかのどっちかなんだがな」
 はっきり言って、僕は死神なんて信じてませんよ。今時、アナタみたいに、大きな鎌を片手に持ち、体が白骨化していて、頭からボロボロの布
切れを被った古風な死神なんておとぎ話にしか出てこないんだから。
 そう伝えると、死神様は尚おかしそうに下あごをカタカタさせた。どうやら爆笑しているらしい。
「かはははははっ。なんともイかした小僧じゃないか。確かにこの格好はセンスが無いだろうな。俺も一死神としてこのスタイルには多少の疑問
というか不満をもっている。流石に時代遅れだよな」
「そうそう。ジャンプ読みなよ死神様。今のトレンドは、刀を持った美形な方々だったり、ノートを持った退廃的な方々だったりするのです」
 僕は腕を組んで、わざとらしくうんうん頷いた。死神様も腕を組んでコトコト頷く。
「気に入ったぜ小僧。何か願いはあるかい? 俺には大した力は無いが、出来るだけお前さんに便宜を図ってやろう」
 こいつは願ってもないね。死神様が僕をお気に入りとは、ツイてるんだかツイてないんだか。
 僕は、この不思議な状況に苦笑を浮かべつつ、死神様に言った。
「それじゃ、まずは僕が後どれ位生きられるか教えてください。ってかさっきから訊いてるんだから無視しないでよ、もう」

 前略、お母様とお父様。僕はどうやらあと一週間の命らしいです。死神様が言ってました。で、僕はその間死神様の力を借りて出来るだけ好き
勝手をすることにしました。こんな可哀想な僕を笑ってください。 草々

31 :No.10 ああっ死神さまっ 2/5 ◇0CH8r0HG.A:08/03/30 21:55:57 ID:3XCuot6H
「遺書って難しいね。いや、こんな若い身空で死ぬことになるとは思わなかったもんだから、遺書の書き方なんて勉強したことないよ。そう考え
ると、昔のガキは偉いよね」
 僕は独り言を言いながら、この遺書らしき物を書き上げた。死神様が僕の手紙を見て一言、「汚ねぇ字だな」とカタカタ笑った。
 僕は書いた辞書を封筒にしまうと丁寧に糊付けをして、机の一番上の引き出しの一番目立つ所に置いた。うちのお母様は大変無神経だから、僕
が死んだ後に見られたくないもの(主にAVやらエロ本)のたっぷり詰まった僕の部屋を引っ掻き回すだろう。
 盛大に泣き喚いて、それはもう公害じゃないかってくらいに騒音と涙を撒き散らしながら、それでもやっぱり僕が死んだのを信じられずに、僕
の部屋を荒らすに違いない。あ、なんだかしんみりしちゃいそうだ僕。
 逆に僕のお父様は、これでもかってくらいに表情を変えずに僕の葬儀を行った後で、ひっそりと眼鏡をとって目頭を擦るんだろうな。
 二人とも、一気に白髪が増えちゃうかもしれない。ゴメンね、と今から心の中で謝っておこう。
「おい、小僧。そろそろ行くぞ」
 なるほど、これがお迎えというやつですね? 何て考えて、自然と笑みが浮かんだ。死神様が肉の無い手で僕を手招きする。これからの一週間
を楽しむ死出の旅へと出発だ。
 一応、寒くないようにコートをはおり、暇にならないように胸ポケットの中にはDSを突っ込んだ。財布の中身には、使っていないお年玉。準備
は万端だ。
「よし、行こう死神様」

「意気込んで出てきたはいいが、結局お前さんはどうしたいんだい?」
 死神様は肩越しに首を百八十度回転させて、僕の方を見た。目なんて無いから、そこにあるのは真っ黒な空洞だったけど、そこからは明らかな
視線が出ている。
「うーん。そうだなぁ。そもそも、便宜を図ってくれるっていうのは、どんなことをしてもらえるの?」
 僕は死神様の鎌に目をやった。その鎌で呪文を唱えるとなんでもできちゃったりするのだろうか、とか考える。
「かはははは。残念ながらこの鎌には特別な力なんざ無いよ。そうだな……死刑囚が死の直前に美味いものを食えるだろう? あれと一緒だ。こ
の世の中でやったことないことなら、大抵は味あわせてやろう」
「凄いじゃない! じゃあ、美人のお姉さんに一晩お相手願いたいとか、北京ダックを食べたいっていうのも叶ったりしちゃうわけ?」
 死神様は、そんなことでいいのか、とカタカタアゴを震わせた。
「じゃあ、まずは美味いものからだな。北京ダックでいいのか?」
「オーケーさ。いやぁ、何か人生も悪いことばっかりじゃないなぁ」

32 :No.10 ああっ死神さまっ 3/5 ◇0CH8r0HG.A:08/03/30 21:56:16 ID:3XCuot6H
 僕は生まれた時から、何事につけても運が悪かった。
 それは例えば、よくあるような悲惨な物語の主人公のようなレベルではなく、他人に言わせれば大したことの無いものばかりだろう。
 例えば小学校の時。僕は係り決めの抽選で希望通りになったことが無いとか、席替えでは毎回のようにクラスで一番ブスな真知子の隣になった
りとか、遠足や郊外学習の日に必ずと言っていいほど雨が降ったり風邪をひいたりしたとか。
 例えば中学校の時。買ったばかりの自転車で走ろうとしたら不良品だったりとか、給食で僕だけが食中毒になったりとか、僕の仲の良かった友
達がみんな転校しちゃったりとか、やっぱり隣に座っている真知子のこととか。
 ちっちゃい男だなぁと我ながら思うけど、でも僕はいつからか自分の人生に期待するのをやめていた。
 「どうせ」と「やっぱり」と「案の定」が続く人生なんて、生きていたって何も楽しくない。死神様に死ぬって言われた時、僕は自分が理不尽
と思ったことすら、今考えると不思議だ。
 だって、僕は諦めちゃっていたんだから、いつお迎えがきたっておかしくないはずなのにね。
 
「……い……ぞう。おい、小僧」
 うーん。どうやら寝ちゃってたようだ。いや、死神様の被ってる布切れって、ホコホコしていてとっても気持ちがいいのです。
「起きたか、小僧。全く。俺の背中で熟睡した奴なんてお前くらいだぞ?」
 死神様は背中に乗っている僕を見ることはせず、声だけをかけてきた。ここは空の上だ。死神様の背に乗って、空中散歩をしていたのである。
「ごめんなさい、死神様。夢で北京ダックをもう一度食べてました。すげぇ美味かったよあれ」
「かはははは。そんだけ喜んでもらえれば光栄だが、お前さん、結局それ以外は特に何もしてないだろう? もう日曜日の夜だぜ? 明日にはお
前さんはあの世に行っちまうんだが、遣り残したことはないのかい?」
 そうなのだ。実際、願いを叶えてもらえる状況になってみると、特にすることが思いつかないのである。もう一回北京ダックを食べようかな?
なんてことすら考える有様で、あとはひたすら空を飛んで色々な物を見て回っていた。
 ピラミッドやら、アンコールワットやら、見るものには事欠かなかったし、空を飛ぶのって気持ちが良かったから。
「そうだなぁ。我ながら、こんなに夢の無い男だとは思いませんでしたよ。あとはセックスくらいしかやりたいことがありません」
 死神様は、肩をカタカタ震わせた。毎度思うけど、死神様の笑い方って趣味悪いよ。
「じゃあ、そろそろ絶世の美女に会いに行くとするか。お前さんの願いどおりな」
「あ、その前に、僕の服をなんとかしたいな。つりあうとまではいかなくても、せめてお姉さんに恥を欠かせない程度にはお洒落をしたいよ」
 僕はこの一週間同じ服を着ていたもんだから、ちょっと流石に臭い。風呂にも入っておかなければ。
 それを聞いて、また死神様の肩が震えた。

33 :No.10 ああっ死神さまっ 4/5 ◇0CH8r0HG.A:08/03/30 21:56:36 ID:3XCuot6H
「あれ? ここって僕の家じゃないですか?」
 死神様の背に乗って、やってきたのは懐かしの我が家だった。っていうか、せっかく遺書残して帰ってきたのに、ここで帰っちゃったら、恥ず
かしいんですけど。
「安心しな。お前さんの家族にはバレねぇよ。さぁ、さっさと入んな」
 僕は死神さんに促されて、窓から僕の部屋へと入った。
 やっぱり僕の部屋はボロボロに荒らされていて、遺書も読まれた後みたいだった。ゴメンねお母様。
「ところで、僕の家のどこに絶世の美女がいるんですか? うちにいるのは、僕のお母様くらいですよ。あ、もしかして近親相姦とかそういうヤ
バげなことを僕にさせる気ですか?」
 はっきり言って、うちの母親は美人じゃないんだけどなぁ。ってかそんな危ない趣味は無いよ、全く。
「かはははははっ。安心しな小僧。いくらなんでも、そんな不道徳をさせるつもりはねぇよ。こっちだって一応神様なんだからな」
 死神様は鎌を僕の机に立てかけながら言った。
「じゃあ、一体どこにいるっていうんですか?」
 僕はせっかくした正装の一番上のボタンを外し、ネクタイを緩める。
「ここだよ」
 死神様は被っていた布を無造作に脱ぐ。すると、そこにはあられもない姿の銀髪の超絶美人が立っていた。

 前略 お父様、お母様。どうやら僕は死ぬ直前に、この世で最も美しい物を見てしまったようです。何とも柔らかい胸の膨らみ、抱かれる腕の
温かさ、唇を重ねた時のあの感触。生きてて良かったと思えるものでした。    草々

 僕がそれを書き終えると、死神様がむくりと上半身だけを僕のベッドから起こした。無造作に髪をかき上げると、それが月の光を浴びてキラキ
ラ光って見える。
「何だ、小僧。また遺書なんて書いていたのか。それよりも、楽しめるだけ楽しめばいいだろうに」
 うがぁ、死にたくないなぁ。こんな良いものを知ったというのに、すぐさま死ななきゃならないなんて。本当にツイてないよ僕。
「あと一時間弱しかないぞ? ほれほれ」
 死神様が右手だけでゆっくりと手招きする。ああ、その仕草だけで僕の息子はもう辛抱溜らんといった具合にそそり立った。
「死神様、もう一つお願いがあるんですけど」
 僕は僕の意思とは関係なくベッドに飛び込もうとする下半身を抑え付けながら、死神様に問いかけた。
「何だ? 言ってみろ」
 死神様は、恐ろしいほどに優しい瞳で僕を見つめ返す。
「僕、もう少し生きていたいなぁ」

34 :No.10 ああっ死神さまっ 5/5 ◇0CH8r0HG.A:08/03/30 21:57:01 ID:3XCuot6H
 僕が次に目を開けると、そこは病院のベッドの上で、目に入ったのは見慣れたお父様とお母様とすげぇブスな真知子の顔で、僕は点滴に繋がれ
て横になっていた。
 涙ぐんで僕を見る三人の顔は、信じられないほどにブサイクで、死神様とは正反対にとっても醜い顔で絶望しそうになったけど、その涙はとっ
ても綺麗だった。
 どこからが夢でどこからが本当なのかは分らなかったけど、僕の首筋には赤黒いキスマークらしき痣が出来ていて、それはきっと契約の証なん
だろう。僕が死ぬ時には、きっとあの銀髪の超絶美人ではなく、ボロキレドクロの古風な死神がカタカタ笑いながらやってくるんだろうな。
 そんな話を真知子にしてやったら、真知子は言った
「馬鹿じゃないの? あれはアタシがつけたのよ」
 僕はそのブサイクな鼻の頭に一発パンチをぶち込むと、窓の外を見た。
 死神様はそんな僕を見て、「運が悪かったな」と笑っているのかもしれない。

 終わり



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