【 さじを投げたら夜の街 】
◆/7C0zzoEsE




7 :No.02 さじを投げたら夜の街 1/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/30 02:59:23 ID:1vAoLy86
「ふぅ……」
 小さくため息をついた後、うんと大きく伸びをした。
机の上に放り出された問題集の数々、いわゆる週末課題。今日は日曜日。外は真っ暗。
「宿題が、終わらない」
 背もたれに身体を任せ、ズブズブと腰を沈めていった。
どうにもこうにも、にっちもさっちも。嫌な事は後回しにする癖が祟った。
 時計は頼もしげに午後十一時を知らせている。
このまま、根を詰めて続けても明日提出するのは困難だろう。憂鬱で仕方無い。
「もう、集中力がもたない……明日が来なければいいのに……」
 バンッと両手で机を叩きつけて、勢いよく立ち上がった。右手のシャープを投げ捨てる。
 軽快に階段を跳ね降りて居間に向かう。タンスから、お気に入りの軽装を取り出した。
ワックスで髪の毛を適当に整えて、ネックレスを首元に絡める。
あくまでも意味の無いお洒落。これは自己満足のためのお洒落。
「気分転換にでも行きますか」
 玄関のローファーを履いて、カッコッと音を鳴らして外へ飛び出す。
何か素敵な発見は無いだろうかと、窮屈で息苦しい部屋を飛び出して。
満天の星空を仰いで、澄んだ空気の待つ夜の街へ飛び出した。

 格好つけ夜の街と決め込んだところで、僅かな灯の光と田んぼ道が連なっている。
滅茶苦茶という程でもないが、田舎という表現がお似合いのふるさとだ。
四月とはいえ、この時間ともなるとさすがに冷える。
 特に変わり映えしない町並み。だけど、夜の暗闇と蛍光灯の寂しい光がドキドキを産む。
夜の散歩だなんて洒落てる趣味だな、なんてククッと含み笑いをした後に。
 二つ先の蛍光灯の傍に誰か立っているのに気付いた。
影は主の倍ほどの背丈を持っていて。不気味さと威圧感を絶えず滲み出している。

8 :No.02 さじを投げたら夜の街 2/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/30 02:59:42 ID:1vAoLy86
 好奇心が勝ったところで、一歩ずつ近寄ってみる。
幽霊かな? なんて呑気に考えながら。だったらどうしようと、ちょっと怯えて。
 よくよく眺めてみると、手元から紐がのびている。足元の可愛らしい犬を繋いで。
犬がいるなら、幽霊じゃないだろう。何ら根拠に基づかない確信を持って話しかけた。
「犬の散歩ですか?」
 にっこり微笑みかけても、主は表情を全く変えようとしない。
どこかで見たことあるような、どこにでもいそうな、
そんな女の子だった。整った顔立ちと大人しそうな振る舞いから年上を連想させる。
なるほど美しい、けど何処か近寄りがたい。率直に述べて無愛想だ。

 彼女はゆっくり口を開く。
「私が、外に出たかった。だから犬を散歩してるんじゃない、犬に散歩してもらってるの」
「え……あ、はい」
「あらぬ疑いをかけられては、この子が可哀相よ?」
 変な子だ。思っていたより、変な子だった。こんな夜中に出歩いていることから察するべきだった。
ろくな奴がいる訳が無い。思った途端に自分の否定に頭を悩ませた。
「あ、それじゃ」
 にこやかにその場を去ろうとすると、彼女が袖を掴む。
呼び止められて、戸惑い、へ? と情け無い声を上げてしまった。
「どう、いる? スッキリするわよ」
 彼女の右手には白い錠剤が三粒ほど、収まっている。
僕は、少年犯罪ここに極めり! とばかりに恐れおののいて。引きつった顔で彼女と間をとった。
「あなたは、どこでこんな物を……」
 こんなド田舎で、と続けたかったが、さすがに口を噤んだ。すると彼女は首を傾げ、
「この辺でも、コンビニくらいあるでしょ?」
 彼女のチラつかせる左手に視線をやると、彼女は親指と人差し指でフリスクを摘んでいた。
「面白いでしょ?」
「あ、ああ……」
 馬鹿にされてる気がした。いや、まさに文字通りコケにしているのだろう。
話しかけたのを後悔する。相手にしてられない、せっかく至福の時間を無駄にしてしまった。

9 :No.02 さじを投げたら夜の街 3/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/30 03:00:07 ID:1vAoLy86
「おかしいわ友達から聞いたのに、思ったより面白くいかないわね」
「あ、じゃあ……」
 彼女の元から去り、帰宅しようとすると。また袖を引っ張られた。
「……まだ、何か?」
 僕が苛立ち混じりに言葉を返す。
と、同時に「オラァ! 見つけたぞ!」と遠くで叫ぶ声がした。
彼女は俺の袖を掴んだまま走り出した。
「ちょ、な、何!?」
「今と同じことでね、あの不良っぽい人に三千円で売りつけちゃったのよ」
 唖然呆然。口がぽっかり。
「どうして、もっと遠くに逃げなかったの」
「だって、この子がおトイレしたかったらしくて」
 彼女の左腕には先程の犬が抱えられて震えている。
「じゃあ、なんで僕まで一緒に逃げてるの!」
「もう、どう見ても共犯でしょ? それに話しかけてきたのは貴方の方よ。心外だわ」
 彼女は、タッと駆けていく。とんだ面倒に巻き込まれてしまった。
彼女と僕の足が速いのもあるが、さすがはド田舎。不良たちも走って追いかけてくるので、なかなか捕まらない。
 しかし次第に僕の息が切れてきてしまった。
「ね――、はぁ……どこまでっ! 逃げるの……?」 
「そうね、私の家くる? そんで泊まっていく?」
 彼女は疲れも顔に出さずに、何一つ表情を変えないまま。応える。
僕は、焦って「それは困る!」と返した。
 思春期だからという意味も半分。親に内緒で抜けてきたのと、宿題が本気で心配だったからだ。
彼女はその意思を汲み取ったのか、否か。「冗談よ」と告げ、とりあえず彼女の家でやり過ごす案を挙げた。
「なるほど……。でも、とりあえずちょっと――休ませて」
 住宅街に入ったところ、手ごろな物陰がったので、そこで身を寄せ合った。

10 :No.02 さじを投げたら夜の街 4/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/30 03:00:31 ID:1vAoLy86
 彼らはどこ行ったのかしらと言った内容の台詞を至極下品に叫びながら、不良たちは辺りを駆けている。
「困ったわ」
 彼女が、呟いた。こっちとしてはとっくの昔から困っていたのだが。
「どうしたの?」
「もう少しで家なんだけど。ほら、あそこ。警察が」
 ポケットの携帯を取り出して確認すると午前0時を過ぎていた。
「間違いなく補導されるわね」
「とはいっても通り道してると、不良に見つかるよ?」
 前門の虎、後門の狼か。そんなの呑気に言ってる場合じゃない。
ふぅ。と一息ついて、覚悟を決める。そしてふと、彼女に尋ねる。
「どうして、こんな馬鹿なことしたの?」
「だって、私つまんない子って良く言われるから」
 何か面白いことしようと思って。彼女は続けるが、徐々に小さい声になって聞き取りにくかった。
それにしても、他にやりようがあるものだろうと、つい可笑しくなった。
「クラス替えが済んで、今の教室でも、ろくに友達いないし……」
「奇遇だね」
 僕が彼女の台詞を遮る。これは本心のまま、
「僕なんか、顔も名前も知らないクラスメートばっかりだ」
 僕が彼女だけに聞こえる声で言うと、彼女は小さく噴出した。
「早く帰って大人しく英語だけでも宿題を済ませたいよ。明日先生に怒られるだろうな……」
「そうね、私は数学でもしようかしら」
 人事のように、よく言えるものだよ。苦笑いをした。
彼女の犬がくぅん、と弱弱しい声を上げる。「こっちだ!」と怒声が聞こえてきた。
僕は彼女に、もう少しここで隠れるよう告げた。
 僕は映画の主人公よろしく、物陰から一人飛び出して。
不良たちが迫ってくるのを横目で駆け出した。
 お腹いっぱいに夜の空気を吸い込んで。そして、叫ぶ。
「おまわりさぁん!」

11 :No.02 さじを投げたら夜の街 5/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/30 03:01:01 ID:1vAoLy86
――後日。とはいっても翌日。
 目の下にはクマ。親に叩かれた頬は真っ赤で登校してきた僕。
友人が笑いながら話しかけてくる。

「大丈夫か?」
「もうね、夜中に散歩なんてやめておくよ」
 昨日の話をすると友人は腹を抱えて笑っている。
どうだ、面白いじゃあないか。
彼の笑い声が廊下に響き渡り、僕は苦虫を噛み殺したような顔をする。
「ああ、じゃあ俺こっちのクラスだから」
「うん、また後でね」
 自分の教室の中に入ると、見知らぬクラスメートばっかりだった。
でも、そうだな。やっぱり、自分から慣れていかないと駄目だな。
 憂鬱だった、月曜日。宿題も無い、友達もいない学校で。
僕は今日、少なくとも隣の席の人とは友達になろう。
 ガタンと、隣の席で椅子を引く音が聞こえる。眼鏡の逆光でその人の顔がよく見えない。
「お、おはようございます!」
 力いっぱい挨拶した。すると、一瞬戸惑ったようだが、
「あの……英語の宿題見せてくださる?」
 と返される。あれ? この声は。どこかで見たような顔は。
彼女の席には出来終わった後の数学の問題集と。そしてフリスク三粒。

                                <了>



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