【 嘘 】
◆iwRfrgecCQ




55 :No.14 嘘 1/4 ◇iwRfrgecCQ:08/03/23 23:21:46 ID:DSEkF2jw
「マナミさん、貴方との婚約は正式に破棄させていただくことになりました。本当に申し
訳ないと思っています……」
 ジュンは静かにそう告げた。マナミは首を横に振り涙を零した。
「どうしてですか!? 私のことが嫌いになったんですか!?」
 ジュンはマナミの頬をハンカチで拭った。ジュンも沈痛な面持ちで、
「そんなわけありません! 理由は――貴女も御存知でしょう。結局僕一人ではどうにも
できなかった……」
「それでは何故、私と婚約などなさったのですか!? 始めから無理だとわかっていたの
でしょ、そんなの残酷すぎます!?」
 マナミは半ば半狂乱になってジュンに掴みかかった。ジュンは振りほどこうとはせずそ
のまま言葉を続けた。
「僕だってずっと貴女と一緒にいたかった。でも、それでは僕一人の我が侭で多くの人を
不幸にしてしまいます」
 貴女はそれでも二人だけで幸せになれますか? マナミは嗚咽を漏らしながら、
「本当に辛いのは貴方だということはわかっています……ですが、私のこの胸に空いた穴
をどう塞いだらいいんですか?」
 そう言って掴みかかっている手に力を込めた。
「こんな方法でしか償えない僕をどうか赦して下さい」
 ジュンは包みを取り出してテーブルの上に置いた。マナミは包みを開けると、中にはお
札の束がいくつも入っていた。
「お金で解決できるとは思っていません。ですが、これがいまの僕にできる精一杯です」
 どうかこれで僕のことは忘れて下さい。マナミは札束を掴んで投げつける仕草で手を震
わせていたが、やがてその手を下ろした。
 俯いたまま沈黙していたマナミだが、ようやく重い口を開いてこう言った。
「お相手の方は、いい人なんですか?」
「はい、勿論です。僕のことを気に入ってくれているみたいですし、きっと……上手くい
きますよ」
「そう、ですか。実家へはいつお戻りになるんですか?」
「明日の昼には出発する予定です。もうこちらには戻ってはこれないと思いますが……」
 再び静寂が訪れた。お互いにもはや何も言えなかったのだろう。

56 :No.14 嘘 2/4 ◇iwRfrgecCQ:08/03/23 23:22:05 ID:DSEkF2jw
 どれくらいの時間が経過したのだろうか。ジュンは立ち上がって、
「それでは僕はそろそろ失礼しますね……最後に、どうかその指輪は処分して下さい。そ
れではどうかお元気で」
「ジュン君、あの!?」
 ジュンは入口で振り返り一礼した。マナミは小さな声で、
「あの、ジュン君も――どうかお幸せに」
 扉が閉まり、階段を下る足音が徐々に小さくなっていく。部屋の中でマナミは小さな声
で泣いた。

 足音が完全に聞こえなくなると、マナミは何事もなかったように立ち上がり、
「ツトムさん、もう出てきても大丈夫よ」
 もそもそとクローゼットの中から一人の男が出てきた。
「いやー、迫真の演技だったね。マナミさんって女優に向いてるんじゃない?」
「まあね。しかしあの人もバカな人よね、私みたいな女のためにこんなお金まで置いてってさ」
 そう言ってマナミはテーブルの上の札束を掴んで指先で弄んだ。
「でもよかったの? あいつってどっかの社長の息子だったんでしょ?」
「会社がいまピンチらしいの。そんな中お見合いの話が持ち上がったんだって。相手は大
手取引会社の会長の孫娘だって言ってたわ。ジュンって結構ハンサムだから気に入られた
みたいね」
 マナミは引出しから煙草を取り出すと火を点けた。
「別にジュンのことはどうでもいいのよ。だって私にはジュンよりハンサムでお金持ちの
彼がいるんだもの」
 二人は笑った。
「ところでさ、その薬指にはめてる婚約指輪ちょっと見せてもらってもいい? 何か気に
なっちゃってさ」
「別に構わないわよ、はい。大きなダイヤでしょ、売ったらいくらになるのかしらね」
 マナミは指輪を外してツトムに渡した。指輪の値段がいくらになるのか、期待に胸を膨
らませているようだった。しばらくツトムはその指輪を眺めていたが、
「うーん……これってもしかして。マナミさん、油性のペンって持ってません?」
 少し真剣な表情でそう言った。

57 :No.14 嘘 3/4 ◇iwRfrgecCQ:08/03/23 23:22:27 ID:DSEkF2jw
「え、ちょっと待ってね。はい、でもそんなものどうするの? あ、ちょ、ちょっと!?」
 ツトムは渡されたペンでダイヤの上に線を引いた。
「やっぱり、マナミさんこれを見て」
「線なんか書いちゃって、これどうするのよ!?」
 マナミはツトムの襟首を掴んで睨みつけた。
「ちょ、落ち着いて! 本物のダイヤって油脂を弾く性質があるから油性ペンの跡が残る
のは偽物のダイヤ、イミテーションだよこれ」
「嘘、それじゃこれって……」
「うん、大した価値はないよ。売っても二束三文にすらならないだろうね」
「そ、そんなぁ……」
 マナミはがっかりした様子でうなだれた。ツトムは少し考えた素振りをしたがやがて、
「もしよければこの指輪、預からせてもらえないかな? 知り合いにこういうイミテーシ
ョンを集めてる人がいるんだけど、もしかしたら高値で買い取ってくれるかも」
「でもイミテーションでしょ、どうせ高値で売れないなら貴方にあげるわよ。私はこのお
金で我慢するわ。全く、婚約指輪にイミテーションなんて破談になってよかったわ、ホント」
「ホントに? それじゃさっそくいまから相談しに行ってくるよ。また連絡しますねー!」
「ち、ちょっとこんな時間に? 全く――」
 マナミは慌てて飛び出していくツトムをただ呆然と見送るしかなかった。

 それにしてもあの女、物の価値もわからない大馬鹿でよかったぜ。
 このダイヤがイミテーションなわけがなだろ、無知な女は扱いが楽で助かるよ。
 こんな指輪を贈れるような本物をあっさり逃して俺みたいなまがいものを選ぶのだから、
本当に見る目がない女。もっともああいう女がいるから俺としても騙し甲斐があるってものだ。
 もうしばらく様子を見てもよかったけど、さっさと売り払ってマナミとはお別れだ、
もう二度と会うこともあるまい。
 この大きさだったら五00……いや、もっと高く捌けるかもな。全く楽しみだぜ。

58 :No.14 嘘 4/4 ◇iwRfrgecCQ:08/03/23 23:22:51 ID:DSEkF2jw
「ジュン。例の男が動き出したみたいですね」
「ああ、あとは手はず通りルートを特定して逮捕するだけだ」
「それにしても、思ったよりあっさり餌に食いつきましたね。ま、本物のダイヤ使ってる
のですから当然の結果かもしれませんけど」
「そうだな。ただし、リングに発信機のおまけつきだがね」
「ところで気になっていることがあるんですけど、お聞きしてもよろしいですか?」
「ああ」
「あの女性、マナミに渡したお金はどこから用意したんですか? そんな予算、当然出て
いませんよね?」
「単純なことだ。俺の――おい、どうやら男の動きが止まったようだ。行くぞカオル」
「はいはい、とっとと終わらせて祝杯でもあげましょう」
 それにしても、ジュンもマナミもツトムも……そして私も見る目がないな。
 カオルは小さくそう呟いた――。





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