【 ダイヤレイン ア リング 】
◆RlxBNHMmBo




50 :No.13 ダイヤレイン ア リング 1/5 ◇RlxBNHMmBo:08/03/23 23:15:56 ID:DSEkF2jw
 ――秋山は呆然となった。
 会社をクビになった。終身雇用制制度をあてにしていたのが間違いだった。
 気がついた時には、病院の裏手の、雑木林に足を踏み込んでいた。
 何を考えて、ここへ来たのか、何をしに、ここへ来たのか。
 全くそれが分からなかった。
 分からなかったが、フラフラと、俯きながら、雑木林に足を踏み込む。
 山のふもとの雑木林に、人はいない。私だけか、と苦笑する。
 「ここでなら……」と呟き、想像する。
 死んでも、誰も気付かないのでは無いか? 止められることもないのではないか? と考えを巡らす。
 俯いていたせいか、地面に光る物を見つけた。
 拾いあげる。指輪だ。
 指輪を、少しの間眺めてみる。随分と年期があった。
 「ダイヤの指輪だ」と気付く。
 気付いてから、思い出した。
 クビになった会社の前に、勤めていた町工場の社長を思い出した。
 社長は、今ではもう65歳のはずだ。
 ふと、社長に会いたくなった。
 死ぬ前に少し会って話すくらい、いいのではないだろうか? そう思った。
 死ぬのに準備も必要だろうし、とも考えた。
 そうして、雑木林を後にした。

51 :No.13 ダイヤレイン ア リング 2/5 ◇RlxBNHMmBo:08/03/23 23:16:17 ID:DSEkF2jw
 住宅地の中を、歩いて進む。
 目の前から、黒い犬を連れている男が歩いてきた。
 「おや、秋山君じゃないか」男が、若々しい笑顔を浮かべた。
 その笑顔を見て思い出した。町工場の隣りのアパートに住む、佐々木という男だ。
 「ああ、佐々木か」
 「秋山君、随分と久しぶりじゃないか。少し老けたか?」
 「老けたかもしれないな」と苦笑を浮かべる。
 「もしかして、あの町工場に用か?」佐々木がやはり笑顔で聞いてくる。
 こいつはいつも笑顔だな、と思い出す。
 「まあ、そんなところだな」
 「そうか。最近は、市内の方にも工場ができたらしいね」
 「……そうなのか?」私の知らないことで、驚いた。
 「まあ、そうなんだ。市内に新しい工場が出来てた。けど」
 「けど?」
 「最近は、朝から晩まで、こっちの工場が動いてる」佐々木が迷惑でたまらない、と言いたげな表情を浮かべた。
 「そうか。ありがとう。またいつか飲もう」と言って、「ジャックも元気でな」と犬にも挨拶をする。
 そうして、私はまた歩きだす。
 歩きながら、社長の話しを思い出していた。
 社長の死んだ奥さんの話しを。

52 :No.13 ダイヤレイン ア リング 3/5 ◇RlxBNHMmBo:08/03/23 23:16:33 ID:DSEkF2jw
 ――社長と奥さんは、誕生日が同じ月だった。
 四月、誕生石はダイヤモンド。
 社長は、奥さんの話しをするたびに、言っていた。
 「俺が死んだ時に、ダイヤモンドを空から撒くんだよ」 生き生きと、楽しそうに語る。
 「俺とアイツの誕生石は、ダイヤモンドだからな」
 「来世でまた、一緒にダイヤモンドの月に生まれて、一緒に生きていけるように」
 「願いをこめてな」
 社長は、いつもそう言っていた。

 ――町工場は、騒々しい音を立てながら、働いていた。
 中へと、歩を進める。
 皆が、流れ作業のように、ダイヤモンドらしき物を運んでは、機械に入れていた。
 「山野瀬さん!機械に詰まりました!」若い男が、声をあげた。
 「山野瀬」久しぶりに聞いた同期の名が懐かしい。
 「おい!誰かこれ直せないのか!?」
 「無理っすよ!」「この機械、古すぎてどうすればいいか分かりません!」他の者達の、諦めと疲労のこもった声が聞こえてくる。
 「くそぅ! どうにかならんのか!!」同期の叫びが、工場に響いた。
 「どうにかなるよ。 山野瀬」と私は、前に進み出る。
 「お前は……秋山か?」
 「久しぶりだな」と言いながら、私は機械へと近付く。
 ダイヤモンドを見た瞬間から、状況は分かっていた。
 社長が、危篤なのだと。

53 :No.13 ダイヤレイン ア リング 4/5 ◇RlxBNHMmBo:08/03/23 23:16:47 ID:DSEkF2jw
 時間は無い。それはあの状況を見れば分かった。
 久しぶりに触る機械に、体が、高揚する。
 踊りだしたかのように、手が動き、詰まったダイヤを取り出していく。
 「お前が来てくれて、助かったよ」山野瀬が、私に礼を述べてきた。
 「気にするな。私だって親父さんには世話になってたんだ」親父さん、と久しぶりに口にした時、安堵のようなものが体を巡った。
 山野瀬から聞いた話しによれば、親父さんが、昨日息を引き取ったこと。
 親父さんが、最後に言いつけたことが「ダイヤモンドの粉を用意しろ」だったこと。
 明日が葬式だということ。
 「親父さん、何かあるたびにお前のこと気にかけてたぜ。大手に勤めてやっていけるのか? って」
 「やっていけなかったな。ちょうど昨日クビになった」と苦笑した。
 そうして、二十分ほど経った時に、山野瀬は用があるという理由で工場を出て行った。
 残っていた、ダイヤモンドを機械に入れる。
 「秋山さん、名前は聞いてましたよ」と知らない奴に声をかけられた。「この工場にある機械は、全部秋山さんが整備してたんですってね」
 「そうかもな」と曖昧に返事をしながら、ポケットの中のダイヤの指輪を取り出して、もう一度見た。
 裏に、親父さんの名前とその奥さんの名前が刻まれていた。
 「運命か、偶然か」と小さく呟く。

 ――秋山は、葬式場までは、徒歩で行っていた。
 そのせいか、着いたころには汗だくになっていた。
 駐車場に着いた時に、汗を拭くためにポケットからハンカチを取り出した。
 秋山は気付いていなかった。
 その時に、ダイヤの指輪が転がり落ちていたことを。

54 :No.13 ダイヤレイン ア リング 5/5 ◇RlxBNHMmBo:08/03/23 23:17:03 ID:DSEkF2jw
 ――葬式場に、山野瀬の姿は無かった。
 今日のために、ヘリの免許を取ったというのは本当だったのか。
 山野瀬は、空からダイヤを撒くらしい。
 葬式がある程度済んだ頃に、私はやっと気付いた。
 ダイヤの指輪が無い?
 なんてことだ! 私は、いつ落とした?
 ポケットに、ハンカチが入っていたことを思い出す。
 駐車場だ! 私は駆け出した。
 駐車場は、一面光る粉に埋もれていた。山野瀬の奴が、うまくやったのだ。
 男が二人立っている。
 一人が、こちらに気付いたらしかった。
 「おい、あんた!」
 「なんだ?」私は急いでるんだ! と言ってやりたい衝動を堪える。
 「この指輪、もしかしてあの爺さんのか?」
 男の手には、ダイヤの指輪があった。
 なんで? などと考えてる暇は無かった。
 「それは、私がここまで持って来た」
 「おかしいと思ってたんだ。死んだ奥さんの病室は、山側だったと聞いたからな」ともう一人が言った。
 「こいつは、あんたに返すよ」男が、ダイヤの指輪を小さく振る。「嘘ついてるようには見えないしな」
 「ああ、ありがとう」と、小さく、呟くようにして、礼を言う。
 「あんたが、こいつを爺さんに渡すのか?」と男が聞いてくる。
 「親父さんに、じゃない」私はダイヤの指輪を受け取りながら、次の言葉を言う。「奥さんにだ」
 「きっとそれは」「ご名答、だな」と男が、低い声で、ゆっくりと言った。
 その言い方が、親父さんの喋り方に酷似していて、私は愉快な気分になった。
 愉快になった私は思った。「もう少し頑張ってみよう」と。



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