【 Who Killed The Radio Star 】
◆IGEMrmvKLI




48 :No.12 Who Killed The Radio Star 1/2 ◇IGEMrmvKLI:08/03/23 22:49:32 ID:DSEkF2jw
 90年代はラジオの全盛期だった。70年代のラジオ局のアナウンサーの人気番組や80年代のタレント番
組の時代のあとで、世間ではラジオそのものが廃れてしまったかのように懐古すらされないこの時代こそ
が、ラジオDJの最も華やかな時代だった。それからあっという間にDJという言葉さえその主たる意味を
変えて今日に至り、ぼくたちはその間に記憶の底にあまりにも多くのものを溜めすぎてしまった。だから
ぼくが語ろうとするDJのことをもう誰も覚えてはいないかもしれない。
 そのころ家族や街やぼくの周りに在るあらゆるものが寝静まったころに(今やあらゆるものが寝静まる
瞬間などないことを念頭においてほしい)ぼくはラジオのスイッチをそっと入れ、世界で最も繊細な行為
であるチューニングを始めた。ジジジッ、ザー、ジジッ。そしてDJの声がぼくたちに届く。いくらかの
ノイズは、DJの声がちゃんと空気中を伝わってぼくに届いている証だ。海のずっと向こうから。
 DJが住んでいるところはここよりもずっと南の暖かい島。そこには世界中から色々な人が集まってくる。
観光やビジネスのためだけでなく、何のあてもなく辿り着いたり、穏やかな晩年を過ごすために生まれた
土地を離れたりして。DJもそうした人たちの一人だった。DJはこの街にラジオステーションが無いこと
を知っていたから、この街でDJになるためにやってきた。
 DJは西の海に面した通りに住んでいて、毎日太陽が水平線に沈みきるのを眺めてから、夜になるときつ
くなる潮風から逃れるように街へ繰り出す。女の子をナンパするんだ、毎晩違う女の子を。けれどDJが
女の子と一晩をともにすることは滅多にない。DJには番組があるから、シンデレラのように12時を回る
前にはベッドから跳ね起きて服を着て出かけなければならない。僕を待ってるやつらがいるんだ。DJは捨
て台詞を吐き、ご自慢のジャガーで市街地を抜けて北極星を目指す。繁華街から真北に位置するラジオス
テーションは島で一番標高が高い丘の上にあって、そこからは360度水平線を眺めることができる。もっ
ともそれは昼間に限られていて、DJが着く頃には街の灯りも疎らになって見えるのは星だけだ。南十字星
の美しさをぼくは未だにDJの話の中でしか知らない。
 ある日DJはいつものようにKISS ME DEADLYのカウンターでテキーラをキメて、異国から来た女の
子に話しかけた。50'sのポップスが流れる店内で、煙草の煙に女の子の赤いワンピースが霞んでしまわな
いように、彼女を外に連れ出してジャガーで海岸の道をとばした。砂浜に月明りが落ちて海の先端が陸を
打つ音とともに光の中へ消えた。こんな夜中にオープンカーでドライブなんて、私の国では考えられない
わ、きっと十分で凍え死んじゃう。北国から来た女の子にDJは答えた。それはぜひ行ってみたいな。こ
こにはドライブの他には何も楽しみも無いからね。
 DJはことあるごとに島の不満を言っていた。レコードが売っていない、趣味のよい服が買えない、退屈
でなにもすることがないのに事件の一つすら起こらないし、外の情報も入ってこない。まだパソコンなん
て核シェルター並みに一般家庭には不必要だった時代の話だ。

49 :No.12 Who Killed The Radio Star 2/2 ◇IGEMrmvKLI:08/03/23 22:49:49 ID:DSEkF2jw
 二人は海水浴客のための広い駐車場へ向かった。そこは夜にはドライブインシアターになるんだ。ポッ
プコーンとコーラを買って車に戻ってきたDJに女の子が言った。せっかくだけど、私ジャンクフードは
食べない主義なの。DJは答えた。フルコースって言ってくれよ、なんてったって映画ってのはアメリカの
伝統芸能なんだから。二人は寄り添って映画を見た。
 ぼくは二人がそこでどんな映画を見たか知らない。DJが教えてくれなかったからだ。それは僕たちの秘
密だからね。とDJは言った。わかるかい? 僕は君たちを信頼しているけど、言えないことだってある。
どれだけたくさんの秘密を共有しているかってことが、関係を強くするんだ。僕は彼女ともっと深い関係
になりたいと思っている。だから僕たちには秘密が必要なんだ。代わりに君たちにはこの曲を送ろう。
 タッッタタン、ジャン、タッッタタン――ロネッツの「Be My Baby」はDJの大好きな曲で、そうやって
秘密の代わりに何度聞かされたかわからない。けれどDJと彼女の仲が順調なこともわかったし、飽きる
ことはなかった。何度聞いてもまるで初めて聞いたかのように新鮮な輝きのある曲なんてこの世にほとん
どないけれど、この曲はそんな数少ない宝石の一つだった。そして宝石の輝きは永遠に失われない。
 世紀が終わるより早く、番組は最終回を迎えた。最後にDJは言った。僕はこれから旅に出ようと思う。
番組のためにずっとここから離れることができなかったからね。君たちの住む街へもきっと行くだろう。
だからこれはお別れじゃないんだ。小学生の帰りのホームルームのように明るく言うよ。さようなら。
 DJがスタジオの機械の電源を切って外へ出ると、東の空が明るくなり始めていた。丘を下るジャガーの
後ろには大きなトランクが一つ積まれて時折揺れている。DJはCDをセットした。

 The night we met, I needed you so
 And if I had the chance, I'd never let you go.
 So won't you say you love me,
 I'll make you so proud of me.
 We'll make 'em turn their heads every place we go.

 DJがアタッシュボードから小箱を取り出してふたを開けると(be my, be my baby)ダイヤモンドの指
輪に朝日がこぼれてきらりと光った(my one and only baby)これから彼女にこれを渡しに行くんだ(be my,
be my baby)そして彼女と一緒に彼女の生まれた国へ行こう(my one and only baby)
 DJは彼女のアパートへ向かって車のスピードをあげた。ラジオの電波のスピードをさっと追い越して走
るDJに、ついていくことができたのは彼の愛する音楽だけだった。
 そうやってDJはぼくの憧れの中に消えて、あとには輝きだけが残っている。



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