【 ダイヤはどこ? 】
◆Kq/hroLWiA




33 :No.08 ダイヤはどこ? 1/5 ◇Kq/hroLWiA:08/03/23 16:39:48 ID:DSEkF2jw
 スーパーのビニール袋を片手に持ちながら、私は、滲み出る笑みを抑えずにはいられなかった。
 ビニール袋を持つ方とは逆の手が持つ袋には、私がヘソクリで買ったダイヤの指輪が入っている。質流れした
品で、初めて見た時からその美しさの虜になってしまい、何ヶ月もかけてお金を貯めていたのだ。
 ようやく品物を得られた幸福感と、夫に悟られることなくヘソクリを貯めることが出来たという達成感とで、
私の気分は上々だ。
 帰ったら近所の奥様友達に自慢してやろう、とか何とか、そんなことを考えながら歩いていたら、突然後ろの
方から喧しい爆音が聞こえてきた。
 音の正体を確かめようと振り向きかけたその時、私の横を、一台の大型バイクが物凄いスピードで駆け抜けて
いった。いきなりの出来事に、私は思わず目を閉じて、半歩後ろに下がった。大排気量のエンジンが放つ爆音で
耳が痛くなる。
 黒光りする車体が遠く離れていく。それに合わせて、騒音も徐々に住宅街の静けさの中に隠れていった。
「こんな真昼間から、住宅地のど真ん中を……何考えてるのよ、ったく」
 私はブツブツと文句を呟きながら、帰路に着いた。

 自宅の自分の部屋。鏡台の引出しから取り出したダイヤの指輪を手に持ち、私は静かにそれを見つめていた。
 光の加減と入り方が少し違うだけで、明るく輝いたり、虹色の鮮やかな光を見せたりと、刻々とその美しさが変化する。
 ダイヤモンドは永遠の輝き、とは良く言ったものだ。
 本当に長い間、このダイヤは、この美しい輝きを保ち続けている。
 私は、うっとりとした目でダイヤの輝きを眺めていた。
 ピンポーン!
 突然鳴り響いた玄関の呼び鈴の音に、私は思わず現実の世界に引き戻された。慌てて指輪をケースに入れて立
ち上がり、急いで玄関へと向かった。

 お母さんの部屋には、誰もいなかった。
 僕は、そのまま部屋の中に入った。いつもは、入っただけで怒られるお母さんの部屋。なんだか、不思議な気分だ。
 何か、オモチャになるものはないか、僕は部屋の中を探してみた。
 大きな鏡のついた机が気になった。鏡の前には、よく分からない瓶がいっぱい並んでいる。
 それらには、特に面白みを感じなかったから、僕は机にある引き出しを開けてみた。
 上から三番目の引き出しを開けたとき、小さな箱が出てきた。開けてみると、指輪が入っていた。キラキラと
光るガラスがついていて、僕はそれがとても綺麗に見えた。

34 :No.08 ダイヤはどこ? 2/5 ◇Kq/hroLWiA:08/03/23 16:40:07 ID:DSEkF2jw
 そして、僕は良い事を思いついた。これを、あすかちゃんに見せてあげよう。
 僕は指輪を持って部屋を出て行った。

 襖を開けると、そこには誰もいなかった。
 俺は、しめしめと薄く笑みを浮かべ、母親の部屋の中へと入っていった。
 目的は、金を盗るためだ。俺は、小さな和室を見渡し、財布がありそうな場所を探した。
 最初に手をつけたのは、鏡台だった。引き出しを上から順番に開けていく。だが、財布は見当たらなかった。
「ん……?」
 変わりに、一つの小箱が目についた。開けてみると、小さな指輪が入っていた。透明な宝石が一つ付いている
だけで、どこか味気ない指輪に、俺は見えた。
 手にとってよく見てみる。一瞬、ただのガラスかと思ったけれど、よく見るとそれは、ガラスとは違う輝きを
放っていた。もしかして、ダイヤモンドか?
 途端に、俺の唇の端がつり上がった。

「お母さーん、お兄ちゃんどこに居るか知らない? って、居ないじゃん……」
 お母さんの部屋には、誰もいなかった。おかしいな、さっき買い物から帰ってきたと思ったんだけど。
 あたしは部屋を出ようと思った。けど、その前に部屋の中に気になるものが見えた。
 お母さんの鏡台の上に、一つの小さな箱が置かれていた。箱は開いており、そこにキラリと輝く何かが見えたのだ。
 女の勘というのだろうか。あたしには、それが、女心をくすぐる非常に魅惑的な光に見えたのだ。
 あたしは、部屋の中へと入っていった。
 そばまで近づいて、ようやくそれが何なのかが分かった。指輪だ。ガラスのような宝石が一つだけついた、
簡素な指輪だった。けど、その宝石が放つ輝きは、間違いなくガラスの比ではなかった。
「きれい……」
 あたしは、思わずそれを手に取った。僅かに虹色の輝きを見せている。もしかして、これってダイヤモンド?
 悪魔がそそのく声が聞こえた気がした。あたしの指が、まるで誰かに操られているかのように、自分の指に
ダイヤの指輪をはめたのだ。
 自分の指にはまった指輪を見て、改めてその幻想的な雰囲気に酔いしれる。
 もっと、この指輪を堪能していたい。そんな欲望が、あたしの中で生まれていた。

35 :No.08 ダイヤはどこ? 3/5 ◇Kq/hroLWiA:08/03/23 16:40:35 ID:DSEkF2jw
 あたしは指輪をはめたまま、お母さんの部屋を出ていった。

「たっくーん。どこー? おやつの用意が出来たわよー」
 息子の名前を呼びながら、家の中を回ってみるけれど、返事はなかった。
 家にはいないのだろうか。だとすると、外に遊びに行ったことになる。仕方ない、オヤツは、ラップをして
冷蔵庫に仕舞って置こう。
 私は台所へと向かった。その途中、自分の部屋の前を通ったとき、私は異常に気づいた。
 私の部屋が開いていたのだ。私は、普段から戸締りに関してはきちんとしている。当然、自分の部屋も、出る
ときは必ず閉めるはずなんだけど……。
 少し胸騒ぎがした。私はゆっくりと部屋の中を覗いてみた。すると、引出しがいくつか開けられた鏡台の姿が
視界に入った。
 私は慌てて部屋に入った。鏡台に駆け寄り、中身を確かめる。そして、あるものが無くなっていることに気が付いた。
「指輪が……ない!」

「見て、あすかちゃん。これ」
 そう言って、たくやくんが見せてくれたのは、指輪だった。宝石が一つ付いていて、キラキラと光っていた。
「わぁー、きれい」
 私がそう言うと、たくやくんは笑顔になって、指輪を私に差し出した。私はそれを受け取って、指輪を太陽の
光にかざしてみた。太陽の光を浴びた宝石は、さっきの何倍もキラキラと輝いて、すごく綺麗だった。
「これ、どうしたの?」
 私はたくやくんに訊いてみた。すると、たくやくんは少し恥かしそうに顔を赤めて、言ってきた。
「あげる。僕からのプレゼント」
「本当っ? うれしいっ!」
 私は思わず大声を上げてしまった。それくらい嬉しかったのだ。さっそく指輪を、自分の指にはめてみる。
けど、指輪は大きすぎて、指にはめてもするりと落っこちてしまった。
「親指につけてみたら?」
 たくやくんがそう言ったので、試しに親指にはめていた。確かに、落っこちることはなかったけど……。
「なんかへん」
 私は、可笑しくて少し吹き出してしまった。
「本当だね、なんかへんだね」

36 :No.08 ダイヤはどこ? 4/5 ◇Kq/hroLWiA:08/03/23 16:40:48 ID:DSEkF2jw
 たくやくんも笑い出した。
 親指にはめた指輪がなんだか無性に可笑しくて、私達はその後もずっと笑い続けていた。

 おかしい。どこを探しても見つからない。一体どこへ行ったのだろうか、私の指輪は。
 鏡台の中は全て探した。念のために、部屋の隅々まで調べたのに、ダイヤの指輪はどこにも見当たらなかった。
 今や、私の部屋の中はオモチャ箱をひっくり返したかのようにぐちゃぐちゃになっていた。
 途方に暮れて、一人部屋の中で呆然としていた時だった。玄関の方から声が聞こえてきた。
「ただいまー。おかーさーん! おやつー!」
 息子の拓也が帰ってきたようだ。悪いが、今はそれどころではない。私は玄関にいる息子に聞こえるように、
声を張り上げた。
「おやつは冷蔵庫の中に入ってるから、自分で取って食べなさーい! ちゃんと食べる前に手は洗うのよ!」
 はーい、という返事がして、廊下を走る音が聞こえた。足音は洗面所には向かっていなかったが、私はそれど
ころではない。
 改めて、部屋の中を見回してみる。どこにいったのよ。一体どこに……。
「うわっ、どうしたんだ、こりゃ」
 突然、部屋の入り口から声がした。振り向くと、夫がそこに立っていた。今日は仕事が休みだから、ずっと家
でゴロゴロしていたのだ。
「何か探し物か? 手伝おうか?」
 私は、指輪を探していることを言おうとして、寸前のところでそれを堪えた。ここで指輪のことを言えば、
当然、どうやってあんな高価な物を購入したのかを問われる。そうなれば、ヘソクリのことがばれるかもしれない。
 私は何とか平静を装って、夫に答えた。
「えぇまぁ。けど、大したものじゃないから、心配しないでいいわ」
 夫は何か反論をしようとしたけれど、私はそれを無視して扉を無理矢理閉めた。
 鍵をかけて、私は指輪探索を再開した。

 口元がつりあがる。俺は指輪を手に部屋を出た。と、それと同時に、家のどこからか母親の声が響いてきた。
「たっくーん。どこー? おやつの用意が出来たわよー」
 俺は思わず舌打ちをした。あのババアの声は、耳に入っただけで虫唾が走る。
 俺は急いで家を出た。原付に乗り、猛スピードで発進する。
 行き先は、質屋だ。この指輪がもし本当にダイヤモンドなら、結構な値段になるはず。その金を利用して、

37 :No.08 ダイヤはどこ? 5/5 ◇Kq/hroLWiA:08/03/23 16:41:04 ID:DSEkF2jw
大型バイク購入の資金にするのだ。
 罪悪感などはない。この指輪がアイツにとって大切なもので、それでアイツが悲しむというのなら、そんな気
分の良いことはない。
 俺は、原付をさらに加速させた。

 無い無い無い! どこにも無いっ!
 ちょっと宅配便を受け取りに行った間に、私の大切な指輪が無くなったのだ。
 部屋中を探し回るが、どこにも指輪の姿は見えない。まさか、泥棒が入ったのだろうか。けど、他に金目の物
は盗られていない。鏡台の上に置かれていたダイヤの指輪だけが、忽然と姿をくらませたのだ。泥棒の仕業とは思えなかった。
 では、一体この短時間にどこにいったのだろうか。
 あれは、世界で一つだけの大切な指輪なのに。絶対になくすわけにはいかないのに。
 額に溜まった汗が、頬を伝い顎の先に溜まる。それを拭う間も惜しい。
「お、お母さん……」
 いきなり、声をかけられた。見ると、入り口に娘の沙希が立っていた。その娘が持つモノに、私はすぐに気がついた。
「指輪っ!」
「ご、ごめんなさい。あんまり綺麗だったから、つい……」
 沙希は深々と頭を下げて謝ってきた。娘が指輪を持ち去ったのだとわかり、多少は怒りを感じたが、今はそれ
以上に指輪が見つかったことへの安堵の方が圧倒的に大きかった。
 私はようやく汗をぬぐい、娘のもとへと向かった。
 指輪を受け取ると、娘は脅えた表情を私に向けてきた。今の自分はそんなに恐く見えるのだろうか。
 私は、出来るだけ声音を優しくして、言った。
「この指輪はね、お父さんが、お母さんにくれた最初のプレゼントなのよ」
「……ごめんなさい」
 私は、指輪を親指にはめた。昔は丁度いいサイズだったけれど、今では親指は大きくなってしまい、指輪は指
の先っちょにまでしか入らなかった。
 娘がきょとんとした表情を見せた。「どうして親指に?」と言いたげな表情だ。
 私は笑いながらいった。
「これはね、こうやってつけるものなのよ」
 少しして、娘も笑った。
 親指にはめた指輪がなんだか無性に可笑しくて、私達はその後もずっと笑い続けていた。   おわり



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