【 LSDと大麻 】
◆FXPnH3Ytxs




29 :No.07 LSDと大麻 1/4 ◇FXPnH3Ytxs:08/03/23 16:37:58 ID:DSEkF2jw
「Lucy in the Sky with Diamonds」
 パパの甘い声。
「Lucy in the Sky with Diamonds」
 わたしは目を閉じる。
「Lucy in the Sky with Diamonds」
 そして、深い眠りにつく。

 わたしの子守唄はいつも「Lucy in the Sky with Diamonds」だった。
 時々、眠れなくてパパの布団にこっそり入る、今も。
 昔々、お母さんの腕の中でも。っていっても、おむつも取れてない頃のことは覚えて
ないけど。

 お母さんはわたしが一歳の時に死んだ。やっぱり、全然覚えてない。
 パパのことはパパって呼ぶけど、お母さんはママって呼べない。
 なんだ分からないけど、お母さんは漠然とわたしのお母さんだし、いつまでもパパの
愛するお母さんなのだ。
 パパはお母さんのことを「お母さん」か「ソウ」と言った。
「草子って呼ぶとお母さんはいっつもださいからその名前で呼ばないでっていうんだぜ」
ってパパはわたしに話した。
 でも、パパは基本的にお母さんのことは話したがらなかった……。
 他に知っていることは、ママは言葉ではいい表せないほどかわいくて、優しくて、か
っこいいらしい。なんでも言い表してしまうパパの口からそんな言葉が出るなんて信じ
られなかった。

 こんなわたしのパパはロッカーだ。ロッカーはスーパーウルトラかっこいい職業らしい。
 そして銀河系一ロックなバンドを組んでいると豪語している。
 最近、パパは「Lucy in the Sky with Diamonds」みたいな曲をレコーディングしてい
るとバンドのメンバーで、今日、家に遊びに来た秀吉君が教えてくれた。
 秀吉君はパパの一個下なのに、まるで、クラスの男子みたいにうるさい。そんでもっ
てメタボリックなお腹をしている。

30 :No.07 LSDと大麻 2/4 ◇FXPnH3Ytxs:08/03/23 16:38:18 ID:DSEkF2jw
 いつもの秀吉君は面白くて好きだけど、今日の秀吉君はいつもと違う。どうやら、遊
びに来た訳ではなかっららしく、わたしは部屋を追い出されてしまった。
 わたしが部屋を追い出されてから十数分が経った。悪いと思いつつ、壁に耳を当て盗
聴する。秀吉君が声を荒げている。
「おい、ロックじゃないぜ。最近のお前。「Lucy in the Sky with Diamonds」みたい
な曲ってさ、ヤク中みたいな曲って意味かよ。あのレコーディングした曲もサイケデリ
ックってこと? サイケデリックがお前の目指すロックなの? ふざけんなよ」
 パパの声は聞こえず、秀吉君がじゃべり続ける。
「なぁ……、あの曲で本当にCD出すのか?」
「あぁ……」これはパパの声だ。だけど、精気が感じられない。
「もっとさ、ゴリゴリした曲だってあるじゃないか?」
「…………」パパは今度は答えない。
 次の瞬間、ガシャーン、という何かが壊れた音と「この大麻野郎」という秀吉君の声。 
 そして、秀吉君の帰りを告げる玄関の扉が開く音。扉が閉まった後は、何も聞こえな
い。
 わたしは全てを忘れたくてベッドに潜り込む。寝ようとしてもさっきのことが思い出
される。思い出されるというより頭の中で反芻され続ける。
 眠れない。まるで、遠足に行く前の日みたいだけど、全然違うじゃないか。
 時計を見るといつの間にか二時を回っていた。
 ベッドから出て、パパの部屋に向かう。
 パパの部屋には泣いているパパが布団に入っていた。わたしはゆっくりとパパの布団
に入る。パパの体の温もりを感じる。こうしてパパの布団に入るのは一年ぶりぐらいだ
っけ。
「Picture yourself in a boat on a river」
 パパが歌いだす。わたしは隣で目を閉じる。
「――Lucy in the Sky with Diamonds」
そして、深い眠りにつく。

31 :No.07 LSDと大麻 3/4 ◇FXPnH3Ytxs:08/03/23 16:38:35 ID:DSEkF2jw
目が覚める。今日もまたいつもと変わらない生活が送れるんじゃないかと心のどこか
で思っていた。そんな期待は裏切られる。期待はいつでも裏切られる。
 パパがいない。隣にもちろんいなかったし、台所にも立っていなかった。
 外に買い物に行ってるんじゃないか。そうだよ、どっかに行ってるんだよ。と、自分
の中で結論付けるも、探しに行く準備をし始める。買い物なら待っていればいいだろ。
 ふと、勉強机に目を向ける。勉強しないからあんまり使っていない机の上に一枚の紙
が置いてある。

   パパはしばらく家に帰ってきません。
   ごめんなさい。

 紙の横には何か大事そうなものがいろいろ置いてあった。家の鍵だとか預金通帳、印鑑、
携帯電話……携帯? 
 しばらくってどんぐらいだろ。多分、携帯が置かれてるところをみると早いか遅いかど
っちかだろう。やっぱり、買い物に行ったんだろうか。それだったら預金通帳をわたしの
机に置かないだろう。いや――。
 ピーンポーン、インターホンが鳴る。誰だろう。
 扉を開けると、おばあちゃんが立っていた。わたしは意外な来客に棒立ちしてしまった。
「辛かったでしょう」と話しかけられていた。
 辛かった?何が?今は、大変なの。そうだ。今は、大変なんだ。
「大変なんです。パパがいなくなっちゃった」
「うん。そうか。じゃ、おばあちゃんちにおいで」
 おばあちゃんには大変さが伝わってないみたいだ。
「だから、パパがこんな置き手紙を残して消えたの。」
 そう言って、わたしは置手紙をおばあちゃんに渡す。
「うん。とりあえず、荷物をまとめな」
 こうして、わたしは自分の置かれている状況を把握出来ないまま、おばあちゃんちで暮らす
ことになった。

32 :No.07 LSDと大麻 4/4 ◇FXPnH3Ytxs:08/03/23 16:38:52 ID:DSEkF2jw
 ――一週間後。
 新学期が明日から始まる。おばあちゃんちは歩いて十分ぐらいのところにあるので、
転校という事態は免れた。
 この一週間、パパのことで頭がパンクしそうだった。おばあちゃんに聞いてもしっか
りとしたことを言ってくれない。でも、罪を償うとか言っていた。罪?何のことだろう。
 その疑問を晴らすために自分の家に行くことにした。もしかしたら、パパがいるかも
しれないという期待を抱いて。
 家が見え始めたところで、塀から家を覗く怪しい人影を発見した。恐る恐る地近づく
とその少し横に広いシルエットは秀吉君だと気付く。
「秀吉君?」わたしは声をかける。
「あぁ……、こんにちは」いつもの半分ほどの声で秀吉君は挨拶をした。
「そう、大変なの。パパが消えちゃった。おばあちゃんは罪を償うためにいなくなった
って言ってた。とにかく大変なんだよ」わたしはなるべく短く、今、知っている情報を
伝えた。
「……。ごめん。僕のせいだ。僕のせいでパパは自首したんだ」
 ジシュ?え?どういうこと?
「あの『草』について話し合った時、僕が言い過ぎた……。」彼は続ける。
「そう? そうって何?」
「あぁ、レコーディングした曲。あの曲、『草』って書いてソウって読むんだ。草っていう
のは隠語で――」
 草ってお母さんのことだ。パパはお母さんの曲を作ったんだ。
「それ、お母さんの曲だよ」  
                                                          [終]



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