【 Miss ディレクション 】
◆pxtUOeh2oI




24 :Miss ディレクション 1/5 ◇pxtUOeh2oI:08/03/23 11:24:07 ID:CYWiBKaA
 いくつもの目が私を見つめているのがわかる。
 私の一挙手一投足に注目し、ためいきと感嘆の声を上げる観客達。
 そう私は女優。今をときめく銀幕スター。一流劇団上がりの演技派女優である……なんてことはまったくなく、
俳優に憧れ三流劇団に入るもそこでも落ちぶれ、たまたま趣味でやっていた手品がちょっとだけ認められた地方周りの三流手品師である。
 今日の舞台は山間の古めかしい小学校、そのイチ教室に集められた全校生徒三十五人が今日の観客だった。
机を外に出した教室で放射状に椅子に座った子供たち、彼ら彼女らに囲まれて私は手品をいざと始める。
「そこの赤いスカートがかわいい女の子、好きなトランプのマークと数字を言ってみよう」
 いきなり当てられてちょっとビクッとした女の子が、かわいらしく「ハートの三」と言った。
 残念、ハートの三は休業中である。私が今、手にしているトランプはデック中、三枚が両面裏のトリックカードに交換してあり、
ハートの三は抜いてあるので使えない。私がどこかのお笑い手品集団ならば『休業中』と言えば笑いをとれるかもしれない。
けれども、私はそこの一門ではないので、どうにかごまかさねばなるまい。何でピンポイントで当てちゃうかなあ、困っちゃうよ。
「よし次は、そこのおかっぱ頭の少年、一から十の中で好きな数を選びなさい」
 おかっぱの男の子がおずおずと七を選んだ。
「じゃあ、三と七を足すと何になるかな? 一年生に答えてもらいましょう」
 恥ずかしそうに「じゅう」と答えた小さい一年生に褒めつつ、私は手品を始める。ふう、乗り切った、乗り切った。
「では、みんなが選んでくれたハートの十を使いましょう」
 私はそう言ってハートの十を取り出すと、さらにデックの下の方を広げて見せ、このデックが普通のトランプの束であることを
示して見せた。本当は上三枚に種があるんだけどね。
「このハートの十に何か描いてください、記号でも名前でも何でも良いよ。後、何か仕掛けが無いか良く見てね」
 私は目の前のメガネ少年にカードと黒マジックを手渡した。メガネ少年は戸惑いつつも、くまの絵を描いた。私よりうまいな。
「では、このくまの絵が描かれたハートの十は教卓の上に置いて、こっちのカードを良く切ります」
 普通にカットした後に、デックを半分に分けてショットガンシャッフル。子供たちの歓声が上がった。なんて良い子たちなんだろう、
たったこれだけで喜んでくれるなんてお姉さん涙が出そうだよ。でもごめんね、何度切っても一番上の三枚は移動しないようにしてるの、
純粋な子供たちを騙すなんて私は酷い女だよね。まあ喜んでくれてるから良いとしよう、これが仕事だし。
「良く切ったトランプの一番上にさっき取っておいたハートの十を載せます」
 そう言ってデックの一番上に表を上にしてハートの十を置いた。くまの顔が笑っている。
「わかりますか? 次にこのカードを裏返します。一番上にあるのはハートの十だと覚えておいてね、お姉さんとの約束だよ」
 子供たちの真剣な眼差しがデックに集中した。ふふふ、既にトリックは始まっているとも知らない子供たち、かわいいなあ。
「この一番上のカードを束の真ん中に入れちゃいましょう。そうすると一番上のカードは何になるかな? そこの君、答えて!」
 いきなり私に指名された元気そうな少年は、わからず困ってとまどっていた。

25 :No.06 Miss ディレクション 2/5 ◇pxtUOeh2oI:08/03/23 11:25:53 ID:CYWiBKaA
「忘れちゃったの? お姉さん悲しいなあ。一番上はハートの十でしょ、ほら」
 一番上をめくって、くまの描かれたハートの十を出すと、子供たちの驚きの声が教室中に響いた。気持ちいいー。
 ただ、喜ぶ子供たちの中で一人表情をこわばらせたまま、こっちを睨みつける少年が見えた、高学年の子だろうか?
うけなかったのかな? とりあえずは続けることにしよう。もしかしたらあの目は……。
「もう一回やるから、良く見ててね。上のハートの十を裏返して……」
 この段階で両面裏のダブルバックカードと二枚重ねてバレないように裏返す。そうすればデックの上に裏面が見え、
ハートの十だけを裏返したように見えるのだ。ダブルバックカードを知らなきゃわかるはずないよね、これ。
「そして一番上のカードを真ん中へ。じゃあ一番上は何かな?」
「ハートの十!」
 子供たちの元気な声が耳に届く。ふふふ……少年少女よ世の中はそんなに甘くないのだよ。
上のカード、つまりハートの十とダブルバック、そしてその下の普通のカードを、一枚だけめくるように見せつつ三枚同時にめくる。
「クラブの五でしたー。ハートの十はさっき真ん中に入れたでしょー」
「えー、さっきと違うー」と声を出し子供たちが騒いだ。かわいい奴らだなあ。今度はそのクラブの五だけを裏返し、
デックの上はクラブの五、ダブルバック、ハートの十の順にする。
「一番上はクラブの五だということは、みんな覚えていますね?」
 子供たちに尋ねる。みんな真剣な表情で頷いた。
「そう、でもね、お姉さんは魔法使いなんだ。だからね、魔法を使えば……ちちんぷいぷいのエイ!」
 三枚同時にめくる。もちろん上には、
「最初の約束どおり、くまさんマークのハートの十が出るんだなー、これが」
 大喝采。拍手に包まれ昇天しそう。手品師冥利につきるわ、ほんと。
「じゃあ、次は私の相棒であるマールに手伝ってもらいましょう。おいでマール」
 教室の扉が手伝いの先生に開けられ、私の相棒であるチャウチャウ犬マールが、少し垂れた頬を震わせもふもふと入ってきた。
「ブサイク」「よだれ汚い」「うんこ色だー」
 子供たちの評価は最悪である。私は愛してるよマール、ブサイクだけど。
「はーい、みんなひどいこと言わないで、マールは女の子だからね。これからマールのすごいところを見せるよー」
 半信半疑な子供たちに指示をだし、中央にマールが通れるだけの道を開けた。
「私が投げた物をマールがそこを通って空中でキャッチします。投げる物はこの小さなウルトラマン人形。何か仕掛けはあるかな?」
 目の前のズボンをはいた少女に人形を渡した。さらに周りの子供にも確認させ、返してもらう。
この人形には何の仕掛けもない、この人形にはね。
「何もないわね? じゃあ、また魔法を掛けましょう。みんなもうまくマールがキャッチできるように祈ってね」

26 :No.06 Miss ディレクション 3/5 ◇pxtUOeh2oI:08/03/23 11:26:53 ID:CYWiBKaA
 そういって私は右側の腰辺りに擦りつけるふりをする。実際は隠しポケットの同じ人形とすり替えたんだけどね、仕込み付きの人形と。
「投げるわよー。取ってこいマール!」
 勢いよく投げ放たれたウルトラマン。マールも跳び出した。子供たちの視線が人形に集まる。マールがジャンプ。そしてキャッチ! 
……することはなく、ウルトラマンは復路も飛んで私の手の中に帰ってきた。ナイスキャッチ、私!
 目を丸くさせた子供たちが、「おお」とか「すげー」とか声を出す。マールが重たい体を震わせながら帰還した。
「あれー? 魔法掛け過ぎちゃったかなあ? もう一度、とってこいマール!」
 ウルトラマンが飛ぶ。マールが走る。子供が期待を込め見守り。マールがジャンプ! すると同時に私は腰のベルトから人形に伸びた
極細テグスを引いた。もちろんウルトラマンは私の手元へと戻ってくる。かわいそうなマール、あんた輝いてるよ。
 戻ってきたウルトラマンを、今度はキャッチせず手元で操る。上下左右にふらふらと飛び続けるウルトラマンを見て、
子供たちのまあるい目が、ゆらゆらきょろきょろウルトラマンを追ってさまよう。あ、マールが戻ってきた。
「マール、ちゃんとキャッチしなきゃダメじゃない」
 マールと目を合わせ指示を出す。きっちり笑いをとってくぞ、相棒。
「さっきは魔法を掛け過ぎちゃったみたいだから、ちょっと弱めようか」
 そういって再び腰の辺りに擦りつけ、元の仕掛けがない人形とすり替える。
「三度目の正直、行けウルトラマン!」
 人形を投げた。ウルトラマンが飛んだ。子供たちが凝視する。マールが跳び出す……ことはなく、
ウルトラマンは後ろの黒板に音をたてて激突した。マールはあくびしていた、私の指示通りに。
「…………以上、マールの活躍でしたー。マール退場!」
 のそのそと教室から出て行くマール、子供たちは笑っていた。良くやったよ、マール。あんたが笑わしたんだ。
「では、そのウルトラマン人形は、一番後ろのあなたにあげましょう、大事にしてね」
 私の声を聞き人形を拾った女の子、近くの仲間に見せタネを探しているようだ。ははは、それはただの人形なのだよ。
 和やかな空気に包まれた手品の合間、先ほどのこちらを凝視していた少年の方を少し観察してみる。
やはり笑っている様子はない。少年の真剣な表情から、私はある確信を得た……彼は私の敵であると。
 手品ショーは続く。ワインのボトル――細くなったところにテープを巻き、その下であらかじめ切断されている――を
紙袋に入れ袋の中でがさごそと動かし、ボトルを開けずに中へトランプを入れる手品。
 ペットボトルに入った水――実は過冷却されており、衝撃によって凍るようになっている。つまりは科学の力だよ――を一瞬で凍らせる手品。
 マトリックスさながらに、体を背面に反らせる――ズボンに角度によって固まる仕込み入り――手品を見せたり(問題は
マトリックスもイナバウワーも子供たちには通じなかったことである。私はもうおばちゃん? うう、泣きそう)
 腕をまったく動かさず手のひらの筋肉だけを使いコインを浮かせる手品をやったりした(その手品のために練習を重ねた
私の手には、コインの後がくっきりとスジになって固まっており、合コンでの評判は悪い……固い手は嫌いですか?)

27 :No.06 Miss ディレクション 4/5 ◇pxtUOeh2oI:08/03/23 11:27:54 ID:CYWiBKaA
「じゃあ、今日の最後のマジックをお見せしましょう、タネも仕掛けもないことを示すために新しいトランプを使います」
 私は赤いトランプの箱からビニールを外し、デックを取り出した。この瞬間が私は好きだ。
「では、そこの君。前に出て手伝ってください」
 他の子供たちとは様子の違うさっきの少年をこちらに呼ぶ。指名された少年は予想外の呼び出しに驚いていたようだ。
「私がトランプを広げて横にずらしていくから、好きなところで一枚選んで取ってね」
「これ、フォースって言うんでしょ?」
 やはり、彼は私の敵だった。手品師にとって最大最強の敵、手品の最中にタネを暴こうとする人たちである。
 フォースというのは、相手の呼吸に合わせ横にずらすカードの速さを調節することによって、
手品師の思いのままにカードを引かせる技術の一つだ。プロならば百回中百回成功させる基本にして最上のテクニックであり
これを封じられるとすっごい困っちゃうものである。ほんと、まじで困るけど、それを顔に出せない。私、三流だけどプロ手品師だから。
「良く知ってるねえ、どこで聞いたの?」
「漫画で読んだ」
 最近の漫画は手品のネタばらしまでしやがるのか、コンチクショー。
「じゃあ、こうやって上からパラパラめくるから、好きなところでストップって言って。それなら良い?」
「それもフォースの仲間でしょ。ネットで聞いたことある」
 ブルータスお前もか……ダイヤのキングのモデルであるジュリアスシーザーが言った、かの有名な言葉が頭に浮かぶ。
はあ……漫画と来て、ネットもとなるとテレビもやばいんだろうなあ。お姉さん、本気で困っちゃうよ。
 だが私は負けるわけにはいかない。私の手品の前で笑っていない者は存在してはいけないのだよ、少年。私のプライドに賭けて。
「良し、じゃあこうしよう。私は教室の外に出てるからその間に好きなカードを選んで。そうすればフォースじゃないでしょ」
 少年は少し考えていたようだが、頷いた。
「じゃ、私は外で待ってるから、選んだカードをみんなで覚えたらデックに戻して良く切ってから、私を呼びに来てね」
 そう言って、私は教室の外へ出た。扉を閉め終えると中が少し騒がしくなったようだ。これは失敗できないなあ。
 そんな私をよそに、廊下ではマールと本日のアシスタントが遊んでいた。アシスタントと言ってもハイレグのピカピカお姉ちゃんではなく、
この学校の頭がピカピカ校長先生だけど。遊んでもらえて良かったね、マール。こっちは大変だよ。
「少し予定が変わってしまったので、手伝って貰っても良いですか? マールも遊んでるところ悪いけど、もう一度よろしくね」
 校長先生に頼んだ。柔らかい言葉とは裏腹に、断れない雰囲気を作る。その場の空気を操ることは手品師の基本である。
ごめんね、マール。ごめんね、校長。校長先生の頭の光が少し鈍ったような気もしたけど、特に問題はないでしょう、きっと。
 校長先生に指示を出していると、教室内では準備が済んだらしい。私は呼ばれるままに教室へ入ると、
入口から顔を覗かせたアシスタントの校長をひと睨みしてから、子供たちの方を向いた。
「みなさん、カードはちゃんと覚えましたね? これからそのカードを当ててみせます。まずはトランプをマークごとに分けてください」

28 :No.06 Miss ディレクション 5/5 ◇pxtUOeh2oI:08/03/23 11:28:44 ID:CYWiBKaA
 さっきの少年にデックを渡し、トランプを四つの山に分けてもらう。手早いねえ、トランプに慣れてるのかな?
「では、いきます。まずはスペード、は違いますね。この山は捨てちゃいましょう」
 手に取ったスペードの山をおもちゃのナイフに変える、子供たちは一瞬驚いたがこちらの仕草を見逃さないよう真剣に見つめている。
とってもやりにくい。続いてハートの山も赤いバラへと変えた。机の上にはナイフとバラと二つの山が残る。
「残りはクラブとダイヤか、どっちかなあ? まずはクラブ……これも違うみたい」
 クラブの山を手で覆い蟹の人形へと変えた。子供たちの空気が少し変わったようだ。そんな顔してるとバレちゃうぞ。
「最後はダイヤだね。でも…………これも違う!」
 カードの束を放り投げ消し、手の中からダイヤモンドを出す。もちろん偽物だけどね。
 子供たちは私がダイヤを出したことには驚いたようだったが、それでも安堵と落胆の複雑な表情を浮かべていた。
「つまり、あなたたちが選んだカードはジョーカーでしょ!」
「ちがーう!」「はずれー!」
「え、違う? おっかしいなあ。ちょっと助けを呼んで良い? マールが入れば当てられるかも」
 そんな馬鹿な。あの犬はさっき何もできなかったじゃん。という空気を感じつつ私は続けた。今に見ていろ、マールの力を。
「後ろのドアに注目! マールおいでー」
 大きな音を発し勢いよく開けられた後ろのドア。子供たちが一斉に振り向いた。でも、マールが出てこない。
「マールー? どうしたのー? 出てこーい!」
 私の呼びかけから数十秒、それでも間をおいてやっとこさのそのそと登場したマール。遅いよ、まあ私の指示通りだけどさ。
「おや、マールの首輪にトランプが挟まってるみたいですな。ちょっとそこのお嬢さん、取ってみてもらえる?」
 おそるおそるマールに手を伸ばす女の子。彼女が手に取ったトランプを読み上げると驚嘆と歓喜の声が巻き起こった。大当たり!
「どうよ、お姉さんの魔法は? すごいでしょ」
 私はさっきの少年に聞いた。彼は心底驚いたのかぽかーんとした顔をしていたが、私の声を聞くと顔を紅潮させながら言った。
「どうやったの? ねえ、教えて? ぼくは将来、マジシャンになりたいんだ!」
 やっぱりか。タネを知りたがる人にはこういったタイプが多い。わからなくもないが、手品師にとっては最大の敵であることには違いない。
が、昨日の敵は今日の友ということで先輩として優しい私は少しアドバイスをしてやろうと思う。タネは教えてあげないけどねえー。
「マジシャンになりたかったら、まずマジックを楽しく見ること! 自分が楽しんだことがないのに、人を楽しませるなんてできないよ」
「でも、タネがわからないとマジックできないでしょ? ぼく、少ししか知らない」
「タネなんて自分なりの何かを見つければ良いんだよ。自分で考えて思いついたらそれが正解! わかった?」
 少年は少しとまどいつつも、元気に頷いた。マールが横で元気に吠えた。いたのか、マール。
「では、この子のアンコールにお答えして、さらにショーを続けようと思います! 良いですか、みなさん?」
 みんなの活気ある声が響き、私のやる気が高まる。本日のアシスタントが何か言いたげだが、気にしない。みんな、笑顔にしてやるぞー!    <了>



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