【 すれ違うダイヤと 】
◆IPIieSiFsA




19 :No.05 すれ違うダイヤと 1/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/23 11:08:15 ID:96sEBre5
「ダイヤが欲しい」
 テレビ画面の指示に従って板の上でバランスをとっている俺は、ストレートなお願いをぶつけてきた美希をとりあえず無視した。テ
レビの中では今にもペンギンが落ちそうになっているのだ。助けなければいけない。
「ダイヤが欲しいって言ってるでしょ」
「ぃたっ」
 背中に何かが当たってバランスが崩れ、ペンギンが落ちた。振り向くと、美希がヌンチャクをヌンチャクにして振り回していた。
「確かにそれはヌンチャクだけど、ヌンチャクじゃなくてコントローラーだから」
「ヒロが無視するからでしょー」
 口を尖らせて拗ねる美希。仕方なく俺は板から降りて本体の電源を切り、美希とテーブルを挟んで向かいに座る。
「んで、何で突然ダイヤなんだ?」
「女の子がダイヤを欲しがるのは極自然なことだと思うのよ?」
「知るか」
「テレビでスイートテンダイヤって言ってた」
「それは結婚十周年とかの記念だろ」
「ダイヤって燃えるんだよ?」
「燃やしたいのか?」
「よっぽどの高温じゃないと燃えないんだよ?」
「お前が言い出したんだろうが」
 彼女の額をぺしんとはたく。
「いいじゃーん。ダイヤちょうだいよー。ダイヤー」
「駄々っ子か。だから何で欲しいのかって聞いてるんだろうが」
「私の誕生日は?」
 質問に質問で返してくる美希。ジッとこちらを見つめる様子から、答えないと先に進まないのだと理解する。
「四月十六日」
「誕生石は?」
「ダイヤモンド」
 これは彼女と付き合い始めた頃に記憶させられた。……あっ、そういえば。
「今度の日曜は何日で何の日?」
「三月二十三日で俺達が付き合いだした日」
「なんだ、覚えてるじゃない」

20 :No.05 すれ違うダイヤと 2/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/23 11:08:30 ID:96sEBre5
 美希が少しだけ瞳を大きくした後で微笑む。
 危なかった。寸前で思い出して本当に助かった。これで答えられていなかったら、何を言われたことか。
「当たり前だろ」
 平静を装って答える俺。
 ……ん? 順番で言うと彼女がしゃべる番なのだが、なぜか何もしゃべらずにこっちをジッと見ている。
「何でわからないのよー!」
 しばらく続いた沈黙は、痺れを切らした美希が叫んだことで破られた。
「いや、わかってるから。今度の日曜は付き合いだして一年の記念日。だから記念にダイヤが欲しい、ってことだろ?」
「わかってるんじゃない、バカー!」
 あそこまでいってて気づかないような奴はきっと、女と付き合っても上手くいかないだろう。
「確かにわかってはいるが、ダイヤはやれない」
「なんで?」
「金がない。大体、地方から出てきてる貧乏大学生が、そんなダイヤを買うような金を持ってるわけないだろ」
「ダイヤだからって何でもかんでも高いわけじゃないわよ?」
「それでも、気軽に買えるものじゃないだろ?」
「そりゃそうだけど……。でも、お金がないって言ってるくせに、ゲームとかバカみたいに買ってるじゃない!」
 美希が指差す先は、テレビの傍に乱雑に置かれたゲーム機本体とゲームの数々。確かにリモコンコントローラで操作するゲーム機は、
板含め周辺機器はほとんど揃えている。食費を削ったりしながら。
「俺だけじゃなくて、お前が遊ぶために買ったのもあるだろ」
「でもでもでもでもでも! せっかくなんだから、何か、ヒロとの記念になる物が欲しいよ……」
 最後は声が小さくて聞き取りにくい。俯いてしまって顔は見えないけれど、もしかしたら涙ぐんでいるのかもしれない。
 俺は美希と過ごした記念日を思い出す。誕生日にクリスマス。バレンタインデーにホワイトデー。誕生日には手作り雑貨の店で買っ
たビーチコーミングのブレスレットを。クリスマスにはブーツを。ホワイトデーにはネックレスを。それぞれ彼女にプレゼントした。
「いやいやいやいや! ちゃんと記念になる物あげてるから!」
 俺が慌てて否定すると、美希は小さく舌打ちをした。
「騙されないか」
「お前、恐ろしい奴だな……」
 背筋を冷たい汗が伝ったような気がした。
「まあいいや。とにかくそういうわけだから、記念日だってことは忘れないようにね!」
 念押しすると彼女は立ち上がって玄関へと向かう。

21 :No.05 すれ違うダイヤと 3/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/23 11:08:44 ID:96sEBre5
「ん、帰るのか?」
「うん。今日はパパとママと三人でご飯食べに行くんだ。じゃあね♪」
 名残惜しさの欠片も見せずに美希は出て行った。しばらく閉じられた玄関ドアを見つめていた俺は、長いため息を一つ吐いてから、
ゲーム機の電源を入れた。

 ベッドに寝転がり携帯ゲーム機の画面を専用ペンでガシガシしていると、メールの着信を知らせる着メロが鳴った。
 ゲーム機を置いて携帯電話を手に取る。受信したメールの送信者は『ヒロナリ』。
『こんばんは。明日は昼間出かけて、夜は家でご飯を食べようかと思うのですがどうでしょう?』
 用件だけ、絵文字も無しの愛想のない文面。何故か敬語になるという相変わらずのメール。
 絵文字を多用する男はさすがに引くけれど、少しくらいは使って欲しいとも思う。というか、これがホントに彼女に送るメールなの
かと疑いたくなる。
『いいよ(ハートマーク)じゃあ、昼過ぎに家に行くね♪』
 明日を前に、長々と凝ったメールを返すのは無粋というもの。嬉しい気持ちは明日彼に伝えればいいのだ。
 しばらく待つと、『了解。おやすみ』の短い返信。ホントにそっけない。けど、今日に限らず私がメールを送ると必ず返信してくれ
て、最後はいつも彼で終わる。これは彼の優しさだろう。
 さて、明日に備えてちゃんと寝なくちゃ。私は布団に潜り込んだ。おやすみヒロ。心の中で呟く。

 映画を見て、アミューズメントパークで遊んで、雰囲気の良い喫茶店で少し休憩。
 私はカフェオレを一口すすってから、彼に尋ねた。
「どうして夜はどっかで食べて帰らないの?」
「せっかくの記念日なんだから、いつものデートとは違ってたまには家で食べるのもいいだろ?」
「たまにはね。けど、なに食べるの? ピザでも取る?」
「それじゃあ、いつもと変わらないだろ。今日は特別に、俺の手料理を披露してやろう」
 少し胸を張って得意げな顔のヒロ。私はというと、嬉しさや喜びよりも先に不安が頭をよぎった。
「披露はいいけど、ヒロって料理できるの?」
「愚問だな。一人暮らしを初めてもうすぐ丸二年だぞ。料理の一つや二つ、朝飯前だ」
 その口調と顔から、バカにするな、という気持ちが言外に込められているのがわかる。
「じゃあ期待しとく。あっ、そうだ! だったら帰りにスーパーに寄ろうよ!」
 つきあって一年だけど、一緒にスーパーには行った事がない。
 カートを押してる彼と腕を組んでお野菜とか見て回って。なんだか新婚さんみたいでいいんじゃない?

22 :No.05 すれ違うダイヤと 4/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/23 11:08:59 ID:96sEBre5
「当然だろ。買い物もデートの一部なんだから」
 私が言い出すことなんかお見通しとばかりに、ニヤリとした笑みを浮かべるヒロ。
 見透かされてるのは少し悔しいけど、私の事をちゃんとわかってくれてるんだよね。そんな風に考えると自然と気分は買い物に飛ん
でしまう。そうなると私は居ても立ってもいられなくなり、ヒロを連れて喫茶店を飛び出した。

 両手に買い物袋を下げたヒロからカギを預かってドアを開ける。私には自分のバッグがあるからと、二つとも持ってくれたのだ。
 玄関を入ってすぐに申し訳程度の台所、奥に二つ部屋がある2Kの造り。台所を素通りして二つある内、手前の部屋のテーブルに買
い物袋を置く。彼が買ってきた物を冷蔵庫に入れたり戸棚に入れたりしている間に、私は座布団を敷く。
「さすがに部屋、片付けたんだ?」
 この前よりも少しすっきりとした感じのする部屋。その分のしわ寄せが奥の部屋にいっていない事を祈るだけだ。
「いや、別に片付けてないぞ?」
 意外な答えが帰ってきた。
「でも、なんか広くなってない? 三日前はもっとごちゃごちゃしてたよ?」
 テレビの周りに何も置かれていないし、壁際には……乱雑に雑誌が置かれてる。うん。私の気のせいだったみたい。
「さてと、じゃあ作り始めるか。出来上がるまで、テレビでも見ててくれるか」
 腕まくりをして準備に取り掛かるヒロ。うんうん。こういう姿も、別の格好良さが見えていいよね。
 結局、私は料理が出来上がるまでヒロの後姿を眺めていた。部屋中探したけど、何故かゲームも見つからなかったしね。
 そして待つこと数十分。テーブルの上には、カルボナーラのスパゲッティとオムライス。しかもオムライスはとろとろふわふわ卵! 
 私が素直に驚いて褒めると、ヒロもまんざらじゃない顔をしていた。
 さらには味の方も問題無し。素人が作るものとしては充分に美味しかった。
「ごちそうさまでした」
 感謝を込めて頭を下げると、ヒロも「お粗末さまでした」と頭を下げ返す。顔を上げると目が合って、お互い吹き出してしまった。
 いまならいいタイミングかも。
 私は持ってきていたカバンから、綺麗にラッピングされた箱を取り出す。
「はい。つきあって一周年のプレゼント」
 ヒロは、自分がもらえると予想してなかったのか、ポカンとした顔をしている。
「美味しい手料理を作ってくれたお返し、ってわけじゃないけどね。ねえ、開けてみて」
 ヒロが丁寧に剥がして包装紙の中から取り出したのはゲームソフトが二本。先日出たばかりのスポーツゲーム詰め合わせと、ヒロが
敬遠していた大乱闘のゲーム。後者は私がやりたいだけだけど。
「後で対戦しようね」

23 :No.05 すれ違うダイヤと 5/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/23 11:09:13 ID:96sEBre5
「……あー。そう、だな」
 何故だか歯切れの悪いヒロの返事。ゲームが気に入らなかったかな? 確か欲しいって言ってたと思うんだけど。
 私のそんな考えが顔に出ていたのだろう。ヒロはすぐに笑顔を作ると、ありがとうと言ってくれた。
「それじゃあ、俺からもプレゼントだ。目を閉じて」
 え? プレゼント? 私に? デートも全部おごりで、手料理も作ってくれたのに。それだけじゃないの?
 疑問に思いながらも言われた通り、居住まいを正して目を閉じる。と、食器やコップを動かす音が聞こえて、彼が私の左手を取った。
 左手? 左手ってことはもしかして?
 期待に胸が高鳴る。そして、左手の薬指に何か輪っか状の物がグイグイっと嵌められていく。
 ん? 何か大きい。っていうか、小指と中指に何か当たるんですけど。
「はい。目を開けて」
 言われるまま目を開いて左手を見る。私の薬指は、ヒロが右手の人差し指と親指で作った輪っかで締められていた。
「……何、コレ?」
「俺の名前は?」
「ヒロナリ」
「漢字で書くと?」
「大きくなる也。で大也」
「音読みすると?」
「だいや」
「そう、ダイヤ」
「……言ってて、恥ずかしくない?」
「……恥ずかしい」
 少しだけ顔を赤くしたヒロは、私の左手から手を離す。はあ、少しでも期待した私がバカだった。気分を変えようと左手でコップを
掴み、残っていた水を飲む。
「あれ? 美希、それどうしたんだ?」
 ヒロがコップを持つ私の手を指差す。
 どうしたって、ヒロが握ってたから色でも変わってるんじゃないの? なんて思いつつ左手を見ると、薬指に光を反射してきらめく
ダイヤがあった。いつの間にか私の薬指に、銀色で細めの指輪が嵌められていた。
「えっ、なんで? どうして? だって、お金。それにさっき……」
 混乱して上手く言葉にできない私にヒロが微笑む。
「スイート『ワン』ダイヤ。これからもよろしくな、美希」



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