【 見てみぬ振り 】
◆QKosjbgW/g




122 :No.30 見てみぬ振り 1/2 ◇QKosjbgW/g:08/03/17 01:56:11 ID:Cegf/ica
 廊下から聞こえてきた物音で私は目を覚ました。時刻は午前4時。眠い目を擦りながら体を起こすと、まず私は妻
の姿を確認した。二人で買いに行ったベットには、いるはずの妻の姿は当然のようにない。
 ――またあの男の所にいるのだろうか。私は近くのアパートに住んでいる学生の顔を思い出した。彼は私と違って
顔立ちが整っており、快活もよくて礼儀正しい。男の私から見ても好印象の男だった。妻が惚れるのも、無理はない。
むしろあの学生がなぜ妻に惚れたのか、そっちの方が奇妙である。もしかしたら妻が貢いでいるのかもしれない。
(もしそうだったとして、一体どうなるというのだ?)
 もう一人の私が思考を停止させる。また無意味なことを考えてしまった……。私は反省しつつ、物音を確認するた
めに廊下へと出た。
 廊下に人の気配はないようで、私はトイレ、下駄箱、ダイニングと、寝室に近い順に確認していく。下駄箱に妻の
靴は見当たらず、物音の正体は妻ではなかったようだった。私は思わず安心してしまった自分に嫌悪しつつ、ダイニ
ングに繋がるドアを開けた。
 ダイニングは一見いつもと変わらぬように思えた。しかし、よく耳を澄ませば寝息のようなものが聞こえてくる。
その音を頼りに近づいていくと、今年中学生になったばかりの息子が、ビール瓶片手に寝息を立てていた。私は今に
始まったことではないので、驚かない。
 息子はいつのまにかアル中になっていた。最近は禁断症状で手が震えるようで、流石の妻も怪しみ始めている。私
はビール瓶を片付けると、息子を抱えて部屋まで連れて行ってやった。普通逆ではないのか? 悲しみを通り越して
虚しく、涙も出ない。そろそろ、何か言ったほうがいいのではないのだろうか?
(やめておけ。こいつがお前の話を聞くわけがない。それに話したら家族会議どころでは済まないんじゃないのか?)
 そうだ。その通りだ。私はそれに納得し、寝言で怒鳴り声上げる息子を尻目に、部屋を出た。
 寝室に戻ったが、結局眠ることはなく、妻が戻ってきたのも6時だった。
 朝食は三人揃って食べることができる。この瞬間だけは私も、妻も、息子も、みな普通の家族になれる。ただ、妻
から漂う生臭い臭いと、息子の抜けきってない酒の臭いが、私の眉間に皺を作った。だが、私はそれをも我慢しなく
てはならない。
 息子は手の震えが止まらないようで、常時手をポケットに突っ込んでいた。目がランランと輝いていて、とてもじ
ゃないが普通には見えない。妻は気づいているのだろうか。……いや、妻も自分のことで精一杯で気づいていないだ
ろう。妻は私と目と目が合うと、すぐ目を逸らす。よく見れば、目の下には隈が出来ていた

123 :No.30 見てみぬ振り 2/2 ◇QKosjbgW/g:08/03/17 01:56:27 ID:Cegf/ica
 
 昼食の時間。私は公園のベンチに座り、弁当をつつきながら様々なことを考えていた。妻とあの男が一体どこまで
本気なのかということ。息子が学校でどう隠しているかということ。そしてなにより、私はどうやって再就職すれば
いいのかということ。
 もしかしたら、と私は思う。
 私たち家族はそれぞれの状態をわかっていて、同じように見てみぬ振りをしているのではないのだろうか。そうだ
としたら、これほど滑稽な話はない。今更気づいたとしても遅いのだ。
 私は、確実に崩壊する未来をも見てみぬ振りをすることにした。




BACK−無駄なドミノとドミノ軍曹◆/7C0zzoEsE  |  INDEXへ  |  NEXT−雲の上と雲の下の無責任◆ecJGKb18io