【 無駄なドミノとドミノ軍曹 】
◆/7C0zzoEsE




117 :No.29 無駄なドミノとドミノ軍曹 1/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/17 01:49:11 ID:Cegf/ica
 今、ふと思うと。何と言っても、ドミノ軍曹は凄い奴だった。
 こうして思い切り息を吸えるのも吐けるのも、やはり限りがあることだ。
具体的に言えば、八十年とちょっとしか時間は残されていない。
そのうち四分の一は睡眠で構成されているらしい。さらに年を取るにつれて時間の流れは早く感じるらしい。
 じゃあ、生きて満足に行動できる時間っていうのは、実はもの凄く少ないのではないか?
自分にとって何の利益も生み出さない"無駄"な事は、それだけで罪悪だ。
ぼーっと過ごす時間なんて言語道断。そうして、僕は一生を出来る限り濃密に過ごすのだ。
「生き急ぐことなかれ、少年よ。されば死に急ぐ事に他ならぬ」
そんな僕を説く、ニッと口元を吊り上げたドミノ軍曹の何と大器で二枚目なことよ。

 ドミノ軍曹はまた、とんでもないド阿呆であった。
「体育館で遊んでならぬのなら、どこで遊べと言うのだ!?」
 その日は雨が降っていた。グラウンドは水浸しになっているので、仕方なく友人達数人で体育館へ忍び込んだ。
仲間同士ボールをぶつけ合って楽しむという他愛なる遊びを嗜んでいると、
教師が血相を変えて僕達を叱りに来るではないか。
なるほど僕達の怪我を心配してくれているのだな、と罪悪感が生まれたのも束の間。
「体育館を勝手に使って良いと思っているのか! 君達上級生がしっかりしないと、
下級生に示しがつかないだろう。期末試験前なんだから大人しく勉強してたまえ」
などと御大層にのたまいける。これには、僕達もさすがに開いた口で顎が外れたようだった。
 ドミノ軍曹いわく「私が下級生の見本になると思っているのなら、あの教師……見当外れもいいとこだ」
改めて思うが、確かにあの時ドミノ軍曹の何かが燃えてしまった。何か、いらない"無駄"なものが。
 その次の日から、ドミノ軍曹はしきりに体育館に通いつめるようになった。
授業が終わると、いつもは一緒に下校していたのに。彼はリュックを背負って、私を置いて体育館に向かう。
「何、してるの? 悪巧みなら手伝うよ」
 僕がそう提案しても、彼は片手で制して。
「これは一人でやるからこそに意義があるのだ」
と言ってのけた。なるほど、一度決めたらがんとして言うことを聞かない。
 勿論、だからと言って僕がドミノ軍曹の『遊び』を黙って見過ごす訳が無い。
いかにもばれない様に、こそっと後ろをついて行った。

118 :No.29 無駄なドミノとドミノ軍曹 2/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/17 01:49:27 ID:Cegf/ica
 至極当然、体育館の中に入ると、入り口の真横でドミノ軍曹が僕を待ちうけた
「君の行動パターンは単調すぎるな。おおっ、と。あんまり騒がないでくれよ」
 体育館を見渡すと。おやおや僕が大の字で寝転んでも、まだあり余る程の広さ。
ドミノ軍曹がそう呼ばれる所以。ドミノがこれでもかと敷き詰められていた。
「これはまた……いつの間に?」
「この前説教されてから、ちょっとずつ準備を始めてね。朝は早くから、夜は放課後までさ」
 ドミノ軍曹はフフフンと得意げに鼻を鳴らした。
なるほど、期末前で部活も停止中。体育の授業は全学年共通でマラソン大会の練習中。
体育館を使うことの無い、今だからこそ出来る『遊び』なのだろう。
まったく、本当に、根っからの、"無駄"なことだなぁなんて思っていた。
「まだまだこんな生易しい物じゃないぞ。きっとこの体育館いっぱいにドミノを広げてやる」
「どうして、こんな事を?」
 ドミノ軍曹はにんまり不敵に微笑んだ。
「だって、面白いじゃあないか」

 彼は卒業前に、在校生の記憶に残る大事業を何かと模索していたらしい。
確かに、これだけ広い体育館にドミノを敷き詰めることが出来れば、
きっと網膜に焼き付いて中々離れないことだろう。
 僕がその大事業に加わろうと、そっとドミノを一つ置くと。
ドミノ軍曹は何とも自然に僕の頭を叩いた。
「忘れないでおくれ、一人でやる事に意義があるのだよ」
「申し訳ない」
「もし、一つでも倒したりすれば末代まで祟るからな。ちなみに約束は必ず守るタイプだ」
「合点です」
 ドミノ軍曹の言葉には凄みが込められていて、言うことを聞かされる。
そこにカリスマ性の秘めたるものだと、信じてやまない。
 ひとたびドミノ軍曹がドミノを並べる仕事を始めると、その集中力と言えばどうだ。
「期末試験の勉強は大丈夫なの?」

119 :No.29 無駄なドミノとドミノ軍曹 3/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/17 01:50:30 ID:Cegf/ica
「ん? まあやればできるからな。受験は大丈夫だろう」
 期待を裏切らない返答。『遊び』にかける半分も勉強に集中すれば、きっと今頃優等生な筈だ。
「そんな勉強なんかより大事な。そう今しかできないことがあるじゃないか」
「今しか出来ない……ねえ」
 熱い情熱のベクトルがあさっての方向を向いている。ともあれども、どこか清々しい。
「さすがドミノ軍曹は言うことが違う」
 このドミノ軍曹は今こそ周知の愛称となっているが、実は僕が何気なしに呟いたこれが元となっている。
「ドミノ軍曹って何だ、ドミノ軍曹って。……なるほど、言いえて妙だな。面白い」
ドミノ軍曹は、くっくと笑い声を堪えきれない様で。
僕はというと変なことを言ったつもりは全くなかったので、実に戸惑っていた。
「見ててくれドミノ軍曹の一世一代の大演技」
 そう爽やかに言ってのけた後は、もうドミノに全身を集中させていた。
「あ、そこにいたら気が散るし。倒れても何だし、お茶でも買ってきてくれ」
それから、追い出された。

――それから一週間も経って。
 ドミノ軍曹は着実にやつれていた。
そりゃあ、あれだけの集中力を続けるだけでも大変なのに。
どこからか体育館にドミノが並べられている、まことしやかな噂が流れだした。
 おかげで、体育館に入ると数百個が倒れていたりするのはざらで。
どこかの教室の黒板に「完成間際に全部ぶっ壊してやる!」と下品極まりない反抗予告を書かれていたりするらしい。
 教師は教師で、壊すべきだ。いや、生徒の独創性を尊重するべきだ何だと。綱渡りな会議を続けていて。
 ドミノ軍曹は僕なんかよりずっと、根気強い人だったが。
さすがにこれには参ってしまって。今にも倒れそうな程、うつろだった。
 それでも、僕が手伝うよともちかけても。
「結構。結構、冗談きついよ。ここまで一人で続けたのに、まったく」
とまともに取り合ってはくれなかった。
 期末試験は目前で、もう時間が無いと言うのに。
ドミノは体育館の三分の二を埋めている程度だった。

120 :No.29 無駄なドミノとドミノ軍曹 4/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/17 01:50:54 ID:Cegf/ica
「終わらないかもしれないね」
 体育館に差し入れを持っていくと、ドミノ軍曹が始めて弱音を吐いた。
「どうして?」
「時間と体力が持たない……」
 ドミノ軍曹はしきりにため息をついている。
僕は食べ物を持ってくるぐらいで、他に出来ることは何もなかった。
「試験は明日から始まる。それから、三日間。試験が終われば部活があるから片付けなきゃいけない」
「まだ、今日含めて四日もあるんだよ? 諦めるなんて、らしくない」
「でも朝は施錠されてるし、放課後も見回りの教師が来るまで。中々時間が取れない。
それに、あんまり此処で無茶をしすぎると、壊そうとしている教師の思う壺だ」
 僕は、意味するところが分からず小さく首を傾げた。
「つまり、『勉学の妨げになる。生徒のために壊そう』ってことさ」
「合点です」
 ドミノ軍曹はただただ、ドミノを並ばせ続けて。そして僕に愚痴る。
「こんなに一生懸命やったのに……結局は間に合わないのか? 
本当に"無駄"な時間になるのか? ああ、もう!」
 ドン、と。床を叩くと、ドミノが一つパタ、と倒れた。それに続いて、波が広がるようにパタパタ……と。
僕とドミノ軍曹とで慌てて抑える。ドミノ軍曹は俯いてしまった。
「……どうせ、"無駄"な事だったんだからさぁ」
 僕が呟くと、ドミノ軍曹はキッと睨んだ。しかし、構わず続ける。
「出来るとこまで、頑張ればいいじゃん。別に元から認められるようなことじゃあるまいし」
「いや、しかしっ」
「僕は、ドミノ軍曹が何かに真剣に取り組む格好良い姿を、
しっかり見てたんだから。知ってるから。それでいいじゃない?」
 僕が早口で言ってのけると、ドミノ軍曹は押し黙ってしまった。
それから、俯いたままドミノを並べなおす。僕は何だか、自分で言って小恥ずかしくなってしまった。
「なぁ……」
 ドミノ軍曹は俯いたまま呟く。僕は慌てて返答した。
「な、なに?」
「手伝って……くれないか?」

121 :No.29 無駄なドミノとドミノ軍曹 5/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/17 01:51:12 ID:Cegf/ica
――試験中のこと。
「先生、トイレ行ってきます!」
 簡単そうな問題だけパッパと解いたら教室を出た。
再入室は出来ないが、このあとの時間は自由だ。言うまでもなく体育館に走る。
「お待たせ!」「遅いっ!」
 体育館に、着くと既にドミノ軍曹は佳境に入っていた。もう少しで、体育館いっぱいにドミノが敷き詰められる。
体育館にドミノいっぱい。僕の胸も何だかいっぱい。
「並び終えたら、一緒に崩れる様を見よう」ドミノ軍曹は呟いた。
「誰かに見せなくていいの?」「そんなの、もったいなくて」
しかし僕は、「駄目だよ、折角だからせめてビデオでも用意する」だなんて言って。まったく相手の意思を汲み取らないので。
 ドミノ軍曹は「もう、分からないかな!?」って大きい声を出して僕を突き飛ばした。
突き飛ばして、僕はゆっくりゆっくりドミノの海に溺れていく。確かに二人の時間は止まった。
開いた口で、顎が外れたよう。やがて僕の体に押しつぶされたドミノの一個が重なって、重なって倒れていく。
朝焼けが薄暗い町を明るくしていくように、どんどん色をつけたドミノは倒れていって。
「ああ、あああ。あああああ」
 二人は、顔を見合わせた。ドミノ軍曹は目いっぱいに涙を浮かべている。
「ま、待って。今からでも遅くないから上から見てみる!」と僕は叫んで、体育館倉庫側から階段を登りだした。
 ドミノ軍曹が叫んで、僕を制するのは聞こえなかった。
そして、すっかり倒れきったドミノの様子を上から覗き込む。浮かび上がってくる文字。
不恰好ながら、しっかりと読み取れる。並び終えていない部分を除いて。
【ドミノ軍曹は、のことが好きです】
 いや、しかし。そんな、ばかな。うろたえる僕を涙目でドミノ軍曹は叫ぶ。
「もう、雰囲気もくそもありゃしない! ちゃんちゃら可笑しいドミノ軍曹の大芝居よ」
 僕は、ぽかぁんと。ぽかぁんとしてから、急に笑い出した。
ドミノ軍曹もつられて笑い出す。二人して、まったく、なんて素敵な"無駄"!
 これで、ドミノ軍曹の話は終わる。片付けもせずに、学校から抜け出した二人には後できつぅいお灸が据えられるが。
それは二人の知ったことではない。そしてドミノのメッセージを見た生徒の間で、謎の深まる乙女なドミノ軍曹の噂は伝説となる。
 本当に、頭の上がらない。凄い娘だったと言う話だ。          
                                  <了>



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