【 おばけ屋敷 】
◆7BJkZFw08A




100 :No.25 おばけ屋敷 1/4 ◇7BJkZFw08A:08/03/17 01:31:00 ID:Cegf/ica
 そう、あれは今から少し前の話。
 まだこの町におばけ屋敷があったころの話。
おばけ屋敷と言ったって遊園地にあるようなアトラクションじゃあない。
西の町はずれにある今にも崩れそうな一軒の家のことだ。
 だいぶ昔からある家でな、そこにはたくさんのおばけや妖怪たちがひっそりと暮らしていた。
近頃はどこも人の手が入って、だいぶ明かりも増えて、あんまり物陰に潜み暮らすなんてことはできなくなった。
だからその頃は町はずれのおばけ屋敷が、そこら一帯の物の怪どもの最後の砦だったんだなあ……


 最近賑わってきたとある町の、西のはずれの木立の中。
昔々、と言ってもそんなに昔でもない、大きい戦争がいくつか起こるちょっと前くらいだっただろうか。
 そんな頃からある一軒の家。
住む人もいなくなってから荒れに荒れ、いつしか人ならぬ者達がこっそりと寄り集まるようになった。
近づけば人魂が出ると言うので子供達は近寄らず、大人も崩れそうで危ないからと近づきはしなかった。
 とは言えたまには近づく者もいる。
わんぱく盛りの子供たち、なんとかこのボロ小屋を撤去したいと考える大人たち。
しかし、子供たちは実際にちらと人魂を見れば逃げ出すし、大人たちもなんだか屋敷に近づくとやけに転んだり妙な音を聞くとかでさっさと退散してしまう。
 そんなこんなでいつのまにか誰もその家には近寄らなくなり、その内周りの住人たちの間でついたあだ名が『おばけ屋敷』。
屋敷というにはちと狭いが、おばけの家というのはなんだか間抜けで語呂が悪い。
最も、実際おばけの類が出入りしているわけだから、満更あだ名というわけでもないのだが……
 さて妖怪どもはこのおばけ屋敷をなんとか守ってきたわけではあるが、人間達の繁栄までどうにかできたわけじゃない。
小さかった町はいつの間にか大きくなるし、電車だの新幹線だのの線路があちこちに引かれ、ビルはどんどん高くなる。
気づけば妖怪どもは皆してこの屋敷の周りに集まって、ひっそりこっそり暮らしていくようになっていた。
 そんなある日のことである。
「おい大変だ。なあ、聞いたか。ここもとうとう取り壊されるらしいぞ」
 と騒ぎながら一つ目が飛び込んできた。
 ちょうどその時はふすまを取り払った大きな部屋でみんなしてああでもないこうでもないと話し合いをしている時だった。
「一つ目、少しばかり遅かったようだな。もうここに住んでる奴らはみなその事知っていてさ、今それについてこう、議論してるわけよ」
 振り向きながらにやりと笑って答えたのは水妖だ。人間たちには河童とか獺とか言われてるらしいが、所詮魑魅魍魎。定まった形などあるわけでもない。
「なあんだそうなのか。で、どうなった」

101 :No.25 おばけ屋敷 2/4 ◇7BJkZFw08A:08/03/17 01:31:18 ID:Cegf/ica
 勢い込んで一つ目はそう聞くが、誰を見ても皆一様に首を振るばかり。
「ど、どういうこったい。この屋敷が無くなったら、おいら達どこに行けばいいんだい」
「一つ目の言う通りだ。なんとしてもこの屋敷だけぁ守り通さにゃならん!」
 立ち上がって声をあげたのは一本角。ガタイのいい身体から出される声はこれまた大きい。
「そうは言うがな角の、俺達化け物に何ができる。もちっと昔の、もちっと力のあった時ならともかくよ」
 ふわりふわりと浮きながら、火の玉が弱気に言う。弱気が炎の色にまで移り、その身体は青白い。
「何言ってんだ火の玉、今までだってそのくらいで十分だったんだ。今度だってチラと鬼火でも見せりゃ泡食って逃げていくさ」
「なあ旦那。旦那はどう思うんだい」
 水妖が一番上座で皆の話を聞いている頭でっかちにそう聞いた。
「そうじゃなぁ……今までは確かにそれで十分じゃった。しかしそれは相手もよしなんとしても、という気概がなかったからできたこと。
今度はそうも行かないかもしれんのでなぁ」
 す、と天井を見上げ、大きくため息をついてから言葉を継ぐ。
「もう一度詳しく言うと、じゃな。この町の近くの大きな町で、家を建てるためにこの辺の林やら何やら一度取っ払おう、って話が出たらしくてな。
この話は、人間どもの、いわゆる上の方って奴から来とるらしいんだな。となると、一度や二度では引かんだろうな」
「では旦那も及び腰ってわけかい。俺は一人でもやってやるぞ」
 一本角がいきり立つが、それを諫めながら頭でっかちは言う。
「そうは言わん。わしらにとってもここは最後の砦。そう易々と諦めるわけにはいかんから、できる限りやってみようとは思う。
しかし、わしらが力の全てを出したところで徒労に終わる可能性もなきにしもあらず。各々、ここを離れる覚悟もしておくべきだと、そう言いたいのじゃ」
 しん、と皆一様に黙り込む。
屋敷を離れる覚悟、それがどういうことを意味するのか。
物の怪というものはある程度不気味な、不安定な、そういう気が無いと存在することができない。それがいわゆる妖気とか瘴気とか言われるものである。
この辺り一帯において、このように常時物の怪の類が現れられるような『気』の集まったところといえばこのおばけ屋敷をおいて他になく、
それは詰まるところここに会している妖怪たちの消滅、あるいはそれに近いことを意味するものなのだ。
「なぁ」
 水妖がぼそ、と呟く。
「旦那には、ここを離れて何か当てがあるのか」頭でっかちの方を向いてそう尋ねた。
「…………」
 頭でっかちは腕組みをしたまま黙りこくっていた。

 それからしばらくして、何人もの人間がお化け屋敷の周りにやってきた。

102 :No.25 おばけ屋敷 3/4 ◇7BJkZFw08A:08/03/17 01:32:08 ID:Cegf/ica
周辺の住人曰く「あそこには近づかない方がいい、おばけが出る」。
また曰く「あんな不気味なもの、早く壊してしまってほしい」。
大きな町から来た人間達は、それらを聞いたり聞かなかったり。
 おばけ屋敷に近づいた彼らの周りをふよふよと鬼火が漂うものの、往時に比べれば影も薄く、月明かりのない夜になら何とか見えるといった程度のもの。
人間が来るのはほとんど昼日中であるため、妖怪たちは手出しもできない。
「くう、せめて夕暮れ時なら何とでもやりようがあるのだが……」
「足ひっかけてすっ転ばす程度が関の山だろ」
「鬼火も昼じゃみえねえしな」
「さて、困ったぞ……」
 それから妖怪たちは水滴を落っことしてみたり木を揺すってみたりするものの、一向効果はないようで。
その内大きな鉄の機械がたくさん現われて、辺りを壊し始めた。
鳥たちがぎゃあぎゃあと鳴き喚きながらどこかへ飛んでいく。
「ああ、林が倒れていく」
「あそこの岩は腰掛けるのにちょうどよかったんだが」
「あの木の根元には昔な……」
「見ろ、屋敷が壊れていくぞ」
 鉄の爪が轟音とともに腐りかけた木の壁板を打ち破る。
柱が倒れ、屋根が落ちる。バリバリ、バリ、長い年月が家の耐久性などほぼ皆無にしてしまった。
時折妖怪たちが手を入れていたとは言え、少し小突かれただけで歪み、崩れ落ちる。
粉塵が光に舞い上がり、おばけ屋敷は完全に崩れ落ちた。
 妖怪たちは、ただ自分たちの最後の住処が壊されていくさまだけを、ただ見ていることしかできなかった。
「壊れっちまったな」
「ああ」
「壊れっちまった……」
「これからどうするかなぁ、旦那ぁ?」
「そうだなあ……」

103 :No.25 おばけ屋敷 4/4 ◇7BJkZFw08A:08/03/17 01:32:52 ID:Cegf/ica
 
 
 これが、西の町はずれにあったおばけ屋敷の顛末さ。
え? 屋敷の妖怪たちがどうなったかって?
 うん、その点は旦那が考えていてな、おいら達もそれに従ったんだ。従うしかなかったしな。
結局どこにいるのか? お前さんたちの周りにはもういないよ。言ってみれば、お前さんの目の前、かな。
 旦那はこう言ったんだ。
『わしら妖怪は、物語の中に行こう。人の世で実際に在り続けるのはもう難しい。お話の中ならわしらはまだまだ暮らしていける。
いつかもう一度こちらの世界で暮らせるようになるまで、わしらは物語の中にだけあり続ける。それが、今となってはわしら物の怪の最後の道じゃろう……』
 だから、あんた達人間がもう夕暮れ時を恐れる必要は無いんだ。月明かりのない夜も、やけに曇った暗い昼も。
 その代り、一つだけ。
いつかおいら達が戻れるようになるまで、なるたけおいら達の物語を紡いでおくれ。
おいら達のことが、人間達に忘れられないように、おいら達の世界が、最後の一片まで壊されてしまうことのないように……





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