【 とある斧 】
◆LBPyCcG946




96 :No.24 とある斧 1/4 ◇LBPyCcG946:08/03/17 01:28:07 ID:Cegf/ica
 最初に私が目覚めた場所、そこは戦場でした。
 あたりには血の臭いが充満し、鎧を着た人々が、その手に持った武器を駆使して殺しあってい
ました。私はたまらず、目を背けようとするものの体が動きません。下を見ると、地面に突き刺
さっていました。私は斧だったのです。
 ある兵士が、私を引き抜きました。そしてそのまま敵陣に突撃し、私を振り上げました。間も
なくして私を持った兵士の体に矢が突き刺さり、すぐに地面へ突っ伏しました。私はまたも立ち
往生。
 やがて戦いは火を帯び、絶叫が聞こえます。刃物の鳴る音は、キンキンと頭の中に響きます。
出ない涙を待ちながら、沢山の死を拝見しました。私を拾う者はなく、人々は殺し殺されていき
ます。
 だから私は眠るように、その意識をどこか遠くへと追いやったのです。

 次に目が覚めたのは、大きな倉庫のような場所でした。暗く、ひんやりと冷たい空気を感じま
す。様々な武器や食料が、乱雑に置かれていました。
「おい」声がしました「そこの斧、お前だよ」
 私が声のする方に注意を向けると、そこには剣が一本ありました。
「とんでもねえ所にきちまったなあ」
 返事をしない私を気にも留めず、剣は喋り続けました。
「見ろよこの倉庫、こんなとこにいたらあっという間に錆ついちまう」
「あなたは、誰ですか?」
「何だと? 見りゃわかるだろう。俺は剣だよ」
 確かに、その剣の言う通り、彼はまごう事なき剣でした。それも立派で、新品同様の。
「どうしてこんな所にいるのですか?」
「俺の持ち主がくたばっちまったからさ。お前も同じようなもんだろ?」
 そう聞かれると、そんなような気もします。ただ記憶が曖昧ではっきりと答えられません。私
が覚えているのは、あの地獄のような戦場の光景と、むせ返るような血の臭いだけでした。
 私が口をつぐんでいると、剣はため息混じりにこう言いました。
「ああ、早く誰でもいいから使ってくれないかねえ。とっとと人間をぶち殺してやりたいぜ」
 私にはその言葉の意味がよくわかりませんでした。なので、おそるおそる尋ねたのです。
「あなたは、戦いが好きなのですか?」

97 :No.24 とある斧 2/4 ◇LBPyCcG946:08/03/17 01:28:24 ID:Cegf/ica
 それに対し、剣は馬鹿にした調子でこう返しました。
「今更何を言ってるんだ。俺は剣だ。つまり人を斬るのが役目。お前は斧だ。人を叩き壊すのが
役目ってもんだろうよ」
 確かに、剣の言う事はもっともです。私は斧、つまり武器なのだから、その目的は殺戮である
べきなのかもしれません。だけれど私にはそれがどうにも納得できず、こう言いました。
「私は、人を殺したくありません」
 剣は何も答えず、欠伸を一つすると、そのままただの物言わぬ剣へと変異して行きました。
 その時、人が走ってきました。その人は、見た所駆け出しの商人といった感じの、青年でした。
青年は今まで話していた剣を掴み、また着た所に帰って行きました。
 私の中では、先ほどの剣の言葉が繰り返されていました。
「叩き壊すのが、役目」

 私はまたも目覚めました。
 それはほんの一瞬の出来事のようにも、とても永い眠りのようにも感じました。あたりを見渡
すと、そこはなにやら豪華な屋敷で、私は綺麗な装飾を施され、壁に飾られていました。私以外
にも、何個か武器や盾があって、それは屋敷の主人の趣味をよく表しているようでした。私が眠
っている間に、一体何があったのか。それを考えるのが怖く、私はひたすら装飾品である事に徹
しました。武器でなければ、人を傷つけずに済む。そう思ったからです。
 ある日、私を飾っている屋敷に一本の剣がやってきました。前に暗い倉庫であった、あの剣で
す。私は知り合いに会えた事に無性に嬉しくなって、自分から声をかけました。
「おひさしぶりです。あなたもここにこられたのですね」
 剣は私の姿を確認しましたが、何も答えません。ただ何かブツブツと、呪文のような言葉を呟
いているようでした。私には剣が何を言っているのか聞き取れず、一体何があったかもわからな
いままでした。
 屋敷の主人が、時折剣を見つめて、何か考え事をしているのを何度か見た事があります。私に
は、剣がその主人に、何かを諭すように語り掛けているように見えました。

98 :No.24 とある斧 3/4 ◇LBPyCcG946:08/03/17 01:28:42 ID:Cegf/ica
 ある日の朝の事。屋敷の主人が、剣を掴みました。そして誰もいない場所に向かって叫び、剣
を振り回し始めました。騒ぎを聞きつけて起きてきた使用人たちを薙ぎ払い、飾ってある美術品
を叩き割り、屋敷はあっという間に赤く染まっていきます。私は目を背ける事も出来ず、ただ唖
然とその光景を見ていました。その時確かに、剣の笑い声が聞こえたのです。それは甲高く伸び、
悲鳴に近く、狂気を含んだ声でした。
 その時です。屋敷の主人が、剣を装飾品の盾にたたきつけました。その瞬間、勢いよく剣は弾
け跳び、真っ二つになりました。剣は死に、やがてただの鉄塊になってしまいました。
 しかし、主人は止まりません。周りを見回し、私を見つけると、人間とは思えないような力で
私を壁から引き剥がしました。そして私を振り回し、もう既に事切れている屋敷の住人達を、何
度も何度も叩き壊したのです。私の体には血がべっとりと付着し、それはとても気持ち悪く、私
は何度も眠ろうとしました。しかし主人はそれを許さず、ひたすら滅茶苦茶に振り回しました。
やがて人が何人もやってきて、主人は取り押さえられました。私はもう疲れ果てて、また眠りの
崖をひたすら転がっていったのです。

 そして目が覚めた私がいた所は、小屋でした。
 前にいた屋敷とは比べられないくらい小さく、他に剣や盾もいません。ただ私だけが、乱雑に
壁に立てかけられているのです。私はもう、何かを壊す事が嫌になっていました。あの血はもう
ふき取られて、すっかりありませんが、感触はいつまでも残っているのです。生暖かく、ぬるぬ
るとしていて、それはまるで恐怖を彩る絵の具のように、私を残酷に染めていくのです。
 また眠りにつこうかと、うとうとしていた時、小屋のドアが開きました。誰かが入ってきます。
そして私を乱雑に掴むと、外に出ました。また血を舐める事になるのでしょうか。私は不安でた
まらなくなり、頭の中に果てしない妄想が広がっていきます。
 私の新たな主人が、私を高く振り上げました。そして力を込め、勢いよく振り下ろしました。
 私が壊した物は、豪華な美術品でも、血を纏った頭蓋骨でもなく、「木」でした。
 主人は、木こりだったのです。どういう経緯かはさっぱりわかりませんが、私はどうやら木こ
りに拾われたようなのです。

99 :No.24 とある斧 4/4 ◇LBPyCcG946:08/03/17 01:29:05 ID:Cegf/ica
 テンポ良く木を割っていきながら、こんな事を考えました。私は元々、これをする為に産まれ
てきた斧なのではないだろうか、と。人を傷つけるのではなく、人の営みを助けるために、存在
しているのではないか。何かを叩き割る事は、何も悪い事だけじゃない。私を必要とする人が、
現にこうしているのだから。
 私はやはり、斧であり続けるのです。






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