【 今週のYAMABA 】
◆zsc5U.7zok




92 :No.23 今週のYAMABA 1/4 ◇zsc5U.7zok:08/03/17 01:25:03 ID:Cegf/ica
 貴方の大切な人が『死にそうだな』と感じたことはありませんか? 貴方の好きな人に『振られる』予感が
したことはありませんか? 貴方の周りで『人間関係が泥沼化する』兆候は見えませんか?
 そんな貴方に朗報です。今までは、二次元の世界でのみの営業とさせていただいておりましたが、この度三
次元の世界に市場を広げることとなりました。
 我々は、皆様の様々なニーズに応える準備がございます。身の回りの未来に関して、何か嫌なサインが見ら
れる方は是非ともご一報ください。見積もりは無料です。
 私ども、フラグクラッシュ協会では、皆様からのご連絡をお待ちしております。

 学校から帰ると、こんなチラシが家のポストに入っていた。第一印象は「フラグ? 馬鹿じゃねーの?」だ
った。大体、フラグなんて、ギャルゲやエロゲをやるようなオタクしか知らねーよ。まぁ、俺も結構そのケが
あるからこそ理解できたんだけどさ。胡散臭さを感じつつも、他のチラシや新聞と一緒にテーブルの上に乗っ
けておいて、そのままその日は忘れてしまった。
 次にこのチラシのことを思い出したのは、俺が三ヵ月付き合ってきた彼女にメールをもらった日だった。そ
の日は確かに休みだったけど、彼女とどこかに行く約束をしていたわけでもなかった。
 件名は無く、本文は簡潔。
――突然だけど、これから会えない?
 彼女は絵文字や顔文字を使うのが好きで、どんなに短いメール……例えば「うん」だの「OK」だのにも何か
しらくっ付けて送るのが普通だったから、俺は多少の違和感を感じた。
 ドラマなんかなら別れてフラグだな……なんて笑いつつ思った。まぁ別れるなんて思ってなかったからな。
俺達はほんの二週間前に初エッチを終えたばかりでお互いがラブラブだと思ってたし。だから、実際会って別
れ話を切り出されたとき、俺は目の前が真っ暗になった。
「マジで?」
「……ゴメンね健くん。私、他に好きな人が出来ちゃったの」
 駅前のオープンカフェの端の席。コーヒーを二口くらい啜った所で、彼女は半泣きの鼻声でひたすら俺に謝
ってきた。いやいや、こんな絵に描いたようなお別れフラグなんて、と鼻で笑ってやりたい気分だった。でも
実際に目の前には泣いている彼女がいて、涙を流して謝罪をしている。
「……ん、分った。上手くいくといいね」
 俺は半ば呆然としながらも、彼女にそう言ってあげるしかなかった。
 彼女は最後に健くんなら、もっと可愛い彼女が出来るよとか言って帰って行った。後姿には愛しい彼を思う
愛情ってやつが溢れているように見えたのは気のせいだったろうか?

93 :No.23 今週のYAMABA 2/4 ◇zsc5U.7zok:08/03/17 01:25:26 ID:Cegf/ica
 後に残ったのは彼女の頼んだ冷めたコーヒーと二人分の伝票。ちなみに俺は水しか飲んでない。椅子の背もた
れに頭を預けた所で、グラスがカランと無情に鳴った。

 家に帰った俺は、テーブルの上に置かれていた例のチラシを見つけた。フラグクラッシュ。今更遅いよとか思
う。まぁ、そもそもそんなに簡単にフラグなんて曖昧なモノを操れるわけが無いんだけどさ。でも、もしこう
なることを知っていたら藁にもすがる思いで電話したかもしれない。
なんて考え始めてしまった。まぁ、精神的にどん底だったんだよね。気が付くと、チラシに載っていた番号を
押してしまっていた。
「はい、こちら過酷な運命からお客様を守る、フラグクラッシュ協会です。どんな御用でしょうか? 御用に
応じて番号を選んでください。○○のお客様は××を」
 電話受付嬢特有の、機械的な案内が響く。やけに細かい説明だ。
「フラグ成立を確認後、解決済みのイベントをやり直したい方は〜」
 俺は指定の番号を押して、担当者が出てくるのを待つ。
「はい、お電話ありがとうございます。こちらフラグメイカー対策担当の横溝です」
 聞こえてきたのは、明るいおっさんの声だった。なんか本格的だな、なんて馬鹿な感想が頭を過ぎる。
「お客様、お客様?」
「ああ、すいません。そちらはフラグを色々と弄れるんですよね?」
 俺は、呼びかけてくる男《横溝》に慌てて答えた。言いながら、なんか口元がヒクつきそうになるのを堪える。
「ええ。ただし、当協会では壊すことしか出来ませんがね。まぁ、作ることは邪道といいますか……」
 後半はゴニョゴニョしていて聞き取れない。
「実は、ついさっき彼女からメールが来て……」
 俺は今日会ったことを全て話す。すると、担当者である横溝の声音が少し高くなった。
「なるほどなるほど。つまり、今までは全く別れる兆候が無かったのに、今日いきなりフラグが立った……と
いうことでよろしいですね?」
「は、はい」
 俺は何故かソファーの上に畏まってブンブン首を縦に振っていた。俺の後帰ってきた弟が、訝しげに俺を見
ている。
「それはお気の毒です。多分、貴方はフラグメイク協会の悪行に巻き込まれたのでしょう。奴等は手段を選び
ませんからな」
 何か、奇妙な言葉がさっきから出ている。フラグメイク? ってことはフラグを作る奴等がいるってことか?

94 :No.23 今週のYAMABA 3/4 ◇zsc5U.7zok:08/03/17 01:25:45 ID:Cegf/ica
 俺がそれを聞こうとする前に、横溝は受話器の向こうから俺に向かって熱弁を振るい始めた。
「そもそも、奴等が好き勝手にフラグを立てるから、我々が苦労する羽目になるのです。貴方のような何も知
らない方にも被害が出る。昨今のアニメや小説を御覧なさい。奴等のずさんな仕事のせいで、誰が死ぬだのど
のカップルが別れるだの丸分かりでしょ!?」
「え、ちょっと、あの」
「例えば、そう! グレンラガンというアニメご存知ですか? あのヒロインの一人なんてフラグメイカーの
代表的な被害者だ。可哀想に、彼女は好きになった男とはキスも出来ないばかりか、影で死神呼ばわりですよ。
仕方が無いので、スパロボ辺りでは、その辺のフラグを壊してあげる契約をしていますがね」
 何とも具体的な、しかもオタ臭い名前がポンポンでてくるもんだなぁ……と変なことに感動する。
「結局、我々は警察のような物で、犯罪が起きた後でしか対処出来ない上に、組織の規模も奴等には及ばんの
です。本当に歯痒い」
 ここまで聞いた所で、俺はこのまま聞いていたら多分本題には入れないんだろうということに気付いた。だ
から、多少強引にでも口を挟むことにする。
「あ、あのすいません。僕のことなんですけど、彼女とよりを戻すっていうか、別れずに済む方法はあるんですか?」
 横溝は俺の言葉に多少の恥じらいを覚えたようだった。興奮を冷ますために深呼吸を一つしている。
「すいません。そうでしたそうでした。貴方のおっしゃることは良く分りました。結論から言えば、可能です。
多分、貴方達の別れの裏にはフラグメイク協会の影があるようですからな。別れフラグかあるいは別の男性と
恋に落ちるフラグかもしれませんが、それを壊せば解決するでしょう」
 俺はそれを聞いて安堵する。いつの間にか、デタラメと信じて疑わなかったチラシの言葉を信じてしまって
いる。例えばこれが詐欺紛いであるとしても、信じる者が出るのは仕方が無いだろう。
「ただし、ですな。フラグクラッシュには相応の金銭が必要となります。勿論、我々はフラグメイカーとは違
い、至って良心的であると自負しておりますから、振込みは状況が改善されてからで構いません。」
 大体、一万くらいでしょうという話だった。俺は勿論即決する。
「では、これよりフラグクラッシュに入ります。多分、明日の朝には元に戻っていると思いますので。ではご
利用ありがとうございました」
 そう言って横溝は電話を切った。
 
 次の朝、確かに俺達は元通りになっていた。彼の言うことは本当だったのだ。俺は、電話で指定された口座
に一万円を振り込んだ。しかし、問題はそれだけでは終わらなかった。

95 :No.23 今週のYAMABA 4/4 ◇zsc5U.7zok:08/03/17 01:26:06 ID:Cegf/ica
 その日の夕方、俺の携帯に掛かってきた一本の電話。その第一声は野太い男の声だった。
「おい。お前、フラグクラッシャーに仕事を依頼したろう?」
 俺は、こいつがフラグメイカーか、と事態を割合早く把握できた。
「困るんだよなぁ。フラグクラッシュみたいな犯罪紛いなことに手を染められちゃあ、こっちの商売が上がっ
たりなんだよ。お前さんのせいで、こっちの依頼人がカンカンなんだ。一体どうしてくれるんだ?」
 何ともふざけた物言いだ。大体、被害者はこっちだってのに。好きな女を黙ってくれてやれというのか。
「一つ言っておく。あちらさんは、今回のことで俺達を信用してはくれないとのことだ。だから、お前さんた
ちを引き裂くなんてことはもうしない。だがな、フラグメイクの重要性も知らずに、安易にフラグを壊そうな
んて二度と考えるなよ?」
「ハァ? あんたらが好き勝手にフラグを弄るから迷惑する人が出るんだろうが。今回なんて、別れさせろだ
か、付き合わせろだか知らないが、あんたらが出しゃばらなきゃ何も起こらなかったんだよ!」
 俺は電話の向こう側に怒りをぶつけた。一万円ってのは、学生には安い金額じゃないんだぞ? でも、フラ
グメイカーは至って冷静に返してくる。
「ガキには分らんだろうが、人生にはドラマってやつが必要なんだ。それが他人事なら、周りを楽しませる娯
楽になるし、当人は人生の山と谷を味わえる。お前さんもオタクならよく考えてみろ。山も谷も転も結も無い
小説やアニメやドラマが面白いか? 奴等フラグクラッシャーどもがやってるのはそういうことなんだ」
 言い終わってフラグメイカーは電話を切った。ふざけている。全くふざけている。他人の人生に介入しよう
なんて許されるはずが無い。
 ……だが、俺はフラグメイカーの言葉に何割かの真理が含まれていることも感じてしまっていた。確かにフ
ラグの立たない世界なんて何も起こらない爺さん婆さんの世界だ。そんな世界が楽しいんだろうかなんてさ。
 結局、彼女とはその後一ヶ月もしないうちに別れてしまった。
 俺は、フラグメイカーの電話番号を聞いておかなかったことを激しく後悔した。

 了



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