【 俺の剣と神の神罰 】
◆h1izAZqUXM




87 :No.22 俺の剣と神の神罰 1/5 ◇h1izAZqUXM:08/03/17 01:21:18 ID:Cegf/ica
 今、俺たちの社会はどこかが狂っている。
 俺は気づいた。
 俺は、やらなければならない。自分の為に、社会の為に――。

 俺たちは、今、生と死と隣り合わせに生きている。犯罪を起こさなくても、死は俺たちに
訪れる時代へとなったのだ。
 そう、この社会に『神』という存在が生まれたその日から――。
 『神』と呼ばれるようなものが存在し始めたのは、極最近、ほんの一、二年前のことだ。
街はほとんどが電子化され、昔からは信じられないほど発達した。車が宙を浮くのは当た
り前だし、空中には透明なチューブの道があちらこちらと通っている。現金を持ち歩く人間
はほとんどいない。いるとしても、物好きな人間だけだ。人間に似たロボット達も、街を歩
くようになった。でも街は豊かになっても、悲しいことに犯罪の数はそれほど変わってない。
もちろん、犯罪を犯したものは、法律で定められた通りに罰せられていた。しかし、『神』
が現れた時、全てが変わった。
 ある日の昼、何の前触れも無く、街中に少女の声が響いた。
『みなさん、聞こえますか? 私は神です。この世界の神です。たった今そう決まりました
。だから、皆さんが私のことを知らないのは当たり前です。全然悪いことじゃありません。
でも、これからはしっかり覚えてくださいね。あいさつはこれぐらいにして、早速、新しい
規則を設けます』
 街はざわつきだした。スピーカーからは、なおも少女の声が流れ続ける。
『ではまず一つ目、神を否定した人には神罰が下ります。二つ目、街の中心に、白い塔が見
えますか? みえますね。その塔に入ることを一切禁じます。三つ目、どんなに小さな犯罪
であろうと、それを犯した人間は死刑です。以上です。この三つをしっかり守って、快適な
生活を送ってくださいね。では、みなさん。さようなら』
 少女の声が途切れると、街の真ん中で、二十歳ぐらいの、髪を金色に染め、ちゃらちゃら
とした貴金属を身に着けた青年が何やら叫びだした。
「は!? 神様だ? ふざけるな。何だこの悪戯わ! おかしいったらありゃしねえぜ!」
 あたりには、それに同意し、「そーだ」と叫ぶ人間もいた。
 俺も、このときはまだ、これは何かの悪い冗談だと思っていた……。
 男が叫んでから三十秒と立たずに、黒いリムジンがその場に現れた。中からは、黒いスー

88 :No.22 俺の剣と神の神罰 2/5 ◇h1izAZqUXM:08/03/17 01:21:42 ID:Cegf/ica
ツで身を固め、黒いサングラスをかけたがっちりとした体格の男が出てきて、先程まで叫ん
でいた男の方へと歩いていった。
「先程叫んでいたのはお前か?」
 黒サングラスの男が尋ねると、金髪の男は少しひるみながらも意気込んで「ああ、俺だよ。
何か文句でもあんのかよ!?」と大声で叫んだ。男は無表情のまま自分のスーツの内側に手
を入れると、黒いものを取り出して、それを男の額に当てる。
「ああ。大問題だ」
 パンと、乾いた音が当たり一面に響いた。金髪の男の額から、真っ赤な液体が流れ落ちる。
 ……それは血だった。
 この状況を理解した人々が、次々に悲鳴を上げた。
 男は手に持った黒く光るもの――拳銃をギャラリーの足元に向けて発砲すると、大声で
「これが神罰だ! 今日より、『神』の作った規則に逆らうものや、『神』の存在を否定す
るものがあれば、この男と同様に神罰が下るだろう!」
 この時から、俺たちの社会は変わった。
 今まで明るく暮らしていた人たちの表情に、影ができた。もちろん表面上は今まで通りだ
。でも、どこかが違った。どこかで、『神』を恐れ、びくびくしながら毎日を過ごしている。
 しばらくたったある日、また少女の声が街を支配した。新しい、規則を知らせるために。
『はーい。みなさんこんにちは。お元気ですか? 今日は新しい規則をお伝えします。その
規則はいたって簡単なものですので、神様、つまり私が危険と判断した人間は、消させてい
ただきます。ね、簡単なことでしょう? だから、この規則もしっかり守ってくださいね。
では、みなさん。さようなら』
 最初、その規則の意味が俺にはわからなかった。その規則が発表されてから、平和な日が
ゆっくりと流れ過ぎたとき、ようやく俺はその規則の意味を理解した。
 俺の友達が、俺の目の前で、何の前触れも無く、神罰によって殺された。
 『神』によって、危険人物とみなされたのだ。
 友人の体からは、赤い液体が流れ出し、次第に冷たくなっていった。
 俺は、何も考えずに黒いサングラスの男を殴りつけた。男の皮膚が切れ、そこからは精密
な機械が垣間見えた。サングラスの男は人間ではなかった。
 ロボットだった――。
 その時、男は何も言わずにその場を立ち去ったが、俺は『神』によって危険人物扱いされ

89 :No.22 俺の剣と神の神罰 3/5 ◇h1izAZqUXM:08/03/17 01:22:02 ID:Cegf/ica
た。俺は、神罰から逃れる為に、今は使われていない古い時代の工場の地下に身を潜めた。
どうやら、こういった場所の声は『神』に届くことは無く、なかなか見つかりにくいらしい。
 『神』を名乗る少女がこの規則を設けてから、犯罪は激減した。中には『神』の存在を認
め、あがめる者たちも出てきた。
 そしてそれに対抗するように、世界には、反乱軍と呼ばれる組織が出来上がっていった。
やはり、『神』の存在を認めることのできない人間は大勢いるようで、その組織は日に日に
力を増していった。彼らも、おそらく、地下に拠点を作っていたのだろう。なかなか神罰を
受けたという噂は流れなかった。
 またしばらくして、反乱軍の一部が、神の住むとされる場所――つまり街の中心にある、
白い塔に攻め入ったとの情報が俺の耳に入った。しかし、黒サングラスのロボット達の手に
よってあっけなく、全員殺されたそうだ。
 そのことを聞いた時、俺は工場の地下で、とあるものを作っていた。ロボットが相手なら
ば、拳銃はあまり意味が無い。強力な電気を体に流し込めば、その機能は停止し、使い物に
ならないだろうと考えていた。何日もかけて、俺は電流の流れる大降りの剣を作り上げた。
 後は、『神』を殺す計画を立てた。何度も、何度も繰り返し確認をした。後は時を待つだ
けとなった。武器を握る俺の手は、かすかに震えていた。
 計画を立ててから一ヶ月。反乱軍の本陣が神罰を受けたという情報が街を支配した。
 ここももう危ないかもしれない、俺は覚悟を決めた。
 明日、全てを終わらせる、と。

 次の日の夜、俺は例の計画を実行した。はじめに、街の主要な発電所を襲い街全体の電気
の流通を止める。それにより、街の電灯という電灯が機能を停止し、街は闇へと飲まれた。
空に浮かぶ弓張りの月の光だけが、やさしく街を包み込んだ。
 俺はすぐに白い塔へと向かった。
 塔の前に着くと、何人もの黒いサングラスをかけた男――の形のロボットが俺の目の前に
立ちふさがる。その手には拳銃が握られていた。
 思っていたよりも数が多い。この前の一件があったから、警備の数を増やしたのだろう。
 俺は、ゆっくりと息を吐くと、剣を握る手に、力を込めて走り出した。
 一人のロボットが、こちらに拳銃を構えた。しかし、引き金を引くよりも早く、俺はその
ロボットの懐に入り込み、足を止めることなく力一杯剣を振り上げる。ロボットの体に剣先

90 :No.22 俺の剣と神の神罰 4/5 ◇h1izAZqUXM:08/03/17 01:22:30 ID:Cegf/ica
がかすかに触れた。それだけで十分だった。そのロボットの体内に高圧電流が流れ込み、全
ての機能は停止する。ロボットは無表情のまま、その場へと倒れこんだ。俺は、他のロボッ
トも同じように破壊していく。必要最低限の相手だけを破壊すると、俺は塔の中へと入って
いった。
 街とは別の電力らしく、塔の中はかなり明るかった。
 塔の中には、はるか上空まで続いている螺旋階段以外何もなかった。俺は迷うことなくそ
れを上りだした。塔の中は静かだった。どうやら、外の連中もこの中までは追ってこないよ
うだ。
 奴らは、『神』の居る、神聖なこの場所には入れないのだろう。
 不気味なぐらい静かな階段を俺はひたすら上った。
 上って、上って、上り続けた。
 一番上にたどり着くと、そこは不思議な世界だった。円形のその部屋に入ると、俺は一瞬
そこがそこが塔の中なのだと言うことを疑いそうになった。天井には空の絵がかかれ、床も
芝生の絵で覆われていたせいだろう。そして部屋の中央におかれた、机の上にあるモニター
に向かうように、小さな椅子に一人、黒い髪を優雅にたらし、白いフリルのついた黒い服を
着た、まだ十歳ぐらいの少女がちょこんと座っていた。
 間違いない。こいつが――『神』だ。
 少女は俺に気づくと、楽しそうに手足をばたつかせた。
「まあ、ここまで来るなんて! あなたは強いのね」 
 少女は、俺が一歩近づくごとに、小さく声をだして笑う。あと十歩そこらで剣の間合いに入るというと
ころで、少女は指をぱちんと鳴らした。
「でもね、これでおしまいよ」
 少女の鳴らした音に反応し、壁から無数の鉄の筒が飛び出した。その全ての筒の照準は俺
に向けられている。
「ばいばい。強い人間さん」 
 少女が顔に微笑を浮かべ、そう呟くと、一瞬のうちに赤い炎が俺の体を包み込んだ。全て
の筒から容赦なく吐き出される炎、その様子を見て少女ははしゃぐ。
「えへへ。強かった人間さん、貴方もこれでおしまいね。うふふ、骨まで燃やされて、何も
なくなっちゃうわよ。貴方が生きていたことなんて、皆すぐに、わすれちゃうわ」
 少女の声にはかなりの余裕が感じられた。それもそうなのだろうが、俺はそれがおかしく

91 :No.22 俺の剣と神の神罰 5/5 ◇h1izAZqUXM:08/03/17 01:22:56 ID:Cegf/ica
て、皮膚を焼かれる中、かすかに笑い、
「俺を知る人間は、お前が殺した人間で最後だよ」
 少女に聞こえるぐらいの声で、そう呟いた。俺は少女の反応を待たずに続けた。
「あいつは、俺にとって最初で最後の友人だった。だから、俺には失うものなんて何も無い
のさ。お前に奪われた時点で、はじめからな」
 俺の皮膚の一部が炎に焼かれ、焦げ落ちた。ゴムの焼けるような、いやゴムの焼けるにお
いそのものが部屋に充満し始めた。
 少女はようやく、この異変に気づいたようだ。
「この臭いはなに? それに、なんで貴方は死なないのよ? おかしいでしょ? だ、だっ
て炎に焼かれてるのよ? 人間だったら一分も持たないでしょ!?」
 少女の声は明らかに震えていた。何か、得たいの知れないものを見てしまったような声で。
 俺は大声で笑い、剣の柄を強く握り、一歩踏み出した。
 俺の皮膚――ゴムで作られた人工の皮膚が剥がれ落ちた。おそらく、そこから見えるのは
あのサングラスの男と同じような機械の塊。
 そう、俺もまた、ロボットだ。
 神罰を受けた俺の最愛の友の手よって作られた、機械の塊だ――。
「い、いや、こないで。貴方の言うことは何でも聞くから、ね? お、おねがい……」
 少女は椅子からゆっくり立ち上がると、数歩後ずさり、その場にぺたりと座り込んだ。
 俺は少女の目の前に立つと、ゆっくりと剣を振り上げる。
 剣を握る俺の手に、もう振るえなどはなかった。
 少女は何度も首を横にふり、哀願した。が――
「この世に、人工の神は必要ない……!」
 その言葉を合図に、俺は剣を最大限の力で少女へと振り下ろす。
 バチリという嫌な音を立てて、少女の体は木端微塵に砕けた。
 ――そこから血は流れない。
 俺の目の前には『神』と名乗った哀れな機械の残骸だけが散らばっていただけだった。
 

『完』



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