【 受話器からはフジサンを壊す音が聞こえる 】
◆/sLDCv4rTY




74 :No.19 受話器からはフジサンを壊す音が聞こえる 1/4 ◇/sLDCv4rTY:08/03/16 21:38:08 ID:XP4qbfqC


 上半身をおおきくゆらしながら南へ向かって歩いている人々は、そのそれぞれが晴れやかな顔をして奇妙なうたを歌っている。
ぼくはそれをびるの一室の窓から指差しわらう。
すると全員がゆれるのをやめてこちらを睨む。
 水泳でターンするようになめらかにぼくは窓をはなれてかいだんをおりていく。
 段には青いドラえもんの形をした時計と芳香剤が交互に置かれていてぼくは
いつでもいい匂いをしたじかんを知ることができたし、
いつでも「じかん」の透明な色が少し混じった匂いを嗅ぐこともできた。
 無数に置かれたそのドラえもんのとけい達は全員がその腹に付けた四次元ポケットの口を接着されていて、
もはやのび太を助ける便利なネコ型ロボットではなく、ただの時計でしかなかった。
時計達はそれぞれがその四次元ポケットの中に全裸ののび太を孕んでいて、
ポケットの口が塞がれているためにそののび太達はもう産まれることもできなかった。

 ドラえもんの腹の中で丸まり時計の音を聞きつづけて、僕はいつ産まれるんだろうとワクワクしているのび太を、
ぼくはイエス・キリストのような気持ちで不憫におもった。

 透明な時間といい匂いが混ざってそのくうかんに漂っている。

75 :No.19 受話器からはフジサンを壊す音が聞こえる 2/4 ◇/sLDCv4rTY:08/03/16 21:38:31 ID:XP4qbfqC
 ドラえもんのとけい達はそれぞれがすこしづつ違う形をしているらしかった。
一つは笑っていて、一つは泣いていた。
一つは目が無く、一つは首から上がなかった。
 階段を降りていくうちにドラえもん時計達は徐々に毛深く、そして茶色くなっていった。
「カンガルーだ!」

僕はきづいた。ドラえもんはカンガルーなのだと。カンガルー型のロボットなのだと。
腹にポケットをつけている理由もそれで判る。
実際にドラえもん時計達はカンガルーになっていった。
 階段が終わりひろいひろい部屋に出た。
ひろいひろい部屋には無数の茶色いカンガルーが飛びまわっている。
そのカンガルーのそれぞれが腹の中にのび太を孕んでいた。
またカンガルーの胸に埋め込まれた時計の針からこぼれ落ちた音が、飛び跳ねるカンガルーの足元で飛び跳ねて、そこらじゅうで鳴っていた。
 部屋のまん中においてある台とその台に置かれた黒電話のところまで僕は歩いていって、受話器をとってほほにつけ、しあわせそうにでんわした。

76 :No.19 受話器からはフジサンを壊す音が聞こえる 3/4 ◇/sLDCv4rTY:08/03/16 21:38:46 ID:XP4qbfqC


 晴れやかな声で呪文のような歌をうたうカンガルーの大群は、北へ向かってぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
ぼくはそれをびるの一室の窓から指差しわらう。
びるのなかにいるのは自分ひとりだけとは知らずに。なにを歌ってるのかも知らずに。

 わらうのに飽きて寝て、そして起きてだれも歩いていないのに気がついて部屋の窓から首をだして北を見たら富士山がなくなっていることに気づいた。
 急いで階段を降りてかあさんが玉葱を刻みつづける台所を通り僕は玄関から外へ出た。
富士山はやはりなかった。無数の人とカンガルーが蟻のようにたかっていて、ギザギザとした土台のようなものだけが残っていた。
 僕は一度家に帰り、落ち着くためにトイレに入った。トイレにはドラえもんの形をした時計の音だけが鳴っている。
かち、かち、かち、かち。
かち、かち、かち、かち。
その時計の音を聞きつづけて僕は、"僕はいつ産まれるんだろう"とワクワクしていた。


"僕は、いつ産まれるんだろう"

 電気を付けるのを忘れてトイレが暗かったことに気づいて、つけようとしたけれどトイレから出れなくてそれでまだ自分が産まれていなかったことに気づいた。
暗い個室はぐらぐらとゆれながら回転し、
僕の手足は変な方向に折れ曲がっていって僕は次第にまんまるくなっていって最後にはブヨブヨとしたひとつの球体になってしまった。
僕はきゅうたいのかたちのまま、産まれる時をワクワクしながら待っていた。
 そして産まれないまま二十二年がたった。
そのあいだに僕の躰は成長し続けておおきくなっていて個室には入りきらなくなっていて、
頭蓋はドアノブが食い込んでへこみ血がでていてそれできゅうたいじゃなくなったことは僕は
うれしかったけど死にそうになって結局ドラえもんなんかいないときづいて個室回転して脳掻き回されてのう味そが「ア」出てあ、ァ、ア。

77 :No.19 受話器からはフジサンを壊す音が聞こえる 4/4 ◇/sLDCv4rTY:08/03/16 21:39:05 ID:XP4qbfqC


 そのアパートの窓からは青白い富士山が良く見えた。
木で出来た窓枠には彼が姉から貰ったドラえもんの時計が立っている。
彼は富士山をみながら、ただなんとなく電話を待っていた。
 窓枠に収まる富士山の横で、巨大なドラえもんが笑っていた。



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