【 破壊コンテスト 】
◆IPIieSiFsA




15 :No.05 破壊コンテスト 1/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/15 20:04:00 ID:2dD++jhG
『あーあー、テステス。本日は快晴ナリよ』
 会場にマイクの音声テストが響き、白地に赤襟、金縁ラメ入りとバカ丸出しのスーツを着た男が舞台上に姿を現す。
『えー、大変長らくお待たせ致しました。只今より、久我山町主催、第一回破壊コンテストを開催致します!』
 高らかに行われた開会宣言。それに従って盛大な拍手が巻き起こる。
 舞台上の男は拍手が静まるのを待ってから、次の言葉を口にした。
『僭越ではありますが司会は私、町長の浜村が務めさせていただきます。どうぞ、宜しくお願い致します』
 先程よりも大きな拍手に加えて「浜村ー!」という叫び声も飛び交う。三十代の若さで町長に就任した浜村は、町民から絶大な支持を得ていた。娯楽的な意味で。
『さて、この破壊コンテスト。具体的には何を競いますかと申しますと、『破壊』そのものであります。コンテスト出場者が「コレは」と思った破壊を披露致します。それを六人の審査員の皆様に審査して頂きまして、優勝者を決定いたします』
 再び歓声が沸き起こり、町長の名前を叫ぶ声は大きくなる。
『審査の方法で御座いますが、全出場者の披露が終わりました後に、各審査員の持ち点五十点をそれぞれの出場者に振り分けていただきます。その得点がもっとも多かった方が優勝となります』
 また歓声が起こる。町長がしゃべっている間は静かにしているあたり、観客のマナーはしっかりしているようだ。
『では出場者の運命を握ります、審査員の方々をご紹介させていただきます。尚、公平を期する為に町民の皆様の中から各世代、無作為に選ばさせていただきました。まずは一人目、審査委員長もお願い致しました。町内会長の木島さんです』
 舞台の下手に設けられた審査員席。その一番端に座る初老の男性が立ち上がり、会釈をする。
『「無作為といいながら何で町内会長なんだよ!」という声もおありでしょうが、そこは大人の事情です』
 キッパリと言い切った。こういう事をさらりと言ってのけるのが、町長の人気の理由の一つでもある。
『ではサクっと紹介していきましょう。四十代代表、PTA役員でもいらっしゃいます、佐藤夫人。三十代代表、一姫二太郎に向けて頑張るパパ、戸田さん。二十代代表、パパの数なら誰にも負けない、野島さん。十代代表、純情可憐な女子高生、姫野さん』
 町長の紹介に、審査委員長の右隣から順に立ち上がっていく。
 眼鏡をかけた神経質そうな壮年の女性。爽やかな笑みを浮かべたスーツ姿の男性。足や肩、胸元を惜しげもなく披露している女性。名の知れたお嬢様女子高の制服を着た少女。
 各世代から選ばれた審査員たちは皆一様に会釈をして席につく。
『最後の一人をご紹介する前に、お伝えすることが御座います。本来は、六十代代表として、弾ける筋肉と零れる笑顔の秋山さんにお願いしていたのですが、今朝方鉄アレイを足に落とされたとかで入院されてしまいました』
 観客から「ええ〜」という声と嘆息が漏れる。
『そこで急遽、私の同級生に代役を頼みました。十年を超えるベテランオタク、巻山です。秋山さんと名前が似てたので選びました』
 審査員席の一番端に座る、秋葉系というイメージを具現化したような男が立ち上がった。観客の歓声に手を振って応えてから着席する。
『何を調子に乗ってるんでしょうね。それでは、審査員のご紹介も済みましたところで早速、一人目の出場者に登場していただきましょう!』
 町長の言葉を合図に、軽快な音楽が流れる。
『エントリーNo.1番! 町内でボロ道場を経営する空手家、津野田信明さんです。どうぞ!』
 紹介をうけて舞台の上手から空手道着を来たヒゲ面の男が登場する。スタッフが舞台の中央にブロックを置き、その上に瓦を積み上げていく。
『さあ、ご覧のように津野田さんの『破壊』は瓦です。積み上げられた瓦はその数なんと十枚! 素人にはとても手の出ない領域です。さすが空手家というべきか。さあ準備も整いましたので、張り切って『破壊』していただきましょう。どうぞ!』
 ドラムロールが鳴り、空手家が呼吸を整え構える。
「せいやっ!」

16 :No.05 破壊コンテスト 2/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/15 20:04:15 ID:2dD++jhG
 裂帛の気合とともに右の手刀が振り下ろされ、瓦が割れる。
『割れました! 見事、十枚全ての瓦が割れております! ブロークン! ブロークンです! いやー、見事にブロークン成功したわけですが審査委員長、ただ今の瓦割り如何でしたか?』
「そうですね。空手家が瓦割りといえば基本ですが、その基本を見事にやってのけた。素晴らしいと思います」 
『本当にその通りですね。私などは割れなかったらどうしようかと心配していましたが、割れてホッとしました。さすが腐っても空手家です。ありがとうございました。舞台裏にて審査をお待ちください』
 町長の言葉に憤慨する空手家は、屈強な一人のスタッフに抱えられて舞台裏へと連れていかれた。
『エントリーNo.2番! 久我山小学校三年二組、宮本隆くんです。どうぞ!』
 現れたのは野球帽をかぶった背の低い男の子。観客の女性陣から「かわいいー」と黄色い歓声が飛ぶ。少し照れながら歩く彼の手には、最近話題のリモコンを使う家庭用ゲーム機の周辺機器であるアノ板があった。
『この小学三年生はただの小学三年生じゃありません。勇気ある小学三年生です。彼の『破壊』はご覧の通り、大人気で品薄のアノ板です!』
 舞台中央に立ちアノ板を床に置くと、後ろに隠していた金槌を取り出し、叩く。叩く叩く叩く叩く。一心不乱に叩き続ける。その行為は五分に及んだ。だが。
『……えー。誠に残念ではありますが、五分経っても『破壊』が見られないという事で、失敗とさせていただきます』
 少し哀しげな、残念そうに伝える町長。
『宮本隆くん…………ノーブロークン』
 その言葉と同時に泣き出す小学生。町長はそれに哀しげな表情を浮かべながらも、審査員の野島にコメントを求める。
「まあ、割れなくて良かったんじゃない?」
 女性スタッフに肩を抱かれ、泣きながら舞台裏へと戻る小学生。その胸に、幾つかの凹みが見られるアノ板を大事そうに抱えながら。
『アノ板は『破壊』とはなりませんでしたが、彼の為にも『壊れていない』事を祈るばかりです。
 では、気を取り直してまいりましょう! エントリーNo.3番! 大学生になって萌えに目覚めた男、中川翔太くん!』
 上手から、こざっぱりした服装の長身の青年が登場した。一見すると普通の大学生といった風だが、その手には女の子のフィギュアが握られていた。
 観客の女性から「いやー」という悲鳴に似た声が上がる。しかし青年はそれに動じる気配はない。彼の顔は、覚悟を決めている顔だった。
『さあ、イイ感じの悲鳴が上がりましたところで、この青年が『破壊』致しますのは彼の手の中。そう! 女性フィギュアです』
 舞台中央に辿り着いた青年は、頭上に高々とフィギュアを掲げ、拝むようにして見上げる。
 その儀式的なやる気に、観客たちが静まる。しかし。
『おっと、これはやる気が窺えます。しかし端から見ると、フィギュアのスカートの中を覗いている様でもあります』
 町長の言葉に、男性の爆笑と女性の大絶叫がこだました。
「ああっ!!」
 しばらく続いた爆笑とどよめきは突然の叫び声に掻き消された。
『どうしました? オタ審査員の巻山さん』
「あれは……非売品、限定二百個の『超団長ver.フィギュア』!!」
 目を見開き、冷や汗を垂らし、ガクガクと震えまで見せているオタ審査員。しかしそれの価値を知る者はこの会場には彼の他にはいなかった。それを持っている本人を除いて。
「わかりますか、これの価値が」

17 :No.05 破壊コンテスト 3/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/15 20:04:32 ID:2dD++jhG
 どこか、悟ったような顔でオタ審査員に話しかける青年。
「わかるとも……。だが、わかるからこそそれ」
『さあ、オタ同士の馴れ合いなどは放っておいて、早速『破壊』をしていただきましょう』
 二人の会話を見事なまでに遮り、進行するよう促す町長。
「……わかりました」
 まだ何かしゃべる予定でもあったのか、しぶしぶといった表情で承諾する青年。フィギュアの足を左手で、上半身を右腕でギュッと握った。
「本当に、本当にやるぁ」
 しゃべりかけたオタ審査員の口を町長が塞ぐ。
 次の瞬間。青年は折った。フィギュアを。お腹からポッキリと。折って、そして、力の限り投げ捨てた。
 バラバラになった上半身と下半身は、それぞれ放物線を描いて地面に落下。観客たちは落ちてくるフィギュアの片割れたちを、まるで危険物であるかのように必死で避けた。
『ブロークン! エーンド、スローインッ!! 見事なコンビネーションです。全国の限定フィギュアを手に入れられなかったファンとメーカーと原型師に謝って欲しいものです。
 さて、オタ審査員の巻山さん……はショックのあまりしゃべれないようですね。では、ありがとうございました。舞台裏でお待ちください』
 涙を拭いながら、青年は舞台裏へと帰って行った。
『続きましてはエントリーNo.4番! 町内一の金持ちバカ息子、本田豊さんです! どうぞ』
 軽快な音楽に合わせて軽やかなステップで登場してきたのは、外見はいいが軽薄そうな男。見た感じ何も持っていない。
『相変わらず無駄に高級ブランドのスーツを着ています。さあ、この金だけは無駄に持っているバカが一体何を『破壊』するのでしょうか?』
「僕が『破壊』するのは、アレさ!」
 格好つけたポーズで男が指差す先は観客席の後ろのスペース。観客たちが振り向くとそこにはベンツと、ショベルカーが悠然と佇んでいた。
「色々と迷ったんだけれど、庶民にもわかりやすいようにベンツにしておいたよ。見た事もないような高級な車だと、そうだと気づいてもらえないからね」
『さあ、バカが用意したのはベンツです。ちなみにショベルカーに乗っているのはこの道一筋三十五年、リーダー城島さんです。頑張れ城島さん』
 町長の応援に呼応して、観客たちも城島に声援を送る。それに応えて、ショベルがグイングインと上げ下げされる。
『では城島さん! お願いします』
 町長の合図。ショベルカーはゆっくりとベンツに近づき、振り上げたショベルを迷う事無く振り下ろした。
 金属がぶつかり、ひしゃげ、裂ける音が響く。何人かの観客は耳を塞いだ。
 十数分後。ベンツだったものは綺麗にスクラップにされた。
『はい。城島さん、ありがとうございました。これからもお仕事頑張って下さいね。
 では、いよいよ最後の……はい? 何ですか? いや、関係ない人はさっさと舞台裏に行って下さいね』
 町長の司会進行を妨げたとして、高級ブランドスーツを着た男は連れられていった。
『では仕切り直しまして。いよいよ最後の出場者となりました。最後を飾るのはこの方です。
 エントリーNo.5番! 上から見ても下から見ても女子高生、葉月里緒さんです! はりきってどうぞ!』

18 :No.05 破壊コンテスト 4/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/15 20:04:46 ID:2dD++jhG
 濃紺のプリーツスカートに同じ色のベスト。白いブラウスの首元にはやはり濃紺のリボンタイ。町立の久我山高校の制服に身を包んだ少女が、ゆっくりと舞台の中央へと歩いてきた。
『さあ、残念ながらニーソックスは穿いていない彼女ですが、一体何を『破壊』してくれるのでしょうか?』
 ひとしきり観客の声援に応えた後、彼女はスカートのポケットから携帯電話を取り出した。
『さあ、これは携帯電話を『破壊』するという事なのでしょうか。いえ、もちろんそんなわけはありません! 彼女が『破壊』するのはこれです!』
 舞台上に大型のモニターが運び込まれ、そこに、ある画像が映し出された。
 観客から大きな驚嘆の声が上がる。
 それは舞台の上に立つ少女と、見た感じ五十歳くらいの男性の、ベッドで戯れているシーン。いわゆる情事だった。
『葉月さん。大変セクシーな画像ではありますが、これのどこが『破壊』となるのでしょうか?』
「これを、メールに添付して送りまーす」
 彼女は手早く携帯電話を操作して、メールを送信する。
 と、スタッフが駆け寄ってきて、彼女の携帯電話に何やらコードを接続する。そして待つこと一分。着メロが鳴り、彼女の携帯電話の着信を知らせる。
『はい、もしもし?』
 音声が舞台上のスピーカーを通して聞こえる。
『ちょっと! この写真はいったい何なの!?』
 その声はヒステリックなほどに、怒っていた。
「あなたの旦那さんとあたしがラブホテルで写した写メでーす。じゃあねー」
 プチッと電話を切る。そのまま携帯電話の電源まで切った。
『さあ皆様、ご理解いただけましたでしょうか? 葉月さんの『破壊』はすなわち『家庭の破壊』なのです!」
 町長が説明をする。しかし観客の多くはいまいち理解と納得ができないのか、ブーイングを浴びせる。
『ええ、ええ。皆様のお怒りはごもっとも。そこで私ども、そちらの写メの男性宅にスタッフを派遣しております。プライバシーの観点から、映像まではお見せできませんが、音声を充分にお楽しみください。ではスタート!』
 町長の合図。会場にノイズ交じりの音声が流れる。

『……知らん知らん! 私はそんな娘は知らん! 誰かの悪戯だろう!』
『ここに写ってるのはどう見ても貴方でしょうが! まったく、こんな自分の娘よりも若い子供みたいな女に手を出すなんて……ううっ』
『だから知らんと言ってるだろう! そんな女子高生なんか知らん!』
『……どうして女子高生って知ってるのかしら? 私、女子高生だなんて一言も言ってないわよ』
『そ、そんなの、写真を見ればわかるだろう!』
『ベッドに裸で写ってるのに? それで女子高生だってわかるのね。よーくわかりました!!』
『お、おい! ちょっと待て!』
『いいえ、待ちません! 出て行きます。貴方とは離婚させていただきます!!』

19 :No.05 破壊コンテスト 5/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/15 20:05:01 ID:2dD++jhG
          
『ブロークン! イッツ、パーフェクト、ブロォォォォォォォォクン!!』
 町長が絶叫する。
『これは完全な家庭崩壊です。見事なまでの彼女の『破壊』です! さあ、時間も押していることですし審査員の皆さん、さっそく各出場者に得点をつけてください』
 真剣な面持ちの審査員たち。そして結果が町長に手渡されドラムロールが鳴る。
『各審査員の得点を発表していきましょう。尚、2番の小学生は失格となっております。では、審査委員長からエントリー順に、12点、12点、13点、13点。みんなに公平に入れたんですね。面白味が全くないです。
 続いてPTA役員の佐藤夫人は、35点、5点、5点、5点。PTA役員らしい点数の入れ方ですね。
 頑張るパパの戸田さんは、5点、5点、30点、10点。やはり男として、車破壊にポイントがいきましたね。
 たくさんのパパを持つ野島さんとお嬢様の姫野さんは同じ点のつけ方です。二人とも5番に50点。野島さんはともかく、姫野さんはどういうことでしょうか。はい? ああ、なるほど。どうやら中学校の同級生だそうです。それは仕方ないですね。
 最後はオタクです。はい、3番のフィギュアに50点ですね。言うまでもなかったですね。と言うわけで、優勝は……』
 町長がためる。再びドラムロールが鳴り、町長が口を開いた。
『エントリーNo.5番! 葉月里緒さんです!! おめでとうございます!』
 会場中が拍手で包まれる。優勝した葉月が舞台に再登場し、よりいっそう拍手が大きくなる。
『では、優勝されました葉月さんには審査委員長から優勝の……』
 町長が不自然に言葉を切る。何事かと、騒いでいた観客たちも口をつぐむ。静まり返った会場に、ノイズ交じりの声が響いた。

『あっ、あっ、もっと! もっとぉっ!!』
『ほれっ! ほれっ! どうだ、これでも別れるって言うのか!?』
『言いません! 言いませんから、もっとぉぉぉぉっ!!』

『これは……。これは、明らかにヤッてる声です! 喘ぎ声が聞こえます! 音も聞こえます! 崩壊していません! この夫婦の仲は壊れていません!!』
 町長が高らかに叫び、葉月の事をビシッと指差して、宣言する。
『ノーブレイク!! 失格!』
 会場が大きなどよめきと怒声に包まれる。
『まさかの優勝者の失格! そうなると次点が優勝という事になります! 気になる幸運な優勝者は…………なんと! エントリーNo.3番! 萌えに目覚めた青年、中川翔太さんです!!』
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 雄叫びが響く。全員の視線が集中する。そこには、歓喜のあまりむせび泣き、顔をくしゃくしゃにしているオタ審査員、巻山がいた。
『なんでお前が泣いてんねん!!』
 その場にいた全員のツッコミが、会場中に響き渡った。
                       ―完―



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