9 :No.03 壊れかけの俺 1/5 ◇5hCCuzX.3Q:08/03/15 19:30:47 ID:2dD++jhG
……今思えば、俺はこんな面倒なことになるということに気づいていたのかもしれない。
例えば朝飯をよそられた茶碗が急に真っ二つになったり、何気なく除いた玄関の靴ひもがズタズタになっていたりしていた所とか。
あるいは、買い物に以降とした俺の目の前を黒猫の行列が通り過ぎた所とか。
あるいはあるいは、公園のベンチに座ったツナギを着た男に「やらないか」と言われたとか。
いや、違う。
本当は今、俺の横にいるこいつと話をしてしまった所から、俺は気づかなくてはならなかったんだ。
話は、今日の午後1時くらいに遡る……。
某県の某町の某宅。つまりは俺の家である所の守弥家の居間で、俺こと守弥蓮はコタツに向かっていた。
今の今まで、大学に提出するレポートを製作していたのだ。だが、それもまだ途中だ。
「っだー!!!」
大声を上げて後ろに寝ころぶ。
まったく、なんて多さなんだ。書いても書いても終わりやしない。
終わるわけねえよこんなの。眠ろうとして俺は横を向く。
そこにはレポートの資料で使った辞書とか、辞書とか、辞書とかが散乱していた。
「ああ!もう!!」
やることは山ほどあるんだ。逃避なんてしている時間はない。
俺は一晩寝てなくて朦朧としている意識を引っ張り上げ、顔を起こす。
この状況から見る通り、僕は大学生なのだ。今年で2年生。
2、3年前までの俺は大学を目指し、大学生というものにもなろうとしていた。
当時は、確かにそれに希望や憧れを感じていただろう。
でも、こんなのは俺の望んだ姿じゃない。希望に満ち、目指そうとしていたものじゃない。
高校3年生の冬。国立の大学を志望校としていた俺は、センター試験で失敗した。
2次の試験で挽回が出来るという可能性はあったのだが、やはり駄目で、違う私立の大学に入学することになってしまった。
何もかもが、粉々になった。今までの頑張りも、俺の思いも全て、破壊されてしまった。
それでも、私立ではあるが、俺の学びたい学部がある大学に入学出来たというのは幸運だったのかもしれない。
でも、何かが違う。今まで目指したものとは、学びたかったものとは、何もかもが違う。
10 :No.03 壊れかけの俺 2/5 ◇5hCCuzX.3Q:08/03/15 19:31:27 ID:2dD++jhG
レポートを作る手が止まる。再び俺は後ろに倒れ込む。
もう、何もかもが限界だった。
自分がやっていることに意味が見いだせない。ただただ長ったらしいレポートを書き続けるだけじゃないか。
このまま大学なんて、やめてしまおうか。もともと、入りたくて入ったんじゃない。そんな考えが頭をよぎる。
目をつぶる。もう、何も考えたくない。
「こーんにーちはー!!!」
俺は目を開く。凄まじく脳天気な大声が玄関から聞こえてきた。
誰か出るだろうと考えたが、今、家に両親はいないことを思い出した。
そうだ温泉に向うとか言ってたか。
「こーんにーちはぁー!!!!!」
ドアを壊さん程の大声。出るのは面倒だ。しかし、親父とお袋は温泉に出かけている。
結論。客人には悪いが…無視しよう。そう思って再び目を瞑った俺に、今度は非常に不思議な音が聞こえてきた。
ガチャ。バタン。トトトトトトトトトト。
俺は即座に目をあけ、体を起こす。体を起こしたのと、そいつが入ってきたのは同時だった。
「あれ?ちゃんといる。もう!どうして返事してくれなかったのぉ!?」
プンプン!!なんてとぼけた擬音を言いながら、お隣さんの娘、黒縁眼鏡にロングヘアーの笠木みちるがいた。
「……つうか、なんで入ってこれたんだよ?鍵しまってたろ」
「うん?それはこの家の合い鍵があるからね」
「犯罪だろ!!」
「合法だよ。だって、おじさんとおばさんから渡されたんだからっ」
……あー。思い出した思い出した。みちるとの家の両親は帰りが遅いから、昔はみちるを家へ呼んでたんだ。
お袋は女の子を欲しがってたから、みちるを特に可愛がっていたんだよな。
「でも、何でまだ持ってんだよ。中2くらいから俺の家では飯喰わなかったじゃん」
「忘れてたの!!」
「うおい!!」
「い、いや、でも高校2年生冬の時までだよ!?さすがに返そうとしたよ!?でも、いいって…。いつでもきなさい、って」
11 :No.03 壊れかけの俺 3/5 ◇5hCCuzX.3Q:08/03/15 19:31:48 ID:2dD++jhG
そうだ、あの頃は受験勉強に没頭していたから…。
「おばさん、寂しかったみたいだよ。蓮ちゃん、何も話をしてくれないって」
「……」
「あの、それで、さ。私、最近やっと車の免許が取れたの!!良かったら一緒にドライブ行かない?」
重い空気を払拭しようと明るい声で誘ってくるみちる。
「いや、今日は……」
「きっと楽しいよ!今日は特に天気もいいし!!」
「……うん。まあ、いいか」
行くよ。と言いながら立ち上がる。気分を変えてみよう。みちるはぱあっと顔を光らせた。
そんな姿に、少しだけ笑う。コイツは何処も変わってないみたいだ。
たいした準備はしなくていいだろう。そのまま俺たちは玄関に向かい、外を出た。
そのまま、家の前の駐車場にある黒いのに乗る俺とみちる。みちるは運転席へ、俺は助手席へ。
「で、何処に行くん……」
みちるの方を向いた俺は固まった。なんでまずはエアー車の操作してるの?
「じゃ、じゃあ、行くよ」
「ちょっと待て!お前、誰かを車に乗せたことあんのか!?大丈夫だよな!?」
車を慎重に動かしながらみちるは答える。
「う、うん。教官とか」
「それはギャグで言ってるのか?」
とは言うものの、車は何の問題(若干みちるが挙動不審と言うことを除けば)もなく進んでいった。
徐々に安心していった俺は昨晩の疲れもあり、いつの間にか寝てしまった。
次に目覚めた時はどこかの土地開発現場だった。森が崩され、ダンプカーやショベルカーが並んでいる。
「って!!ここ何処だよ!!」
「あわわわわ。何処だろう?」
そこでようやく始めに繋がる。笠木みちるは、とんでもないトラブルメイカーで、方向音痴だったのだ。
12 :No.03 壊れかけの俺 4/5 ◇5hCCuzX.3Q:08/03/15 19:32:13 ID:2dD++jhG
「ええい、どういうことだ。てか、何処を目指していたんだ!!」
「う〜。それは……」
「分かった、もういい」
そう言って、俺は車を出る。どうしたってろくなことにならなさそうだ。
少しだけ車で「ん?ここってまさか」とか何とか言っていたみちるが追いかけてくる。
本当に、なんてことだ。掘り返された土。積まれた材木。破壊され、蹂躙されている最中の森。
どこだか全く分からない。
「くそ!」
いや、そんなことは大した問題じゃない。早く帰らねえと。レポートが……。
ジャージのポケットをまさぐってみる。携帯は無いみたいだ。
「待ってよ、蓮ちゃん!!」
「何だよ」
「私、分かったかも。私についてきて!!」
俺は露骨に嫌な顔をする。さらなるトラブルの匂いがした。
しかし、みちるは隣の森の方へ歩き始めている。俺は大きくため息をつく。もうどうでもいいや。
それから数分後。俺とみちるは山を登っていた。木々の間をぬい、影に囲まれた道とも言えない山道を歩いていた。
分かったなんて言っても、みちるの言葉なんてあてにならないだろう。もう俺は、限界だった。レポートが間に合わない。
レポートなんて、どうでもいい。単位なんてもう良い。どうせ大した愛着もない大学だ。やめることになっても気にならない。
息が少しずつ荒くなっている。最近あまり運動してなかったしな。
「蓮ちゃんはさ」
今まで何も喋らなかったみちるが口を開く。
「子どもの頃、冒険だーとか言って、二人だけで山に登ったの、覚えてる?」
「え?」
「あのときはさ、頂上に着くまでに迷っちゃって、とっても大変だったよね」
少し笑いながら、みちるは歩く。何故今そんな話を。そして、俺は異変に気づいた。
「お腹もすいて、疲れている私に何度も言ってくれた言葉があったよね」
何だろう。黒い木々の影しか見えなかった目の前の木々の間から、徐々に光が差し込んでくる。
そこは山の頂上だった。子どもの頃二人で登った山の。俺の町が見渡せるほどの高さだ。
"負けるな、頂上はもうすぐだ"
13 :No.03 壊れかけの俺 5/5 ◇5hCCuzX.3Q:08/03/15 19:32:32 ID:2dD++jhG
笑いながら、みちるはそう言った。
「私、なんだかその言葉が気に入っちゃって、いつでもその言葉を思い出して頑張ってきたんだよ」
小学校の時も、中学校の時も、高校の時も、大学生である今も、そうやって。
「何でこんなことやってるんだろうとか、そう思う時もあるけどいつか頂上に着くって、いつも自分を励ましてた」
そして、いつも登り切ってきた、と、そう言った。
……そんなこともあったのかもしれない。
でも、俺はたどり着けなかったんだ。目指した山の頂上へ、俺の望んだ大学へ。
そう思っていた俺の思考を読んだように、みちるは続ける。
「もう、蓮ちゃんらしくないなあ」
「え?」
「昔の蓮ちゃんなら、どの山だって、どんな所だって、前に前に進んでいったじゃない」
「……それは、子どもの頃だよ」
「今だってそうじゃない」
「……」
「だって、辛そうな顔はしてるけどさ、今までも歩いてきたんでしょう?全力で、力一杯」
そうだ、どんなものでも、弱音を吐かず超えていくのが、俺だったはずだ。
「違う山を登っているとは言っても、まだ、頑張ってるじゃない。頑張れてるじゃない。それが、私の好きな蓮ちゃんだよ」
"負けるな、頂上はもうすぐだ"
もう一度みちるはそう言った。不覚にも、その顔にどきっとしてしまった。
そうだった。今まで積み上げたものが破壊され、無になっても、終わるまで積み続ける。どんなに高い山にも負けずに登りきる。
「……うん。そうだよな」
やっと思い出した。だから、少しずつでも良いさ。頑張ろう。
こうして俺は自信回復をした。みちるのおかげだ。みちるのことを、見直さないといけないかもな。が、
「あわわわわわ。ここは何処なの〜?」
もう、30分近く俺たちは迷っている。みちるを先頭に山を下りたのが間違いだったようだ。
こうして、みちるは俺に僅かに芽生えた彼女への気持ちを気持ちいいほどに破壊してくれたのだった。
これで良いのか?
完