【 非のつく日の祝い事 】
◆mgoacoGROA




50 :No.12 非のつく日の祝い事 1/4 ◇mgoacoGROA :08/03/09 23:34:04 ID:UJ1xGysT
誕生日、それは自分という存在がこの世界に生をうけた素晴らしい日。
世間一般ではそうだろう、だが私は違う。
私にとって誕生日とは忌むべき日でしかない。
それというのも、生まれてこのかた私は誕生日を祝ってもらったことがない。正確に言えば“私の誕生日だけを”だが。
 孤児院にいた頃は、同じ月に生まれた子供たちはその月の最後の日に一緒に誕生日を祝われるのが慣わしだった。
祝うといってもケーキが出てきたり、ということは一度もなかった。良くてパン悪ければなにもなし。
経営が苦しい孤児院に、一年に十二回ある誕生日会にケーキを出せるほどの余裕などない。
 というか、それ以上に私が誕生日を忌み嫌うには理由がある。
偶然と呼ぶには酷過ぎる、まるで呪われいるかのようにその日に限って最大級の悪いことが起きるのだ。
 火事で家も財産も全焼、私一人を残し両親が他界、唯一の身寄りだった叔父さんも莫大な借金を残して蒸発etc……。
すべて年は違えども私の誕生日に起こっている。
これで私が生きているのが不思議なくらい……いっそ死んでしまいたいくらいだが。
そうして私はようやく悟ったのだ、そうだ私の誕生日は呪われている、呪いの日なのだ、と。

そんな誕生日でもなんでもないある日のこと。私は運命的な出会いをしてしまったのだ。

51 :No.12 非のつく日の祝い事 2/4 ◇mgoacoGROA:08/03/09 23:34:19 ID:UJ1xGysT
今、私の目の前には一人のオジサンが立っている。
小柄で太っていてまるで大きな卵のようなオジサンだ。
「今お帰りかね、お嬢さん」
彼はその大きな口が両耳まで届くほどに、にんまりと笑って私に言った。
……文明が発達すれば変態が増える、といった類の言葉を聞いたことがあるが、私は今正にそれを実感した気がする。
そんなことはどうでもいい。怪しい人には出来るだけ近付かない。それは鉄則だ。
私は、そのオジサンを無視して帰ろうと踵を返した。
「一年は三百六十五日ある。もっとも閏年は除くがねぇ」
オジサンは私の背中にむかってしゃべり続ける。勿論、無視だ無視。
「人には誰でもその中で一日だけ特別な日がある。そう誕生日だ」
最早、独り言を言っているオジサンはなおも続ける。勿論無視。
早くここを立ち去りたい。そんな思いに駆られ足早に、人のいなくなった駅のホームから出ようとしたその時。
「君は、自分の誕生日だけを祝ってもらったことが無い。そうだろ?」
一瞬息が止まる。思わず立ち止まってしまった。私はこのオジサンと面識などない、さっき初めて会ったのだ。
なのに……どうして彼はそのことを知っているの?
恐る恐る私は、そのオジサンがいるであろう方向に振り返る。彼は相変わらず、にんまりとしたまま私のほうを向いていた。
「ならオジサンが祝ってあげよう」嬉しそうに、楽しそうにオジサンは言う。
「どうしてそれを……」ようやく言葉が出た。恐怖にも似た感覚に侵されながらも、それだけ言えた。が、間髪入れずオジサンは言う。
「私が不思議の国の住人だからだよ」意味がわからない、でも何故かそれ以上聞くのは無駄な気がした。もう既に答えが出ているそんな風に。
だから、私は先程の言葉に対して反論をした。
「祝ってあげようって……今日は私の誕生日じゃないし。第一あなたに祝ってもらう義理も貸しもないわ」
そう、何度も言うようだが私はこのオジサンと初めて会った。いわば他人だ。
赤の他人に祝ってもらうほど私は有名人でもなんでもない。
親戚にこんなオジサンがいたという話も聞いていないし、もっとも私に親戚なんてもう――
「だからだよ、お嬢さん」

52 :No.12 非のつく日の祝い事 3/4 ◇mgoacoGROA:08/03/09 23:34:34 ID:UJ1xGysT
「え?」
いきなり言われて思わず聞き返してしまった。
先程からこのオジサンの言っている意味が全然分からない。むしろ話自体が噛み合っていない気がする。そのことにイライラするでもなく、むしろそれ以上に私は困惑していた。彼は一体何者でどうして私のことを知っているのだろと。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、オジサンはまた意味の分からないことを質問してきた。
「一年は何日かな?」
「三百……六十五日…ですけど」ぎこちなく私は答える。
「では、その中で誕生日は?」「一日だけ」
さっき、自分で言っていたことを私に答えさせる。未だ、彼が私に何を言いたいのか予想することさえ出来ない。
だが、なおも彼は続ける「ではそれを引いた残りは何日?」
「三百六十四日です」
「その通り」期待していた通りの回答を得、よりいっそうにんまりと笑うオジサン。
「もっとも閏年は除くがねぇ」これもさっきと同じ台詞だ。

「私はその日を非誕生日と呼んでいる」
非誕生日? 文字通り誕生日ではない、それ以外の日のことなのだろうがそんな言葉、聞いたことが無い。このオジサンが作った造語なのだろか。
「ふむ。さて、では最後にお嬢さんにもう一つだけ質問をしよう」
もったいぶるようにオジサンは私に言う。嬉しそうに楽しそうに。
 駅のホームにはもはや私と、この卵オジサンしかいない。一つだけ切れ掛かった蛍光灯が、チカチカと広いホームで不安げに瞬いていた。
ようやくオジサンはその大きな口をあけ私に問うた。
「誕生日以外を祝っちゃいけないと誰が決めた?」
「生まれたことを、この世界に生を受けたことを祝うなら祝えばいい、喜べば良い。君が生きていることを、今日も無事であったことを誕生日以外に祝えばいい!」
それがまさに世界の真理だ! 当たり前のことなのだというように彼は言う。
「非誕生日は三百六十四日! そのすべてを祝えばいい! 何もない日がハッピーだということさ!」
はっはははははと、笑い声が響く。オジサンが、さも何か面白いものでも見つけたかのように爆笑しているのだ。顔に手を当て愉快そうに笑っている。
そして突然笑うのをやめたかと思うと、すっと右手を差し出してきた。
あっけにとられていた私はその手を見る。黒いベルトのようなものが握られていた。
「これはオジサンからの非誕生日プレゼントだ」よく見ると黒いチョーカーだった、中心に楕円の金属が付いている。
「さよなら」最後にそういうと、オジサンは人差し指を差し出し彼女に握られた。
そして、これ以上ないほどにんまりと微笑んだかと思うと、そのオジサンはいつの間にか私の目の前から消えていた。

53 :No.12 非のつく日の祝い事 4/4 ◇mgoacoGROA:08/03/09 23:34:51 ID:UJ1xGysT
その日から私にとって誕生日は忌むべき日と同時にいろんな意味で特別な日になった。
そうだ、誰が誕生日以外を祝ってはいけないと決めたのだ。
誕生日が忌むべき日ならそれ以外の日を祝えばいい。そのほうがずっと楽しいし嬉しいのだ。
彼女の首にはHDと書かれた黒のチョーカーがにんまりと光っていた。





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