【 相性レベル 】
◆IPIieSiFsA




45 :No.11 相性レベル 1/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/09 22:59:33 ID:UJ1xGysT
 窓から見える秋空は幾分涼しさを漂わせるが、燦々と輝く太陽はいまだに残る夏を思わせる。眼下に目をやれば向かい合う少女と少年。それは正しき青春の一ページ。
「貴女の事が好きです。僕と付き合ってください!」
 対峙すること五分。やっとで少年が口を開いた。紅潮した頬と強く握りしめた拳。それだけで彼の緊張の程が窺える。
「貴方の誕生日はいつ?」
 自らの告白に対する返事ではなく、少女から発せられたその問い掛けに、少年は戸惑いの表情を浮かべた。無理もない。きっと彼の頭の中にはイエスかノー。あるいは猶予を求める答えがあった筈だ。まさか質問で返されるとは思っていなかっただろう。
「えっ……、10月27日、だけど」
 しかし戸惑いながらも律儀に答える少年。けれど多分、お気の毒様。
「じゃあ、貴方とは付き合えないですね。ごめんなさい」
 少女は他人向けの言葉遣いで、けれどハッキリと断り、謝罪とともに頭を下げる。やっぱり。
「えっ!? ど、どうして?」
 少年が慌てて尋ねる。無理もない。想定外の質問をされてそれに答えたら、次には振られたのだから。間違いなく理解できないだろう。それはこちらも同じだけれど。
「10月27日生まれの人は私との相性が悪いとは言わないけど、良くもないの。だから、ごめんね」
 右手を顔の前に立てて片目を瞑り、くだけた言葉で再び謝ると、彼女はやや駆け足でその場を去る。それを見届けてから、私もトイレから教室へと戻る。後には、呆然と少女の後姿を見送る少年だけが残された。

「おかえり」
「今回も駄目だった」
 少しだけ残念そうな口調で、先程告白を受けたばかりの友人は自分の席に着く。
 高坂詩穂。高校に入ってから出来た、私の一番の友人。誰に対してもフレンドリーで、不可解なところはあるけれど裏表のない性格。男女分け隔てなく人気があって、告白されたのもさっきが初めてというわけではない。
 私は自分の席に座ったまま後ろを振り返り、彼女の言葉を肯定する。
「そりゃそうでしょうね。余程の偶然でもないと、めぐり会えないと思うわ。あなたと相性の良い誕生日の人なんて」
「そうかなー。そんな事ないと思うんだけど」
 少しだけ眉根を寄せて、納得のいかない表情の詩穂。
「だって、私と恋愛の相性が最高の誕生日って4つもあるんだよ? うちの学校って、全校生徒1000人はいるでしょ。ってことは、うちの学校だけでも各誕生日につき3人はいるわけじゃない?」
「確立の上ではね」
「ということは、4×3=12で、この学校に12人はいるんだよ。私と最高の相性の人が!」
 詩穂は瞳を輝かせて熱心に語る。あまりにも一生懸命だけれど、きちんと現実は教えてあげないといけない。
「生徒の半分は女だけどね」
「あっ」
 その事実をまったく考えていなかったのだろう、詩穂が口を開けたまま止まった。けれどそれも束の間、再び口が動きだす。
「で、でも。それでも6人はいるよ! 学年で割ったら、同じ学年に2人もいるんだよ?」

46 :No.11 相性レベル 2/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/09 22:59:47 ID:UJ1xGysT
「その6人がアンタの事を好きになる確率はもっと低いけどね」
 この言葉が止めになったようで、詩穂は完全に沈黙。机に突っ伏した。と、顔だけ起こして恨めしそうにこっちを見る。
「ううー。なんで意地悪なこと言うのー」
「馬鹿みたいな事を言ってるアンタに、現実を教えてあげてるのよ」
 意地悪も多分に含まれているけれど。もっとも、彼女が馬鹿な考え――誕生日占いの信奉――を持ってなければ、こんな事も言わないのだけれど。そう。彼女は頑なに誕生日占いを信じている。ともすれば自分の気持ちよりも優先させて。本当に馬鹿な話だ。あっ。
「おい、コラ」
「あうっ」
 いつの間にか詩穂の背後に立っていた笹塚が、プリントの束で彼女の頭を叩いた。
「誰? 何すんのよ!」
 頭を抑えながら振り向いて抗議する詩穂。けれど笹塚は一向に介さないどころか、もう一度プリントの束で叩いた。
「痛いってば! 何すんのよ笹塚」
 もう叩かせまいとしているのか、頭を両手でガードしながら問いただす。
「そりゃ、こっちの台詞だ馬鹿。お前、何してたんだよ?」
 さすがに自分では言いづらいのか、詩穂が黙ってしまう。少し助けてあげるか。
「何処の誰かは知らないけれど告白されてたのよ、この子」
「なっ、何で言うのー!?」
 顔を赤くして今度はこっちに抗議の声を上げてくる。落ち着かない子だ。
「なんだ、お前の事が好きなんて変な奴がいたのか」
「うるさい! 私の事を好きになってくれた人を変な人呼ばわりしないでよ」
 そう言うわりには、振る理由が酷いと思う。その辺、詩穂は自覚しているのだろうか。
「はいはい、悪かったな」
 笹塚はおざなりな返事をすると、教卓の方へと歩いて行った。それを見て詩穂が憤慨する。
「何アイツ!? むかつくー!」
 笹塚の後姿に舌を出したりしているが、まあ、彼の気持ちもわからないでもない。
「笹塚と一緒にやってる何かで集まりでもあったんじゃないの?」
「あっ」
 再び詩穂の動きが止まる。やっぱり何かあったようだ。笹塚も可哀相に。
「謝ってくる」
 言うが早いか、詩穂は笹塚のところへ駆け寄ると、苦笑しながら謝っている。笹塚もきっと口悪く応じているだろうが言葉ほどの内心じゃない筈で、いつもの事だ。
 詩穂と笹塚。あれほど縁の深い二人も珍しい。

47 :No.11 相性レベル 3/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/09 23:00:06 ID:UJ1xGysT
 まず部活が一緒。部員二名の文芸部の部長と副部長だ。一年生の時は文化祭実行委員で、二年の今年は体育祭実行委員。二人が学校を休んでいる間に勝手に図書委員に決められる事もあれば、林間学校の肝試しは二年連続でペアになっている。
 『こ』で始まる高坂と『さ』で始まる笹塚はどちらも出席番号が六番で、男女同じ人数のうちのクラスでは毎回、仲良く日直をしている。マラソン大会では男女別で共に101位という奇跡。
 修学旅行での逃避行事件や混浴事件。スキー合宿での遭難事件に工場見学でのほろ酔い事件などなど、数え上げればキリがない。まるで何かに呪われているかのようだ。
 二人でいる事が必然的に多くなり、時には何か問題を起こすという事で『二人は付き合っている。というかもっとスゴイ事になっている』という誤解の上に成り立った噂が校内に流れているが、事実はそうではない。前述した詩穂の馬鹿な考えが理由なのだけれど。

 あれは今年の春のこと。今日と同じように告白されて、断って帰ってきた詩穂にその理由を聞いた。答えは『彼女の誕生日との相性』云々だった。
「お前、馬鹿じゃないのか?」
 私と一緒に話を聞いていた笹塚が一笑した。私も同じ気持ちだった。
「何でよ? どうせ付き合うなら、相性が良い人と付き合った方が幸せに決まってるじゃない」
「好きな人だから付き合うんで、相性で付き合う人を決めたら、本末転倒だろうが」
「んー。今は別に好きな人いないし」
「だったら、普通に断ればいいんじゃないの?」
「理由もなく断るのって失礼じゃない? 誠意がないっていうか」
 訳の分からない理由で断られる方が辛いと思ったけれど、それは口にはせず、別の事を尋ねた。
「それで、どの誕生日がアンタのお望みなの?」
「えっとねー。6月4日と6月28日。8月7日と、後は12月13日の四つよ」
 手帳を見ながら何故か誇らしげに答えた詩穂。ここで私はそういえば、と思い尋ねてみた。今思えば、あまりにも迂闊だったけれど。笹塚にはこの事に関しては謝りたい気はある。
「笹塚の誕生日って確か12月12日だったと思うんだけど、一日違いだと相性はどうなの?」
「よく聞いてくれました! 実は笹塚と私って、誕生日の相性最悪なの!」
 嬉々として話す詩穂。ちらりと顔を見ると、笹塚は口をへの字にしていた。
「だからいっつも、笹塚といると何か問題が起こってたのよ。大体……」
「ほんっとに馬鹿だな、お前って」
 詩穂の言葉を遮り、明らかに苛立たしげな様子で、笹塚は自分の席へと戻っていった。それはそうだろう、と思わず彼に同情したものだ。けれど当の詩穂は笹塚の気持ちなど思いもよらないようで、単純に馬鹿と言われた事に怒っていた。
「それで、私との相性はどうなの?」
 笹塚に向かってイーッとしている詩穂に聞いてみた。
「えっ? ああ、どうかな。うん。帰ったら調べてみるね。大丈夫、きっと相性バッチリだよ!」
 笑顔で胸を叩いて答えた詩穂。私は彼女の言葉で、ああそうか、と納得した。

 そんなこんなで今に至るわけだが、二人の仲も相変わらずで、さっきのようなやり取りは日常茶飯事だ。
 そして本日の授業も終わり、部活をサボるという詩穂と一緒に帰ろうとしたところ、校門に他校の男子が立っていた。明らかに目立つその姿は、しかしうちの生徒の好奇の視線を気にする事無く、誰かを待っているようだった。

48 :No.11 相性レベル 4/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/09 23:00:19 ID:UJ1xGysT
「誰か待ってるのかな?」
 などと詩穂が話しかけてくる。というか、相手の顔が視認できるくらいの距離になってから、彼の視線はこちら――詩穂に固定されている。彼女がそれに気づかないのは、前じゃなくて私の方を見て話しながら歩いているからだ。
 そして私たちが否応無しに彼に近づくと、果たして彼は「高坂さん!」と声をかけてきた。
 小さく声を上げて戸惑いながらも、詩穂は彼の前に立ち止まる。そうなると自然、私も止まらざるをえない。傍にいるのも何なので、一歩下がってみた。
 私には直接関係ないけれど、いや、だからこそ、彼を観察する。どちらかと言えば可愛らしい系の顔立ち。身長は百七十センチくらいだろうか。少し細身で、どことなく頼りなさそうな雰囲気だ。
「高坂さん! 僕と付き合ってください!」
 公衆の面前での大胆な告白。何だか関係ないこっちの顔が赤くなりそうだ。言われた詩穂もさすがに頬を染めている。けれど彼女が次に口にするのは当然「貴方の誕生日はいつですか?」で、彼はやはり戸惑いを見せる。けれど真剣な顔を取り戻して、ハッキリと言った。
「12月13日です!」
 あれ? それって、もしかして……。詩穂の顔を見る。驚きに目を見開き、両手で口を覆う詩穂の顔が見る見るうちに紅潮していく。他校っていうのは予想外だったけど、まさかビンゴがあるなんて。
「はい。喜んで!」
「ほ、本当に!? やった! ありがとう!」
 元気よく答える詩穂と喜ぶ彼。そういや、名前も名乗っていない。
 しかしこうなると、私がここにいるのは邪魔以外の何でもない。詩穂に気づかれない内に、私はそっと身を引いた。何やら照れながら話をしている二人を残して帰途に着いた私の脳裏に一瞬、笹塚の顔が浮かんで、私はため息をついた。
 明日はどっちのフォローをすべきだろうか。
          
 そして翌日。嬉しそうに笹塚に昨日の事を話す詩穂に、当然というべきか笹塚の「馬鹿」が浴びせられる。しかし今日の詩穂はそんな事でめげたりはせず、終始上機嫌で一日を過ごした。
 けれど私は、笹塚に何も言えなかった。彼の詩穂を見る目が、とても哀しくて辛そうだったから。
 それからの二週間。笹塚は必要最低限しか詩穂と会話をしなかった。以前は毎日のように言っていた「馬鹿」も、あの日以来打ち止めとなっていた。詩穂の方は、どうもその事に気づいていない、気にしていないようだったけれど。
 だから私は、やけに明るく見える詩穂の惚気話を受け流しつつ、彼女の代わりにあまり話す事のなくなった笹塚の事を気にしていた。

 その日。向かい合ってお弁当を食べていると、詩穂が落ち込んだ声で話しかけてきた。
「……相性が最高なのに楽しくないっていうのは、どういうことなんだろう?」
「彼との事?」
 私が尋ねると、詩穂は「うん」と頷いた。付き合いだして二週間。ようやく彼女も気づきだしたようだ。
 私は彼女に答える前に「笹塚ー」と手招きをして呼び寄せた。不思議そうな顔をしてこちらを見る詩穂と、面倒臭そうにこちらにやってくる笹塚。きっと、今がその時なのだろう。
「何だよ?」
「この子がね、相性は良い筈なのに彼といても楽しくないんだって。どう思う?」
 意見を求めて、じっと笹塚の目を見る。言え。言え。ハッキリと言え。
「……馬鹿じゃないか?」
 少し躊躇ってから笹塚が口にしたのは、私の期待通りの言葉だった。

49 :No.11 相性レベル 5/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/09 23:00:36 ID:UJ1xGysT
「だれが馬鹿なのよ」
 食いついた。
「お前以外に誰がいるんだよ」
「私の何処が馬鹿だって言うのよ!」
「お前の何処が馬鹿じゃないっていうんだよ。相性が良いってだけの馬鹿みたいな理由で、どこの馬鹿とも知れないような奴と付き合うような馬鹿の何処が馬鹿じゃないっていうんだ。この馬鹿」
 この二週間のブランクを取り戻すかのような笹塚の馬鹿の連発。気を抜くとニヤケてきそうだ。
「馬鹿馬鹿うるさいわねー。やっぱりアンタとは相性最悪だわ!」
「でも、楽しいでしょ?」
「へ?」
 自分で褒めたくなるようなタイミングで放った一言に、詩穂の動きが止まる。
「楽しいでしょ、いま」
 半ば呆然とした様子でこちらを見ている詩穂。その首が、縦に動いた。
「うん。楽しい」
「だったらそれが、正解なんじゃない?」
「正解?」
「相性がどうこうよりも、一緒にいて楽しいかどうかの方が大事って事」
「でも、笹塚とは相性最悪なんだよ?」
 どこか、探るような聞き方をしてくる詩穂。あともう一押し、何かがあれば。
「ソイツとだといくら相性最高でも高が知れてるけど、俺とだと相性最悪でもそれを軽く上回ってるって事だろ」
 言い終わった後でそっぽを向いている笹塚の顔が赤い。
「えーっと、どういう事?」
 眉根を寄せる詩穂に、私は思わずコケた。フォローしようと口を開きかけたが、笹塚の方が早かった。
「要するに、俺と付き合えって事だよ!」
「あ、うん。はい」
 びっくりするほど自然に、素直に頷いた詩穂。ハッキリ言われて、やっとわかったのだろう。笹塚は顔を赤くして、やっぱりそっぽを向いている。詩穂はそんな笹塚を、嬉しそうな顔で見つめる。

 さて、これが詩穂と笹塚の恋愛事件の顛末だけれど、そもそもの原因となった詩穂の相性に関する拘りが、どこから来たものか。これだけは言っておかなければいけない。
 詩穂曰く、「この前お姉ちゃんが別れたんだけど、その時に『どうも相性が良くないから別れたのよ』って言ってたの」だそうだ。詩穂のお姉さんがOLだという事を考えるときっと、詩穂が気にしてた相性とは別の相性だろうけどね。
 何はともあれ、新しく誕生したカップルに幸あれ。
                       ―完―



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