【 ティーネイジファンクラブ・ファンクラブ 】
◆nj0Dxipnuk




40 :No.10 ティーネイジファンクラブ・ファンクラブ 1/5 ◇nj0Dxipnuk:08/03/09 22:50:02 ID:UJ1xGysT
「いいか森下巧、歯ぁ食いしばって耳の穴かっぽじってよぉく聞け! 世間は貴様が思うほど甘くはない! 曲がり角で食パンくわえた転校生に
ぶつかることなどありはしない! 気だてのいい幼なじみが弁当を作ってくれるなんて夢のまた夢! とげの中に兄への想いを秘めたバラのよ
うなツンデレ妹もいはしないのだ!」
「俺はそんなこと思ってない。お前がエロゲ脳なだけだ。あと、歯は関係ない」
 努めて冷静に隆彦に突っ込みを入れるが、実のところ朝から鼓動が激しくて死にそうだ。中原さんの顔や仕草が逐一脳裏に浮かぶ。配布物
の持ち分を分けようとして指が触れた時には、ほんとうにおかしくなりそうだった。
「黙って聞け! とにかくだな、現の世においては、我々フツメンはただ生きているだけでは想ってもらえない。受け身では恋の道を歩んではい
けないのだ。十二月どころか、一年中天使はいないのだ。貴様からもアプローチをせねばならんのだ、アプローチを。そして今日はなんだ? 
ターゲットの誕生日、しかも偶然にも貴様はターゲットと一緒に日直に当たっていて、自然と会話の機会もある! 願ってもないチャンスだ」
 それにしても、隆彦は人様の恋愛だというのにやたらと熱い。湯口という苗字の通りだ。プレッシャーばかりかけられても困るのだが。
「それなのになんだ、あのていたらくは! 『中原さんって、苗字も名前も全部母音がaだ』なんて話題、どう反応しろと言うのだ! 指が触れた
だけでプリントを取り落とすなど論外! コワモテの貴様がこれほどのドヘタレチキンハートだとは思わなかった! 貴様はチキンだ! 飛べない
鶏はただの鶏だ! 鶏らしく唐揚げにでもなって死ぬがいい!」
「言い過ぎだよ、ゆぐっち。森下だって、けっこうがんばってると思うぜ」
 本田が興奮しきった隆彦の肩に手を置いてどうにかなだめようとしたが、隆彦はその手を振り払った。しかし、少し行き過ぎたと感じたの
か、咳払いをしてから、若干落ち着いた口調で続けた。
「とにかく、だな。今日は必ずや、ターゲットと一緒に放課後デートだ。買い物でも何でもいきやがれ。さっさとリア充になれ。リア充らしく死
ね。氏ねじゃなくて死ね。貴様を殺して俺も死ぬ」
「男の嫉妬はみにくいよ、ゆぐっち。それにいきなりデートなんて無理だよ」
「本田は引っ込んでろ。分かったな、森下!?」
「あ、うん……」
 自分でもどうかと思うくらい弱々しい返事を返す。後悔の念が頭をよぎる。正直な話、相談相手を間違えた気がする。
「さて、昼休みも残り十五分しかないが、腹ごしらえしようか。腹が減っては戦もできぬ。『森下巧壮行会』だ」
 購買で調達したカツ丼弁当とペットボトル入りのお茶を配りながら、厳かな口調で隆彦が言った。
「『告別式』にならないようにね、森下。パーッと行こうよ。十五分しかないけど」
 本田の笑顔に少し安心させられる。今更何を言ってもしょうがない。自分のためにも、協力らしきものをしてくれた二人のためにも、今日は
どうにか中原さんとお近づきにならねばならない。腹をくくろう。十五分しかないが。
「あぁ、がんばる」
 ペットボトルのフタを開けてお茶を一口飲む。残り二コマとホームルームの間に、何が出来るだろうか。

41 :No.10 ティーネイジファンクラブ・ファンクラブ 2/5 ◇nj0Dxipnuk:08/03/09 22:53:05 ID:UJ1xGysT
「さぁ、我々は高みの見物と行こうか、榎本」
「そうね、面白そう」
 息を切らせているが、榎本の表情には余裕が見える。それは多分、こちらにしてもそのはずだ。フッ、さすがは湯口家長男隆彦、全速力で走
れば森下より先に理科室に着けるのだ。高らかに笑ってやりたいものだが、さすがにそれは自重しよう。
 理科の実験の班は自由とはいえ、ある程度メンツが決まっている。だから普段中原が座っている席を取ってしまえば、中原は俺の代わりに
森下と同じ班に入らざるを得ない。目論見通りだ。平成の孔明と呼んで欲しい。
 すぐ隣のテーブルでは、森下がそわそわしながら下を俯いている。中原が半泣きの目でうらめしそうに榎本を見つめている。川嶋は昼寝要
員だから作戦の邪魔にはならない。度外視してもいいだろう。役立たずの本田も、全然別の班にいるからモーマンダイ。
「最高のショーだと思わんかね」
 榎本に聞くと、彼女は肩をすくめた。
「素材はいいとして、あとは展開次第。がんばった甲斐があったって思わせて欲しいわね」
 そのまま隣席を観察していると、中原が正面に向き直って、口を開いた。
「あ、あの、森下君」
「なに」
「……えっと、ごめんね。朝から、迷惑かけてばっかりで」
 さぁ、どう出る、森下巧。名前負けしないような返答をしてみせろ。
「……別にいい、気にしてないから。それに、中原さん誕生日だから。しょうがない」
 バカか貴様は。高校にもなって誕生日ごときで仕事が手に着かなくなるくらい浮かれる奴がどこにいる。
「そ、そうだよね。ありがと。……あれ? どうして誕生日って知ってるの?」
「あ、あぁ。……風の噂」
 すまん、バカかと疑った俺が悪かった。貴様はバカだ。
「あーもう。どうしてもっとまともな会話が出来ないのよ」
 榎本が唇をかむ。同士よ、俺も同感だ。しかし、こいつらに期待するだけ無駄なのかもしれない。我々の裏での入念な打ち合わせを水泡に
帰されかねない。
 突然、中原がクスリと笑った。
「森下君って、見た目はちょっと怖いけど、面白いんだね」
 なんという超展開。中原の反応に俺も榎本も唖然としてしまった。二人の拙い会話を聞きながら、榎本がボソッと呟く。
「なんなのよ……」
「さぁな……」

42 :No.10 ティーネイジファンクラブ・ファンクラブ 3/5 ◇nj0Dxipnuk:08/03/09 22:53:23 ID:UJ1xGysT
 まさかこれほど読めないとは思わなかった。確かに二人とも何を考えているのかよく分からないけれど、それでもこの展開はどうかと思う。途
切れ途切れだけれど、綾と森下君は会話をしていて、少し前よりは打ち解けたみたいだ。それは素直に嬉しい。 上手くいくに越したことはな
い。でも、それにしたって、もっとこう、ちゃんとした順序を踏んで欲しかった。こんなことでは、たとえ成功しても、あたしも湯口君に言いたいこ
とが言えない気がしてくる。
「……どう思う、榎本。あいつらがこのままプレゼントタイムまで上手く繋げられると思うか」
 我に返って湯口君の方を見ると、目が合ってしまって、少しドキッとしたけれど、出来るだけ冷静に答えた。
「うーん、どうだろうね。二人とも鈍いし、天然入ってるし、この先まで行けるかな」
「行けなかったら行かせるまでだ。お前にも協力してもらうぞ」
「う、うん。当たり前でしょ」
 当然だ。今日は綾達にとってはもちろん、あたしにとっても特別な一日にしてみせるのだ。出来る範囲で協力をするのは言うまでもない。
「今日はお父さんもお母さんも帰り遅いし、家に帰っても祝ってくれる人が誰もいないから、寂しいな」
 銅片の入った試験管に水酸化ナトリウム水溶液を注ぎながら、綾が少し悲しそうに言う。事前に決めていた、森下君の同情を誘う作戦だ。
湯口君が言うには、森下君は困っている人を放っておけない性格らしい。
「大変なんだな、中原さんち」
「留守番は慣れっこだけどね。誕生日は、やっぱり、寂しいなって」
「そうか……」
 別の試験管にアンモニア水を注ぎながら、森下君は少し悲しそうな顔をした。これからどう出るだろうか。
「……あ、そう言えば。誕生日、おめでとう」
「あ、うん。ありがとね」
 それっきり二人とも黙り込んでしまった。また少し途絶えただけかと思ったら、十分くらい一言も口をきかない。
「訳分からんな、あの二人」
 湯口君の言葉にうなずく。二人に任せているとどう転ぶのか、ほんとうによく分からない。
「すまんな、榎本。森下にはあとでよぉく言って聞かせる。今日はなんとしてでも、あいつらをくっつけてみせるからな」
「こっちもごめんねー、綾がダメダメで。あの子から誘う作戦も用意してあったんだけど、出来そうにないわね」
「あぁ。……とんだ三文芝居だな」
 結局実験が終わるまで、綾も森下君もなにも言わなかった。六限目の古文はみんな席がバラバラだからチャンスがない。いよいよ時間が
なくなってきたけれど、どうすればいいのだろうか。あたしの密かな賭けの行方はようとして知られない。

43 :No.10 ティーネイジファンクラブ・ファンクラブ 4/5 ◇nj0Dxipnuk:08/03/09 22:56:52 ID:UJ1xGysT
 わたしの、バカ。
 今日、頭の中でそう言うのは何回目だろうか。みのりとの相談をぜんぜん役立てられないわたしが、とても情けなく思えてきた。森下君が好
きだって、一緒に誕生日を祝って欲しいって、たったそれだけのことを言うのに、どうしてこんなに悩まなくちゃいけないんだろう。
 すぐ隣で一緒に配布物を運んでいる森下君を横目に見る。森下君はわたしより背が高いから顔は見えない。ますます自分がちっぽけに思え
てくる。
「あ、っと……。中原、さん」
 名前を呼ばれて、森下君の顔を見上げる。少しほっぺたが赤い。
「な、なぁに、森下君」
「その、だ。誕生日のことだけど、もしよかったら……。プレゼントとか、買わせてもらっても、いいか?」
「そんなそんな、いいよいいよ。ほら、その、わたし達親しくないし、気持ちだけで充分、いや、ほんとに」
 何言ってるんだろ、わたし。「親しくないし」なんて、まるで親しくなる気がないみたいだ。全然そんなことはないのに、むしろその逆なのに。
頭の中がグルグル回って、どうしようもない。
 急に森下君が立ち止まった。少し遅れて、わたしも足を止め、振り返る。
 一瞬森下君と目が合った後、わたしも彼も慌てて目を逸らした。
「えっと……。お、俺は、よくない」
「え……?」
「俺は、その、プレゼント、買ってあげたい。中原さんのために、買いたい。一緒に、お祝いが、したい」
 急に顔が熱くなった。なんだかすごく恥ずかしそうに、でも一生懸命に、森下君がそう言ってくれた。こんなわたしの誕生日を、一緒に祝い
たいって、言ってくれた。
「だ、駄目か?」
「……お願い、します」
 嬉しいやら、情けないやら、恥ずかしいやらで、たったそれだけの返事なのに、声がうわずった。でも、安心した。これで、今日は森下君とお
話が出来る。少しの間でも、一緒にいられる。
 今日このチャンスをを逃したら承知しないからね。みのりの怒った声を思い出す。これで、みのりの期待を裏切らないですむんだ。
「……CDとかでも、いいの?」
「あ、あぁ。今はわりと、お金もあるし。……中原さんって、何聞くの?」
「えーっと……。ミスチルとか、ポルノとか、スピッツとか、かな」
「……ごめん、知らない」
「うっそぉ。じゃあ森下君って、なに聞いてるの? オススメとか、ある?」
「うーん、そうだなぁ……」

44 :No.10 ティーネイジファンクラブ・ファンクラブ 5/5 ◇nj0Dxipnuk:08/03/09 22:57:10 ID:UJ1xGysT
「やれやれ、どうやら上手くいったみたいだね」
 ホームルームが終わってすぐ、森下から、中原さんとCD屋に行く、という報告があった。ゆぐっちは最近遅刻ばかりだから今日バイトに遅れ
るとまずい、と言って先に帰り、僕と榎本さんだけでこっそり二人の後をつけて、街へ出る二人の後ろ姿を見送った。
「なんか今日はすっごく疲れたわー。結局あの二人、勝手に解決させちゃったし」
 榎本さんは確かに疲れてそうだったけれど、森下達を無事にくっつけられて嬉しそうだった。大仕事をしたあとの、いい顔だ。
「まぁ、あたしと湯口君の作戦会議はほとんど無駄になったけど、何はともあれ、めでたしめでたし」
「僕は? 僕も話し合いに参加してたじゃん」
「常識的に考えなよ。学年使えない男子トップの本田なんか数に入ってる訳ないでしょ。あんたは適当にニコニコしてくれれば充分」
 使えない男子、という言葉がやけにグサッとくる。可愛い顔して、なんてことを言うんだろう。僕だって少なからず貢献しているはずなのに。
「それにしても、湯口君、なんで帰っちゃうのよー。打ち上げも出来ないじゃない」
「しょうがないよ、バイトなんだから」
「うん……」
 榎本さんは弱々しく相づちを打った。
「言いたいこと、あったのに……」
「言いたいことって?」
「あ、今のなし、忘れて、忘れて」
 いきなり落ち着きをなくす榎本さんを見て、頭の中でなにかが繋がった。思えば、ゆぐっちと話している榎本さんはいつもすごく楽しそうだっ
たし、別れた後は少し寂しそうだった。だから、そう考えるのが自然だろう。
「ははーん、なるほどねぇ……。なんなら僕が協力してあげてもいいけど?」
「な、バカ、なにも言ってないでしょ!? 」
「いいから、いいから。ゆぐっちと十七年間連れ添ってきた僕が手取り足取り教えてあげるよ」
「誰もあんたなんかに頼まないわよ!」
 我々フツメンはただ生きているだけでは想ってもらえない。
 どうやら意外とそうでもなさそうだぜ、ゆぐっち。
 声を荒げる榎本さんを尻目に、僕は頭の中で展開し始める。次なるカップルの誕生を祝うための、新たな三文芝居の脚本。甘ったるい束の
間のスリルの連続。
 見せてやろうじゃないか。学年使えない男子トップの意地を。
 日の傾きつつある十二月の青空を見上げながら、決意を固める。今年の十二月は、恋の天使がいるのだ。



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