【 親愛なる 】
◆tOPTGOuTpU




7 :No.2 品評会「親愛なる」1/5 ◇tOPTGOuTpU:08/03/09 14:35:29 ID:ZKn+Su6d
第一の手紙

春の日差しはポカポカと陽気で、家の近くの川には雪解け水が流れているようです。
川辺の緑は春一番の所為でさわさわと音を立てて揺れており、大の字に寝転んだらさぞや気持ちよいことでしょう。
お母さん。カリナンの町に越してきて二週間経ちましたが、不自由は何一つありません。
僕、アルマースは王立大学で有意義な毎日を過ごしています。
これからの、我が宝石商の一族を引っ張るためにも、死力を尽くす思いで勉学に励みたい所存です。
勿論、例の仕事も忘れてはいません。しかし、聞き込みを続けていますが依然、この町に居るという兄を発見出来ていません。
聞きつけた噂によれば、兄と思しき人物は筆跡科の助教授を勤めていたらしいとのことですが、これは、信憑性は薄いといわざるを得ません。
しかし、僕はまだ分かりません。
どうして兄、ディアマンテは家を飛び出してしまったのでしょう。
どうして、お母さんに呪いの言葉を吐きながら、消えてしまったのでしょう。
機会があれば教えて頂きたいです。
兄は命を重んじた、倫理観をしっかり持った人でした。
多少冷笑的なところはありましたが、人を傷つけることはまずやらない人です。
だのにどうして、お母さんに呪いの言葉を吐き捨てたのでしょう。
五年前のあの日から、気になってしょうがありませんでした。
四月の、僕の成人の儀の際に、あらゆる真実を教えていただけることを願います。

それでは、また一週間後に手紙を送りたいと思います。お母さん。

8 :No.2 品評会「親愛なる」2/5 ◇tOPTGOuTpU:08/03/09 14:36:50 ID:ZKn+Su6d
第二の手紙

春の強風は収まり、外出の時が楽しくなりました。
朝の訪れる時間もはやくなり、起きる喜びも増えました。
大学は忙しいですが、非常に充実した毎日を送れています。
お母さん。今日から四月に入り、とうとう僕の誕生日の月となりました。
あと二十日後に、故郷に戻らなくてはなりません。
そこで成人の儀を受け、晴れて誕生石のダイアモンドを長から贈呈されることになりますね。
そうなりましたら、予てからの約束通り、お母さんにそのダイアモンドを譲りたいと思います。
ところで、昨日は兄ディアマンテの誕生日でしたね。
本当でしたら、去年、彼は成人の儀を受けてアクアマリンを贈与される予定でした。
しかし、相変わらず消息は分からず、どこでどう暮らしているのかも検討がつきません。
僕は、兄を行方を考えている間、ふと思い出したことがあります。
それは、兄ディアマンテの心理状態についてです。
家から飛び出す前日まで兄は、思春期特有の夢想家のようになっていました。
自分の存在意義が云々と呟いていたことを記憶しています。
彼が失踪した理由は、そのことと関係があるのでしょうか。
お母さんという、生みの親に……名付け親に……愛を持って育ててくれた親に、暴言を吐いたことも……。
そうしているうちに、不慮の死を遂げた父のことも思い出しました。
この手紙を書き終え、郵便屋に届けたら、その足で父の墓に向かおうと思います。

それでは。次の手紙を送るのは、おそらく成人の儀に発つ直前でしょう。お母さん。

9 :No.2 品評会「親愛なる」3/5 ◇tOPTGOuTpU:08/03/09 14:37:28 ID:ZKn+Su6d
第三の手紙

お母さん。父の墓は綺麗に掃除されてました。
おそらく誰かがコマメに訪れているんでしょうね。
ところで誕生の儀は迫りこれを書き終えたら荷物をまとめなくちゃなりません。

父のことを考えます。
父も誕生石はダイアモンドで確か今はアナタがそれを持っているはずですがちゃんと今も輝いてますか?
父の死は悲しいものでした。
不憫な事故でした。
父は僕達のことをちゃんと思ってくれたやさしい人でした。

成人の儀を終えたら少し話したいことがあります。
そのため例の古井戸を開放してやってください。
重要なことです。


それでは。今から向かいます。

10 :No.2 品評会「親愛なる」4/5 ◇tOPTGOuTpU:08/03/09 14:38:16 ID:ZKn+Su6d
第四の手紙

ハッハッハッハッハ。
アッハッハッハッハ。

この手紙は郵便屋に渡す必要がないから楽だよね。
何せ地獄はどこにあるのか誰も知りゃしないんだから。
この手紙は書き終えたら川に流せばいいのかな?
そしたらやがては海に行く。広い海なら地獄に繋がる海流があるかもしれないしね。
古井戸に捨てられたアンタと水繋がりでどうにかなるかもねってことだ。

とりあえずあの日は楽しかったよ。
今でも血の臭いはプンプン漂う気がするし手はヌラヌラしてナイフ……じゃなかったペンが持ちづらい気がする。
まぁいいや。
アンタが居ないことに気付いた本家の慌てぶりをこれから楽しませてもらうとしよう。
追々は俺のことを少しずつ明かしていこうと思う。
嗚呼。手紙の意思疎通の儚きことよ。

そんで俺はアルマースに感謝しつつここで区切るとしよう。

サヨウナラ。親愛なるディアマンテより。

       ◇◇◇

……お母さん。僕は失望しました。

11 :No.2 品評会「親愛なる」5/5 ◇tOPTGOuTpU:08/03/09 14:39:32 ID:ZKn+Su6d
約束は反故です。ダイアモンドは父に渡すことにします。
そうして僕達兄弟は、一生父の墓を見守ろうとするつもりです。
あなたの墓に向かうつもりは、毛頭ありません。
正直言うと、僕はどうしようもない程の臆病者です。
ですから、今もこうして敬語で書いていますが、内心怒りに満ちてどうしようもない。
臆病な性質ですから、惨劇に参加もしませんでした。
兄の、殺人についての嬉しそうな口ぶりにも耳を貸しません。
また、兄の心理状況の変化などは、もう考えたくもありません。
そして、アルマースというこの名前を、あなたにつけて頂いたこの名前も、いずれ捨ててしまいたいです。
兄は既に別の名で生活していたそうです。

それでは。もう会うこともにないでしょう。欲の張ったゴキブリさん。
さようなら。親愛なるアルマースより。



  


          (終)



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