【 間接キスはしてません。多分 】
◆VXDElOORQI




194 :No.37 間接キスはしてません。多分 (お題:中二病) 1/4 ◇VXDElOORQI:08/03/03 01:10:48 ID:gz2gM+N8
 妹と一緒に朝食を食べ終え、俺が食後のコーヒーを淹れていると、妹が信じられないことを言って
きた。
「お兄ちゃん。私にもコーヒーちょうだい」
「コーヒー牛乳?」
「違う!」
 妹はいきなりテーブルを両手でバンと叩く。
 なんでそんなに怒るんだ。だって普段、コーヒーなんて「だってそれ苦いだけじゃん」とか言って
全然飲まないから、飲むとしたコーヒー牛乳かな。って思っただけだなのに。
「じゃ、じゃあ。なにが欲しいの?」
「だーかーらー! コーヒー! こ・お・ひ・い!」
「コーヒーにも色々あるし……。ひょっとしてカフェオレ?」
「それはコーヒー牛乳と一緒でしょ!」
 妹はまた両手でテーブルをバンと叩き、まだテーブルに乗ったままの食器がガシャンと音を立てた。
 今日の妹はなんか怖い。
「び、微妙に違うような気もするけど……」
「そんなことはいいから!」
「はい、ごめんなさい」
 妹にキッと睨まれ、俺は思わず謝ってしまう。
「私だってもう中学生なんだから、コーヒーくらい飲めるもん」
「なんでそんな急に……」
 妹は急に俯き、ボソボソと小さな声で答える。
「だってお兄ちゃがいつもおいしそうに飲んでるから……」
「え? ごめん。よく聞こえなかった」
 あまりに小さな声だったのでうまく聞き取れず、思わず聞き返してしまった。妹は頬を赤く染めて、
なにか言おうとしてやめ、急にそっぽを向いてしまった。
「なんでもない! お兄ちゃんがコーヒー飲めないってバカにするから飲んでみようと思ったの!」
 俺、コーヒー飲めないからってバカにしたことなんてないのに……。とんだ言いがかりだ。
「いいから! 早くコーヒー淹れてよね!」
「はい。ごめんなさい」
 頬を赤く染めたまま、またキッと俺のことを睨んでくる妹に、またつい謝ってしまった。

195 :No.37 間接キスはしてません。多分 (お題:中二病) 2/4 ◇VXDElOORQI:08/03/03 01:11:03 ID:gz2gM+N8
「早くしてよね」
「もうすぐお湯沸くから――」
 もう少し待ってて。そう言おうとした瞬間、ヤカンからピーという甲高い音が響く。
 どうやらお湯が沸いたらしい。
「インスタントコーヒーでいいかな?」
 元々俺一人しかコーヒー飲まないので、コーヒーメイカーなんてものは家にはない。別にそこまで
コーヒーにこだわっているわけではないし、インスタントのほうがすぐに出来るから便利がいいのだ。
「サンフォンがいい」
 サ、サイフォン?
「いや、ごめん。家にサイフォンはないんだ。ごめん」
「じゃあインスタントでいい」
 サイフォンがどういうのか知ってるの? と聞きたい衝動をなんとか押さえ、俺は「わかった」と
頷いた。余計なこと言って、また怒られたくないからね。
 普段、あんまり使わない妹のマグカップを食器棚から取出し、そこにインスタントコーヒーの粉末
を少なめに入れる。
「もっと」
「へ?」
「もっと入れて」
「こ、これ?」
 俺は恐る恐るインスタントコーヒーのビンを指差す。
「そう」
「でも苦くなるし……」
「いいから!」
「はい。ごめんなさい」
 妹のマグカップにさっきよりほんの少し多く粉を入れる。
「まだ」
「はい」
 もう一度、ほんの少しだけ入れる。
「まだまだ」
「はい」

196 :No.37 間接キスはしてません。多分 (お題:中二病) 3/4 ◇VXDElOORQI:08/03/03 01:11:30 ID:gz2gM+N8
「まだまだまだ」
「はい」
「まだまだまだまだ」
「はい」
 妹に言われるがままにマグカップにインスタントコーヒーを入れ続ける。
「まだまだまだまだ」
「さ、さすがにこれ以上は入れるのはやめたほうがいいと思うけど……」
 マグカップの中には適量の数倍のインスタントコーヒー。
 勢いで「まだまだ」と言っていた妹も、マグカップにどれだけインスタントコーヒーが入っている
かを見せると、妹もさすがに入れすぎだと気付いたらしく、「じゃ、じゃあそのくらいで勘弁してあ
げる」と強がりを言った顔には明らかに動揺の色が浮かんでいた。
 俺は妹のマグカップに少しずつお湯を注ぐ。
 それと同時にゆっくりとコーヒーをかき混ぜる。
 お湯を注いですぐは中々溶けず、粘土状だったコーヒーも次第に溶け始める。
 マグカップからコーヒーが溢れる寸前でようやくすべてお湯に溶けた。
 お湯を注いでいたヤカンを置いて、俺は棚をごそごそと漁る。
「なに探してるの?」
「コーヒーシュガー」
「なにそれ?」
「コーヒーに入れる砂糖。俺、いつもは使わないから、どこにあるのか思い出せなくて」
 妹はまた両手でテーブルを叩く。溢れる寸前までコーヒーの表面が揺れる。なんとかこぼれずに済
んだようだ。
「入れなくていい」
「え?」
「お砂糖入れなくていい」
「でも入れないと絶対苦いと思うよ」
「いいの!」
「はい」
 俺はコーヒーシュガーを探すのを諦め、コーヒーを溢れないように気をつけながらそっと妹の前ま
で移動させる。

197 :No.37 間接キスはしてません。多分 (お題:中二病) 4/4 ◇VXDElOORQI:08/03/03 01:12:06 ID:gz2gM+N8
「どうぞ。お姫様」
「うん。ありがと」
 妹はマグカップを両手でそっと持って、ふーふーと息を吹きかけ、少し冷ましてからコーヒーをひ
とくち口に流し込む。
 コーヒーが口の中に入った瞬間、妹の体がビクッと震え、動かなくなった。
 数秒、機能停止していた妹は、ゆっくりとマグカップをテーブルの上に戻す。
 それと同時に見る見る妹の目には涙が溜まっていく。相当苦かったのだろう。当たり前だけど。
 妹は涙目でじっとマグカップを睨んでいる。
「ちょっと甘く作りすぎちゃったんだ。悪いけど交換して」
 俺は妹がマグカップを睨んでいる間に作ったコーヒーと、妹の激苦コーヒーを取り替える。
 妹は不思議そうな顔で、俺のマグカップの中で白と黒が螺旋を描いてるコーヒーと、俺の顔を交互
に見る。
 そのまま俺はものすごく苦いであろう妹のマグカップを持って部屋を出る。
 部屋を出たところで、妹の「おいしい」と言う声が聞こえた。
 その声に満足感を覚え、妹のコーヒーをひとくち口にする。
 うん。苦い。すごく苦い。でもたまにはこういうコーヒーもいいかも知れない。

おしまい



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