【 夕色、サウダルジア 】
◆vPz.0ntgWA




199 :No.38 夕色、サウダルジア (お題:告白) 1/5 ◇vPz.0ntgWA:08/03/03 01:19:30 ID:gz2gM+N8
 中学二年、涼子が転入してきた年の夏のことだ。とにかくバカみたいに暑くて、毎日死ぬ死ぬ言いながら学校の補習やらプール遊
びやら買い物やらに駆り出されていた時期。それまでろくに遊びをしていなかったあたしが、不慣れな出来事の連続でかなりヘトヘ
トになっていた、そんなある日の夕方。わたしと涼子と二人きりで、河原のひまわりの根元で寝転んで空を見上げていた。
 涼子は髪を思い切りよく短く切っていた。長髪の涼子に見慣れていたのでびっくりしたけれど、とても似合っていて、どちらかと言え
ば美人という感じだった涼子がキュートになっていたのも、これはこれで、と納得できた。
「涼子はさ、将来何になりたいの?」
 わたしがそう聞くと、涼子は曲げた人差し指を唇に添えて、うーん、とうなってから、こう答えた。
「あたしは、歌手、かな」
 なるほどな、と素直に思った。涼子はきれいだし、歌もうまいし、人気者だし、なれるかどうかはともかく、向いている職業ではある
だろう。そう感じた。
「なんて、バカみたいだよね。なれるわけないよね」
「そんなことないよー、涼子ならきっとなれるよ」
「そ、そうかな」
涼子が照れくさそうな表情を見せた。
「和美はどうなの?」
「えと、わたしは、ラ……」
 いけない、ラノベ作家と言いそうになってしまった。確かにラノベは好きだ。でも言えない。ただでさえ世間的にちょっとアウトなの
に、ましてや相手は涼子だ。涼子にだけは死んでも知られたくない。
「小説家」
 無駄な手振りを付けながら、無難でいてそれなりに近い答えを返す。
「あー、確かにそんな感じする。和美、本好きだもんね。どんなの書くの?」
「青春ものがいいな。その、さ、読んでて顔がカーッてなるような、恥ずかしいの」
「へー、意外ー。和美はもっと、ドロドロしたの書きそうな気がするのに。人がバッタバッタ死ぬような奴とか」
「涼子さん、それは嫌みで言ってるんですか」
 思わず落ち込んでしまう。
「わたし、怖いの見た目だけだよー、心優しい乙女だよー」
「はたしてそうかな」
「そうだよー」
 涼子ほどではないにせよ、あたしもそれなりの優しさは持っているはずだ。少なくとも、そのつもりではある。
「でも、あたしたちいい夢を持ってるね。夢は大きい方がいいよ。二人とも叶うといいな」

200 :No.38 夕色、サウダルジア (お題:告白) 2/5 ◇vPz.0ntgWA:08/03/03 01:19:49 ID:gz2gM+N8
 涼子はニッコリ笑った。涼子の笑顔はすごく素敵だった。笑うときはいつでも全力で屈託なく笑う。いつでも純粋な正の感情を並々
とたたえた笑顔だ。
今、顔赤くなってないよね。そんな不安に襲われる。涼子はちゃんとした女の子だから、たぶんわたしの気持ちがわからない。ばれ
たらたぶんまずいことになる。
「涼子はいいとしても、わたしはだいじょうぶなのかなー」
「そんな弱気なことでどうするのよ、だいじょうぶに決まってるでしょ」
 メッと言いながら、涼子はあたしの平たい胸を軽く叩いてきた。
「がんばらないうちからそんなこと言っちゃだめだよ」
「じゃー、がんばる」
「まだまだ」
「がんばります。精一杯やります」
「そうそう、そんな感じ。それでこそあたしの親友だよ」
 親友、か。
 本当なら、その立場を得ただけで満足するべきなのだろう。でも、もっと、今以上の言葉で呼んで欲しくて、でもきっと呼んでもらえ
ることはなくて、その気持ちが心のあちこちにやたらとしみる。
 きっと全部勘違いなんだ。今までろくに友達がいなかったから、涼子みたいな存在ができて、勝手にはしゃいじゃってるだけなん
だ。全部過ぎれば、こんな気持ち悪いおかしなわたしを忘れて、ちゃんと「ただの」親友として涼子とつきあえるんだ。
 わたしは必死に自己暗示をかけつつ、涼子の期待を裏切らないように努力をしようと思った。
 空は大きく、遠くで青と赤がにじみ始めていた。自衛隊の演習の後で、幾筋かの飛行機雲が拡散し始めていて、ふと思った。
飛行機を手にする前の人類にとって、空は身近で、それでいて届かない存在だっただろう。
きっとそれは、あたしが隣に横たわる涼子の横顔に、真っ黒な髪に、細い腕に、控えめに膨らんだ胸に抱く気持ちと、どことなく似て
いるはずだ。今にして思えばおおげさだけれど、その時はほんとうにそう思った。
 そんなしょうもない、けれども大切な、たぶん初恋の思い出。今でもはっきり思い出せる。

「かんぱーい」
 あれからほぼぴったり十年。かち合うグラス、揺れる黄金色の液体、引っ込む二つの白い腕。初めての二人での乾杯だというのに、
それはなんだかあっけない。
「久しぶりだねー」
 涼子は背が伸びたこと以外は昔とそう変わらず、明るくてきれいだった。
「そりゃそうだよ、中学以来だもの」

201 :No.38 夕色、サウダルジア (お題:告白) 3/5 ◇vPz.0ntgWA:08/03/03 01:20:06 ID:gz2gM+N8
「最近どう?」
「うーん、まーなんというか、華やかなOL生活」
 もちろん皮肉だ。わたしみたいな地味な女がそんな優雅に暮らせるほど世間は甘くない。
 わたしと違って、涼子は夢を叶えてくれただろうか。歌手になりたい、と言っていた記憶の中の涼子とほとんど変わらない今の涼子
に、なんとなく期待をしてしまう。
「涼子さ、ひょっとして歌手とかになってたりしない?」
 そう聞くと、涼子はすごく驚いた顔をした。
「和美、どうして分かったの?」
 え。
 声に出して言いそうになった。
 涼子は、覚えていないのだろうか。あの日の出来事を。
「あ、ほら、前に言ってたじゃない、将来の夢の話したとき」
「そうだっけ?」
 どうやら涼子の記憶には、あの日のことは残っていないらしかった。わたしがずっと大切にしてきた思い出を、ずっと二人で分け合え
ると思っていた思い出を、涼子はすっかり忘れていた。そのことに気づいてしまっても、そんなはずはない、わたしはこんなにはっきり
思い出せるのに、涼子は忘れてるなんて、と考えてしまう。
「まーいいや。とにかく、今あたしのバンドとソニーで話が進んでてね、がんばってきた甲斐があったなーって感じでさ、もうみんな大
はしゃぎ。デモテが気に入ってもらえるなんて思ってもなかったし、初めてのことだからなにをどうすればいいのかさっぱりだけど、
願ってもないチャンスだからね、もう必死でさ。……和美? どうしたの?」
「あー、なんでもない、なんでもないよ、うん」
 そうだ、冷静に考えればなんでもないのだ。なにせ涼子は高校からまた違う街に行ってしまったし、いくらでも友達を作っているだ
ろうから、いくら親友だったとは言えど、中学の友人とのささいな会話なんて、忘れていても不思議はない。
 それでも、ひどく悲しかった。わたしはわたしで、ちゃんと夢を叶えるべきだった。そうすれば、涼子がこんなに遠いと思うこともな
かったはずだ。
 それから話題は中学の友達の近況になり、互いの高校生活になり、高校から現在に至るまでの恋人の話になった。酒が進むと気
が楽になってきて、それなりに話が出来た。涼子は東京の大学を出てから向こうで経理の仕事をやりつつバンド活動をしていたらしい。
「と、いうわけでー、自慢じゃないけど、わたしはこの七年間恋人ゼロだよ」
「でも和美、高原君とつきあえた訳でしょ? あの高原君と。だったらこれからまたチャンスあるよ」

202 :No.38 夕色、サウダルジア (お題:告白) 4/5 ◇vPz.0ntgWA:08/03/03 01:20:21 ID:gz2gM+N8
「だといいけどねー」
 そう答えて、わたしはビールをグッと飲み干した。
「あたしは、ね。なんか、言いづらいけど……。言わなきゃ、だめかな」
「ったりまえでしょ、わたしだって恥ずかしかったんだからー」
 そうは言うものの、涼子の上目遣いに気持ちが揺らぐ。許さないでもないけど、いや、でもここは許してはいけない、なにせ思い出
の件もあるし。ここは心を鬼にするべきだ。
 涼子はため息をついてから話し出した。
「実は、今つきあってるの、女の子なんだけどさ……」
 一瞬、どう反応すればいいのか分からなくなった。自分の耳を疑った。けれど、涼子は間違いなく、そう言った。
 今つきあってるの、女の子なんだけどさ……。
 その言葉が頭の中を巡り始める。
「やっぱり、おかしいかな……。ほんとに好きなんだけど」
「……ど、どんな子?」
 どうにかその言葉を口にする。
「今一緒にバンドやってる子なんだけど、大学のサークルでね、知り合ったんだ。で、なぜか向こうはあたしのこと知っててね。話して
みたら、偶然にも、その子は中学の卒業式の後、第二ボタンあげた子だったんだ」
 もちろん、わたしは第二ボタンのことを覚えていた。式の後、涼子の元に軽音楽部の後輩の女の子が一人やってきて、先輩の第二
ボタンをください、とシドロモドロになりながら言っていた。内気そうな少女で、微笑ましいなくらいにしか思わなかった。わたしも欲し
かったけれど、わたしにはたくさんの思い出があったから、ボタンだけは譲ってあげた。
「で、一緒にいればいるほど、この子可愛いなって思っちゃって。あたしの方から改めて告白して、めでたくご一緒してます」
「……そんなの、おかしいよ」
 思わず口走ってしまう。声が震えていて、なにかが火照った頬を伝う感触がした。涼子の顔を直視できないから、自分のみっとも
ない姿を見られたくないから、顔を伏せた。
「女の子が女の子を好きになるなんて、おかしいよ」
「やっぱり、そう、だよね……。変な話して、ごめんね」
 それからの沈黙は長く、重く、冷たかった。やがて、わたしは声に出して泣き始め、無意識に本音をもらしてしまった。
「わたしだって、涼子のこと好きだったのに。嫌われたくなくて、ずっと言えなくて、がまんしてたのに。だって、変じゃない。女の子が
女の子を好きになるなんて。そんなの、涼子絶対イヤって言うって思ったから、ずっと隠してたのに」
 ふと、頭に重みを感じた。
 顔を上げると、涼子がわたしの頭を撫でていた。涼子も瞳が潤んでいて、顔は優しそうに微笑んでいたけれど、どことなく悲しそう

203 :No.38 夕色、サウダルジア (お題:告白) 5/5 ◇vPz.0ntgWA:08/03/03 01:20:38 ID:gz2gM+N8
だった。
「あたしも、一緒だった。和美に好きって言ったらどう思われるか怖くて、言えなかった。だって、普通の人とは違う気持ちだから、断
られたらきっと友達には戻れないって思ったんだ。すっごく、辛かった。今つきあってる子はもちろん心の底から好きだけど、あたしと
おんなじだって分かってたから安心してつきあえたところもあるの。でも、和美のときはそれすら分からなかったから、どうしようもな
くて。後悔のないように忘れようともしたけど、やっぱりだめだった」
 涼子は涙をぬぐってから、少し笑った。
「ごめんね、気づいてあげられなくて。でも、和美のこと、好きだったよ。ほんとに、好きだった」
 そう言われて、わたしは自分が恥ずかしくなった。わたしは勝手に自分が優しい人間だと思っていたけれど、やはり涼子の方がずっ
と優しかった。わたしみたいなひねくれ者とは比べるべくもない。きっと逆の立場だったら、涼子は全てを素直に受け入れて、何も言
わないまま穏やかに全てを終わらせたはずだ。
「……違うよ、謝るの、わたしだよ。ごめんね。こんなばかで、心狭くて、ごめんね」
 わたしはテーブルに置かれた彼女の手に、自分の手を重ねた。涼子の手は隠れるくらい小さくて、すごく温かかった。
「ねぇ、和美、もしかしてあのときボタン、欲しかった? あの時とは違うシャツ、違うボタンだけど、もし欲しかったら」
「いいよ、そんなの。もったいないよ、わたしなんかに」
 わたしはかぶりを振った。
「そう。でも、このまんまじゃ、帰りたくないよ……。ねぇ、ちょっと、顔近づけて」
 身を乗り出して顔を近づける。
 次の瞬間、涼子の唇がわたしの唇に重なった。柔らかくて熱い感触を持ったものを感じる。
 舌先が、確かに触れた。
 涼子はゆっくり顔を話してから、照れくさそうに笑った。
「やっぱり、ちょっと恥ずかしいね。でも、これくらいしかしてあげられることがないんだ。ごめんね」
「いやいやいや、謝るのはこっちです、いやほんとに」
 手をバタバタ振っていると、涼子がクスリと笑った。
「ほんと、慌てる感じは昔と変わらないんだね。和美、すっごく可愛いよ」

「えっと、ね……。その、今の彼女さんを、大切に……きっと、幸せに、してあげてね……」
 しっかり締めようとして、結局ありきたりな言葉になったけれど、それがそのときの素直な気持ちだった。涼子なら、言うまでもなくできるはずだ。
「うん!」
 涼子はしっかりうなずいて、気持ちのいい返事をしてくれた。涼子の笑顔も、昔と変わらず素敵だよ、と言いたかったけれど、未練
がましくなりそうだったので、あえてそう言わずに、遠ざかる涼子に懸命に手を振りながら見送った。



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