【 ハシレメロス 】
◆8U./Lb8Pi




181 :No.34 ハシレメロス (お題:時間) 1/4 ◇8U./Lb8Pi6:08/03/03 00:55:55 ID:gz2gM+N8
ペンギンの騎士を憶えている。
ポケットティッシュの球児の涙を、憶えている。
狛犬の兄妹を、憶えている。
5月の父親の、長い独白を憶えている。
トジビキの頃に谺すぽっくりの音を憶えている。
幾重にも包まれた、残念な才の字を憶えている。
アンドロイド風の少女を憶えている。
半分だけ色の変わったヤギのマグカップを憶えている。
21レスに亘る雪山のある街の話を憶えている。
腹筋の割れた大学生の事を憶えている。
子供の目に映らない、皇帝の新しい服を憶えている。
ベルサイユのバラバラ殺人事件を憶えている。
夢に芯を突き刺す、24本の色鉛筆を憶えている
そんなのは、嘘。と、何度も呟く女の独白を憶えている。
世界の終わりにいちごミルクを呑んだ少年を憶えている。

 彼等の書いた物語を、メロスは憶えている。
 文才は無いと謳っておきながら、時折、彼の涙腺や腹筋を崩壊させた彼等
の事を、メロスは憶えている。

 しかし、3月のとある晩、品評会が100回目を迎える記念すべき夜の事だった。
 メロスは唖然としていた。
 これまでの品評会の結果を眺めても、通常作品をまとめたスレッドの書き込み
を読み返しても、自分の書いた小説達がどこにも見当たらないのである。
 つまり、永らく続いた文才無いけど小説書くスレッドは一年半近く居座り続け
た彼にその晩はっきりとこう宣告したのだ。

BNSK「残念ながら、貴方様のお書きになった小説は、現在までにスレッド
をご利用になられている方々の記憶には御座居ません。」と、

182 :No.34 ハシレメロス (お題:時間) 2/4 ◇8U./Lb8Pi6:08/03/03 00:56:15 ID:gz2gM+N8
 メロスは激怒した。

 かの悪逆なる王に理不尽に磔刑の憂き目に立たされた時もかくや、と言う有様
で彼は怒り狂った。

「ああ、そうですか!!」

と、啖呵を切って両腕を組み、ぷいと外方を向き、それから煙草に火を点けて畳
に寝転がって尻をぼりぼりと掻きながら野球中継を見て不貞腐れ、缶ビールを二
缶空け、冷凍の餃子を食み、心を落ち着かせるべく郷里の母に電話をかけるも俺
だよ俺と語り掛けた受話器の向こうで、今時俺俺詐欺も無いだろう。と、説教を
する母親に内心「ああ、こいつもう駄目だな」と、思いながら「どうもすみませ
ん。掛け間違いました」と、呟いて電話を切り、盗んだバイクで走り出し、夜の
校舎、窓ガラス割って回ってイェイ、卒業。なんてプランが脳裏をよぎったが、
それはちょっとやり過ぎな上に、そもそも俺バイクなんて乗った事無いじゃん。
文体もちょっとおかしいいし。おかしいいし。と、気付いてちょっとほんわかし
てBNSKに戻り、もう一度品評会まとめと通常作品まとめを読み返して、やっぱり
自分の小説がどこにも載ってない事を確かめて、メロスは激怒した。
今度は前向きな怒り方だった。

「ああ、そうですか!!」
と、啖呵を切って両腕を組み、ぷいと外方を向き、それから煙草に火を点けて畳
に寝転がり尻をぼりぼりと掻く所までは先刻の通りであったのだが、「じゃあ、
お前らが忘れられなくなるような話かいてやんよ!!」と、呟いて彼は猛烈な勢
いで黄色い特売チラシの裏にプロットを認(したた)め始めたのだ。
東の空が白み始める頃、ふと顔を上げたメロスの手中には消しカスと書き直しと
汗ばんだ手のせいで、ぐしゃぐしゃになりながらも、完成したプロットが握られ
ている。金色に照らされた地平線を眩しそうに眺めながら、メロスは呟いた。
「日没までには書き上げよう」
と、メロスはなんとなく、そう決めた。

183 :No.34 ハシレメロス (お題:時間) 3/4 ◇8U./Lb8Pi6:08/03/03 00:57:05 ID:gz2gM+N8
 メロスが小説を書き上げたのは日が傾き始めた頃だった。
 彼は完成した原稿を推敲し、どこにも抜かりの無い事を確かめると誇らしげにス
レッドで名乗りを挙げ、誇らしげに作品を投下して床に付いた。
 彼の書き上げた作品は多くの人を感動させ、最高の賛辞と共に史上最多の票を獲
得し、記念すべき百回目の週末品評会を賑わせて、その名をBNSKに刻み付けた。
 メロスがその夢を見始めたのがちょうど彼のアパートに西日が差し込み始めた頃
で、前出の宣言の舌の根も乾かぬ内に寝息を立て始めた彼が、最終的にBNSKの妖
精とキャッキャ、ウフフの最中に妖精の股間に彼よりも数段立派な御神体が生えて
いるのを発見して淫夢+悪夢のハーフ&ハーフから覚めたのは午後九時半だった。

 メロスの顔から血の気が引き、その一寸後に全身から冷たい汗が全身を濡らした。
 メロスは走った。 真っ白な原稿を瞬く間に黒い文字で埋め、プロットの細部は
切り落としてでも、何とか時間内に間に合わせるのだと視野に無二筆を走らせた。
 日付も変わろうかと言う頃、記念すべき瞬間に立ち会うべく人々が集い始めていた。
 会場では既に辿り着いた者達が肩を叩きながら談笑している。
 会場には時折、門が閉められようとした時、誰かが叫んだ。
 「誰か来る。誰かこっちに向かって駆けて来るぞ!!」
 会場の者達は一様に門の方を見やると確かに遠く、ぽつりと人影のような者が見える。
 会場は俄にざわめき、門はその動きを止めた。
 やがて、その影は一つ増え、二つ増え、近付くに連れ、そうの容貌ははっきりと
姿を見せ始める。その度に会場にいた者が驚きの声を挙げ知人の名前を叫び始めた。
迫り来る人影は最後には14にまでその数を増やし、彼等には声援とありったけの
罵詈雑言が浴びせられ、会場は熱狂の極みに達した。

 混沌の坩堝の中で、一人ほくそ笑む者がいた。
 誰あろう。親友、セリヌンティウス。その人である。
 彼は喧噪に紛れて男の名を叫んだ。
 「メロスだ!メロスが来たぞ!!」 

184 :No.34 ハシレメロス (お題:時間) 4/4 ◇8U./Lb8Pi6:08/03/03 00:57:35 ID:gz2gM+N8
 メロスには計算があった。
 今回のカオスはきっと今までに類を見ない程、巨大な規模になるであろうと。
 だからこそメロスはセリヌンティウスに早馬を送り、あらかじめ彼を会場に
潜入させ、どさくさに紛れてメロスの名を叫ぶ様親友に言い含めていたのである。

 果たして、計は成った。
 メロスが書きあげた小説を手に会場にたどり着いたのは日没はおろか、日付
も変わろうかという刻限であったにも関わらず、会場はかつて無い混乱に包ま
れていた。門の前には長大な列が成され、会場の中では彼がようやく安堵の色を見せた。
ていたが出来て熱狂は最高潮を迎えていた。悠々と列に並び会場に紛れ込んだメロスは、親友セリヌンティウスと相対した。
しかし、彼等は抱き合う事は無い。
メロスが叫ぶ。
「セリヌンティウス、俺を殴れ。実を言うとおまえはやっぱり身代わりに磔に
なっていて、そこに俺が津ジョウする方が面白いと思ったんだが巧く消化出来
なかったんだ。そのせいで、俺はお前をよく分からん立ち位置にしてしまった。
だから、お前が殴ってくれない事には俺はお前と抱き合う資格がない!」
 即座に、セリヌンティウスは頬を殴った。
 グーで殴られると思ってなかったメロスは、ちょっと眼を泳がせた。
 セリヌンティウスが言う。
「メロス。俺を殴れ、本当は言いたくないんだが、正直、この話は失敗だと俺は
思っている。これは率直な意見だが、これを言わずに抱き合うと、俺はお前との
今後の付き合い方が微妙になっちまうと思うしお前の為にもならんと思うんだ!」
 メロスもセリヌンティウスを殴った。
 勿論グーで殴ったのだけど、しかし、不思議な事に涙目になっているのはメロスの方でした。
とにもかくにも、二人は再会を祝福し、互いに抱き合いその周囲では人々が口々に「おめでとう」
「おめでとう」「いやあ、めでたいねぇ」等とつぶやきながら二人を囲んで拍手を浴びせていた。
 その時、輪の中から一人の少女が歩を進め二人に向かってこう呟きました。

「先生に謝れ」
 メロスとセリヌンティウスはそこでようやく、痴態に気付き、赤面して頭をぽりぽりと掻いたのです。




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