【 病気病 】
◆ecJGKb18io




176 :No.33 病気病(お題:病) 1/4 ◇ecJGKb18io:08/03/03 00:53:29 ID:gz2gM+N8

「医者になるにはお金が必要なのよ。医大へ行く頭があっても、お金がなければ医者に
はなれないの。でも医大へ行く頭がなくてもお金があれば、医者にはなれる。優秀な医
者かどうかはまた別の問題なのよ」
 高校の保健医、藤堂先生はコーヒーを飲みながら、僕をなだめるように言った。先生
口調には僕だけではなく自分をもなだめるような感じが含まれていた。
「それは残念。医大へ行く頭はあるのになあ」
 僕がおどけてみせると、先生は微笑を浮かべる。
「だったら弁護士にでもなりなさい」
 廊下の方から賑やかな声が聞こえてきた。いつもの女子たちが来たのだろう。彼女ら
は体調が悪いわけでもないのに、保健室へ来てはぎゃあぎゃあと騒ぐのだ。不良という
やつだ。時にはそのまま授業をサボることだってある。藤堂先生も生徒に「寛容」な先
生だから、特に何も言わない。
「じゃ、弁護士になるための勉学に励んできます。騒がしくなりそうだし」
「懸命ね」
 ベッドから腰を上げて、ドアの方へ足を向けた。引き戸の取っ手に手を掛けたところ
で後ろから声が飛んできた。
「きみは学校が好き?」
 振り返る前に、反対側のドアから二人組みの女子が入ってきた。
 彼女らはじろじろと嘗め回すように僕を見る。僕はそのまま保健室を後にした。

177 :No.33 病気病(お題:病) 2/4 ◇ecJGKb18io:08/03/03 00:53:43 ID:gz2gM+N8
 
教室へ戻ると、部屋中が食べ物の匂いで充満していた。臭いな、と鼻を歪ませたが、
すぐに慣れた。
 席について授業開始の鐘を待ちながら、あの事件のことを考えてみた。
 この高校では「ある事件」が起きていた。年が明けて今年になってから、三人の行方
不明者が出ているのだ。失踪、というやつである。最初こそ家出だろうと高を括ってい
た警察も、最近になって本腰を入れ始めたらしい。学校側も集会を開くなどして、生徒
に注意を促した。今のところ誘拐という可能性が高かった。
 それでも時が経っていくにつれ、縁起でもない噂が流れ始めた。殺されたのではない
か、樹海へ行き自らの命を絶ったのではないか。そのどれもが何の根拠も持っていなか
ったが、そういう噂は尾ひれをつけて、あっという間に広まったのだ。



 行方不明の三人には何の接点もなかった。唯一の接点は、三人ともがこの高校の生徒
だということだが、その三人は特に仲が良いというわけでもない。それに三人が揃って
失踪したのではなく、バラバラの時期に姿を消しているのだ。
 僕はその三人のことを良く知らなかった。クラスも違うし、会話したこともない。し
かしその三人の共通点は知っていた。
 不良女子高生。古い響きのする言葉だが、彼女らをもっとも端的に表している。よく
学校をサボり、学校に来たら来たで問題を起こす。
 だからこそ、その三人が居なくなったときも家出だと思われたのだ。しかし、いくら
彼女らでもそれなりの分別はあるはずだ。家に連絡のひとつくらいよこすだろう。ある
いは友達に。しかし誰も彼女らの行方は知らなかった。
 十中八九、何かの事件に巻き込まれたのだ

178 :No.33 病気病(お題:病) 3/4 ◇ecJGKb18io:08/03/03 00:53:58 ID:gz2gM+N8
「小難しい顔をして何を考えてんのよ」
 不意に掛けられた声に思わず身震いをした。顔を上げると、幼馴染の香織がこちらを
見下ろしていた。
「ホームズに似てるって?」
「何よ、それ」
 香織は隣の自分の席に座る。
「元気か」
 僕がそう訊くと、香織は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに合点がいったように頷
いた。
「元気よ。この頃は特に調子がいいわ」
「不謹慎なやつめ」
「冗談よ。わたしもそこまで堕ちてないから」
 香織は溜め息をひとつ吐いた。
 失踪した三人のうちの一人と香織は犬猿の仲だった。というよりは、向こうが勝手に
香織のことを敵対視しているようだった。理由はよく知らないが、おそらく「生意気」
だとかのそういう理由だろう。香織も香織でとても気が強いのだ。不良女子高生同士は
互いに反発することがあるらしい。
「何かあったのかしらね」
 香織がそう言うと同時に、始業ベルがけたたましく鳴った。
「ところで香織は学校が好き?」
「そんなわけないでしょ。来たくないわよ、こんなつまらない学校。サボれば良かった」
 香織が金色に近い茶髪を面倒臭そうに掻きあげた。

179 :No.33 病気病(お題:病) 4/4 ◇ecJGKb18io:08/03/03 00:54:13 ID:gz2gM+N8
 

 行方不明者が五人になったのは、それから一週間後のことだった。
 全国ニュースで事件は取上げられ、番組の司会もコメンテーターも沈痛な面持ちで事
件の早期解決を言葉にしていた。
「校門のところが凄いことになってたわね。インタビューされなかった?」
 藤堂先生はいつものようにコーヒーを飲んでいる。
「されましたよ。でも途中で生活指導の大谷が飛んできて、止められた。せっかく全国
デビューのチャンスだったのに」
 僕は先生が入れてくれたコーヒーを手で冷ましながら言った。じん、と神経が温度差
で痺れる。
「凄い事件になってきたわね」
 僕は頷く。
「きみも気をつけないと」
 僕はもう一度頷いた。「でも僕は学校が好きだから」
 コーヒーに流し入れたミルクが、ゆっくりと広がる。
「先生は医者になろうとは思わなかったんですか?」
「ウチは貧乏だったから。でも保健医でも人を助けることは出来るのよ。ほら、そこの
彼女だって」
 先生が顎で示す先のベッドには香織が寝ていた。
「病気なんですか?」
「病気よ」
 僕はコーヒーを先生の机に置いた。
「授業が始まる」
 僕はそう言って引き戸の取っ手に手を掛ける。
「学校が好きなのね。勉強も好きなのかしら」
「弁護士にはなれそうにないですけど」
 先生が笑った。
                     了



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