【 姉妹 】
◆dx10HbTEQg




164 :No.31 姉妹(お題:画像お題) 1/5 ◇dx10HbTEQg:08/03/03 00:46:31 ID:gz2gM+N8
 月子がまた、入院した。五百円玉を飴と間違えて舐めていたのが原因だとお母さんに怒られた。ちぇ、と道端に落ちていた石を蹴っ飛ば
す。突然降り始めた雨の中をころころと転がって、溝にちゃぷんと落下した。財布を月子の部屋に忘れていったのは確かに私だけれど、問
題は五百円玉のことを知らなかった月子にあるんじゃないだろうか。もう十二歳なのに。
 そう愚痴っていると、光は苦笑して「仕方ないよ」と私を宥めた。ちぇ、ちぇ。こいつもか。仕方ないって何だ。雨宿りに使っている駄菓子屋
をちらりと振り返る。五百円あればあれも買えるしこれも買える。そんなことも、月子は知らないのだ。
「月ちゃん、元気そうでよかったな」
「大げさすぎるの。明日には退院でしょ」
 お母さんは神経質すぎる。病弱とはいえ、ほとんど家に閉じ込めて、何の常識も覚えさせないというのは異常だ。社会のルールを知らな
い月子の世界は、箱みたいに閉じた四角い部屋だけ。この春休みが終わったら、私は高校という新世界に飛び出すというのに。
 ちょっとした好意だったのだ。私が金銭の価値でも教えてあげようと、大切なお財布の中身を月子に見せてあげたのは。……無駄だった
けれど。理解してなかったみたいだけれど。
「前も、手紙食べて入院したよね。確か、絵美が白ヤギさんと黒ヤギさんの歌を教えたからだっけ?」
 うっさいなあ、もう。きっと、月子の頭は五歳の子供と同レベルだ。未だに魔女とかの存在を信じているくらいなのだ。
 むすっと押し黙った私に、光はまた苦笑した。私と同学年の癖に、十センチほど上から見下ろしてきている。
「仕方ないよ、絵美」
 月子は嫌いじゃない。けど、彼女が消えてくれれば、と考えることもまた多い。姉として守っていきなさいと常日頃言い聞かせられている、
その呪文のような言葉が私を縛る。両親に愛されていたのは、月子が生まれるまでの三年間だけだろう。彼女は私の人生の侵略者だ。
 はぁあ、と溜息を吐く。なんでか光も一緒になって、はぁあ、と溜息を吐く。辛気臭い。せっかく、光と二人きりなのに。
「無事かな、桜」
 映画館さえないこの田舎では、近所の暇人が集まるお花見は一大イベントだった。街の大きな公園まで車で連れて行ってもらえるのだ。
特に月子のせいで制限されることの多い私にとっては重大だ。友達から聞く、家族で流れ星を見ただとか、夏休みに海へ旅行しただとかい
ったお土産話に、一体何度憧れたことか。
 田畑しかないここは病人には良い環境なんだろうけれど、遊びたい盛りの私には苦痛をもたらすものでしかなかった。せめて市街地に出
られればと思うが、自転車でも一時間以上掛かってしまう。バスや電車などといった気の利いた乗り物を使うには、小遣いが少なすぎる。
 別に大きな洋館で王女様みたいな生活をしたいなんて、そんな夢を抱いているわけではないのだ。猫のペットが欲しいけれど我慢してい
る。家計に遠慮して、誕生日プレゼントすら我慢したこともある。でも、ただ、ちょっとだけでもいいから、自由に遊びたいと思うのだ。
「今日は付き合ってくれてありがと、病院」
「ん? ああ……いや、俺も気になってたし、な」
 私の目的は買い物だった。街中にある病院の傍には、楽しい店が沢山ある。どうせなら、月子は病院にずっと入院していればいいのに。
そう言ったらお母さんは、都会は空気が悪いとかなんとかと火でも点いたかのように喚いたけれど、体調を崩すたびに往復するのだってき

165 :No.31 姉妹(お題:画像お題) 2/5 ◇dx10HbTEQg:08/03/03 00:46:53 ID:gz2gM+N8
っと体に悪い。車の中に病気の月子を押し込む姿を見るたびに、そう思う。
 そんな下心たっぷりの私と違い、光は純粋に月子を心配しているらしい。馬鹿みたいに優しいんだからなあ、もう。
 なんとなくむしゃくしゃして、買った服を抱きかかえた。もう月子のことを考えるのは嫌だ。月子のことを考えてる光を見るのはもっと嫌だ。
「帰る。雨、止みそうにないし」
「え、濡れるよ? もう少し治まってからでもいいんじゃ」
 欲求不満を振り切るようにして、雨の中を走り抜ける。少し遅れて彼が追いかけてくる気配がした。本当に、何でこんなに優しいかなあ。

 暗闇の中手探りで蛍光灯の紐を探す。お母さんは病院に泊まるだろうし、お父さんは治療費捻出のため都会で仕事をしているから、今
日は私一人だ。気楽でいいや。
 びしょ濡れになった服を脱ぎすて、今日買った服と一緒に洗濯機へ放り込み、マックのチーズバーガーを取り出す。濡れたかと思ったけ
れど、無事だった。よかった。こんなド田舎にマックを建ててくれる酔狂な人はいないから、めったに食べられないのだ。
 テレビの四角い画面から、犯罪で懲戒免職された誰やらをマスコミが追及したり、過去の英雄が使ったとかいう日本刀の発見を興奮気
味に伝える様子が流れてくる。まあ、私には、関係のない話だ。
 冷蔵庫の扉を開いて、牛乳を取り出す。三分間温めたそれに蜂蜜を入れれば完成だ。ああ、落ち着く。苛々した時はやっぱり甘いもの
が良い。ホットミルク片手に、畳の上をもそもそと這う蜘蛛をぼんやり見つめていると、電話が鳴った。
「もしもし、光だけど。花見、明日に決定だってさ」
「えええ? 急じゃない? てか桜落ちちゃってない?」
「だからきっと空いてるだろうって噂が。ってことで明日昼ごろ迎えに行くけど大丈夫か?」
 それは、花見の意味があるんだろうか。大人たちは酒飲んで騒げればそれでいいんだろうけれど。
 月子が帰ってくるのが多分午前中だから……うん、大丈夫。
「あ、あと制服で来いってさ、高校の」
「ええ? 汚れるじゃん」
「見たいんだって。おっさんたちが女子高生をご要望です」
 壁にかかった、真新しい制服を見遣る。アルコール依存症のおっさん達が、大人しくしてくれていればいいのだけれど。
 眉をひそめながら、それでも私は頷いた。車に乗せていってもらえるのだから、ちょっとくらいのサービスはいいよね。
「分かった、じゃあ、明日」
 電話を切って、残ったホットミルクを飲み込む。冷めていて、不味かった。

 ――朝。早起きしすぎてしまった。私は遠足前の小学生かよと少しうんざりしながら、月子達の帰りを待つ。律儀に待つ義理なんてない
気もしたけれど、お母さんが機嫌悪かったら面倒なことになるかもしれない。光の迎えのほうが早かったらどうしようかなあ。

166 :No.31 姉妹(お題:画像お題) 3/5 ◇dx10HbTEQg:08/03/03 00:47:08 ID:gz2gM+N8
 もう一度眠ると起きれなくなりそうだったから、とりあえずテレビを付ける。……最近の仮面ライダーは進化してるなあ。崖っぷちでの人
間と非人間の戦闘シーンに思わず見入っていると、チャイムが鳴った。
「おはよ、起きてた? っておお、仮面ライダー見てるんだ。カメラワークがすごいよな」
「カメラ? 何それ、知らないっての。いつもだったら寝てたし。ってか早すぎない?」
「うん。月ちゃんたちが帰ってきたら、親父に電話するから。そしたら花見に出発」
 訪問者は光だった。月子の帰宅時間が分からないことに気づいて、予定を変更したらしい。
 そんなの電話で連絡してくれればよかったのに。馬鹿だなあと思いつつ、孤独から解放されてちょっとだけ嬉しくなる。普段は月子ばっ
かり構われているから、この程度の待遇でもVIPになれた気分になれるのだ。
 みかんを二人で齧りながら、他愛もない話で時間を潰す。テレビくらいしかない我が家では、暇つぶしに良いアイテムなんて何もない。
「いつも何してんの? 小説とか、月ちゃんは好きみたいだけど」
「……私小説嫌いだもん。映画のほうが好き」
 映画館になんて、行けないけれど。八つ当たりするかのように果実に齧り付くと、酸っぱい果汁が口に広がった。嫌だなあもう、色々と。
 そんなことをしていると、いつの間にか昼近くなっていた。やばい、そろそろだ。
「あっちの部屋で着替えるね。覗いちゃだめだよ! 立ち入り禁止だからね」
 ジャケットの袖に腕を通していると、電話の音が鳴った。代わりに出ようかと問う光の声に、襖を開く。もう見られてまずい姿ではない。
「もしもし、ってあれ、お母さん?」
「ああ、絵美? 月子の調子がおかしくなったから検査するのよ。すぐに着替えと、月子の薬を持ってきなさい。じゃ」
「あ、ちょっと、おかあさ――」
 突然の電話は突然に切れた。お母さんは、私の言うことなんて聞く気すらないらしい。……今日、お花見、なのに。楽しみにしてたのに。
 月子の馬鹿! 殺せそうなほどの勢いで私は月子に邪念を送る。月子の馬鹿、馬鹿!
「……病院、来いってさ。すぐに。月子の入院延長って」
 心配げに私の顔を伺う光に、ぶすっと告げる。花見は中止だ。
「俺も付き合うから、一緒に行こう、病院」
 光が、私の肩を叩いた。優しすぎるそれに、ちょっとだけ涙が出そうになった。

 花見の不参加を謝罪しつつ連絡すると、好意で光のお父さんが病院まで送ってくれた。近くのマックも服屋も何もかもが苛立たしい。爆
破でもして全部消失してしまえ。魔法が使えたら、こんな病院なんて一発ドカンなのに。……空想するだけ虚しくなった。
 受付で聞いた部屋に行くと、昨日よりぐったりした月子が、顔色を青くしたお母さんに付き添われて寝ていた。五百円玉のばい菌が月子
の体で大暴れしたらしい。つまりあんたの所為よと言わんばかりにお母さんが眉を吊り上げるけど、どうでもよかった。
 はぁあ、とため息をついて、お母さんは私を見限り、居心地の悪そうにしている光に疲れ果てた顔で笑いかける。

167 :No.31 姉妹(お題:画像お題) 4/5 ◇dx10HbTEQg:08/03/03 00:47:23 ID:gz2gM+N8
「ごめんなさいねえ、わざわざ。お花見だったんでしょう?」
「いえ、あの、俺よりも絵美さんの方が楽しみにしていたんですよ?」
「いいのよ絵美はお姉ちゃんなんだから。嬉しいわ、光君のようなしっかりさんが月子の恋人で」
 は、と私の息が止まった。お姉ちゃんなんだから良いとかなんとかいう前半部分にも文句はあったけれど、後半は、え、え?
 びっくりしすぎて光を見ると、困ったように苦笑していた。それに対する月子は、顔を真っ赤にして……なにそれ!
「え、嘘、二人って、付き合ってたの?」
 自分でも驚くくらいに呆然とした声が出た。そんな私に、お母さんは不思議そうに首をかしげる。知らないのは私だけだったのか! 私
の知らないところで月子はライバルになっていて、しかも私はとっくに敗北していたのか!
「ごめん、秘密にしてたわけじゃないんだけど……ていうか、その、もう――」
「お、お母さん!」光の言葉を遮って、月子が掠れた声で叫んだ。「喉、かわいた」
 お母さんが慌てて立ち上がり、外へ出て行く。月子に小さく呼ばれた光も、はっと顔を上げて何故か「俺も」と逃げるように付いていく。
 病室に残されたのは、衝撃に固まる私と、弱々しく横たわる月子。
「ごめん、ごめんね、お姉ちゃん。ごめん」
 謝罪する月子に、私は我に返った。ごめん? なにそれ? 勝手に五百円を舐めて、お花見を台無しにして、光まで! いったいこの子
はどれだけ私から奪えば気が済むのか! ぎっと睨み付けると、月子は泣きそうに顔をゆがめる。泣きたいのは、私だ!
「私がね、無理言ったの。お姉ちゃんと光君が仲良しで羨ましかったの。だから、初恋で、ずっとずっと好きでしたって。死ぬまででいいから、
付き合ってくださいって」
「死ぬまで、って、そんなの、そんな言い方したら、断れないじゃん!」
「ごめんなさい、分かってたの。でも好きだったの。分かってたのに、お姉ちゃんが光君のこと好きなのも、光君が」
「もう知らない!」
 そう叫んで、私は病室を飛び出した。
 廊下を駆ける私に看護婦さんが何か言っているけれど、耳には入らない。なんで、なんで? ふと捉まれた腕を、力いっぱい振り払う。その
勢いで相手の顔を思い切り殴ってしまい、さすがにやばいと思って顔を見ると……光だった。公衆電話を握るお母さんが奇妙な顔でこちら
を見ている。どこに電話だろうか。お父さんに連絡でもしているのかもしれない。
「その。ごめん」光が申し訳なさそうに囁く。「俺が、悪かったんだ」
 ぶちん、と私の中の何かが切れた。秘密にされていたことにも、今謝罪されることにも、裏切られたような心地がした。
「何が悪いのよ。月子が好きで、付き合ってるんでしょ? 悪いことなんてないじゃない。馬鹿じゃないの」
「そうじゃなくて……」
 沈うつそうに俯いて、いい訳じみた声を発する光に苛々する。月子も光も、二人して謝ってばっかり!
「月ちゃんも心配で、絵美も気になって……はっきりしない俺が悪かったんだ」

168 :No.31 姉妹(お題:画像お題) 5/5 ◇dx10HbTEQg:08/03/03 00:47:37 ID:gz2gM+N8
「だから、何よ」
「……振られた、月ちゃんに。ちょっと前」
 は? 思わず目をぱちくりさせると、私に殴られた頬を摩りながら、光は続ける。
「だからその……うん、ごめん。可哀想だから付き合う、ってのは、違ったんだってこと」
「……意味わかんない」
「うん、ごめん。……あのさ、仲直り、してくれないかな。悪いのは俺だからさ」
「誰と」
「月ちゃんと喧嘩、したんだろ。やっぱ」
 はぁあ、と私はため息をついた。なんか、色々、よくわかんない。よくわかんないけど、私はもしかして一人で空回りしてたのだろうか?
 展開が唐突過ぎて、混乱した頭が熱い。でもまあ、とりあえず。私がすべきことは一つのようだ。
 ――たまに消えてほしいとは思うけれど、私は別に月子を嫌ってはいないのだ、結局。
 光の持ったペットボトルの水を奪って、もう一度私ははぁあ、と息を吐いた。
「これ、月子に渡すから。私の分も買ってきて。レモンティー」
 それでもむしゃくしゃした気分は収まらなかったから、もう一度光は殴っておいた。

 病室の扉を開くと、不安げな月子と目があった。さっきよりも更に顔色が悪くなっている。
「あの、お姉ちゃん」
「……許さないんだからね」
「ご、ごめんなさい」
「あんたの所為で、花見、行けなくなったんだから」
「うん、ごめんなさい」
 映画にも行けない。欲しいものも満足に買えない。光は……もうどうでもいいや、今のところ。
 謝罪しっぱなしの月子のつむじを見つめながら、「だから」と私は続ける。
 絶対にお母さんは怒るだろう。でも、そんなん知るもんか。桜は汚く散っているだろうけれど、私たちにはきっとそれくらいがちょうど良い。
「そしたら、花見行くよ」
 え、と目を瞬かせる月子に、私はやっぱりぶすっとして、付け足した。
「一緒に」


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