【 硬貨握って愛する家族 】
◆/7C0zzoEsE




158 :No.30 硬貨握って愛する家族 (お題:500円玉) 1/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/03 00:18:36 ID:BEhazc/D
 あまりの寒さに目が覚めた。鼻水がだらしなく垂れている。
身を起こすと、口の中のネバネバと首が痛む朝特有の不快感を感じる。
 うんと伸びをして辺りを見回すと、清閑な住宅街に囲まれた公園の隅。そして、ベンチの上。
――ああ、家出をしたという実感が湧いてくる。
 公園の中をぶらぶらと、別段意味の無い行動が心地よい。
よっとブランコに腰掛けて、ゆっくりと振れだす。風が顔にあたって、やっぱり寒さで震えるけれど。
ちょっとずつ、速度を上げていく。顔に風が当たる。
前に前に、後ろに後ろに。心臓が浮く様なヒヤッとする感覚を何度も試して。
 眠気なんて何処かへ吹っ飛んでしまった。
 最後に、ぴょんっとブランコから飛び降りる。
さて、今日はどこへ行こうか。ブラウンのコート、外ポケットに手を突っ込むと、
ニッケル硬貨の丸みを感じる。まぁるい重み。僕の全財産。
 きっと金色に輝くそれは、どこまでも僕を連れて行ってくれるだろう。

 思いたったのは二日前のこと。僕はあまりに窮屈だったから弾き出た。
外の空気が余りに冷たくて、そして新鮮だったから。家よりずっと居やすいから。
 お気に入りのコートを掴んで、そのまま歩き出した。
コートには、飴玉二個と五百円玉が丁寧に収まっていて。
 そうだ、無一文になって倒れるまで、何処までいけるか歩いてみよう。
学校も部活も家族も、面倒なことは全部忘れてしまって、
ゆっくり流れる一日を感じながら過ごしたかった。一人になりたかった。
旅の友は硬貨一枚で十分すぎるほどだった。

 そしてきゅるるとお腹が鳴った。あまりに情けなくひ弱な音だった。
一昨日から何も口にしていない、飴玉を除いて。
 今は何処を歩いているだろう。見慣れない商店街の真ん中を進む。
両脇から、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる、が。

159 :No.30 硬貨握って愛する家族 (お題:500円玉) 2/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/03 00:18:53 ID:BEhazc/D
 食欲で散財し、帰宅になるのは勘弁だった。だったが、今川焼きの巧みな罠に為す術は無かった。
一瞬、カスタードの香ばしい香りに視線を奪われて、横を向いたが最後。
 店主と目が合うと、彼はにっこり微笑んで今川焼きを両手のヘラで操っている。
ふらふら、と足は言うことを聞かずに店に向かって方向転換し、
僕は右ポケットの友達を店主に渡してしまった。残りは四百、硬貨は増えた。
 両手で愛おしく今川焼きを持ちなおし、喉鳴らし口元へゆっくり運ぶ……その途中足元に何かがまとわりついてきた。
 くぅーんと、これまた愛らしく。ボロ雑巾のように汚らしいそれは、いつまでも傍から離れようとしない。
「お前、何だ。腹が減っているのか?」
 返事とばかりにくぅーんとこれまた消え入りそうな声で訴える。
俺も減ってるんだよ。ぺこぺこなんだよ。そんな事はおかまいもなく、遠慮もなく。
「分かった! 分かったよ……」
 持っていた今川焼きを半分手渡してやると。尻尾をふりふり、
自分の顔いっぱいほどもあるというのに、かぷっと口にくわえた。くわえたまま歩き出した。
 なんだ食べないのか、と気分が害されたが。どうするのか気になって後をついていくことにした。
僕がその犬の三歩後ろを歩いていると、時々そいつはこっちを振り向く。
 振り向いては眉間に皺を寄せて、目を細めて。実に人間臭く困った顔をしている。
あまりに可笑しいので噴出しそうになるけど。とにかく見失わないようについていった。
 街の賑わいからちょっとずつ離れていって、芦葦の茂りあう陰気な場所にたどり着いた。
すると何処からともかく、まだ小さく可愛らしい子犬たちが何匹か寄ってくるでは無いか。
 そのうちの一匹か、僕を見つけてキャンキャン威嚇してくる。
父親はそれを制するように、口にくわえていた今川焼きをボトッと落とす。
 子犬たちは一気にそれに群がって、そしてあっという間に平らげてしまった。
食べ終わると、彼らの母犬らしきそばへ走っていく。
 父犬は黙ってそれを眺め、そしてまた何処かへ歩き出す。
子供達のために何か探しに旅に出るのだろうか。胸がつまった。
 だから、僕は。思わず、手に持っていた今川焼きを。その場に落としてしまった。
ボトッと、僕も今川焼きを落とす。何匹かが、こっちに集中する。
 お腹がきゅるると、情けなかったのも構わず。僕はその場から颯爽と去った。

160 :No.30 硬貨握って愛する家族 (お題:500円玉) 3/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/03 00:19:10 ID:BEhazc/D
 空腹に耐えながら歩く。どこまでも歩く。どこに向かって歩く?
右ポケットには百円玉硬貨が四枚。五百円の旅で一体何が出来るのだろうか。
 歩道の真ん中で小さな子供の兄妹が泣きじゃくっていた。
妹は両手を目にあてて、ワンワン泣き叫ぶ。それを慰めながらも、兄は鼻を啜っていた。
「どうしたの?」
 腰を屈めて尋ねると、女の子の方は何か伝えようとする。しかし、嗚咽で聞き取れなかった。
男の子の方が、改めて言い直す。
「お父さんが……帰って…こないから……」
 今度はしっかりと聞き取れた。しかし、どう反応していいものか分からない。
父親なんて、得てして期待してはいけない生き物だ。
なんて、彼らには何の慰めにもならないだろうし、言うべきでないことも分かっている。
 何とか、泣いている彼らを慰めてやりたかった。そんな時に街の小さなゲームセンターが目の端に入った。
「あー。うん、ちょっとおいで」
 彼らをちょいちょい、と引っ張っていって。店先のUFOキャッチャーの前に立たせる。
「何が欲しい? お兄ちゃんが取ってみせよう」
 駄目かな、と思った。ぬいぐるみなんて貰っても気は紛れないだろう。
そう思っていたにも関わらず、以外にも彼らは関心をしめした。
「本当に!?」
「何でもとってくれるの?」
 僕は、「お、おうよ」と頼りなく応えた。ポケットの中の四百円を握り締めて。
「あぁ、駄目だ」
 子供達二人は真剣そのもの、と言った表情で見つめている。
ぬいぐるみは、引っかかって今にも落ちそうになるのに。そう簡単に取らせてはくれなかった。
残った硬貨はあと二枚。買ってあげたほうが確実だったかもしれない。
 そのうちの一枚を、今度こそはと機会に投与した時女の子が呟いた。
「これが良いの……お父さんが最初に買ってくれたのと一緒だから……」
 それを聞いて胸が痛くなってくる。

161 :No.30 硬貨握って愛する家族 (お題:500円玉) 4/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/03 00:19:28 ID:BEhazc/D
「……僕のね」
 僕は、ボタンを押しながら彼らに話し始める。こんな小さな子達に。
「僕のお父さんは死んじゃったんだ」
 クレーンがゆっくりと動いている。子供達は、クレーンよりも僕の話に意識を向けた。
「交通事故であまりに呆気なく、ね。最後に見たのはいつものように僕を叱り付けて、家を出て行ったあの日」
 ここしか考えられない、と思ったポイントへクレーンを持っていき。そして落とす。
子供達はぽかぁんと口を開けていた。
「嘘つきなんだよね。きっと一緒に遊園地連れて行ってやるって言ったくせにさ……。
だから信じちゃ駄目なんだよ……。結局、親父なんて信用しちゃ駄目なんだ……」
 子供達はやっぱり、ぽかぁんとしていて。僕は苦笑いした。
「ごめん、ちょっと難しかったかな。だけど君達も元気出して――」
「あ!!」
 女の子が僕の言葉を遮る。いつのまにか彼女の視線はUFOキャッチャーに注がれていた。
クレーンに引っかかって、ぼすんと落ちた、それに。
「すごい、すごぉい! 本当に取ってくれた! すごい!」
「うわぁ、すげぇ! お兄ちゃん、ありがとう!」
 きゃいきゃい、二人ははしゃいでいる。現金だなぁって、僕も微笑んだ。すると向こうから、
「めぐ! 渉!」
 人一倍たくましい体つきをした男が、こっちに向かって走ってくる。
「パパ!」
 二人の声が重なった。そして二人の姿は男の腕の中に包まれて、覆いかぶさられ、見えなくなった。
「こんなところにいたのか! 心配したぞ、お前ら」
「パパ、パパ……どこにいたの、パパ」
 二人は、ぬいぐるみを持ったまま、また泣きじゃくっている
「ばあたれ、仕事でまた数日帰らん言うとったやろうが!」
「勝手にどっか行かないで。置いてかないでパパ」
 さっきまで必死に耐えていた男の子も、もうグシャグシャだ。
「ばあたれ、お前ら置いてどこへ行くかい! そんなん、どこへも行きたないわい……」
 子供達はわんわん泣いて、親父さんの目にも大粒の涙が溜まっているのが見えた。

162 :No.30 硬貨握って愛する家族 (お題:500円玉) 5/5 ◇/7C0zzoEsE:08/03/03 00:19:45 ID:BEhazc/D
「あんま親を心配させるなや。いつでも想っとんやぞ!」
 そして彼の言葉がいちいち、胸に突き刺さった。
 ある程度落ち着いてから、三人からあらためて礼を言われる。 
特に親父さんが、何度も何度も頭を下げるのを制するのが大変だった。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
 三人は手を繋いで、ゆっくり歩いて去っていく。
兄妹は、見えなくなるまでしきりに後ろを向いて手を振ってくれた。
 さて、ポケットに手を突っ込むと硬貨が一枚。振り出しに戻った。戻った? いや……。
「振り出しに戻る、か」

◆◆◆
「ただいまぁ……お腹空いた」
 家のドアを開けると、母が持っていた皿を落として割った。
わなわな、と震えているので。どうしたの? とわざとらしく尋ねた。
 彼女はこっちにズンズン近づいてきて、思いっきり僕の右頬を張った。皿の割れた音よりも大きい音が響いた。
「馬鹿ね、義父さんに叱られたからって、家出するなんて。どれだけ子供よ」
「別に叱られたのが嫌じゃないんだよ……? ただ、二人に赤ちゃんが出来て。俺だけ他人みたいで、それで――」
 そして、また、パァン。叩かれた頬が赤くなる。「他人なわけ、ないでしょ!」
 彼女は、嗚咽交じりに甲高い声で叱る。
「どれだけ心配したと思うの? 学校にも、警察にも連絡して……。義父さん、心配で寝込んだのよ!?」
「心配して――心配して、寝込んだ?」
「そうよ! 二階にいるから謝ってきなさい!」
 そっか。義父さんは、父さんなんだ。……父さんなんだ。
僕はにやけて仕方無い口元を自分で叩いて。階段をとんとんと上がっていく。
 叩かれに行こう。怒ってもらいたい。そして抱きしめて欲しい。本当は愛してほしい。
前の親父にも、今のお袋にも。今の親父にも。二人の赤ちゃんにも。本当は誰からも、愛して欲しかった。
 僕は百円で購入した、一輪のバーベナを背中に隠して。部屋に入っていく。
コートのポケットには、もう何も入っていなかった。
                                <了>



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