【 顔 】
◆O7wn/0JUgo




155 :No.29 顔 (お題:絵) 1/2 ◇O7wn/0JUgo:08/03/03 00:02:41 ID:BEhazc/D
公園で吉住を見かけた。犬の形をしたベンチに座って地面を見ている。話しかけようか迷っているとふと顔をあげた吉住と目が合った。
「吉住…だよね?」
「ああ…濱本さん」
吉住とは語学の授業が一緒だった。といっても話したことは2、3度しかない。私は毎回友達と固まって席に座るのだが、吉住は常に角の席に一人で座っていた。
「何してんの?」
そのまま帰ってもよかったのだが、帰っても何もすることはなかったし、単純にこんな所で物静かなクラスメイトが何をしてたのか気になった。
「いや、別に」
「休憩中?これからどっか行くの?」
吉住はあまりうれしそうじゃなかったが、私はその隣に腰かけてしまった。ピンクのダックスフンド型のベンチはぎりぎり大人二人がかけれる大きさだった。
吉住はふっと笑って言った。
「絵、描いてたんだよ。」
「絵?」
見ると、吉住は傍らに小さめのボードと鉛筆を持っていた。
大学のクラスなんて、自分と違う雰囲気を持つ人間と話すことは滅多にない。
うちのクラスは4月のコンパもなかったから吉住となんか一回も話したことなくてもおかしくない。
思えば、最初に話したきっかけは漫画だった。私の大好きな漫画家の本を吉住が授業前に読んでいたのだ。
友達の誰もその漫画家のことを知らなかったから、吉住に嬉々として話しかけたのが最初だ。ボードに貼りついた紙の角に漫画のようにデフォルメされたキャラクターが描かれてあるのを見て、私はそれを思い出した。
「星川みずお新刊出ないのかなぁ?」
「今はコラム連載してるだけだと思うよ。単行本出すのは当分先かな。」
          

156 :No.29 顔 (お題:絵) 2/2 ◇O7wn/0JUgo:08/03/03 00:03:02 ID:BEhazc/D
「漫画とか描いたりするの?」
紙に描かれたキャラクターは本物の漫画家が描いたみたいだった。
「ううん、いつもは風景、模写ばっかしてる。」
と言って、吉住は今までの作品を渡してくれた。上手かった。鉛筆で描かれているのだが木々の緑や遊具の色褪せ具合まで浮かびあがってくるようだった。しかしなにか奥行の感じられない絵だった。影をかきこんでいないからだろうか。
「上手いねー!でもこの公園そんなに書くものないでしょ」
事実、何十枚もの風景画はどれも同じような対象をとらえた絵に仕上がっていた。
「風景画が書きたいなら他の所で描けばいいのに」
「ここにいるのは絵を書くためじゃないんだ。」
「じゃあこんな何もない公園で何してるの?」
「人を待ってるんだ。」
意外な答えが返ってきた。大学でも一人でいる所しか見ない吉住に待ち人がいるという。
「この公園で女の子の似顔絵を描いたんだ。」
「へー、可愛いかったの?」
ニヤニヤしながら聞くと吉住はまたふっと笑った。
「似顔絵描く時普通の人と比べて違ってる部分はないかって探すんだ。それを強調するために。安達さんだったら目が人より大きいし顎のラインはやわらかい方だ。」
「そうやっていつも似顔絵描くんだけどその子は描けなかったんだ。」
「ふーん、特徴のない顔ってことね。」
「あんな顔見たことない。しかも顔の左右が全くの対象なんだ。」
私は吉住の組んでいる両手に力が入っていくのを見た。
「そんな人どこにでもいるんじゃないの?」
「ほくろの位置まで一緒なんだよ。」

その日はその後少しだけ話してそのまま帰った。吉住の下の名前も初めて知った。
「吉住夏生、夏生と書いてナツオ」
ぶつぶつ言いながら帰った。一度つぶやく度に吉住の顔がぼやけていって、変な感覚だった。
な感覚だった。



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