【 アドベンチャー号 】
◆ptNT0a7knc




120 :No.23 アドベンチャー号 (お題:嘘) 1/5 ◇ptNT0a7knc:08/03/02 23:25:13 ID:sDUpDDm2
 『宇宙船アドベンチャー号で地球を離れ、今日で4年と349日。
正直この日記がいつまで書けるか分からない。
そう思いながら過去の日記を見れば2年前にも同じ事を書いている。
このままいけたならきっと2年後も同じ事を書いていることだろう。
我ながら代わり映えのないことだ。
だがそれは無理だと確信している。
 前振りが長くなったがついに水浄化装置が壊れ始めやがった。
知っていると思うが完全にろ過される宇宙船の水は地球のどんな水より綺麗だ。
その水に僅かながら臭いを感じた。
そしておよそ7時間前、確認に行くと水浄化装置から出る水に不純物が確認できた。
まったく、こいつを積みこませた業者は15年以上持つと言っていたようだがとんだ代物を掴まされたもんだ。
まだ半分もいってない、それとも外見だけは15年以上持つという意味だったのか?
どちらにしろ生きて帰れたらこいつらには1発ぶん殴らせてもらおう、それと許可した上の奴らもな。
しかしこの宇宙船アドベンチャー号はどこに向かっているのだろう?
地獄の底に向かっているのならばさっさと着いてもらいたいものだ、もっとも天国にしてもだが。
ま、どんな結果であれ、早く終わってもらいたいものだ』
「こんな所か」
 就寝前の日記を書き終えイスから立ち上がる。
窓に移る頭髪は白髪が前よりも増えている。
まだ20代だというのに、頭髪だけは40代だ。
しかしそれも仕方がないことだ。
広すぎる宇宙をデカイ宇宙船でたった1人で探索しているのだから。
もっとも初めから1人だったわけじゃない。
地球を出たときは私を含め64人もいた。
 新型の宇宙船に乗り、未知の宙域タウ・ゾーンの探索、それが与えられた使命。
予想以上の大プロジェクトだ、何せ宇宙局だけでなく科学省や技術省まで総出だったのだから。
そのタウ・ゾーンまではワープ航法を使っても2年はかかる。
その場所は何があるか分からない、危険すぎる旅だ。
もっとも皆そんなことは気にも止めなかった。
逆に名誉あるミッションに参加できると喚起したものだ、歴史に名を刻めると。

121 :No.23 アドベンチャー号 (お題:嘘) 2/5 ◇ptNT0a7knc:08/03/02 23:25:34 ID:sDUpDDm2
だが、その危険性が分かって辞退した者も何人かいた。
それらを腰抜けと私達はあざ笑ったが、今思えば彼らの選択が正解だった。
そして宇宙に飛んだ我々の結果がこれだ。
 1年でワープ航法のための宇宙歪曲装置の故障、修理時の爆発により技師と装置の損失。
それから半年後、謎のウィルスにより船員のほとんどが徐々に死んだ。
助かったのは死体から搾取したウィルスを解析しワクチンを作るまで感染しなかった5名。
しかし私以外の4名は救援も来ず暗く寒い宇宙空間をさ迷う自分達の未来に悲観し、私を残し自害した。
地球を出て2年目で私は1人になった。
「今思えば、あの時いっしょに死ねば楽だったか? いや違う、それは逃げるだけだ。そんな腰抜けに私はならない」
 ぱんぱんと顔を叩きぼやけた頭を覚ます。
頭がはっきりしないからそんなつまらない事を考えるのだと自分に言い聞かす。
臭いのついた水を飲み干してブリッジに向かう。
 船内の廊下は地球を出た時と変わらない。
まるで船内だけは時間が止まっているようだ。
少し寄り道して仲間の死体安置所を見れば、死体パックの中の顔はそのまま、生前とさして変わらない。
その止まっている中を自分だけが歳を取っていく。
これは私だけが生きている証なのだろう。
 ブリッジについてまずは地図をモニターに出す。
太陽からの場所、座標ともにUNKNOWNと出て、地図には時間だけが表示されている。
今日ぐらい変わると思ったがいつも通りだ。
半ば落胆し次の作業、観測データの確認をする。
モニターに映し出されるデータにも変化はない。
「うん?」
 いや、あった。
どうやら前方の方に重力場があるようだ。
レーダーを見てみるが、何も確認出来ず。
宇宙船の電子スコープで視認して見ようと試みるが何も見えない。
内心首を捻る。
 重力を持った小惑星程度の大きさならばレーダーにも引っかかる。

122 :No.23 アドベンチャー号 (お題:嘘) 3/5 ◇ptNT0a7knc:08/03/02 23:25:57 ID:sDUpDDm2
惑星の重力ならばその惑星を視認できるはずだし、その前に観測データにでるはずだ。
だがデータは前方のある一部のみに重力を確認、とだけでている。
これは惑星ではない、ではなにか? 少し考え答えが出た。
「ワームホールか、また面倒なのがいやがる」
 即座に地図にデータをインプットさせ座標を太陽ではなく宇宙船を起点にして地図上にださせる。
見れば現在の船速で6日後にこの重力に捕まる。
操舵室に走り込んでモニターを開き、マニュアルに切り替え舵を右に大きく回頭させる。
地図に未来予想を映し出させ航路を確認すれば、重力場を大きく避けた。
操舵をオートに切り替えて操舵室を出る。
 安堵のため息をついてゆっくりとブリッジに戻って艦長のイスにどかっと座る。
これでワームホールに飲み込まれることはないだろう。
別に突っ込んでもいいのだがどこに出るかわからない、最悪出られなくなることもある。
もっとも大抵は船体が耐え切れず、電子顕微鏡でも見られないほどに圧縮されるかも知れないが。
だがその心配も今の所はなくなった。
 安心したのか急に眠気がきた。
このままここで眠ってもいいがやはり寝る時くらいは自室がいい。
それにここで眠ると仲間と一緒にブリッジで働いているときの夢を見る。
見終えた後の喪失感が一人ぼっちの私には堪える。
重力場をコンピュータに監視させて自室に戻ればすぐに睡魔が襲ってきた。
浄化装置の故障が精神的にかなりの疲れを生んだのだろう。
そう自己分析してベッドに飛び込んで目を閉じればそのまま眠った。
 頭に走った衝撃とともに目が覚める。
打った頭を抑えて意識をめぐらせば自分の体に異変を感じた。
重力をまったく感じていない。
目を開けようにも点けっぱなしの部屋の明かりに目が眩む。
目が慣れる頃には頭の方も動き始める。
「なんだ、これは……」
 本やコンピュータ、机にイスにベッドまでが部屋の中に文字通り散乱している。
どうやらこの部屋の重力が消えているらしい。

123 :No.23 アドベンチャー号 (お題:嘘) 4/5 ◇ptNT0a7knc:08/03/02 23:26:14 ID:sDUpDDm2
「重力制御がイカれたか」
 遊泳して廊下に出れば廊下も重力がない。
壁をあちこちぶつかりながらブリッジへと進む。
ブリッジももちろん重力は消えていた。
何とか固定されたイスに辿り着き、離れないようにイスにしがみ付きながら船内状況を見る。
「くそったれめ」
 口から悪態がついて出る。
予想通り重力制御装置が死んでいる。
昨夜はなにも問題がなかったはずなのに。
「何でこの船は欠陥品だらけなんだ?」
 まさかこうも立て続けに壊れるとは何かの陰謀を感じる。
イスにしがみ付いていると振動を感じた。
振動……?
宇宙船内で振動というのはありえないことだ。
「まさか……」
 モニターに周辺状況を出せば、宇宙船が重力場に捕まってしまっている。
おそらくこの振動は重力場から宇宙船が無理に出ようとしているのだろう。
それにしても重力場がいつのまにこんなに大きくなったのだ。
「たった一夜でこんなに成長したのか? ん?」
 モニターの日付を見て驚いた、なんと2日過ぎている。
精神的に疲れていたせいか2日も眠っていたようだ。
おそらくその間に成長していったのだろう。
起きていればそれでも避けられたはずだが、今更どうしようもないワームホールに食われるのは確実だ。
 イスを蹴って艦長のイスに飛びつき艦長のコンピュータを起動させる。
起動したら即座にエンジンを切る。
もはやこうなってはエンジンだけの推力ではこの重力場からは出られない。
エンジンを無駄に使い燃え尽きさせるよりも運良くワームホールを抜けた時に役に立つ。
シートベルトでイスに身体を固定する。

124 :No.23 アドベンチャー号 (お題:嘘) 5/5 ◇ptNT0a7knc:08/03/02 23:26:33 ID:sDUpDDm2
「後は野となれ山となれだ。生き延びてやるぞ、ちくしょう!」
 船体が渦に吸い込まれるように船首ががくんと下がり、何もない空間を中心に回っていく。
途端に船体全体が揺す振られるように振動し始め、強い光がブリッジ全体に差し込んだ。
 どれだけの間、意識を失っていたのだろう。
気が付けばブリッジ内は何も変わっていなかった。
身体を動かそうにも力が入らない。
モニターを見れば何か青い星に宇宙船は向かっているようだ。
「船を、操作しないと……」
 だが身体がピクリとも動かずいうことを聞かない。
徐々に青い星が近づき、ついにはモニターいっぱいになった。
それが燃えるように赤くなる、恐らく大気圏に突入しているのだろう。
1分近くして白い何かを突き破り、青い何かに突っ込んだ。
「ほう、これか」
「ふむ、生存者は1か」
「これは以外ですね、当初の予想では全滅でしたから」
「一応こいつのデータも取っておくか」
 頭の上で誰かが何か喋っている。
「あの宙域に出現させたワームホールはどうやらこちらの5年近く先を行っているようだな」
「モルモットの書いた日記も役に立つものだ、よく生きていたと誉めてやるか」
「ワームホールの実験だけだったが思わぬ副産物のデータが取れるとは、これは医学省の奴に渡してやるか」
「やはり、人間も解明されてない部分も多いですね」
「まぁいい。さぁ、諸君。実験の成功を祝って今日は飲みに行くとしよう! ああ、それとこれは処分しておけ」
 人の気配が遠ざかっていく。
カツカツという音が近づいてきた。
腕になにか細い物が押し当てられる感じがする。
……意識が徐々に遠のいていった。



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