【 トラウマ 】
◆jPbhnUW.XI




109 :No.21 トラウマ (お題:依存症) 1/4 ◇jPbhnUW.XI:08/03/02 22:45:44 ID:sDUpDDm2
「あんた、人間じゃないね」
占い師が先輩にそう言い放った時、俺は思わず、はっ?という顔をしてしまった。

先輩はバイトの先輩で、さっき飲み屋で偶然出会った。そして一緒に飲み、話が弾んでいた時、俺はこの近くに
巷で噂になっている占い師がいることを思い出したのだ。
先輩にそのことを話したところ興味が湧いたらしく、じゃあ行ってみようということになった。
それで今先輩が占ってもらっているんだが……
「よくもまあこんなに……どこでどう間違ったらこんな人間になれるのかね」
「人間じゃないって、どういうことですか?」
先輩が黙っているので、俺は横から占い師に尋ねた。
「こいつに、聞いてみな」
占い師は先輩を指差し、吐き捨てるように言った。
「生憎あたしは人間相手に商売やってるもんでね、こいつは占わないよ。わかったらほらほら、行った行った。」
「ちょっと、真面目にやってくださいよ」
「うるさいね、商売の邪魔だよ。それにあたしはこいつの顔を一秒でも長く見たくないもんでね。
これ以上ここに居座るなら営業妨害で警察に訴えるよ」
なんという傲慢な占い師だろう。俺は腹の底が煮えくりかえるような怒りを感じた。
俺だって、こんなところにはもう一秒でも長く居たくない。
「いきましょう。とんだインチキ占い師だ。占われるだけ時間の無駄です」
だが、先輩は椅子から立とうとしない。さっきから、占い師の顔を凝視している。
「先輩、早く出ましょう。先輩だって、不快でしょう?」
俺がそういうと先輩は、目線の位置は変えずにゆっくり立ち上がった。
そして、笑顔で言った。
「覚えましたよ?」
「……なにをだい?」
占い師は先輩と目を合わせずに聞いた。
「ここの場所です。いやー、あなたはなかなか面白い人ですね。いつか絶対、占ってもらいますからね?」
そして、すたすたと歩き出す。
「ちょ、先輩、待ってくださいよ」
俺はその背中を追って、占い小屋から出た

110 :No.21 トラウマ (お題:依存症) 2/4 ◇jPbhnUW.XI:08/03/02 22:46:03 ID:sDUpDDm2
まさか先輩と終電を待つことになろうとは。バイト先ではろくに声を掛けられないのに、今夜は酒のせいか、随分と話せた。
「さっきの占い師、ひどかったっすね。先輩が人間じゃないなんて……自分だって妖怪みたいな顔してるくせに」
「あはは、洸くん、それは失礼だよ。それにあのおばあさん、多分本物だよ」
先輩は肩までかかる髪を、風にたなびかせながら言った。
「なんでそう思うんですか?」
あんな失礼なことを言うやつが本物なものか。だけど、先輩は人間ができてるなあ。ちっとも気分を害した様子がないもんな。
「それは内緒」
先輩は悪戯を思いついたような、子供じみた笑みを浮かべた。
うーむ、なんでこんな美人が俺のバイト先にいるんだろう。確かに美しさという点では、人間離れしてるかもしれない。
「さっき、あの占い師がいったこと、覚えてる?」
「えっと、だからそのことでしょう?先輩を人間じゃないって……」
「違う違う。だからさ、何で人間じゃないのか、私に聞いてみろっていってたじゃない」
そういえば、そんなこと言っていたような。
「でも、答えられるわけ無いでしょう?そんな質問に」
俺がそういうと、先輩は俺の目を見て、クスっと笑いながら言った。
「……答えられる、といったらどうする?」
俺は、背筋がぞくっとするのを感じた。恐怖からではない。先輩の笑みが、あまりに妖艶だったからだ。
「んー、じゃあ、かわいい後輩君に、ヒントをあげよう」
プオーン
その時、電車が向こうからやってくるのが見えた。
「初めては、15歳の時」
はじめて?15歳?
俺はその意味を頭の中で反芻する。
先輩の、初めて……
どう考えても、そういう意味にしか聞こえない。あー、俺のどエロ野郎。なんて想像してやがる。
「じゃね、洸くん」
先輩はニコリと微笑むと、電車のドアに吸い込まれていった。かわいいな畜生。
俺は鼻の下を伸ばしながら、ひらひらと手を振った。今のバイト先選んでほんと良かった。神様ありがとう。

しかしそれから、先輩はバイトに来なくなった。

111 :No.21 トラウマ (お題:依存症) 3/4 ◇jPbhnUW.XI:08/03/02 22:46:18 ID:sDUpDDm2
――数日後。
今日はいい天気だから洗濯物でも干すか。
一人暮らしの男の家は、大抵洗濯物が溜まっているものだ。俺とてその例外ではない。
洗濯機を回す。
数時間後、ピーっと洗濯機が止まる合図を聞き、俺は洗ったものをカゴにいれ、ベランダにでた。
おう、快晴快晴。日曜日はこうでなくちゃな。
俺は口笛を吹きながら、洗濯物を干しはじめた。何分経ったときだろう。不意に、下から声が聞こえた。
「洸くーん」
もしかしてこの声は……
下を見ると、予想通り先輩が立っていた。
え?なんで?先輩が俺んちに?というかなんで知ってんの?夢じゃないよな?
「遊びに来ちゃった。部屋、入れてもらえる?」
もちろんですよ先輩。このさい細かいことは気にしませんとも。
「わかりました、ドアの前で待っててくれますか?」
「うん」
先輩はアパートの入り口へ歩いていった。
俺は急いで部屋の片づけを始めた。うお、俺は一体何冊エロ本持ってんだよ、このエロガッパ。
と、自分をなじりつつ猛スピードでベッドの下に投げ入れていく。
その時。点けていたテレビのニュースに、違和感を覚えた。
俺は片付けるのを中断し、テレビを注視した。
「本日未明、お年寄りの切断された遺体が、都内○○で発見されました。
遺体は、頭部、腕部、脚部に切断されており、すべて別々の場所から発見された模様です。
殺害されたのは、都内で占い業を営んでいた○○○○さんで、犯人はまだ見つかっておらず、
周辺住民の不安もいまだ払拭できていません。なお、今後の捜査については……」
「洸君、開けてもらえる?」
ドアの向こうから、先輩の声が聞こえた。
俺の背中に、この前とは種類の違うものが広がった。何でだろう?
俺はその違和感の正体を考えつつ、ドアの鍵を開けた。

112 :No.21 トラウマ (お題:依存症) 4/4 ◇jPbhnUW.XI:08/03/02 22:46:38 ID:sDUpDDm2
私は短気ではない。
15の時も、別にかっとなって事に及んだんじゃない。そんなのはハイリスク過ぎる。
私は短気ではないが、慎重だった。
あの占い師がなぜそのことを感じ取ったのかはわからない。東京で長年生きてきて、色々な人間を見てきたためだろうか。
まあ、今となってはどうでもいいが。
「次の曲がり角を右、と」
私は前に店長に聞いた、後輩の住所が書かれている紙を見ながら呟いた。
あの後輩に別になんら恨みはないが、私は慎重だった。あの晩のことを知っている人間は彼だけだ。

なんていうのは建前で。
本当は、この行為にどこか愉悦を覚えているのかもしれない。
私は異常者だろうか。あとで洸君に聞いてみよう。
「ここ、かな」
住所に書かれているのはここのはずだけど。
あ、あれは洸君かな?
久しぶりに見た後輩は、機嫌がよさそうだった。口笛なんて吹いている。今日が晴れだからだろうか。
だとしたら、結構単純なのね、きみ。
まだ向こうは私に気づいていない。どうしようか。やめようか。
やめるきなんてないくせに。
頭の中で、私が呟く。
私は彼の名前を、それからきっかり1分後に呼んだ。             おわり.



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