【 俺とミケの話 】
◆LBPyCcG946




99 :No.19 俺とミケの話(お題:猫) 1/5 ◇LBPyCcG946:08/03/02 22:38:19 ID:sDUpDDm2
 もう3月だと言うのに、やけに寒い日の事だった。1LDK、1人暮らしの部屋で、まだ仕舞
ってなかったコタツに身を委ねていると、窓ごしに小さな影を見つけた。
 気になって窓を開けるてみる。すると、室外機の上で猫が丸くなって震えていた。
「寒いな」俺は空を見上げて言う「こう寒いと、雪でも降って来るんじゃないか」
 猫がこちらを見る。そして俺の目を見据えてはっきりとこう言った。
「そんな訳無いでしょ、3月よ」
 その台詞を言い終わるとほぼ同時に、空からフワリと粉雪が落ちてきた。猫がそっぽを向く。
「中、入るか?」
「やだ」
 即答だった。
「コタツあるぞ」
「……やだ」
「ミカンもある」
「……」
 猫が大きな2つの目で俺を見つめている。心なしか、その表情は少し悔しそうだった。コタツ
に体全体を埋めて、頭だけを出している猫。ミカンの皮を剥いてやり、スジもきちんと取ってか
ら口に入れてやる。
「雪が止んだら」口をモゴモゴとさせ、発音は悪い「すぐ出てくからね」
「ああ、わかった。……ところでお前、名前何て言うんだ?」
 気づくと猫は眠っていた。食べかけのミカンが口からはみ出してる。涎までたらして。
 次の日の朝、猫を起こさないように静かに着替え、鞄を持って家を出ようとした時、後ろから
声がした。
「あたしの名前はミケよ。まあ、覚えなくてもいいけど」
 起きてたのか、それとも猫らしい気まぐれか。とにかく、とことん素直じゃない猫らしい。
「随分とありきたりな名前なんだな」
「うるさいわね、早く行きなさい」
「言われなくても、だ。いってきます」と、答え家を出た。
 その日の夕方、会社から帰ると、まだミケは俺の家のコタツに収納されていた。
「まだいたのか」
 思わずそう呟くとミケはそっぽを向いて、「暇だからよ」

100 :No.19 俺とミケの話(お題:猫) 2/5 ◇LBPyCcG946:08/03/02 22:38:35 ID:sDUpDDm2
 6月に入ってからは、随分と暑くなった。が、ミケは相変わらず俺の部屋に居座っている。と
いうよりむしろ、部屋の半分以上を占拠し、今や俺の部屋はミケの植民地と化している。
「この食事は何よ」
 案の定、50円安い猫缶に変えた事がすぐにバレてしまった。
「居候のくせに生意気な」
 ここはあくまで俺のテリトリーである、と主張するその言葉に、ミケはカチンと来たようだ。
「もういいわ、自分の食事くらい自分で調達できるもの」
 そう言い残し、ミケは俺の家を出て行った。
 ミケが帰ってきたのはその日の夕方、犬のおまわりさんに連れられてだった。玄関でのミケは、
決して俺と目を合わせようとはせず、不機嫌そうに地面を見つめているだけだった。
「こいつ、何かやらかしましたか?」
 俺は犬のおまわりさんに問いかけた。
「いえいえ、ただ隣町で迷子になっていただけです。『ひずみ荘』と聞きまして、本官がお連れ
したわけです」
「あー……それはどうも、ありがとうございます」
 ミケの首の角度が、恥ずかしそうに落ちる。
「いやはや、本官が保護した時、おたくの猫さんは泣きじゃくってまして、困ってしまいました」
 笑いながら話す犬のおまわりさん。それをミケは今にも引っ掻きそうな目で睨んでいる。
「……ゴホン。それでは、本官はこれで」
「ご苦労様です」
 犬のおまわりさんが去った後、俺とミケの間に気まずい雰囲気が流れた。それを打ち破るよう
に、俺は呟いた。
「お前、動物のくせに帰巣本能とか無いのかよ……」
「う、うるさい!!」
 そこにはいつもの調子のミケがいた。認めたくは無いが、俺の顔は自然と緩む。
「ほらよ」
 俺はそう言って、ミケにいつもの、高い猫缶を渡す。
「……」
 あーあ、節約しなくちゃな。

101 :No.19 俺とミケの話(お題:猫) 3/5 ◇LBPyCcG946:08/03/02 22:38:51 ID:sDUpDDm2
 9月も半ば、俺は一世一代のチャンスを迎えていた。以前から会社でよく話をしていた後輩の
女の子が、俺の家に遊びに来る。名目はパソコンを教えてあげるため。だがそんなのはただの大
義名分に過ぎない。本懐はというと……言わずもがなだ。
「まあ狭いけど、どうぞ」
 そう言ってドアを開けると、部屋ではミケが我が物顔でくつろいでいた。
「うわー、先輩、猫ちゃん飼ってるんですか」
 空気を読んでどこか行ってくれないかな、と思う。
「な、何よいきなり、誰あんた」
「うふふ、生意気な猫ちゃん」
 初対面の人にいきなり失敬な奴だが、どうやら後輩は気に入ってくれたようだ。
「会社の後輩の子だよ。遊びに来たんだ」
 必殺、理由すり替えの技だ。これを徐々にシフトしていく事によって……。
「あんた、こんな男に騙されてちゃ駄目よ」何を言い出すんだ、この猫さん「こいつ、いっつも
頭の中はエロばっかなんだから。この前なんて私が家にいないと勘違いして……」
「わーーー!! やめろ!」
 思わず口が出てしまった。会社でのクールなイメージが台無しだ。
「それにねえ、こいつたまに、私の事すらエッチな目で見るのよ」
 そんな覚えは無い。断じてこいつの被害妄想だ。
「先輩、そういう人だったんですか……」
 後輩の俺を見る目が、猛スピードで変わっていく。それはまるで、何か汚い物を見るような目
つきになっていた。
「今日は、これで失礼しますね、それじゃ」
 そう言い残し俺の部屋を去る後輩。本日の試合終了だ。打ちひしがれる俺をよそに、ミケはの
んきにティーンズ誌をペラペラ捲る。お前まだ、年齢一桁だろうが。
「ま、元気だしなよ」
 今一番言われたく無い言葉を、一番言われたく無い奴に言われた。俺はなかなか立ち直れない。
「あーもう、めんどくさい奴」
 そう言うと、ミケはティーンズ誌を閉じ、何やらポーズをとる。手で胸と股間を隠す、いわゆ
るセクシーポーズという奴だろうか。そして俺の様子を伺う。俺は涙混じりの声を振り絞る。
「お前いっつも、全裸じゃんか……!」

102 :No.19 俺とミケの話(お題:猫) 4/5 ◇LBPyCcG946:08/03/02 22:39:08 ID:sDUpDDm2
 12月も終わりに近づき、寒い日が続く。もうかれこれ9ヶ月も、ミケと一緒にいる事になる。
ミケの態度は相変わらずで、俺に忠誠の「ち」の字も見せやしない。しかし今日は別だ。俺は会
社の帰りに、秘密兵器を買ってきた。
「遅かったじゃない。早くご飯を用意しなさい」
 主人が帰ったら「おかえり」が普通だろう。と、いつもはまくし立てる所だが、今日は怒らな
いでおこう。
 鞄から、例の物を取り出す。ミケが大きな目を更に大きく見開いて、言う。
「そ、それは……!?」
 そう、これは全国数万匹の猫みんなまっしぐらのあれだ。伝家の宝刀「またたび」である。
 俺はまたたびの枝を左手で持って、ミケの手の届かないように掲げ、高圧的にこう言う。
「まずはお手だ、ほら、お手!」
「あたしがそんな事する訳ないじゃない!」
 と言いつつ、両手で必死に俺の手からまたたびを奪い取ろうとするミケ。今がチャンスだ。日
ごろ溜まった鬱憤を全て吐き出させてもらおう。
「いつも食っちゃ寝、食っちゃ寝ばかりしてるからジャンプ力も弱くなるんだ」
「飼い主は俺だ。この家も俺が借りてる家だ。そこの所をよく考えろ」
「というかお前、いつになったら恩返ししてくれるんだ? んー? 太るだけ太りやがって」
 言いたい事を叩きつけるだけ叩きつけて、すっきりした。ミケは涙目でまたたびを見上げてい
る。俺は猫でもないのにまたたびを持って、恍惚とした表情を浮かべる。すると、ミケはくやし
そうに俯いて、俺に背を向けた。今回ばかりは、俺の完全勝利のようだ。
 俺が天井を向いて、勝利の余韻に浸っていると、窓の開く音がした。見れば、ミケが窓から顔
を出している。
「だれかああ! 助けてええ! おーかーさーれーるー!」
 絶叫するミケ。俺は慌てて窓に近づいて、ミケを押さえようとするものの、ミケは激しく反抗
し、俺の顔に縦一直線の傷が出来た。そして駆けつけてくる隣人、通りすがり、犬のおまわりさ
ん。俺の目の前は、真っ暗になった。
 事情を説明するのに、なんだかんだで2時間もかかってしまった。疲れ果てた顔で家に戻ると、
ミケがまたたびをもって、ゴロゴロと転がりながら陶酔しきっていた。
 俺はうなだれながら、嗚咽を繰り返した。ミケはそんな俺を見てこう言った。
「これで飼い主がどっちかわかったでしょ?」

103 :No.19 俺とミケの話(お題:猫) 5/5 ◇LBPyCcG946:08/03/02 22:39:27 ID:sDUpDDm2
 3月の初め、俺の家には相変わらずまだコタツが出ている。仕舞うのが面倒なだけだが、まだ
寒い日もある事だし、と自分に言い訳する。備えられたミカンを見ていて思い出すのは、2日前
のミケの台詞。
「あたし、彼氏が出来たから出て行くわ。ばいばい」
 何て呆気ない別れの言葉だろう。1年も世話してやったというのに、去る時は1行だ。まあ、
厄介払いが出来たのだから、良しとしようか。また前みたいに、迷子になって犬のおまわりさん
に連行されて帰ってくる、なんて事が無い事を祈ろう。
 そうだ、これで会社の後輩を連れてきても、全く問題が無くなった。前は散々な目にあったな
あ。あれから信用を回復するのに、半年以上の時間がかかってしまった。未だに、あの時のミケ
の顔を思い出す度、怒りが込み上げてくる。
 ミカンの皮を剥きながら、ふいに部屋の片隅に目をやった。クリスマスにあげた、というか奪
われた、あのまたたびもミケは置いていってしまったようだ。
 ふいに目頭が熱くなってきた。これは決して、ミケの事を思ってとか、また暮らしたいとかそ
う言った類の物ではない。断じてだ。ただこの寒さによって、外気との温度バランスを調整する
ために熱くなっているだけだ。勿論、この目から落ちる水滴も、乾燥しきった空気に潤いを持た
せるための生理的、かつ合理的な反応に過ぎない。何を言ってるんだ俺は。
 ……ああ、もう正直に言おう。俺は、ミケに会いたい。こんな寒い日は、コタツに一緒に入っ
て、ミカンでも食べながら、テレビを見たい。
 次に気がついた時、俺はコタツに突っ伏していた。口からミカンがはみ出している。あの日の
ミケと一緒だ。目はヒリヒリとして、鼻水まで垂れている。そういえば、初めてミケと会った日
も、こんな寒い日だった。
 窓に目を向ける。あれ? なんかいる。コタツから飛び出して、窓を勢いよく開けた。
 そこに、ミケがいた。あの日の光景がフラッシュバックする。
「なんだ、フラれたのか?」
 さっきまで、もっと言いたい事があるはずだったのに、口をついて出てくるのはこんな言葉だ。
ミケがそっぽを向きながら、口をとがらせて言う。
「あんたが太らせたからよ。責任取って頂戴」
 季節はずれの粉雪が、灰色の空から舞い落ちた。





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