【 ループ、扉の向こう 】
◆g1EyPC6OAw




70 :No.14 ループ、扉の向こう (お題:扉) 1/4 ◇g1EyPC6OAw:08/03/02 17:06:25 ID:lLU8+sUO
強い衝撃の後、恐る恐る目を開けてみた。何もない空間に確かにある地面。矛盾してい
るようだがこの空間には何もない、五感がそれを教えてくれる。
突然空気が震え、機械的な音声が流れ出した。
「あなたは死にました。最期に猶予を与えましょう。過去、現在、未来、お好きなところへどうぞ。」
私が死んだ? 何のことだろーー
私の思考を遮るように目の前にパッと3つの扉が現れる。どこから現れたのか、木製の
重そうな扉がしっかりと目の前にある。戸惑いながらも私は扉に向かって歩き出した。確か
に扉だった。どこから見ても一枚の扉だ。扉の上には各々に過去、現在、未来と刻んたプ
レートがある。
私は何となく扉を開ける気にならず座り込んだ。周囲は圧倒的な無。これが死という
ものなのだろうか、私は本当に死んでしまったのだろうか?

71 :No.14 ループ、扉の向こう (お題:扉) 2/4 ◇g1EyPC6OAw:08/03/02 17:06:54 ID:lLU8+sUO
かなり時がたった。答えを示唆するように、空腹も眠気も感じない。仕方ないことだが
、家族だけが心残りだ。
ふと閃いた。現在の扉に入れば、最期の猶予とやらで家族に会えるんじゃないだろうか。
立ち上がり真ん中の現在の扉を目指す、迷いはない。一歩ごとに気持ちが逸る。ついに扉
の前までたどり着いた。冷たいはずの金属のノブが温かい。右に捻り、
ゆっくり回す。扉の中から強い光が溢れ出し眩しさに視界が遮られたーー

72 :No.14 ループ、扉の向こう (お題:扉) 3/4 ◇g1EyPC6OAw:08/03/02 17:07:18 ID:lLU8+sUO
「お父さん起きてください」
聞きなれた声、目を開けると見慣れた天井。最期の猶予か……
ベッドから抜け出し着替えて階下に行く。一人息子がトーストにかじりついている。父親
がいなくなってこの子は生きていけるのだろうか。
「タケシ、学校頑張れよ」
息子は「えっ、うん」と間抜けそうな顔をして頷いた。本当に大丈夫なのだろうか。久し
ぶりの息子との朝食をすまし、玄関に向かうと妻が見送りにくる。
「ありがとう、行ってくる。留守の間よろしく」
          

73 :No.14 ループ、扉の向こう (お題:扉) 4/4 ◇g1EyPC6OAw:08/03/02 17:07:37 ID:lLU8+sUO
上を向いて早口で告げた。最後の方はもう鼻声だ。でも、最期の言葉になるかもしれない
のだから仕方ない。妻はいつもと違う私の様子に戸惑っているようだ。後ろ髪を引かれる
思いで家を後にする。長い長い留守をよろしく頼んだ。朝日が目に染みて涙が止まらない。
無理して買った少し広い家、柿の木のある隣の家、三軒隣りの会社役員の広い家、町内
会で揉めたゴミ捨て場、普段どうということない景色も最期となると少し寂しい。
白線が少し薄くなっている横断歩道を渡る。突然左から車が突っ込んできた。こんな死
に方だったのか。随分あっさりしている。
でも、心配ない。私は多分、次も現在を選ぶだろう。

強い衝撃ーー



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