【 価値 】
◆/sLDCv4rTY




62 :No.12 価値 (お題:価値) 1/4 ◇/sLDCv4rTY:08/03/02 15:34:44 ID:5KYolZuF
 私と妻は、子どもの天使がラッパを吹いている絵が描かれた葉書を、早くこないかと待ちわびていた。
 私は、私の父と妻との三人で暮らしている。子どもはいないし、いらないと思っている。
 私は、子どもが生まれることで、自分が父のようになってしまうことが、恐かった。
私は、愚図にはなりたくない。
私の父は、愚図だ。


 父の借金のせいで、私の家にはあまり金が無かったので、父を老人ホームにいれることができなかった。
また、どんなものでも安物しか買えないので、中国人が材料の、人肉の生臭い臭いのする家具しか買えなかった。
毎日、生臭い炊飯器で炊いた生臭いご飯を食べて、父はいつも不機嫌そうにしていた。

 父はボケはじめてはいるが、その我が儘さは変わっていない。
いや、汚物を垂れ流すようになって、より悪質だ。
 父は脈絡もなしに「もう母さんを悲しませない」とよく呟く。
母さんはもうとっくの昔に死んでいる。
父がボケる前のことだ。
我が儘な父から逃げてるようにして死んだのだった。
母は父から解放されたのだ。

 母がやっていた父の世話は、妻がやるようになった。
妻は父の体を拭き、汚物まみれの「おむつ」を代えてやる。赤の他人の、老人の。
妻は父に手際が悪いと怒られる。
妻は父のペニスまで拭いてやる。かなしそうな顔をして。

 ボケた父は脈絡なしに「もう母さんを悲しませない」とよく呟く。
醜い小さなペニスを拭かれている時にもたまに呟く。
私の妻を今も悲しませているくせに、父は死者だけには優しさをみせる。死者には、口だけでいいからだ。

63 :No.12 価値 (お題:価値) 2/4 ◇/sLDCv4rTY:08/03/02 15:35:25 ID:5KYolZuF
 そんな父を、妻は早く死ねと思っていただろう。私も死ねと思っていた。
 そんな願いは思いのほか早くかなった。
今日、子どもの天使がラッパを吹いている絵が描かれた葉書が、家に来たのだ。
私たち二人はだきあって喜んだ。
 わくわくしながら葉書をよむと、父は「材料」になることになったと書かれていた。
父の体の一部は「ボールペンの黒インク」の材料になるらしい。
また、他の一部は「野球ゲームの説明書を留めるホッチキスの芯」の材料になるらしい。
 とにかく死んでくれるとおもうと、私たちは嬉しかった。

 私は悲しそうなふりをしてそのことを父に伝えると、父は「やっと母さんに会えるのか」と言った。
私は、あの世でも父の世話をしなければならない母さんを思うと、嫌な気分になった。
妻は、父が死ぬ嬉しさですこしニヤついていて、それを隠すためにうつ向いていた。
父はいつものように、また、「もう母さんを悲しませない」と呟いた。
妻はそれを聞いてつい「ぶっ」とつい吹き出してしまった。
          

64 :No.12 価値 (お題:価値) 3/4 ◇/sLDCv4rTY:08/03/02 15:35:42 ID:5KYolZuF
 数日後、父を引き取りに市の役人が家にきた。世間体もあるので、私もついていくことになった。
嬉しさをかくしきれない顔で妻は私たちを見送った。

 父はこの数日間「もう母さんを悲しませない」としか言わなかった。
まるでその言葉以外のすべては忘れたかのように、汚物を垂れ流しながらそう呟きつづけた。

 私たちは、これからなにかの材料になる人と、その関係者のみが通っていい道を歩いた。
その道は人骨の臭いがして、茶色く細い土管が何本も這っていた。
土管はたまにコポコポと鳴ったりした。
それを跨いで私たちは工場が併設している市役所へあるいていった。
 父は役人が押す乳母車のようなものに乗せられて、ぼんやりとしていた。
「ああ、死ぬのか」
道の途中で、父は独り言のように呟いた。
「きっと母さんを悲しませたからだ」

 私は、父に苦しんでほしかった。

65 :No.12 価値 (お題:価値) 4/4 ◇/sLDCv4rTY:08/03/02 15:36:29 ID:5KYolZuF
          
          
          
 私たちが跨ぐ土管は、ひとの血や肉などのいろんなぶぶんを工場へと運んでいくためのものだと、帰り道で役人さんに教えてもらった。
コポコポと、土管はずっとにんげんを運んでいた。



 私は、家に帰ると、父の物を処分し始めた。父のことを、思い出したくもないからだ。
アルバムや、カメラ、オムツ、万年筆などすべてを棄てようとした。
 父の物をさがして押し入れのなかを見ているとき、五年前に買った、半透明なポータブルCDプレーヤーを久しぶりに見つけた。
中に入っていたCDは、少し人骨の臭いがした。
電池はまだあるらしく、なんとなく、赤く光る電源を押してみた。
 ぐるぐる、ぐるぐる。
CDはゆっくりと回りはじめて、イヤホンから五年前の古臭いポップ音楽がながれた。
しかし、すぐにCDは止まってしまった。電池が切れたのだ。
このCDが、昔人間だったとは思えない。
 少しめまいがする。
ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる。

 ただ、人骨の臭いだけがしていた。

 ふと、土管のなかでながれるの父の破片を思いうかべだ。



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