【 鯉の糞 】
◆TmTxvjEhng




56 :No.11 鯉の糞 (お題:石) 1/5 ◇TmTxvjEhng:08/03/02 15:28:56 ID:5KYolZuF
 私は何をやっても駄目な人間だ。勉強も、運動も、外見も、全てが平均に及ばない。むしろ底辺だ。
私には友達のB子がいる。勉強も、運動も、外見も、全てが人一倍抜きん出ている。私とは間逆だ。
そんな私とB子は家が隣同士で、幼い頃からずっと仲がいい。親友として高校生の今に至るまで彼女は駄目な私にいつも優しくしてくれた。
何故、と思うことも良くある。だって彼女にとって私といることはマイナスのイメージにしかならないからだ。それでも私が尋ねると「だって友達じゃん」と笑いかけてくれた。
私はそんな彼女が羨ましかった。誰からも愛される"モノ"を持っていて、そして事実誰からも愛されている。だから私はいつもB子と一緒にいた。そうすれば周りは私のことも少しは違った目で見てくれるかも、と思っていたのかもしれない。
そのせいか、私のことをB子の金魚の糞だと嘲笑う人もいた。しかし私はB子のことを優雅に泳ぎ、滝を昇ると言われる鯉のようだなと思っていた。
だから金魚の糞じゃなくて鯉の糞だ、何て妙なことを考えて開き直るようにしていた。
 しかし最近二人の関係が少し変わってきた。いつも登下校を共にし、休み時間も一緒にいた私達だが、B子に彼氏ができたことがきっかけで、その時間は減っていった。
B子に彼氏ができたことは驚きではなかった。むしろ今までいなかった方が不思議なくらいだ。私はB子「おめでとう」と言うことしかできなかった。
B子が彼氏と一緒に帰るようになって、私は必然、一人で帰るようになった。
帰り道、一人で帰っていると背中を照らす夕日によって作り出された影が一つしかないのを見て孤独を感じた。しかしそれ以上にB子への羨望が強まっていった。
そんなある日のことだった。
「ちょっと、そこのお嬢さん……」
最初はどこから声をかけられたのか分からなかった。辺りを見回すと建物の間にある細い路地にいるお婆さんに目が止まった。
建物にはさまれているため影となり全く目立たない場所で、お婆さんは占い師の人がしているような格好で腰掛けていた。
「いいものがあるんだよ。見ていかんかね?」
怪しいとしか言いようが無いお婆さんだ。近寄らないほうがいいだろう、とは思いながらも、声をかけられたことで孤独がやわらぐのを感じた私はふらふらと路地へと足を運んでいった。
いいものがある、と言った割りにはお婆さんの前にある机の上には小さな石ころが一つあるだけだった。
中学の頃、理科で習ったことがある石に似ていた。カザンガン? セッカイガン? ……バカな私には思い出せなかった。
けど、石灰で思い出した。その石は石灰水が白く濁ったような色をしていた。
「この石は貴女の願いを何でも叶えてくれる石です。何でも……ね」
冗談にも程があると思った。そんなものが現実にあるはずがないだろう、と。
しかし私は昔テレビで見た、怪しい老婆が不思議な力を持った品物を売るというお話を思い出していた。作り話ではあったが、それはそれで楽しめたものだ。
そのせいかはわからない。ただ今の自分がどうしても好きになれない私は、「お安くしときますよ」の言葉に、藁にもすがるような思いで石を手に取った。

57 :No.11 鯉の糞 (お題:石) 2/5 ◇TmTxvjEhng:08/03/02 15:29:22 ID:5KYolZuF
 家に帰った私は服を着替えることもせず、学校の課題もそっちのけで石とにらめっこしていた。
「本当に願いをかなえることができるのかしら……なんて、まさかね。……でも、もしかしたら――」
なんてやり取りをかれこれ一時間以上繰り返していた。いつまでもそんなことをしていても埒があかないと思い、駄目元で試してみようという結論に至った。
しかし、いざ何か願い事と言われてもすぐに出てくるものでもない。いや、私の場合、多すぎてすぐに出てこないと言った方が正しいかもしれない。
そこで思い浮かんだのはB子のことだった。以前受けた模試の結果が今日返され、B子は第一志望の大学で余裕のA判定が出ていた。一方私はDよりいい判定が無い状態。
「私もB子みたいに頭が良かったらなぁ。B子の頭の良さが羨ましいよ……」
愚痴ったところで何かが変わるわけでもないのだが、愚痴なんてものは勝手に口からこぼれるから愚痴であるわけで。
自分で言ったことで、余計に自分が惨めになったような気がした、その時だった。
「え……?」
手に持っていた例の石が青白く光っていた。何かの光が反射しているのかもと思って陰に持っていったところ、石そのものが発光していることを確認しただけだった。
突然のことで驚いたが、一分もしないうちに石はその光を徐々に弱めていき、やがて何事も無かったかのように元の石に戻った。
しばらく放心状態だった私だが、つい先ほど自分が言った言葉を思い出し、もしかしたらと鞄から学校の課題を取り出し机の上に広げた。
学校でやった基本問題の応用を課題として出されたのだが、基本すらいまいち分からない私に応用ができるかと半ばふてくされていた。
しかしどうしたことか、その難問奇問がすらすらと解けていく。考える頭とペンを動かす右手が私のものではないかのようにすら思えた。
そしていつもの三分の一以下の時間で課題を終えた私は、確信していた。
「この石……ホンモノだ」

 それから私はこの石の力を色々試してみた。そこでわかったのだが、この石にはどうやらどんな願いごとでも叶える力はないらしい。何かが欲しいとか、そういう願いは叶わない。
この石の力を使おうと思ったら"対象"が必要となる。そしてそれを羨ましいと思った時、石の不思議な力が働くのだ。
例えば「B子の頭の良さが羨ましい」だと、"B子"の"頭の良さ"が私のモノとなる、といった具合だ。
それとどういう意味があるのかはわからないが、石に叶えた願いが文字となって浮き上がる。
文字の大きさはとても読めるようなものではないのだが、直接脳に響いてくるような、願いを叶えるのとはまた違った不思議な力もあった。
このルールに気付いてからは、ほとんど願いを叶える石のようなものだ。
私のコンプレックスだったそばかすと腫れぼったい目はキレイになり、運動だってどんなものでもこなせるようになった。
周りからは突然変わった私に驚きながらも、以前私がB子に向けていたものと同様の羨望の眼差しで見られるようになった。
それもそのはずだ。だって私がいつも石に願いを言う時の"対象"はB子だったのだから。

58 :No.11 鯉の糞 (お題:石) 3/5 ◇TmTxvjEhng:08/03/02 15:29:40 ID:5KYolZuF
 石を手に入れてから私の生活は百八十度回転したかのようにいいことづくしだった。友達は増えるし、親には褒められるし、短期間で優等生という言葉がふさわしくなった。
今までの私はB子の陰に隠れるようにして生きてきた。だけどこれからはB子と自信を持って並んで歩けるような気がしていた。
B子と対等になって、助けてもらうだけじゃなくて助けてあげれるような、そんな関係を夢見ていた。それなのに……B子は学校に来なくなった。

 木製のドアを手の甲で軽く二、三度叩く。しかし返事は無い。
「B子、いる? 学校ずっと休んでるけどどうしたの?」
しかしいくら声をかけようとも、B子が話すことはなかった。そんな日がしばらく続いた、ある日のことだった。
 今日も今日とてB子の部屋の前に立っていた。私がしてあげれることなんてこのくらいしか無いと思っていたから。
「B子、本当にどうしたの? 私B子のことが心配なんだよ?」
いつものように声をかけるが反応は無い。あきらめようと思いながら、何気なくドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。
 部屋の中はいつか訪れた時のまま、あまり変わっていなかった。きちんと整理された本や小物。キレイにたたまれた洋服。ただ一つ気になったのは机の上に乱雑に広げられた学校の教科書類だった。
それらに目を向けながらもベッドの上で盛り上がっている布団へと近づいていく。B子がそこに包まっていることは明らかだ。
「B子……」と私が声をかけようとしたとき、「ねぇ、どうしよう……?」とくぐもった声が芋虫から発せられた。
布団がゆっくりとめくりあげられる。そこからは私がいつも羨んでいた鯉のようなB子が顔を覗かせた……なんてことはなかった。
「私、こんなんなっちゃった……」
B子の顔はまるで以前の私のように、いや、私以上にひどい顔をしていた。腫れぼったい目とそばかすはもちろん、あちこちに出来た吹き出物が痛々しく、髪は何日も放置されたようにボサボサだった。
「顔だけじゃないの。勉強も全然わかんなくなったし、運動もできなくなった。何をやっても駄目になったの。突然なんだよ? ねぇ、私どうしちゃったの? ねぇ、教えてよ! ねぇっ!!」
B子が半狂乱となって私の肩を掴みものすごい力で前後にゆする。ほつれた髪が顔に張り付き、その悲壮さを増していた。
そこに、以前のB子の面影は無かった。
 どうして彼女がこんな風になったのかはわからない。だけど、今の彼女は見てられなかった。
優しくて、美しくて、聡明であった彼女が、今ではまるで浮浪者のようだ。だけど、そんなことはあってはいけない。
私があこがれた彼女は、今の彼女ではない。私が目指した女性は、今のB子ではない。
そして今、私には彼女を救う力がある。そう、今度こそ私が彼女を助けてあげる番なんだ。
……あの石の力を使って

59 :No.11 鯉の糞 (お題:石) 4/5 ◇TmTxvjEhng:08/03/02 15:29:58 ID:5KYolZuF
「この石にそんな力が?……はは、あるわけないじゃない。何言ってんの」
必死に石の力を説明する私を、B子は全く信じてくれなかった。当然と言えば当然なのだが、信じてくれないことが少し悲しかった。
「あぁ、そっか。冗談で私を元気付けようとしてくれたんだ。でも私、今そういうのに付き合ってられるほど元気ないから。……はぁ、"アンタ"のその"気楽さ"が羨ましいよ」
 ――言った! B子は対象の持つモノを羨ましがった。直後、白い石が青白く光り始めた。
「……あれ、どうしたんだろ私。何かすごい……気が楽になってきた!」
私に笑顔を向けてくる。私は良かったねと返そうとしたけど、口が思うように動かなかった。
(あれ……おかしい)
B子が元気になってくれて嬉しいはずなのに、心はさっきまでのB子のように、いや、それ以上に沈んでいる。わけのわからない感情で今にも涙があふれそうだ。
もしかして……あの石のせい? B子が"私"の"気楽さ"を――奪った?
「そっか……そっか、そうなんだ! この石のおかげでアンタみたいなブスがそんなに可愛くなっちゃったんだ! あははははは!」
「……え?」
突然のB子の変わり様に、私はかすれる音を一文字発するので精一杯だった。
「あはははははは!私が何でアンタみたいなのと一緒にいたかわかる? 幼馴染? そんなの関係ないわよ! 
 あのね、私はアンタみたいなバカで、ブスで、どうしようもない駄目人間の傍にいることで優越感に浸っていたかったからなのよ!」
目の前にいるB子が、私の知らない誰か別の人のようだった。それほどまでに今のB子は常軌を逸していた。
「帰れよ! この石があったらアンタのようなクソみたいな人間、必要ないんだよ! 帰れ! 帰れッ! 帰れかえれカエレカエレカエレカエレカエレ!!」
 私を部屋から追い出すときのB子の顔は人間のものとは思えない、悪魔のようであった。
B子の部屋の前で佇んでいると、中から悪魔の笑い声が響いてきた。
『あの女優の美しさが羨ましい! あの学者の頭の良さが羨ましい! あのスポーツ選手の身体能力が羨ましい! あの富豪のお金が羨ましい! あの……の……が羨ましい! あの……』

 B子に石を渡してから一週間が過ぎた。その間、ニュース番組は様々なネタで騒いでいた。
ある女優が引退したり、ある学者が自殺したり、あるスポーツ選手が代表を辞退したり、ある富豪が破産したり……。
いずれもあの日、B子が叫んでいた名前だった。
私はB子をどうにかすることをあきらめ、ただただテレビに流れる情報からB子のしたことを予測するだけだった。
ただ今日は少し変わったニュースが流れた。亡くなりかけていた、世界一長生きしているお婆さんの容態が回復したという、今の混乱した私を少しだけ癒してくれるものだった。
そんな時だった。家に電話がかかってきて、お母さんが出る。急に声のトーンを落とし話し始める。何度か相槌を打って、お母さんは電話を切ると私にこう言った。
「B子ちゃん……今日階段から落ちて……亡くなったらしい」

60 :No.11 鯉の糞 (お題:石) 5/5 ◇TmTxvjEhng:08/03/02 15:30:22 ID:5KYolZuF
 私はB子のお母さんに頼み部屋の中を見せてもらった。そこで今なお青白い光を発し続けるあの石を見つけた。
B子が最後に願ったことは何なのか。記録機能を思い出し見てみる。
そこには先ほどニュースで見た世界一長生きしていたお婆さんの名前と、その寿命が羨ましいと書いてあった。

 B子の葬儀も終わり、私はまた、登下校を一人でするようになっていた。私はB子の葬儀で泣けなかった。
例の石は今も私が持っている。B子の最後の願いでわかったのだが、おそらくこの石はただ与えるだけではなく、対象と自分の"モノ"を入れ替えるのではないかと。
ならこんな危ないものは下手に捨てて誰か他の手に渡るより、ずっと私が持っていようと思った。
今はネックレスにして常に身につけるようにしている。そうすることで、もう誰かを羨ましいと思わないよう、常に自分を戒めている。

 朝、学校へ向かっていた。いつもの通いなれた道を一人歩いていると向こうから小学校の低学年くらいだろうか、の男の子が二人仲良く学校に向かっていた。
楽しそうに話しながらじゃれ合っている。それを見て……私の目から涙がこぼれてきた。
どうしてこうなってしまったのか。何で私は一人になってしまったのか。
全ては私のせいじゃないか! 私が……私がこんな石を手に入れてしまったから。いや、私が、B子を羨ましいと思ってしまったから……。
「ぁ、ううぅぅ……」
B子の葬儀で泣けなかったのに、男の子たちを見て、初めてB子を失ったと気付き、漏れてくる嗚咽を抑えることができなかった。
いつ歪んでしまったのかわからない。もう、思い出せない。
それでも確かに、ただ純粋に、B子のことを親友として愛していた日々もあったのに……。
戻れることなら戻りたい。何のしがらみも無かった、楽しかった日々に。
戯れる男の子たちが…………羨ましかった。


「なぁ、さっきすれ違ったお姉さんのネックレス、見た?」
「んーん。どうしたの?」
「何かさぁ……青く光ってた――」



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