【 初恋カプセル 】
◆p/4uMzQz/M




39 :No.08 初恋カプセル (お題:初恋) 1/5 ◇p/4uMzQz/M:08/03/02 11:14:07 ID:bmidNYya
 時間を越える感触。泥まみれのそれを俺は手に取る。
 蓋を開けると、そこには手紙が一通だけ入っていた。
「あれ、お前これだけだったの、中身?」
 不思議に思ったらしい祐二が、自分の大学ノートと野球ボールを手で遊びながら尋ねてきた。
 腐蝕した元クッキー缶の中身。かつて僕たちが住んでいた町の公園の片隅。久しぶりに集まった友達連中。
「ああ、これだけだよ。これだけ」
 成人式を終えた直後、遊びに行くより先に、俺たちは此処に来ていた。

         ◆

「学? お前さ、好きな人とか居ねぇの?」
 そう疑問を素直に口にする祐二に辟易すると同時に、友人の疑問も尤もだな、とも思った。
 でもウザいものはウザい。
「祐二にゃ関係ねぇだろ。お前彼女居んだろうが、確か、そう」
「二組の須々木、ってったら殴る。アイツはただの幼馴染だ」
「そうだな悪かったお前も俺と同じ一人身だな間違いない」
 俺の返答に祐二は表情を変えないまま、手に持った紙パックのレモンティーを啜った。ガン見すんな。
「いや俺結構真面目に聞いてんのよ? お前結構ルックス悪くないし、女子共に人気有るじゃん」
「お前のそういう台詞はその後に『俺程じゃないけど』って付くから信用ならん」
 俺はコンビニで買ったパンを齧りながら答える。進学校であることもあり、概ね昼休みは静かで平穏だった。
 しかし俺の平穏をブチ壊す友人は、続けて疑問を述べてくる。
「どうしてだ。茶化してるように聞こえるからか」
「どうしても。お前が本心で言ってる気がして嫌だからだ」
 見下され続けるドライな友情。ああ、なんて現代ちっくなんだ。
「まぁいいや。じゃあ普通以上俺以下なお前なのに、全く浮ついた話を聞かない理由が知りたい」
 流しやがった。明け透けなのにも程度と適度があると言いたい。

40 :No.08 初恋カプセル (お題:初恋) 2/5 ◇p/4uMzQz/M:08/03/02 11:14:20 ID:bmidNYya
「それこそどうしてだ。単なる興味なら答えないぞ?」
 俺は三色パンの一角を齧り終えた。チョコだったから、残りはジャムとあんこが妥当だろうか……。
「いや、それは違う。俺がそれを聞くのは自己保身の為だ」
「は? 何でだよ」
「例えばお前が女に興味が無い人間だったとするぜ? そしたら友達やってる俺の身に、
危険が及ぶ可能性があるって何お前ちょっと待っ、ったとわおぅっ!」
 ち、避けやがった。椅子から立ち上がり床に転がったペットボトルを拾う。
「学はいい加減冗談と本気の判別をつけられるようにすべきだと思うぞ俺は」
「祐二は冗談と本気の区別をつけて喋れるようになろうな」
 馬鹿はいつでも全力投球、って洒落にもならん。
 パンに再び齧りつくと、中からは甘いチョコレートの味がした。
おい三色じゃねぇのかと思いながら覗き込むと、チョコ自体が白かった。
「よし分かった善処しよう。とりあえず馬鹿話は止めて、本題に戻ろうぜ」
 馬鹿が話すものは全て馬鹿話なのだろうか、相手が普通の人でもそれは適応されるのだろうか──等と考えたが、
それも正直どうでもいい事だった。パンの残りはどうせストロベリーなチョコだろうなぁ、と悲観しながら俺は喋る。
「いやな、実際今、誰かを好きだとかそういうのに興味が持てないっていうか、普通の生活だけで満足だっていうか」
「お前の中の雄は二歳児かてめぇ」
 あんまりな言い方だった。これでも結構な悩みだったのに。苦しみではない辺りがまだ子供なのだろうが。
 祐二は珍しく真面目そうな顔をしていた。テストん時も同じぐらい真剣になれよ、と思った。
「まぁ、精神年齢も幼いんだと思うよ。多分、お前らから三つ四つくらい。
 でも誰かを好きとか無くっても今は困らないし、そういうの俺はまだいいかなー、って」
 俺の方を向いたまま、祐二がレモンティーを飲み終えた。とん、と机に紙パックを置き、そのままの表情で言った。
「そりゃ、……重症だなぁ」
 最後に残った部分に齧りつく。味で分かったがコレ、どう考えてもストロベリーじゃない。
チョコではあるのだが。覗き込んでみると、軽い紫色だった。……ブルーベリー?

41 :No.08 初恋カプセル (お題:初恋) 3/5 ◇p/4uMzQz/M:08/03/02 11:14:38 ID:bmidNYya
「お前自分の年齢分かってるか? それで少しもそういうの無い、って。そりゃ学お前おかしいぞ?」
「分かってるっつーの。自分でも、嫌ってくらいに」
 自分の事なんて、自分が駄目だって事くらいしか俺は知らないが。それだけなら。
「極端な話、お前このままずっと、誰の事も好きになれない可能性だってあるんだぜ?」
 それで何が困るんだろう。そう思って、でも珍しくこの馬鹿な友人が心から心配しているらしい事にも気付いた。
「そんなん詰まらねぇじゃねぇか。良く言うだろ、らぶいずおーる、だ」
「さっきまでのお前の真面目な雰囲気は何処行った」
「今でも十分真面目だっての馬鹿」
 馬鹿って言った方が馬鹿なんだからねー、って。
 奇怪な味のパンを食して終わり、俺は袋を机に置きながら溜め息を吐いた。
「悪いんだけど、こればっかりは俺にもどうにもならないよ。俺の気持ちの問題だもん」
「結構無茶苦茶と言うか、我侭だよなその台詞」
 その通りだった。たまに真面目な話するとたまに鋭い祐二。俺の友達。
 そこでふと何か考える仕草を目の前で祐二が始めた。なんだ、彫像ごっこか?
「そういやさお前……。確か中学の時だよ。初めて誰かを好きになった、って言ってなかったか?」
 ……よく覚えているなぁ無駄に。俺でさえ忘れて、いや、忘れようとしていたぞそんな話。
「確か周りが無駄にくっ付き始めた辺りだったよな。三年だっけ? お前からあんな話初めて聞いたから覚えてたんだけど」
 うーん。あんまりよくない方向に話が向かっているような。恥かしい過去を暴露されているような。
「でもお前誰が好きだったか、全然俺に教えてくれなかったんだよな。しかも告白はしないとか言い出して……。
 ──そうだよ、タイムカプセル! お前アレん中に告白の代わりだって手紙入れてなかったっけ?!」
 認識を改めよう。馬鹿と思っていた友人はやっぱり頭の方は基本悪くないみたいだ。なんでそれが成績に直結しないんだおい。
 友人の予想を超えた頑張りに、俺は少し混乱して何も喋れないでいた。
「いっくら俺が誰か予想しても教えないの一点張りで。手紙の方も誰にも見せなかったし」
 タイムカプセルを企画したのは、あの頃一緒にいた同級生の一人だったか。
仲の比較的良かった連中だけで何かをそれぞれ埋めようと。中学校近くの公園の隅。俺たちは其処にソレを沈めた。

42 :No.08 初恋カプセル (お題:初恋) 4/5 ◇p/4uMzQz/M:08/03/02 11:14:54 ID:bmidNYya
「──なぁ、学?」
 その声で過去から引き戻される。セピアの公園から、色づいた教室へと。
「っ、何だよ」
「今なら良いじゃんさ。な、結局誰だったのか教えてくれねぇ?」
 顔を近づけてくる祐二。唾を飲み込んで、呼吸を落ち着かせて、俺はゆっくり口を開いた。
「駄目、だ」
「何だよケチー。清浦か? 都築か? それとも大穴で須々木か?」
「だから教えないっちゅうに」
 実はさっきから赤面しそうな顔を、必死に心で抑えながら、俺は祐二の追及のかわしていった。
どうせその内予鈴が鳴って、次の休み時間にはそんなことなど忘れてくれているだろう。きっとそうだ。
「でもあれ開ける頃には、学に誰か恋人居るといいなー」
 お前も独りだろうが。俺はペットボトルを傾けて、緑茶を喉に流し込んだ。

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43 :No.08 初恋カプセル (お題:初恋) 5/5 ◇p/4uMzQz/M:08/03/02 11:15:09 ID:bmidNYya
 公園はその後整備されて土が足されたりはしたものの、掘り返されるような工事も悪戯も無く、
俺たちのほぼ記憶の通りの場所にそれらは有った。スーツのままスコップを担ぐ姿は些かシュールだったが。
「おい学見せろよー。五年近く待ったんだ、もういいだろう?」
 手紙を手にとって眺めていた俺の背後から、相変わらずの友人の声がした。
 何重にもなった包装を剥がして、後ろへと手渡した。
 見せて見せてー、と振袖を着た彼女たちも集まっている。そんなにお前ら興味あんのか。
「…………おい、学てめぇ」
 少し経って、予想通りのトーンで響く声。
 腕を組んで笑う俺に、祐二は顔をしかめて言う。
「お前これ何も書いてねぇじゃねぇかよ。嘘かあん時のあれは」
 イエス、と格好つけて言ってみたが、正直周りからは少し引かれていた。悲しい。
「……お前大学でも未だに彼女作ってねぇよな。まさかお前」
 これには肯定は要らないんだろう。最早これは欠陥だ。
 俺は笑って「いいんだよ」と彼の肩を叩いた。祐二は不満そうな表情に変わって、何かしら呟き始めた。
 一体、いつになったら人を好きになれるんだろうねぇ。
 この病気がいつになったら治るのか。そもそもこれは治るものなのか。
 何処かに居る運命の人、連絡待ってます。

                                         終。



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