【 メイド姿の殺戮者 】
◆wb/kX83B4.




29 :No.06 メイド姿の殺戮者 (お題:嘘) 1/3 ◇wb/kX83B4. :08/03/01 23:59:24 ID:YBnQmty5
ビニールの防水ケースの中にあるカードを、精悍な顔つきの兵士が打ちかえし見ている。
カードには、妙にひらひらした服を着た若い女性がほほえむ様子が、ひどくデフォルメされて
描かれている。兵士の厳めしい顔と対照をなして、少し滑稽だ。
そばには、憔悴した表情のもう少し若い兵士がいる。このカードはこの兵士のものだ。
少し早く訓練から戻ってきた彼が壁をこじって作った隠し場所から取り出した所を、連絡事項を伝えに来たという
副分隊長に見つかってしまった。
「こいつはなんだ?ソムン」
ソムンと呼ばれた若い兵士が少しとちりながら答える。
「メ、メイドさんです。副分隊長」
返事を聞くともなしに、副分隊長は、横で赤い舌をちょろちょろ出しているストーブに防水ケースから取り出した
カードをくべてしまった。
ソムンは、声にならない悲鳴を上げる。絶叫しないのは訓練の賜物か。彼はこの休戦ライン間際の特殊部隊に配属されて8ヶ月、
このメイドさんが心の支えだったのだ。要領が少し悪い彼は、たびたび怒鳴りつけられていたし、バク転をやれと
言われ、出来ずに、「目方を小さくするために」食事を抜かれる事もよくあった。
今では、彼も、バク転が出来るようになり、上官や同僚から文句を言われないような身の処し方を身につけた。
来週からは、訓練が終わり、休戦ライン付近のタコツボで警戒任務に当たる事になっている。
とりあえず、いじめられる口実は少なくなる。それに、今日は腕立て伏せ1000回を一番早く終わらせて部屋に戻って来たのだ。
そんな、ストレスの多い生活の中で成長し、一区切り着くまで耐える力をくれた女神の絵がストーブの口に
飲み込まれてゆく様子がスローモーションのように目に映り、焼けてゆく所を目にして、彼は崩れ落ちる。
これが、軍紀違反だって言うのか?

副分隊長は、しゃがんで彼に語りかけた。
「ソヨン、こんなものくらいなら、見逃してやってもいいと、おまえは思うんだろう。だがな、このメイドの格好が
いかんのだ。」
「え?」
「話してやろう。メイドの話を。」

30 :No.06 メイド姿の殺戮者 (お題:嘘) 2/3 ◇wb/kX83B4. :08/03/01 23:59:53 ID:YBnQmty5
ここじゃなんだから、と言って副分隊長は自分の居室に連れて行く。
ほとんど間取りが同じ部屋に、数人の兵士がいたが、副分隊長がなにやら話すとそのまま食堂の方へ歩いてゆく。
ソヨンをベッドに座らせ、自分も横に座ってから副分隊長は話し始める。

「党幹部の邸宅で働きながら情報を収集していたやつらの女スパイが、召還命令を受けてここの国境を抜けるときの事だ。」
ここで、「やつら」といえばこの国境を挟んで対峙している国のことだ。
「熟練した女スパイである彼女だが、うっかりとある分隊が警戒しているタコツボの前に身をさらしてしまった。
しかし、銃撃も、本部への通報も無かった。」
「どうしてですか?」
「タコツボの連中が皆眠っていたからだ。中の連中はほとんどが貴様のような若い連中だった。しかも、昔は人が少なくて
ここを守っていたのは一般部隊だったらしいな。我々ではそんな事はあり得ない。
さて、そのスパイは、すやすやと眠る連中の眠りを妨げないで、そのまま国境を越えた。」
「それで?」
「スパイは、あちらで破壊活動を命じられたらしい。そのままさっきの連中の警備区画に戻って、易々と分隊全員ののどを切り裂いて
一人の胸に、「寝顔は死相」と書いた紙をナイフで胸に打ち付けて逃げ去った。ご丁寧に、自分の姿と兵士の死体をポラロイドで撮影
して写真を残してな。
さて、そのスパイはメイドとして党幹部の家で働いていて、この事件の時は着替えないままその家を出たそうだ。
そして、残された写真の女もメイド服姿。スパイも見抜けなくて、自分の身も眠り込んで守れない、というメッセージを込めたらしい。
それ以降、その女は我々の陣地を眠り込んだ兵士を捜して歩いているという話だ。メイド服姿でな。それから何度も同じような写真が
出てきている。」
「その写真はどこにあるんですか。」
「残念ながら、軍機だ。度胸のない連中をびびらせないために、秘密にしてある。」
「ウソでしょ。」
「ウソじゃない。」
「ウソだと思うなら、警戒任務中にねこけてみろ。まあ、これで話は終わりだ。それから、この話は軍機だ。貴様は大丈夫だと見込んだから
話したが、度胸の無いやつはどこにいるかわからん。絶対に誰にも話すな。」

副分隊長は、ソヨンを立たせて、部屋から追いだす。ソヨンは何度も副分隊長の方を振り返りながら歩いてゆくが、やがて自分の部屋に戻った。
          

31 :No.06 メイド姿の殺戮者 (お題:嘘) 3/3 ◇wb/kX83B4. :08/03/02 00:00:19 ID:L2fUqo2w
副分隊長は、ソヨンを見送ってから、食堂にいる同僚のもとに歩き始める。
ソヨンはあの話を思いっきり信じていると確信しながら。
この軍機のお話は彼が、やはり訓練機関が終わった日に、今の分隊長から聞いた話を脚色したものだった。
彼の話では、メイドの殺戮者はただの女スパイだった。同期の一人は国境越えを果たせなかったスパイの亡霊だと聞かされたという。
そう、この話は代々受け継がれてゆく嘘だった。
この話を聞いた新米兵士どもは、警戒任務の最中一睡も出来なくなる。
深夜でもだ。そこで、自分たちのようなこの話のからくりを知っている人間は夜中にぐっすり眠れると言うわけだ。
この話を如何に荒唐無稽に脚色出来るかは、自分たちくらいの兵士のレクリエーションであり、たまにある飲み会の楽しい話題だった。
今日はそのたまにある飲み会だったので、ソヨンに話したことがいい酒の肴になるだろう。
なに、どうせ訓練明けの新米のために開かれる宴会に比べればずっと質素なのだからなんの罪にもならない。



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