【 大場浮浪 】
◆pxtUOeh2oI




14 :No.03 大場浮浪 (お題:街) 1/3 ◇pxtUOeh2oI:08/03/01 23:06:30 ID:YBnQmty5
 入国を拒むように広がる鉄柵、ある作家の小説ではセックスとドラッグの町と表されたアメリカ国境付近の町。
そんな町のあるマンションから二十代前半の日本人、これといって特徴の無い男がのっそりと出てきた。
 セックス。都会の地価が上がっている昨今、電車一本で都心まで出られるこの町に
何日かに一度セックスする健常な夫婦が多く住んでいてもおかしくはない、というか住んでいるだろう。
 ドラッグ。夜十一時になると機能が停止する自販機、ちょっと歩けば見つかるコンビニ、なぜ潰れないのか不思議な
おばあちゃんがやってる店、そういったところで売っている煙の迷惑なアレもドラッグの一部だと言えないことはない。
 そう考えればあの作家の言ってることも間違いではない、間違いではないが普通に考えれば村上龍はうそつきだ。
 ここは東京都福生市、別にそんな危険も感じないし、ちょっと外人が多いだけの米軍横田基地に面した郊外の町である。
 騒がしいトラックの行き交う大通りを男は歩いていた。マンションを出たとき、男は自転車にしようか悩んだが、
晴れ渡った空を見てなんとなく歩くことにした。日差しが暖かく、一足早く春が来たようだった。
 男は信号を待っていた。男の視線の先には向い側で信号待ちをするおばさん、手から伸びたリードには小さなシーズーがつながれていた。
信号が青に変わる。男はすれ違い様に、小さい体でオバサンを引っ張るシーズーを少し見た。元気な様子がかわいかった。
 ブックオフとローソンが一階のテナントに入ったマンションの前を通る男。どこから裏のある組み合わせだが、利用者としては特に
気にせず、男は良くそのニ店舗使っていた。でも今日は用がないので通り過ぎた。通り沿いに続く裸のイチョウが冬だということを
全身で主張する。木の足もとには赤い葉の植え込みが続く、男の足音に驚いたのか数羽のスズメが飛び立った。
そんな植え込みの横をイカれたメットのローディーが風を切って軽快に通り過ぎ、さらに車が続く。
 砂利だらけで車の殆ど止まっていない駐車場の角を曲がり坂を下る。坂の途中で、フレンチブルドッグを抱いたまま家から
出てきたオバサンを見えた。どうやらこれから散歩に行くらしい。男はブルドッグはあまり好きじゃないので特に気にせず歩いていた。
 中学校の隣に広がる狭い市営グラウンドを横を抜け大通りへと向かう。地図をバイクのシートに載せ悩んでいるような
何かの配達員がいたが、どうせ助けることもできないので男はそのまま通りへと出た。騒音がけたたましく踊っていた。
 男は通りの右側を歩いていた。別に歩行者は右側通行と言い張るわけではなく、そちらの方が日当たりが良く気持ちよかった。
それでも男は思った、自転車は左側通行だと。車道を逆走するママチャリ少年の命を心配したが、十秒後には忘れたいた。
目の前から消えた少年の命など、どこかの途上国で数秒に一人死ぬような命と等価値でしかなく、どうでも良い。
電線で歌うスズメの方が大事だとさえ男は思っていた。昔、糞を落とされたことも思い出していた。
 無名の牛丼屋の前を通り道を渡る。自転車に乗っていたらお尻に響く歩道の段差も、徒歩ならば何の問題も無い。
 男は、カラフルなブロックが敷き詰められた歩道、そこに伸びる黄色い点字ブロックに気付いた。前から人が来ないことを確認すると、
男はなんとなしに目を瞑って歩いてみた。すぐに諦めた。無理だった。車の音がうるさかった。
 『男の美容室』と書かれた大きな雄々しく掲げられていた。その裏では小さく屈んで泣いている少女のように
虚しくシャッターが降りていた。客が来なかったのだろう。

15 :No.03 大場浮浪 (お題:街) 2/3 ◇pxtUOeh2oI:08/03/01 23:06:47 ID:YBnQmty5
 ゆっくりと歩くこの男。ずっと前からファミリーレストランが続く建物の横を通る。洋食屋だったはずの店は回転寿司に変わっており、
その隣の和食屋あったはずの場所は月極駐車場になっていた。
 いつの間にか足元の点字ブロックが消えていた。そのことに気付いた男は、こんなもんかと思いながら歩き続けていた。
 悪名高いチェーン店ゲオの前を通る。通りに面し入口だった場所に積み上げられたゴミ袋が、店の雰囲気を良く表していた。
 ゲームセンター、ゲームショップの前を横切る。通りに五メートル間隔で並ぶ木の下にパンジーが植えられていた。
この木には黄、次の木には紫、その次は白、また紫、と区画ごとにアトランダムに並べられたパンジーが小さく風に揺れる。
 小さな池と橋を入口した小料理屋らしき店の前を通る。張り出した二階部分とそれを支える明らかに偽物とわかる木のような物体、
歩道に飛び出たビール看板は、そこが居酒屋であるということを良く示していた。
 向こうから若い女の人が柴犬を連れた歩いてきた。男は色めきだった。かわいらしい口、少し曲がった足、綺麗な毛並み、ゆさゆさと
揺れる尻尾、柴犬はとてもかわいかった。あまりに犬を見過ぎた為か、柴犬を連れた女から会釈をされ、男は少し恥ずかしくなった。
 下品なピンクのリサイクルショップがある交差点を渡り、バイクショップの前を通る。前にゴルフショップだった場所が不動産屋に
変わっていたがどうでも良い。外人の経営する服屋が男の視線に映る。センスが良いのはわかるがこの町に合っているとは思えない。
 体が発する熱気に、男が自転車で来れば良かったと後悔し始めたころ、寂れたサーティーワンアイスの陰から目的地の本屋が見えた。
 店内に入り、その日に出た漫画雑誌とゲーム誌を立ち読みする。ゲーム誌は、いつも通りの妄言でいっぱいだった。
 男は立ち読みを終えると文庫のコーナーへと向かう。最近、ハマっている作家の場所を見つけ、今日買うつもりの本を探す。
 そんな男が本棚に手を伸ばした格好で止まっていた。手の先にはちょうど一冊分のスペース。砂漠の中で見つけたオアシスが
蜃気楼だったかのような虚無感。興味のない人なら気付かないような二センチ程の小さなスペースは、嘲り笑う悪魔の口よう。
 小さいけれど大きなその隙間を見て男は迷った。在庫があるだろうか? 店員に聞いてみようか?
本棚の前で延々と続く思案を終えた結果、結局、男は店員に聞くことを選択した。聞いたときに本のタイトルを忘れていたので、
作者の別の本の折り返しで調べる為、文庫コーナーを往復までした。そして聞いた。無かった。男の耳は店員が告げるやさしい声を聞き、
男の目は店員が打ちこんだモニターに映し出された×印をしっかりと捉えていた。
 男は店員にお礼を言うと、とぼとぼと漫画コーナーへと向かった。落ち込んではいないと言えば嘘になる。
それでも男は特に気にしていない。この男は小説よりも漫画の方が数十倍すきだったから。
 男は集英社の青年漫画が並ぶ場所に立っていた。名前順に作家を辿る。目的の作家のところを見つけ確認する。今度はスペースは無い。
さあ買おうと手を伸ばした男がまた固まっていた。スペースは無い。けれども本も無かった。目的の本「いぬばか」の一巻から七巻までが
並び、十一巻から十三巻が続く。男の欲する九巻、十巻はスペースさえ存在せずに消えていた。本棚はぎゅうぎゅう詰めにされていた。

16 :No.03 大場浮浪 (お題:街) 3/3 ◇pxtUOeh2oI:08/03/01 23:07:15 ID:YBnQmty5
 そんな状況に陥った東京生まれ東京育ちの男の頭に浮かんだ言葉が「なんでやねん」だったことは誰も知らない。
 男は仕方がないので、講談社から出てるヴァイキングの漫画を二冊持ってレジへと向かった。もう一度店員に在庫を
聞く気は起きなかった。レジでは少しボケたお爺さんが店員たちに絡んでいた。相手をしていた店員の一人が助け舟とばかりに
男の持っていた漫画を受け取り、レジに通す。残された店員はさらにお爺さんに絡まれていた。笑顔が半分ひきつっていた。
ぴったし千百八十円を払い、商品とレシートを受け取る。レシートを備え付けのゴミ箱に入れ男は店を出た。お爺さんはまだ絡んでいた。
 男は通りの右側を歩いていた。別に歩行者は右側通行と言い張るわけではなく、行きが暑かったので日陰が多い方を選択しただけだった。
こちら側の木の根元には、パンジーよりも二周り程小さな花が植えられていた。
 男は白黒に塗り分けられた横断歩道の前で信号を待つ。塗装ごとひび割れたコンクリートの地面の上を、
サイレンを鳴らしていないパトカーが赤信号ぎりぎりで駆け抜けたことを確認して、男は横断歩道を渡った。
 普段はあまり通らない坂道を男は上っていた。ガサゴソという音に男が顔を上げると、民家の二階のベランダから、
シェトランドシープドッグらしき犬が顔をだしてフンフンと唸っていた。男はそんな犬に後ろ髪を引かれつつ、道を曲がった。
 子供が来るのをいまかいまかと待つような静かな公園の横を通る。時間はお昼過ぎ、こんな時間にブラブラしているのは、
定年を迎え暇を持て余した老人か、夫への愛が尽き始めた暇を持て余した主婦か、春休みで暇を持て余した大学生ぐらいだろう。
 男は、スズメより少し大きな鳥が遊ぶ駐車場を曲がり、普段から良く利用している坂道へと向かう。
 団地沿いの坂道、男の首は柵の中に広がる庭のような花壇と団地のベランダの方向を向いていた。
男が狙うのは、熟れた主婦の着替えシーンや禁断の昼下がりの情事……なんてことはまったくなく、スナック菓子やコンビニの袋が
散乱した庭、そのいつもの場所で寄り添って眠る白と黒の二匹の猫だった。寒かった間は姿を見せなかった猫たちが、
また姿を見せるようになってきていた。男はそんな猫がさわりたいと思った。でもそれは無理だった。
それは世界に恒久の平和が訪れるぐらい不可能だった。なぜなら柵からどんなに手を延ばしても、どんなに頑張っても一メートル程
足りないから。裏から回ればさわれるかもしれないが、それはしてはいけないと色々考えた末に結論付けた。
リスクに対してリターンが少なすぎる、男はそう考えていた。男にできることはただひとつ、
猫が柵のこちら側に来てくれることを願うのみ。それがが男が猫を撫でることのできる唯一の瞬間である。
この男にとってこの柵は年に一度、カーニバルのときに入ることのできる米軍基地、それを覆う柵よりも遙かに険しい柵だった。
 男はいつもどおり歩きながらそんなことを数秒で考え、首を稼働域限界まで曲げた後、団地の前を通り過ぎ帰宅した。
 目的は何ひとつ果たせなかったけど、男はそれなりに幸せだった。
 これてといって特徴の無い男が、これていって特徴の無い町を歩く、これといって特徴の無いお話は、これにておしまい。




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