【 コンプレックス 】
◆IPIieSiFsA




61 :No.22 コンプレックス 1/4 ◇IPIieSiFsA:08/02/24 22:31:44 ID:OFwK7DZT
 身体測定が嫌いだ。私が気にしている事を明確に数字で表してしまうから。
 だから今日という日が来るのが一週間も前から憂鬱で、今この時間は最悪だった。
「ほら、背筋をちゃんと伸ばして」
 無意識の内に背中や首を僅かに曲げていたのだろう。少しでも小さく測定されるように。けれどそんな小細工はあっさりと看破された。担当の先生は、私が背筋を伸ばさないと身長を測ってくれる気はないようだった。
 仕方なく背筋を伸ばすと、途端に頭のてっぺんに軽い衝撃がきた。
「はい。百八十……一センチ。凄いわね、バレー部にでも入ったら?」
 百八十一センチ? その数字を聞いた瞬間、私はまるで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。それも二回も。
 ひとつは、身長が百八十センチの大台を超えた事。もうひとつは、高校二年になった今でも身長が伸びているという事実。この二つが、私の頭を激しく殴りつけた正体だ。
 そしてその衝撃は当然の如く私の気持ちを沈みこませる。先生が放った『バレー部にでも入ったら?』という一言と共に。
 この高身長の所為で、小学生の頃から幾度となく言われた言葉。
 中学生になって入部してみたけれど、アタックは空ぶる、レシーブは拾えない、トスが真っ直ぐ飛ばないの三拍子。期待を持って歓迎してくれた先生や先輩たちの眼差しが、日を追うごとに醒めていくのを見るのが辛くて退部した。
 それからも身長は伸び続け、バレーをやればいいのに、という言葉は常につきまとってきた。
 落ち込みながら向かった次の測定は、さらに私の気持ちを深く沈めた。目の前にはメジャーを持った先生。バストとウエストの測定だ。
 背が大きい子は発育がいい、というのは一般的な事だろう。ただしそれは一般的なだけであって、全てではない。中には例外もいるのだ。私のように。
 先生の前に立ち、両手を横に水平に伸ばす。メジャーが私の胸まわりにくるっと回される。先生は目盛りを読み、メジャーを下げてまた読む。
「トップが八十五で、アンダーが八十。……んー、希望は捨てちゃダメよ?」
 下手な慰めが一番傷つく。しかし身長は伸びてるのにいまだにカップはAAAのままという現実。正直、絶望した。
 私に未来はないのだろうか。ため息が出る。
 完全にどん底まで沈みこんだ気持ちのまま、私は全ての測定を終えて着替えを始める。クラスメートがブラジャーを着けていくのを尻目に、私はスポーツブラを手に取って、どん底の裏側まで落ち込んだ。

 憂鬱な気分で教室に帰ってきた私は、嫌なことは早く忘れようと、次の授業に備えるべく机の中に手を入れた。引っ張り出した国語の教科書。その上に、白い封筒が乗っかっていた。
 表には私の名前。手に取って裏返してみる。右下に『2年5組 河原和也』と書かれている。五組は隣のクラスだけど、見覚えの無い名前。誰だろうかと考えていると、友達がすっと近づいてきた。
「何それ? あっ、もしかしてラブレター?」
 ああ、なるほど。ラブレターか……。
 ……………………。
 えええええええええええっっっっっっ!?
「ち、ちがっ! そんなんじゃ、ないよっ!!」
 私は慌てて封筒をポケットに押し込む。
「そうなの? なんだ、残念」
 私の言葉をあっさりと信じたのか、言葉どおり少し残念そうな顔をして友達は離れて行った。

62 :No.22 コンプレックス 2/4 ◇IPIieSiFsA:08/02/24 22:32:00 ID:OFwK7DZT
 早鐘のような心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
 顔が熱くなってきて、絶対に真っ赤になっていると思った私は、急いで教室を飛び出した。

 あれからトイレで封筒の中を確認した私は、放課後になった今、屋上に出る手前の踊り場に向かっている。
 中に入っていた手紙は『話があるから来て欲しい』という内容だった。厳密にはラブレターではないけれど、違いは無いような気がする。これが悪戯でなければ。
 多分顔は赤いと思う。心臓はドキドキいってるし、足もなんだか震えている。私が呼び出されている側なのに、とても緊張している。昔から『デカ女』、『電柱女』と呼ばれて、男子からはからかわれる対象だった私には、初めての体験だから。
 階段の下から踊り場を見る。誰の姿も見えない。まだ来ていないのだろうか。私は意を決して、階段を上り始めた。一段、二段、三段…………十三、十四。階段を上り終え、踊場に辿り着いた私が目にしたのは、壁に両手をついている男の子だった。
 彼の第一印象は、その身長だった。明らかに私よりも低い。それも比べようも無いほどに。
 私が彼の背中に声をかけようか迷っていると、気配に気づいたのか、こちらを振り向いた。
「あっ、えーっと。は、はじめまして! 河原和也です!」
「あ、高橋沙弥香です。お待たせして、すみません」
 二人とも丁寧な挨拶を交わして頭を下げる。なんか違う気がする。
 最初の挨拶の後、お互いに視線も合わさず、沈黙が続く。かといって私から話しかけるのも変だし、そんな勇気も無い。
 五分か十分か、緊張の所為で時間の感覚が無いけれど、しばらく経ってからやっと、彼が口を開いた。
「あの……、俺と付き合ってください!」
 やっぱり。手紙を見た時からそうだろうとは期待していたけど、実際に言葉にして聞くとその衝撃は凄まじい。
 ここに来るまでに色々と考えていた言葉が全て吹っ飛んで、頭の中が真っ白になるほどに。そして頭が真っ白になった私は、
「か、考えさせてください!」
 と、裏声で返事をして逃げ出してしまった。
 そして気づいた時には、自分の部屋の床の上にへたり込んでいた。
 まだドクドクいっている心臓。落ち着かせるために大きく深呼吸をする。うん。少し落ち着いた。
 さっきの事を思い出す。
「告白されちゃった……」
 口に出したら、また鼓動が早くなった。顔も熱くなる。
 ぶるんぶるんと首を横に振る。
 駄目だ。どうしても顔がにやけてくる。
 だって生まれて初めて告白されたんだもん。いままでそんな事とは全くの無縁だったこの私が。これが喜ばずにいられようか。
「うっきゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
 私は叫びながらベッドにダイブして、布団や枕を抱きしめてゴロゴロと転げまわった。
 お母さんに『うるさい!』と怒られた。

63 :No.22 コンプレックス 3/4 ◇IPIieSiFsA:08/02/24 22:32:16 ID:OFwK7DZT
          
 気分よく夕飯を済ませて、お風呂に入る。湯船に浸かりながら鼻歌なんかも唄ってみる。身体測定で落ち込んだ気持ちなんか、どこかへ飛んでいってしまった。
 念入りに身体を洗ってお風呂を出る。バスタオルで身体を拭いていると自然、鏡にうつる私が見えた。
 正面を向いて立って見る。
 彼は、私のどこを好きになったんだろう?
 鏡に映る自分の姿を観察する。
 身長に比例して肩幅が大きい。バストに関しては今更だ。多少のくびれを見せるウエストに、ほんの少しだけ女らしさが窺える下腹部。可もなく不可もなく、魅力に乏しい足。ただし身長のとおり、靴のサイズは二十七。これも悩みの一つだ。
 運動靴なんかは男物を履けばいい。けど、可愛い靴となるとそうもいかない。こんなサイズの可愛い靴など無いのだ。そうなると服装も必然的に靴に合わせたものとなって、ジーンズとかが多くなる。もっとも、私にヒラヒラのスカートが似合うとも思えないけど。
 小さい頃から男子よりも背が高くて、中学生になる頃には百七十センチを超えていた。
「あいつってさ、背が高いくせに胸とかも全然ないじゃん? 何かホントに電柱って感じだよな」
 直接言われたわけじゃないけど、耳に入ってきた男子の言葉。それが元になって、それまで『デカ女』だったあだ名は『電柱女』になった。
 その頃はまだ気にしていなかったのだが、中学二年、三年となるにつれて周囲との違いがハッキリしてくると、かなり焦るようになった。いつまでたっても、胸が膨らんでこない。
 中学三年になると、ブラジャーをしていないのはクラスで私だけだった。一度だけ試したことはあったけど、あまりの意味の無さにタンスの奥にしまいこんで、それ以来光を見ていない。
 そしてもう一度、鏡に映った私を見る。
 頭のてっぺんからつま先まで。首から下は綺麗に白一色。唯一、胸だけが白以外の色を持っている。
 胸に手を添えてみる。哀しいほどに、平らだった。
 こんなにバカみたいに身長が高くて、胸が全く無い女の子を好きになるのかな? かなりマニアックなんじゃないだろうか。彼の事を考えてみる。
 名前は河原和也。隣のクラス。それだけ。いや、もう一つ。背が低かった。百六十センチくらいだろうか。
 鏡にうつる私。その隣に立つ彼を想像してみる。
 裸の私の隣に制服の彼というのは、かなりおかしい構図だった。それはさておき。
 百八十一センチの私と、百六十センチ(推定)の彼。あまりにもミスマッチじゃないだろうか?
 男が高くて女が低いなら格好はつくけど、男が低いのは、彼も辛いんじゃないだろうか?
 そもそも私なんかが好かれるというのは、本当なんだろうか?
 そう考えてくると、告白されたのがなんだか嘘のように思えてきた。実は罰ゲームか何かで。
 というか、『好き』って言われたわけじゃないんじゃない?
 なんだかまた、気持ちが沈んできた。

 次の日。逃げ出したお詫びと返事を兼ねて、彼に話をしに行った。恥ずかしかったけど、教室に行って彼を呼んでもらって、昨日と同じ踊り場へ向かう。
 彼と私。昨日とは逆の立ち位置で向かい合う。いつまでも黙っているわけにはいかない。勇気を出して口を開いた。
「あの、昨日の話なんだけど……」

64 :No.22 コンプレックス 4/4 ◇IPIieSiFsA:08/02/24 22:32:33 ID:OFwK7DZT
 それだけで、彼の身体がビクッと震えた。
「とっても嬉しいんだけど、その……私なんかじゃ、河原くんには不釣合いなんじゃないかな?」
 真っ直ぐに見つめてくる彼の視線を受け止められず、逸らしたままで告げた。
「……それって、俺の背が低いから?」
 静かな、落ち着いた声。
「そんなんじゃ、ないよ……」
 嘘だ。自分の事ももちろんある。けど、私とは対照的な彼の身長も気にしている。
「俺の背が低いから、格好悪いから、だから駄目なんだろ? ハッキリ言ってくれよ!」
 彼の声が怒っている。けど、顔は怒っていない。どちらかと言えば、泣きそうな顔。
「そうじゃないよ! 私ってバカみたいに背が高いくせに、胸なんかぺたんこだから、きっと周りから変な目で見られるし。ずっと、男子にはからかわれてきたし。そんな私と一緒にいたら、きっと貴方もバカにされるよ?」
 多分、私も泣きそうな顔になってる。
「関係ない! 確かに君は背が高くて、胸が無くて、それをずっと悩んでる。けど、君は俯くことなく胸を張って前を向いている」
 まるで怒鳴るような彼の言葉。でも、そのひとつひとつが優しく胸に響く。
「そりゃ君の悩みは、男で背の低い俺にはわからないけれど。でも、そんな風に悩んでいる事もひっくるめて、君のことが好きなんだ!」
 ああ、この人は本当に私の事を好きでいてくれるんだ。私が悩んでいる事、それすらも好きだと言ってくれる。
「ありがとう」
 素直に、心からの感謝を彼に。自然と、涙が零れる。
「う、うん」
「こんな私でよかったら、付き合ってください」
 笑顔を、心からの喜びを彼に。
「……やったぁっ!!」
 ガッツポーズをして「やった、やった」と繰り返して喜ぶ彼。そんな姿を見ていると、こっちまでもっと嬉しくなってくる。それに、ちょっと悪戯心もわいてくる。
「あのね、実はまだ"誰にも"言ってない悩みがあるんだ」
 そう言って彼に近づく。
「実はね……」
 続きは彼の耳元で囁く。どんな反応をするだろうか。想像して、顔を赤くするだろうか。
 けど、こちらを見つめる彼の顔は何故か笑顔。
「それなら、俺も一緒に悩めるよ。だって、俺もまだ生えてないから」
 想像して顔を赤くしたのは、私の方だった。
 そして私たちは、お互いの悩みをひっくるめて、一つだけ同じ悩みを抱えて、お付き合いをはじめた。



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