【 ゾックズ・ポートレート 】
◆zsc5U.7zok




27 :No.10 ゾックズ・ポートレート 1/4 ◇zsc5U.7zok:08/02/24 08:41:01 ID:b8uUwf3T
 二〇一〇年二月二十四日、悪名高きエドモンド・マイヤーズは永久の眠りについた。世界中から、様々な形で
注目を浴びた殺人鬼は、とても安らかな死に顔を浮かべていたという。

 エドモンド・マイヤーズ……通称繋ぎ屋エディの仕業とされる犯行が最初に確認されたのは、その死より十年
近くも前のことだった。
 二〇〇〇年一月七日。ミレニアムの到来を知らせる鐘の音が世界中に鳴り響いてからほどなく、フロリダの郊
外にてそれは発見された。
 リチャード・ウィンスキー家。極一般的な家庭だ。リチャードは教師で、妻と二人の子供、そして彼の母親の
五人家族だった。人から恨みを買ったことなど無いような平和な家。
 その一家全員のバラバラ死体は、それぞれが間接の繋ぎ目に合わせて五箇所ずつを切断され、その後にランダ
ムに繋ぎ合わされていた。まるで出来損ないのマネキンのようなそれは、動機の不透明さもあってか、異様な光
景として州警察の度肝を抜く。
 しかし、その凄惨な事件はほんの序章に過ぎなかった。
 それからわずか二日後。警察は、未だ事件の全体像も掴めていなかった頃だった。リチャード家から三キロメ
ートルも離れていない場所で、新たに事件が起こる。
 ジェラルド・ハインマン家も、リチャード家と同じく極一般的な家庭だった。六十近くになるハインマン夫妻
と、その息子二人、そして娘一人の五人家族。
 同様に体をバラバラにされ、繋ぎ合わされていた。すぐに人間関係が洗い直されたが、やはり怨恨の類は考え
にくくこれといった手掛かりも無し。しかし、明らかに同一犯の犯行である。
 これ以上の事件の拡大を恐れた警察は止む無く事件の情報を公開し、住民に注意を促すなど異例の判断を下し
た。だが、殺人鬼は強まる警戒とは裏腹に、むしろそれをあざ笑うかのように犯行を重ねていく。
 フロリダ、サウスカロライナ、ルイジアナ、モンタナ、オクラホマ……と範囲は拡大していった。
 事件の間隔にはバラつきこそあれ、三年近くの間に延べ二十件……百人以上の人間が同一犯と思われる手口で
犠牲になったのである。
 増える被害とは対照的に、有力な手掛かりは得られることなく捜査は行き止まりへ。
 日々深まっていく不安と恐怖に、アメリカ中を絶望が包んでいった。

28 :No.10 ゾックズ・ポートレート 2/4 ◇zsc5U.7zok:08/02/24 08:41:20 ID:b8uUwf3T
 そんな時だ。
 この殺人事件の犯人を名乗る男が、突如として自首してきたのである。
 彼こそがエドモンド・マイヤーズその人である。
 このニュースは瞬く間に広がり、世界中の知るところなった。
 世界を揺るがせたシリアルキラーの素顔に、世界中のメディアは注目したのだ。
 エディはマイアミ生まれのマイアミ育ち。『両親を早くに亡くし、親戚夫婦に育てられた』ということ以外は
彼が殺した者たちと同じく極普通の人間だった。幼い頃から成績は優秀で人望もあり、およそ犯罪とは無縁に見
えたという。妻や子はおらず独身。小さな病院を開いて献身的に患者に尽くしていた。
 ともあれ、いくら事件とかけ離れた人物像とはいえ、彼が自供した内容は正確であったし、犯行に使われた鋸
からは、被害者のDNAも検出された。彼の仕業であることは、間違いなく事実だったのである。
 しかし、奇妙なことに彼はその動機を語ろうとはしなかった。裁判においても、犯行を認めはするもののそれ
以外は頑として語らず、ひたすら自分が然るべき刑に服すことを望んだのだ。
「私は死ぬべきだ」
「私は殺されるべきだ」
 必ず最後にエディはこう締めくくった。
 
 結局、二年程で彼には本人の望みどおり、死刑が言い渡されることとなる。彼はその判決を耳にして、嬉しそ
うに涙を流し神に感謝を述べたという。 
 その段になって、メディアは奇妙な事実に気付く。彼が罪を犯した地域は、全て死刑が存在する州だったのだ。
それが全て計算づくだったとしたら、彼はまるで死刑になることを望んでいるかのようにも思えた。
「可能な限り僕の体を多くの方に提供して欲しい。せめてもの償いに」
 彼はそんな遺言を残し、その二年後の二月二十四日に処刑された。
 提供者が提供者だったために、誰にどこが移植されたのかは匿名とされたが、結局彼の新鮮な肉体の一部は、多
くの臓器提供を望む患者の下へと送られた。

29 :No.10 ゾックズ・ポートレート 3/4 ◇zsc5U.7zok:08/02/24 08:41:40 ID:b8uUwf3T
 そして、さらなる恐怖はこの後にやってきたのである。
 彼の死から一ヶ月後、角膜の移植手術を受けた十四歳の少年が、病院内で無差別に患者を切り刻むという事件が
起きる。技術的には未熟であったものの、まさしくその手口はエディのものと酷似していた。
 警察は少年の身柄を拘束。直ちに事情聴取を行った。すると少年は驚くべきことをその口で語ったのである。
「彼の体に、まるで不出来なパッチワークのような違和感があったんです。切り取り線と言ってもいい。私を切っ
てくれと懇願するように見えたのです」
 少年は二日後に舌を噛み自殺した。
 それからも事件は続く。
 その二日後には同じく角膜を移植された少女が、さらにその三日後には皮膚を移植された青年が、同様の事件を
起こしたのである。彼らは皆、エディの体の一部を移植された者達であった。
 当然、メディアはこの事実に食いついた。

「殺人鬼エディは生きていた!」
「エディの体を受け継ぐ者達が新たなエディへ!」
「彼の犯行はいつまで続くのか? 繋ぎ屋エディの恐怖」
 
 それからは、メディアがエディと化したと言えるのかもしれない。
 臓器移植手術を受けた人間には片っ端から疑いをかけ、〜はエディかもしれない……と書き立てたのだ。健康に
なる為に戦っていた多くの患者が、メディアの執拗な攻撃に晒されることとなった。自分の体の一部がエディ以外
の人間から貰ったものだと証明する羽目になったのである。
 また、その攻撃は徐々に「移植以外の手術を受けた、エディと同じ血液型の人間」にも及んだ。
「何故輸血をしたのですか!? 殺人気になりたかったのですか!?」
 エディの血液の一部もまた、輸血用血液として提供されていたとはいえ、あまりにも理不尽すぎる発言である。
 患者達の中には、その精神的苦痛に耐えられず、自ら死を選んだ者達もいた。
 政府はここに到って事態を重く見、エドモンド・マイヤーズの肉体の残り全てを処分する旨を発表した。実際に
は、もうその多くが使用あるいは処分された後ではあったのだが、完全なる事態の収拾を図る決断だった。

30 :No.10 ゾックズ・ポートレート 4/4 ◇zsc5U.7zok:08/02/24 08:41:55 ID:b8uUwf3T
 しかし、事態はこれでも収まらなかった。
「私はエディです。人を殺す前に自ら命を絶ちます」
 そんな遺書を残し、自殺する者達が現れたのだ。その多くは、狂信的なエディのファンあるいは信者と呼べる者
達だったが、これらの死が多くの人間に疑念を植え付けたのである。
「彼は病院に行っていたな。もしかしてエディになったのでは?」
 エディの血を受け継ぐ者達が、新たに献血や臓器提供をすることでさらにエディが増えていく。そんな埒も無い
想像すら、マスコミの煽りを受けて恐怖の対象となっていたのだ。
 この騒ぎはそれから一年以上も続いた。
 
 二〇一〇年二月二十四日。この日起きた一件の自殺を切っ掛けとして、唐突に騒ぎは沈静化することとなった。
 自殺したのはエディの心臓を移植された青年だった。そしてその遺書にはこう書かれていた。

「殺人鬼はもうずっと前に死んでいるはずなのに、彼の恐怖は続いている。私はエディの心臓を受け継ぎはしたが、
人を殺したいなどと思ったことは一度も無い。では、彼の殺意とはいったいどこにあったのだろうか? エディの
死後、命を絶たれることとなった人々は間違いなくエディの殺意によって殺されたのだろう。邪悪とは一体どこに
潜んでいるのだろうか? 心臓? 目? 血? 私はどれもが違っていると思う。その答えをはっきりと知る者は
最早いない。だから私は私に出来ることをしようと思う。殺人鬼エドモンド・マイヤーズはここに自らの死を宣言
する。これより後起こる悲劇は、全て『人間』の悪意そのものであろう」

 了



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