【 とある妖精と少年のお話 】
◆InwGZIAUcs




125 :No.30 とある妖精と少年のお話 1/5 ◇InwGZIAUcs:08/02/03 23:44:59 ID:sYxQu+th
 人里離れた森の真ん中に、太陽の日が降り注ぐ開けた場所があります。
 赤、青、緑、黄色。そこは彩り鮮やかな花々が咲き乱れるお花畑。
 今日も丸いキノコの椅子の上では、妖精たちが楽しそうにお喋りをしています。そう、ここは妖精学校。
 そこでは今、一際高い椅子に座ったマリー先生が笑顔で拍手をしていました。
「リリーナさん、おめでとう!」
 拍手は周りの生徒達にも伝わりとても賑やかです。 
 その中心にいるのは、ふんわりした緑色の髪の毛と、蒼い透き通る羽が良く似合う妖精リリーナ。
「あ、ありがとうございます」
 リリーナはにかんだ笑顔を浮かべ、ペコッと皆に頭を下げます。
「リリーさん。卒業試験を合格できた貴女には、人間界に行く許可が与えられます。じっくりと人間界を知ってきて下さい」
「はい。あの、その、人間界では何をすればいいのでしょうか?」
「ふふ、悪戯するも、人間の持ち物を持ち帰るのも、あなたの自由ですよ? だけどね、分かっていると思うけど、人間に姿を見られては駄目よ?」
「はい、見られた妖精は……妖精界を追放されてしまうんですよね?」
 緊張した面持ちで答えると、マリー先生は笑いながらリリーナの頭を撫でた。
「そう、愛に満ちたこの妖精界を追放された妖精は、やがて愛の恩恵を失って死んでしまう……」
「はい、大丈夫です。気をつけます」
「ふふ、いい子ね。行ってらっしゃいな」
 いつの間にかリリーナは同級生に囲まれていました。彼らは、人間界のお花を摘んできてくれ、やれ人間界の食べ物を持ってきてくれ、
などなど、リリーナに数え切れないお願いを託し、彼女を見送りました。
 そしてリリーナは、人間界へと旅立っていきました。


 目新しいモノで溢れた人間界。リリーナは夢中になって人間の町を飛び回りました。
 飽いたら次の街、次の街と、まるで渡り鳥のように飛び続けます。彼女の旅は、新しい知識と体験で埋め尽くされ、
それはそれは有意義な時間を送っていました。もちろん姿を見られたなんてこともありません。
「これが船、これが馬車、これがパン、あ、蜂蜜塗ってる」
 石造りの家の上に腰を掛け、リリーナは街の様子を伺います。
「私も少し頂こうかしら……」
 姿が見えないのを利用して、蜂蜜のパンをこっそり頂戴しようという魂胆を抱いその時、
「はれ?」

126 :No.30 とある妖精と少年のお話 2/5 ◇InwGZIAUcs:08/02/03 23:45:42 ID:sYxQu+th
 彼女は家の上から落ちてしまいました。
「力が……入らない」
 リリーナは妖精界のある森から離れすぎてしまっていました。妖精の力の源である愛が枯渇している今、
遠く離れた森に戻る力は残っていません。
「このままじゃ私……消えちゃう」
 しばらくして、リリーナの横たわる路地の片隅に人間がやって来ました。ちょっと野性味のある男の子です。
「……なんだお前?」
 彼は偶々通りかかったようですが、リリーナを見据えそう言いました。
「え? 私の姿が見えるのですか?」
 いくら力が入らないとはいえ、姿は消しているつもりなのでリリーナは心底驚きました。
 どうやら姿を消すこともできなくなっているようです。
「弱っているのか……?」
 リリーナの雰囲気から察したのでしょう、男の子はリリーナを両手で包み込むように拾い上げました。
「あの、その……」
「とりあえず家に来なよ」
 男の子は、リリーナを家に連れ帰ることにしました。
 

「俺はライナっていうんだけど、お前は……?」
 小さな布で拵えたベッドに横たわるリリーナ。傍らでは、肘をついて彼女を眺める男の子、ライナがいます。
「私は、リリーナといいます……あの、私の事は内緒にして欲しいのですが……」
「ああ大丈夫だよ。ここは俺の部屋、俺以外こないよ」
 リリーナはとりあえず胸を撫で下ろしましたが、問題は山積みです。
 とりあえず、リリーナは力を取り戻さないといけません。
 しかしリリーナは、このような状況下で、一つだけ生き延びる術に心当たりがありました。
妖精学校では禁忌として、知識として与えられたものでしたが、まさか実践する日が来るとはリリーナ自信夢にも思っていませんでした。
「おい。リリーナ、おい、聞いてるのか?」
 ボーっと考え事をしていたリリーナはハッとして、ライナの言葉に耳を傾けます。
「ごめんなさい、もう一度お願いします」
「あのな……まあいいけどさ。要するに、リリーナが何者で、何でそんなに弱っているか聞いてたんだよ」

127 :No.30 とある妖精と少年のお話 3/5 ◇InwGZIAUcs:08/02/03 23:46:02 ID:sYxQu+th
 リリーナは本当の事を言うかどうか迷いました。言えば、いや、言わなくても妖精界追放されるでしょう。
しかしひょっとすれば、ここで言わなければ、許してもらえるかもしれない……。しかし、力を取り戻す唯一の選択をするにのは、
事情を全て説明しないと不可能だと、リリーナは思いました。
「私は、その……妖精なんです。ここから遥か彼方、妖精界のある森からやってきました……」
 リリーナはこれまでの経緯をライナにゆっくりと説明しました。妖精学校の試験に合格したこと。人間界に降りる許可がでたこと。
その人間界が楽しすぎて、気づいたらここまで来てしまっていたことを……。
「そっかあ……じゃあその森まで送り届ければいいんだよな?」
「え、ええ……でも……」
「でもなんだよ」
「人間に見られた妖精は、妖精界を追放されてしまうのです……」
「へ? じゃあもう駄目じゃんか!」
 そう、リリーナはもう消える運命にあります。しかし、リリーナは最後の賭けに出ました。
「あの、その迷惑じゃなければ!」
(私をかくまってくれるこの人なら……)
「迷惑じゃなければ?」
 ライナは合いの手を入れる。
(無邪気な瞳を持つこの人なら……)
「私を、私を愛してもらえないでしょうか!」
「愛して? ……へ? 愛して?」
 コクっとリリーナは頷き、ライナは目を丸くします。
「それはどういう意味だよ? リリーナを好きになれってことか?」
 リリーナは顔を真っ赤にしながら頷きました。
「こう、必要に思ってくれるだけでいいんです。私はそれだけで存在しつづけることができる……」
「ちょっとまってくれ!」
 ライナはまだ十五歳。好きな女の子と手を握ったこともありません。そんな彼に、突然こんな小さな女の子を好きになれと
言うほうが無理な話です。それでも、リリーナは必死に訴えました。
「私もライナのこと知っていくつもりです……だから……」
 見た目麗しい妖精の少女。いくら小さくとも、その姿は花のように可憐で、そんな彼女の目に溜まる涙をみてライナは、
たじろぎ返す言葉を探します。
「あっと、その、とりあえず友達からでいいか? 俺その、愛する、とかよく分からなくて……」

128 :No.30 とある妖精と少年のお話 4/5 ◇InwGZIAUcs:08/02/03 23:47:02 ID:sYxQu+th
「は、はい! よろしくお願いします」
 笑顔を取り戻したリリーナに、なんとなく鼻先を掻くライナ。二人は照れくさそうに笑いました。 
 人の愛で自分の存在を満たす。これこそがリリーナの生き延びる唯一の術であり、禁忌とされることでした。


 二人の出会った春が過ぎました。時は二人にとって、思いのほか早く進んでいるようです。
 夏を遊び、秋を感じ、冬で暖を取り合う。二人はいつの間にか、とても良い仲になっていました。
 寒い冬の日、床についたライナは隣で丸くなっているリリーナにふと話しかけました。
「なあ、もうすぐ一年経つけど……リリーナは妖精界に帰らなくてもいいのか?」
「うん……でも、帰ってもきっと妖精界を追放されて、行く当てをなくしてしまうわ……」
「そっかあ……一度見てみたかったなあ妖精界っての……ここからずっと西のほうにあるんだっけ?」
 リリーナは慌てて事の重大さをライナに説きました。
「ライナ! 人間が妖精界に行けばただでは済まないよ? 多分生きては帰れないと思う……妖精界に人間が来ることは、
決して許されないことなの……だから人間と関わりを持った妖精は、妖精界を追放されてしまうの……」
 そう言ったリリーナの表情は暗いものでした。ライナはなんとなくいたたまれなくなり、布団から出した手で、彼女の小さな頭をそっと撫でてやります。
「ありがとう、でも今はライナがいるから平気だよ? 私はラッキーなのです」
「そっか……変なこと言ってごめんな」
「うん」
 二人はその後、ゆっくりと眠りに落ちていきました。


 コンコンという窓の音に目を覚ましたリリーナ。誰かが呼んでいる声がします。
「リリーナ、リリーナ」
「ん……だれ?」
 リリーナが目を擦ると、開けていく視界の先には見覚えのある顔……心配そうに顔を歪ませたマリー先生でした。
「マリー先生! な、なんでここに!」
 リリーナは慌てて窓の外に飛び出ます。
「良かった……無事でしたね。貴女の帰りが余りにも遅いので、貴女の気を辿ってここまで来たのです」
「あの、先生私……」
「いいのです。分かっています。貴女がまだ無事ということは、禁忌とされているすべを使ったのですね……」

129 :No.30 とある妖精と少年のお話 5/5 ◇InwGZIAUcs:08/02/03 23:49:14 ID:sYxQu+th
「はい……」
「幸いここは妖精界から遠い場所。人間がたどり着くことも無いでしょう……。妖精界の王様には私が口添えをしておきました。
あなたは妖精界に戻っても追放されることはなくなりました」
「ほ、本当ですか?」
「本当ですよ。戻ってきますね? もしこの機を逃せば、あなたはもう妖精界に戻ることはできないでしょう……」
 その言葉に、リリーナは酷く胸を痛めました。窓の中のライナを見みます。彼は幸せそうに眠っている……。
 ここで過ごした楽しい一年と、今まで過ごしてきた十数年の森……。
 夜明け前、リリーナは一つの決意をしました。


 翌朝、机の上にいるはずのリリーナの姿はなく、ライナ宛ての手紙が載っているだけでした。

――ライナへ。私は昨日の夜、妖精界の迎えがあり共に帰ることにしました。今を逃したら二度と帰られません。
本当に勝手でごめんなさい。またいつか必ず恩返しに来ます。その日までどうかお元気で。    リリーナ

 ライナは即座に手紙を破り捨てました。 
 彼は黙って朝食を終え、アルバイトで貯めた貯金を全て使い果たし、短剣に蝋燭、ロープに寝袋、保存食等を入れ、
港に飛んでいきました。目指すは西。
 人目も気にせず、海に向かって一人吼えます。
「勝手なやつめ! 愛せって言ったよな! お前の気持ちをその口から聞くまであきらめないぞ!
どこまでも追いかけるぞおおおおお!」
 たった一年で愛に目覚めた少年の旅立ちを、太陽だけが見守っていました。                  終わり



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