【 あなたのお値段教えます 】
◆cwf2GoCJdk




107 :No.26 あなたのお値段教えます 1/3 ◇cwf2GoCJdk:08/01/28 17:25:38 ID:iApBR0zd
 よくこんなこと言いますよね。『お金で買えないものもある』って。それはなにかという質問をしたら、人それぞれ答えが違います。凡庸なロマンチストなら『愛』とか肌が栗立ちそうなことをいうでしょうし、将棋指しなら『将棋の強さ』とかいうでしょう。
 これを考えていくとですね、お金で買えないものって、結構多いことに気づくんですよ。屁理屈みたいなことをいえば、たとえばティッシュ一枚だってまったく同じものはないわけですから。
 そんななかで、あらゆることを金銭的価値で処理しようとしたやつがいます。彼、あるいは彼らでしょうか。彼らにしておきましょう。彼らはこう言います。
「すこしでいいから考えてみてください。たとえば、あなたに宝物があるとします。それはおそらく、どんなにたのまれても、またいくら金を積まれても譲れないものなのでしょう。
 しかしですね、そうはいっても、あなた以外には『そんなに』価値がないものなのですよ。
 いいですか、その人、あなた以外の人間にとって、それはおなじ商品よりもずっと価値が低いものなんです。ただ使い古されただけですから」
 口舌は延々と長ったらしく続き、それにともなって論理を飛躍させていきます。
「もういちど想像してみましょう。目の前で苦しんでいる人がいるとして、あなたはできるならその人を助けたいと思うでしょう。そして実際にそれが可能だとします。
 しかしアフリカかどこか、貧困にあえいでいる人たちの『だれか』も救えると仮定しましょう。
 そのふたりのうちひとりしか助けられないとしたら、どちらを助けますか? そう、あなたは目の前にいる人を助けるでしょう。
 いいですか、ここが肝心です。たとえばあなたが救えるのが、どこか遠いところにいる人びとに限られているなら、どちらでもいいんじゃないでしょうか?」
 この先も続いて、客観性と主観性とかよくわからないことを博学に述べるんですが、まあ彼らの言いたいことはだいたいつぎのことです。
 個人的なことを排除して、完全に客観的にみることでしか『公平』な価格決定はできない、と。
 これには同意してもいいでしょう。だっていってることはまったく当然のことで、なにを今更、ってくらいじゃないですか。それにしても、長々と語って、結局常識的なことをいうんだから、祖母の説教に近いものを感じさせるなあ。
「われわれはそれを実践したはじめての企業だ」と大言壮語を思わせる、こちらがひやひやすることを言い切ります。
「いままで人びとは『物』だけに価値を与えてきた。われわれはその先に進もう。物だけでなく、事象や才能にも『公平』なる価値を与えようではないか」
「考えてもみて欲しい」とついで、
「すでに才能は金銭でやりとりされている。メジャーリーガーやセルエAの選手たち、俳優などもそうだ。しかしそれらは『ほんとうのところ』適正な評価をされているのだろうか?
 あるいは名もない一般人たちは、『正しい』自分の価値を認識しているのだろうか?」
 とまあこんなありがた迷惑めいたことをいうんですが、実際この会社は成功するんですね。彼らもいつかいっていたように、『占い』のような心もちでやる人が多かったんじゃないかな。慈悲的なお値段、といっても結構高額なんですがね。
 この会社の仕事というのは依頼されたものや人を徹底的に調べて、それで価値を換算する、というものですが、実際のところどれだけ信憑性があるのかはわかったものじゃない。
 その結果得られた個人情報は企業秘密として保持されるそうですが、怪しいものです。まあ結果からみると、それは正しかったそうですが、当人たちは気が気じゃなかったと思うな。
 個人情報が流出してる、なんて一文も一時期インターネットやものの本でよくみましたから。まあそれを書いた人たちは訴えられたのですが。
 そんな心配事もあって、「詐欺ではないのか」と考える人たちが(これには滑稽な響きがありますが)、それなりの価値の骨董品をいくつか調査対象にしました。するとすべてに『適正』な値段がちゃんとつけられたんですね。
 ただし、問題は解決したわけではありません。被害者たちは言います。
「そう、たしかに骨董品には正しい値段を付けることができるようだ。だが、だからといって、それ以外の保証もされたわけではない」
 これは正しいっちゃ正しいんですが、屁理屈じみたものを感じさせるな。だって実際に正しく、たとえば才能に値段を付けたとして、それが適正かどうかの保証はないんですからね。
 被害者ぶった彼らは個人情報が保護されているのか、という部分について言及するべきなんですよ。

108 :No.26 あなたのお値段教えます 2/3 ◇cwf2GoCJdk:08/01/28 17:25:49 ID:iApBR0zd
 それができないのはわかってますがね。それは彼らがただクレームを付けることに快感を抱くタイプの人間だからですが、それってつまり、なんとなくその種の心配が杞憂に終わることをわかっている、ということでもあります。
 とりあえず会社としてもこのやっかいで、ある意味正統な営業妨害をなんとかしなきゃ、と思ったんですかね。また長ったらしい説明文を発表するんです。
 それによると、一人の人間を調べるとき、その人の優れている部分の最高の組み合わせを考えて、それで評価する、とのことです。なんだかよくわからないのですが、そういうことだそうです。
 メジャーリーガーが将棋でアマ四段の実力を持ってたとして、それがなんになる? それ自体はすばらしいことだが、そのふたつはあまりにもかけ離れすぎていて、相互作用は皆無だ。
 将棋のほうだけとってもいいけれど、アマ四段とメジャーリーガー、どちらのほうが希少かはいうまでもない??とこんなたとえがありましたかね。
 これらは価値換算の概略――かどうかも微妙なところなんですが、それでクレーマーさんも満足しちゃったんですね。やはり欲しかったのはなにかしらの反応で、中身はどうでもよかったのでしょう。
 そんな小さないざこざは絶えないのですが、それだけということもなかったのです。あるとき転機がおとずれました。
 それまでは一部の人間のほんのお遊び程度のものだったのですが、なにを血迷ったか、野球の球団を持っているお人が自分の選手たちの『正しい価値』を調べさせたんです。いや、もう、いまでも信じられませんよ。
 それを調べてどうするつもりだったんでしょうね。それにプロ野球選手の年俸なんてのは一種の株価みたいなものじゃないですか。「年俸が高すぎる」とかいったんですけど、だったら減らせばいいだけなのにねえ。
 そのおかげでかわいそうな選手たちの何人かは、給料が下がっちゃいました。その逆もあったんですが、どちらにせよ、怒りは自分たちのオーナーと勝手に価値を決定した会社にむけられました。当然ですよね。
 極秘に行われてたはずのそれが、ある日公に出てしまいます。すると結構な話題になりまして、大半は痛烈な批判なんですが、一部で「改められた年俸は実に適切な値段だ」との声がありまして、それに賛同する人がまた大勢現れたんです。
 是非はともかく、急に有名になってしまったこの会社はそのチャンスを逃さずに、数年でかなりの大きさになります。ぼくとしてはそのことの値段が知りたいなあ。おかしなことから会社を大きくするのはいくら? ってきいた人はいなかったんでしょうかね。
 大きくなった、と言いましたが、それも並のレベルじゃないんですよ。彼らが押す調査済みのハンコが効力を発するまでに、といえばおわかりでしょうか。あまりにその調査の評価が高くなって、マーケットで大きな位置を占めるようになったわけです。
 まったく大した出世ですよ。彼らがいなければ売買が成り立たないほどにまでなったのですから。
 その影響は知らず識らずのうちにどんどん広がっていきます。恋人たちは夜景を見ながら、「あら、このシチュエーションはいくらくらいになるのかしら?」とか言いますし、それは大雨のなか走り回る刑事たちですら例外ではありません。
 あしたの天気を賭けの対象にしたという話もききますが、ほんとうでしょうかね。晴れ、雨、くもり、の値段を出させて、それをそのまま賭け金にしたそうです。やはり眉唾ですか。
 子育ての方法や本を読むことだけにも値段がつけられ、社会現象どころの騒ぎじゃなくなっていきます。外国人の「日本人の資本主義ここに極まれり」との批判はしょうがないでしょう。
 友情や愛情に『客観的』お値段がついたのはいうまでもありません。
 ドラマや映画では「果たしてこの物語の愛はどれほどのものなのか?」といわれることをだれもが承知していましたし、学校の通信簿で「Aくんはどうも、三百円程度の友情しかもたないそうです」と備考欄に書かれるのをどの子どもも恐れていました。
 人びとは迷いました。いい加減あらゆることに値段を付けられるのがいやになったのですが、しかし自分を度外視して考えると、やはり公平だし、それにずいぶんとわかりやすい。たとえ自分の性癖に値段を付けられても、ちょっと目を瞑るだけで解決することではないか?
 そんな考えをする人もいましたが、やはり自分のことというのはそう簡単に無視できないのですね。
 ある脚フェチの一派なんかは自分たちの性癖にそれほどの高額がつけられず、「自分はなんて平凡なんだ」と嘆いたそうですよ。

109 :No.26 あなたのお値段教えます 3/3 ◇cwf2GoCJdk:08/01/28 17:26:02 ID:iApBR0zd
 とうとう一部の人びとは、ひとつの支配からの解放を望みはじめました。これはある意味当然ですね。自由を求めるのは人類の常ですから。わかりやすい大系ができたのなら、やはり反抗したがるのがふつうでしょう。
「しかしその短絡的なレジスタンスは、自由のあとにどうするかをまったく考えていなかった。エリッヒ・フロムがいったことをそのままやってしまったのだ。解放されたあとはどこかへいかなければならないが、彼らはそんなこと思いつきもしなかった。」
 という批判をなにかで聞いたのですが、実際にはそれほど大きな問題ではないのです。
 要はなんでも金に換算するやっかいな会社を排除して、元の生活に戻りたい、というのが彼らの趣旨ですから。まあ会社がなくなっても影響は残るはずなんですけどね。
 彼らはのちに語ります。「そのころはびくびくしていた」と。これは単純な意味ではなく、もうすこし複雑な事情があります。
 なにしろ、その当時、会社の権力がもっとも大きかった時期には物事や場面などの値段を定めるだけでなく、それらを売買する域にまで達していたからです。
 つまり彼らが恐れていたのは、『われわれのこの行為は仕組まれたものではないのか』ということなのです。まあそんなことあるわけないんですがね。依頼されないとそんなことやらないんですから。
 このあとのことは周知のとおりです。わざわざ説明するまでもないでしょう。
 彼らがどんなふうにして会社を破滅に追い込んだのかは、なかなかおもしろいので調べてみるのもいいですね。さすがにここで記すのは余白不足による不完全燃焼に終わるのでやりません。
 ぼくの話で興味をもったかたは、もっと調べてみるのもいいかもしれない。一応諸々の事情から正式名称を出さずに『会社』としてるけど、わかりますよね?
 ぼくが書いたのは概略だけど、だれか詳細な興亡史を書いてくれないかなあ。
 そうそう、このあいだ知人とこの話をしたら、その人がこういったんですよ。
「マーケットを支配して、いままで売買されなかったものまで扱うようになったのは彼らのおかげだよな。通学路で転校生とぶつかる、なんてのを売り物にしたやつは当然いなかった。あの会社の言葉でこんなのがあるのを知ってるか。
『考えてもみてください。あなたを愛する人が考えるあらゆる可能性をしてくれる人がいるとして、そのときあなたはそれを愛ではないと言い切れますか? 逆にあなたの過去の恋人たちがほんとうにいっときでも、あなたを愛していたことは証明できるのでしょうか』
 これは愛人を売るときの宣伝文句だったかな。いや、恋人だったか。まあ、たしかにそのとおりだと思うよ。だけど、この会社のその後をみると俺はこう思う」
 嘲笑するようにこういったんです。
「それでも、やっぱり人の心は金じゃ買えないんだろう」って。
 でも、その嘲笑は照れ隠しじゃないかな。だからこれを本心と勝手にとらえたんですが、ぼくはそれに反対なんだな。
 ぼくはこう思うんですよ。
「人は金を原因にすると、大変なことをしでかすんだなあ」って。






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