【 コルネオ! 】
◆LBPyCcG946




87 :No.22 コルネオ! 1/5 ◇LBPyCcG946:08/01/28 17:18:55 ID:iApBR0zd
「……ボス、コルネオが来ました」
 煙を巻きながら、モニターに目を走らせた。あのブラウンの瞳と、くしゃくしゃの髪は
、確かにコルネオに間違いない。
「何の用だ?」
「それはわかりませんが、大金を持ってきているようです」
 コルネオを取り巻く5人の黒服を着た部下達、その中の1人が、銀色のアタッシュケース
を2ケース抱えてる。重い腰をあげるには十分な金額のようだ。
「お前はここにいろ」
 右腕のマイクにそう告げた。俺がフロアに出た時、そこには既に人だかりが出来ていた。
5番ルーレット、ディーラーとコルネオが対峙している。その周りを遠巻きに、俺の部下と
何人かの客。
「よう、ボス。久しぶりだな」
 コルネオは俺の組織にいた時と、何ら変わっていなかった。マフィアだというのに、ジー
ンズにTシャツにシューズ。そこらへんのジャンキーと、風貌は何ら変わりない。
「聞いてくれよ、このディーラー。俺の勝負を受けないっていうんだぜ?」
 ディーラーが俺に視線をよこす。話すのも馬鹿馬鹿しいといった目つきだ。
「100万ドルだ」
 コルネオの放ったその一言で、奴の部下が持っていたアタッシュケースをテーブルに積ん
だ。1番上のケースを、こちらに見えるように開けると、確かに札束がギッシリ詰まってい
る。
「当然受けるよな? ボス」
 コルネオが不敵な笑みを浮かべる。
「随分と景気が良さそうだな、コルネオ。大きくなったもんだ」
「いや、これが俺の全財産さ。ママに借りた金だって混ざってるがね」
 ククク、とコルネオが薄ら笑いをする。
「コルネオ、冗談はその辺にしとくんだな」
「大マジさ。このカジノの天井を越えて、一発勝負。あんたに挑んでるんだよ俺は」
 俺の部下だった頃よりもひどい挑発的な態度。ムカつかない訳じゃないが、コルネオはい
つだって他の部下よりも良い成果を上げてきた。盗みから殺しまで、何でもやる奴だったが、

88 :No.22 コルネオ! 2/5 ◇LBPyCcG946:08/01/28 17:19:05 ID:iApBR0zd
一度も警察に挙げられた事は無い。心底頭のキレる奴だと思う。だがキレすぎてたんだ。コ
ルネオが独立を宣言した時、奴はまだ20代だった。
 俺の部下達が、興味津々に俺の顔を覗いてくる。このコルネオの挑戦を、俺が受けるかど
うか気になって気になって仕方が無いのだろう。
 コルネオに視線を戻した。くっついて離れないその視線を、俺も真っ直ぐに受け止めた。
「なあ、コルネオよ。お前と俺とはもう何の関係もない。手切れ金を組織に納めた時点で、
俺はお前のボスでも無いし、お前は俺の部下じゃない」
「ああ、その通りだ。だから今日は客として来たのさ」
 すぐに人の揚げ足を取る。癖みたいなもんだ。
「……俺が受けると思ってるのか?」
「ああ、受けるね。間違いない。あんたは未だに、俺の若さと才能に嫉妬してるのさ。関係
ないなんて、口先だけの事」
 その言葉を聞いた瞬間、俺の中に、メラメラと燃えたぎるような何かが生まれた。日々の
散漫とした意識が、みるみる内に凝固し、残ったのはただ目の前の若造をぶちのめしてやり
たいという感情だけだった。周りに聞こえないよう、部下の1人に耳打ちをした。
「えー、お客様! 本日は少し早いですが閉店でございます。真に申し訳ございません!」
 声を張り上げる俺の部下。客の1人が1歩前に出て、食い下がる。典型的なジャンキーだ。
「おい! 冗談じゃないぜ。今やっと運がついてきたってのによ」
 俺が一睨みすれば、すぐにそのジャンキーは黙った。すごすごと客達が帰っていく。マフィ
ア同士のいざこざに、誰が好き好んでまきこまれようというのか。
「条件がある」
 そう切り出すと、コルネオは訝しげに俺を見つめ返してきた。
「まずディーラーがボールをシュートする前に、お前が数字を指定して賭けろ。シュートし
た後に変えるのは禁止だ」
 この条件。明らかにコルネオの方に不利がある。なぜなら、賭ける側がルーレットで必勝
するとしたら、シュートしたボールの軌道を読み、入るポケットを予想して後から賭けるし
かないからだ。人並みはずれた動体視力と、血の滲むような訓練を必要とするが、コルネオ
の才能ならば有り得ない事は無い。
「ああ、そんな事か。もちろんさ。というか、元よりそのつもり」

89 :No.22 コルネオ! 3/5 ◇LBPyCcG946:08/01/28 17:19:16 ID:iApBR0zd
 帰ってきたのは意外な答えだった。しかしコルネオの自信たっぷりの仕草。何かあるのは
間違いない。
「コルネオよ。お前も知ってるだろ? ルーレットのボールは、ディーラーが狙いをつけた
所に入る。それに俺の所で働いているディーラーなら、狙いは絶対に外さない。違うか?」
「そりゃ、やってみなきゃわからないさ」
 両手を並べ、首をかしげるとぼけた仕草。コルネオは続ける。
「それに、さっきも言ったが1回きりの勝負だ。くだらない確率論やディーラーとの読みあ
いなんて、こっちは鼻からするつもりはない」
 俺の気になっていた所を、寸分違わずぴったりと突いてくるコルネオの台詞。だが、これ
で益々コルネオの自信の源がわからなくなってきた。危ない橋は渡るべきではないのが、こ
の世界の常識だ。
「5番。100万ドル全て賭ける。5は俺のラッキーナンバーなんでね」
 俺が戸惑ってる間に、コルネオは高らかにそう宣言した。さっきよりも増えた俺の部下達
が、ルーレットの台を取り囲んでいる。ある者は目を血走らせながらアタッシュケースを見
つめ、またある者は、コルネオをピエロを見るような目で見つめている。
「当たれば36倍。つまり3600万ドル。今日はここの金庫の金、全て掻っ攫うつもりで
来た」
 部下達から、ため息とも歓声とも付かない声が漏れた。誇らしげなコルネオの顔。自分に
酔ってる風にしか見えない。が、どこか演技臭くもある。
「外れれば嘘でしたじゃすまないんだぜ? コルネオよ」
「このカジノの看板は本物だよな? 当たっても嘘でしたじゃすまないぜ」
 俺は人を疑って疑って、この地位まで上り詰めた。この若造が何かを企んでいるのはまず
間違いない。今俺に出来ることは、その何かである可能性を1つ1つ、懸命に潰していく事
だ。
 まずはルーレットが傾いていないかをチェック。台が僅かでも傾いていたら、ディーラー
の狙った軌道は外れる。かといって、コルネオの指定した番号に入るとも限らないが一応。
「おいおい、イカサマなんてするつもりは……」
「黙ってろ」

90 :No.22 コルネオ! 4/5 ◇LBPyCcG946:08/01/28 17:19:27 ID:iApBR0zd
 どうやらルーレットは傾いていないようだ。それじゃ、コルネオ自身はどうだ? 何か磁
石のような物で、ボールの回転を制御する気かもしれない。すかさず俺は部下にコルネオの
ボディーチェックを命じる。コルネオはそれを快く引き受けた。つまり、何も仕掛けてはい
ない。案の定、コルネオの体からは、安っぽいボールペン1本しか出てこなかった。
「これで心配の種は無くなったか? ボス。さあ、そろそろ始めようぜ」
 ほんの一瞬。まばたきのような極短い時間だったが、コルネオがディーラーの方に目を走
らせた。俺はそれを見逃さなかった。
「ディーラーはこちらで指定する。あと、ルーレットの台もだ」
 反射的に、その言葉が出た。コルネオの表情に、若干だったが陰りが見えた。
「ボス、それは出来ない相談だ。俺はあくまでも客なんだぜ? 俺の指定したディーラーで
やらせてもらわないと困る」
 ビンゴだ! コルネオは、間違いなくこのディーラーを買収している。最初から、組んで
騙そうって腹だったんだ。俺は心の中で、歓喜の声を上げた。
「いや、譲れないね。お前は、俺を敵に回した。俺は敵ならば、どんな野郎だろうが全力で
叩き潰す。覚悟が無いなら、帰ってもらおうか」
 その言葉を言い終わると同時に、荒々しい音をたてて、コルネオが席から立った。何をす
るかと思えば、ポケットから先ほどのペンを取り出した。そしてそのペンで、
 グシャッ!
 嫌な音がフロアに響いた。テーブルに目玉が転がった。
「覚悟が無いだと? 誰に言ってやがる」
 真っ赤な涙を右目から流しながら、コルネオは転がった自分の目玉を掴み、5番にベット
した。凍りつくような笑顔だった。俺を含め、集めさせた部下達も、ただ絶句するしかなか
った。
 キレてやがるんだ。コルネオは頭がおかしくなった。俺はディーラーをどかした。
「ボールのシュートは俺がやる。サシで勝負と行こうじゃないか」
 俺は部下達に合図をして、テーブルの周りを開けさせた。テーブルには、俺とコルネオだ
けが残された。ルーレットの5番台、胃のキリキリするような勝負が始まった。
「さあ、行くぞ」

91 :No.22 コルネオ! 5/5 ◇LBPyCcG946:08/01/28 17:19:39 ID:iApBR0zd
 俺は力いっぱいに、ボールを弾いた。回転盤を、運命を乗せたボールが走る。
「ふふ、楽しいなぁ。こんなに楽しい勝負は久しぶりだ」
 コルネオのその口調は、まるで新しい玩具を買ってもらった子供みたいに無邪気で、なお
かつ悪魔のような恐ろしさを秘めている。
 俺は考えていた。この勝負、元々勝負として成り立ってなんかいない。なぜなら、コルネ
オはその部下数人とここに来た。ここは俺のホームだ。万が一、コルネオが賭けに勝った所
で、そんなもの武力で反故に出来る。俺はそれを最初から考えて、客を帰した。それと同時
に、ありったけの部下達を集めるよう耳打ちしたんだ。
 既にルーレットテーブルの周りには、1メートル程間を開けて、俺の部下達が何人も取り
囲んでいる。もし俺に何らかの見落としがあって、ボールが5のポケットに入るような事が
あれば、すぐにコルネオの頭が吹っ飛ぶ。
 勝負というものは、いつもアンフェアな物だ。
 回るボールのスピードが、かなり落ちてきた。俺はコルネオの後ろの位置を取った右腕の
マイクに目で合図を送った。



 勝負が終わって、フロアから裏に戻った時、俺は全てを理解した。コルネオのあの挑発的
な態度も、たった5人しかいない奴の部下も、100万ドルという桁違いの金も、自分の目
玉をえぐるというパフォーマンスも、全ては奴の策略だったんだ。
 奴にとって、ディーラーは誰だって良かった。だが、ルーレットの台は移動できない。な
ぜなら、その時既にコルネオの部下達は周りにいなかったからだ。アタッシュケースを持つ
人間がいないとなれば、どんな馬鹿でも気づく。
 客を帰らせて、部下を集めさせた俺は、奴の策略にまんまとハマっていた愚か者だ。あっ
さりと勝負が決して、逃げるようにコルネオが1人でカジノを出て行った時、俺はあろうこ
とか、安心してしまったんだ。心から「良かった」と。
 空っぽになった金庫に向かって叫んだ。

「コルネオ!」



BACK−「金銀の斧よりも」◆ZetubougQo  |  INDEXへ  |  NEXT−不器用な家康が嘆く先とは◆ecJGKb18io