63 :No.17 秘密の 1/4 ◇/sLDCv4rTY:08/01/20 22:54:02 ID:skV5Bk2N
遠くに、風車のように大きな巨人たちが住む村を、私は知っている。
私を除いて、誰も知らない、小さな村だ。
そこでは、二つの太陽が空に浮かび、眼球のように地上を睨んでいる。
そして、その太陽が放射する虹いろの光線が、四方八方に、
うねうねとあたりに降りそそぎ、地上に生える草花を虹色にゆらしている。
そこへ行くと、私は、謎の言語を話す小人として迎えられる。見慣れぬ服を着た、あやしい小人だ。
柵で囲まれた草原に、巨人達と、その家と、一匹の巨きな犬がいる。
犬は、私が見上げるその先で、げげげと鳴いて涎を垂らす。
草の上に座り、それを、私はずっと見ていた。
硬く太い骨を内蔵したあの大きな体――――。
彼らと比べれば私は、千切れ易い手足しか持っていない。
64 :No.17 秘密の 2/4 ◇/sLDCv4rTY:08/01/20 22:54:19 ID:skV5Bk2N
一人の友人だけに、私は、その村の場所を教えた。
会社の帰り、黒いスーツのまま二人タクシーに乗り、四千円ほどを払って降り、
暗闇のなかをあるいて、二つの太陽が輝く明るい村の中へと入った。
友人は最初、あまり、巨人の村に興味はないらしかった。
タクシーの中では、なにか仕事についての事をメモに書いていて、それを見て私は、
出世をする人はやはり、なにかが違うのだろうか、などと考えながらタクシーに乗っていたのだった。
しかし、その村に着くと、友人は、直ぐに彼らを気に入ってくれたようであった。
揺れる草の上で体育座りをし、私たちはずっと、憧れの目で彼らを見ていた。
“おおきいなあ”
“おおきいなあ”
私は同じ趣向を持ってくれる人がいて、うれしかった。
見ている内に、太陽の一つが落ち、それを追うようにしてもう一つの太陽も落ちた。
暗いなかで、横を見ると、友人は、少し背丈が伸びていた。多分、巨人に近づいているのだ。
“おおきいなあ”
“おおきいなあ”
私は、友人がうらやましかった。私が教えたのに、先に巨人に近づくなんて、そんなのって、ない。
太陽が昇る頃にはもう、友人は巨人たちと同じくらいの背丈になって、巨人たちのなかに混じっていった。
友人がいた地面には、虚無のような一枚の影だけが、べったりと張り付いていた。
その影を、私は、爪で剥がしてからクシャクシャに丸め、ポケットに入れた。
“いまあいつがきえてしまったら会社はつぶれてしまう”
私は、友人の代わりに、その影に働いてもらうことにしたのだった。
65 :No.17 秘密の 3/4 ◇/sLDCv4rTY:08/01/20 22:54:32 ID:skV5Bk2N
友人の影は、友人の代わりによく働いた。
けれど、なぜだかわからないが、あの村の存在を他の人に教えだした。
私は、悲しかった。
“なぜおしえるの?”
巨人の村には人が増えていった。
そしてその、増えた人の誰もが、私を残して、巨人へと成長していった。
何十人もが、体育座りで巨人をみつめ、巨人になっていく。なのに、なのに私は小さなまま。
女も子供も老人も、みんな全員の背がぐんぐんと伸びるなかで、私だけ一人、低いまま。
毎日、伸びていく彼らを見上げる。
そして、地面に積み重なる絶望のような影を、ポケットのなかにつめこんで、家へ帰る。
“ああ、私も巨人になりたい!”
三年がたち、まだ私は小さい体のままでいた。
もう、私を除いて、全員、巨人になってしまったのだろうか、
いまここでは、私を除いて、座っている人はいない。
“ああ、私も巨人になりたい!”
私は立ちあがって喉を伸ばして空を見上げ、揺らぐ虹色の太陽をみつめる。
そして、熱く目を焼かれながら、喉を鳴らして、ひとりなく。
風車ぐらいのおおきさじゃないと、醜すぎる!
ないているのを見て、すると、一人の巨人が、大きな手で私の体を抱き上げた。
私の体は空に浮き、太陽に近づいた為か背中が燃えるように熱い。
熱いけれど、この高さは巨人と同じ目線だと思うと、少しだけうれしい。
そこからは、無数のぼやけた巨人の顔と、巨大な犬の禿げ頭が見える。
泪でよくみえないので、顔を手の平で拭うと、生えた不精髭が刺さっていたかった。
そのうちに、巨人は、地上にそっと私を降ろしてくれた。
降ろされてからまた二時間ほどを、私は、巨人になりたい、と思いながら体育座りで巨人を眺めて、
それから、ポケットはからのままに、家へと帰った。
そうして寝て、朝、いつものように仕事に行った。
66 :No.17 秘密の 4/4 ◇/sLDCv4rTY:08/01/20 22:54:43 ID:skV5Bk2N
――町を占領する無数の影。それは例えば、巨人へと羽化した人間達の脱け殻だ。
その人型のぬけがらは、のびたりちぢんだり、
また、ゆらめきながらペコぺコとつぶれていったりしながら、私と共に仕事をしている。
そして彼らに、腐った目玉のような劣等感を抱きながら、
私はまた、いつものようにまた、早く巨人になりたいと思うのだ。
ただひとり、誰も知らない、小さな町で。